第12話 シャーロットの戦い

 空母の停泊している玄武湖周辺にも、魔王軍の手はのびていた。

 戦闘機が出払い、広くなった甲板の上で、魔物と冒険者たちとの激しい戦いが繰り広げられている。


 そんな冒険者たちに交じって、シャーロットも戦っていた。


「はっ!」


 シャーロットの手から数枚のカードが飛ぶ。


「キィァー……!」


 カードは高速で風を切り、艦橋に迫っていたハーピーの群れをズタズタにした。


「ワイバーンの群れだ! 本営に向かっているぞ!!」


 冒険者が警告の声を上げる。

 十数匹からなるワイバーンの群れが接近してきた。その大半は冒険者の放った矢や魔術、空母に搭載されたバルカン砲で撃ち落とされたが、数匹が弾幕を越えて艦橋に迫る。


「させませんわ!」


 シャーロットの手から数個のダイスが投げ出された。それらはワイバーンに当たると同時に爆発する。


「ギュオァァ……」


 爆撃によってほとんどのワイバーンが撃墜され、かろうじて生き残った個体も、動きが鈍ったところを3インチ砲で撃ち落とされた。


 こうして冒険者たちと空母の防衛機能によって、魔物の群れは次々に討伐されていく。


 湖面にときおり水柱がたつのは、魚雷が活躍しているからだ。

 水門をセレスタンらが護っているおかげで、空母に対処できないほどの魔物はいまのところ現われていない。


「おい、向こうから大物が来るぞ!」


 冒険者のひとりが空を指して叫ぶ。


「ありゃ……スカイナーガか!? おとぎ話でしか聞いたことねぇぞ!!」


 蛇のような長い身体を持つ巨大な竜が、悠然と空中を泳ぐように近づいてくる。


 冒険者や魔術士たちが迎撃しようとするも、ほとんどの攻撃がはじき返されてしまった。

 対空ミサイルも直撃寸前で爆発し、ダメージを与えるには至らない。


「仕方ありませんわね。とっておきのイリュージョンをご覧に入れますわ!」


 シャーロットはそう宣言すると、懐から指揮棒タクトのようなものを取り出し、天に向かって振り上げた。

 すると湖面が大きく盛り上がり、それはやがて螺旋らせんを描く水柱となって天に昇っていく。


「おおお、すごい! あれほど大量の水を操るとは……!」


 魔術士のひとりが感嘆の声を上げる。

 彼女が手にしたのは、オリハルコンと竜骨、そしてエルダートレントという樹の魔物の素材を組み合わせて作られた杖だった。

 サマンサ特製のその杖は、魔法の威力や魔力の扱いを補助する効果があるのだ。


 シャーロットの操る水は竜のように舞い上がり、勢いをつけてスカイナーガへと向かった。


「グォオオオォォオオ!」


 それまで悠然とした様子だったスカイナーガが、うなり声を上げる。

 シャーロットが撃ち出した水の竜はスカイナーガから少し離れたところで弾き飛ばされ、それは雨のように湖上へと降り注いだ。


「根比べですわね!」


 湖面から生まれた水の竜は、とめどなくスカイナーガを襲い続ける。

 相手はそれを風の防壁のようなもので防ぎ続けたが、襲いかかる大量の水は勢いを失うことがなかった。

 そして少しずつ、水はスカイナーガの身体へと近づいていく。


「グギョォァアアァッ!」


 やがて大量の水が、スカイナーガ本体に激突した。


「エド、いまですわ!」

『了解した! 近接防空ミサイルを撃て!』


 無線で連絡を受けたエドが指示を出し、21連装発射機から近接防空ミサイルが次々に撃ち出される。


「グゥォォ……!」


 風の防壁を失ったスカイナーガはミサイルの直撃を次々に受け、やがて力尽きて墜落した。

 それと同時にシャーロットが魔法を解き、水の竜は霧散した。


「うおおおお! すげぇっ!」

「伝説の魔物を倒しちまったぜ!」

「さすがトコロテン! さすが異世界勇者だ!!」


 甲板の上で戦っていた冒険者たちから、称賛の声があがる。


「申し訳ありませんが、少し休ませていただきますわ」


 一気に魔力を消費したことで疲労を覚えたシャーロットが、近くの冒険者にそう告げた。


「おう、あれだけの大魔法を使ったんだ。あとのことは俺たちに任せて、しばらく休んでな」


 近くに大きな魔物の気配がないことを確認し、シャーロットは艦橋に戻る。


「おつかれ、シャーロット。すげぇイリュージョンだったな」

「ありがとう、マーカス。わたくしもなかなかやりますでしょう?」


 そんなふたりのやりとりに、エドは苦笑する。


「まったく、いつのまにあんな力をつけたのやら」

「あら、あれくらいは軽くやってのけないと、トコロテンではやっていけませんのよ?」


 実里やオルタンスの手ほどきを受けて独自の戦闘スタイルを身に着けたシャーロットは、いざというときのために大規模な魔法をも習得していたのだった。


「はは、そうか。君はとんでもないところにいってしまったんだなぁ」


 戦闘中でありながら和やかな空気が流れる艦橋に、突如アラーム音が鳴り響く。


「緊急通信です! 航空部隊、デニス機!」


 通信士が叫び、場に緊張が走った。


「つなげ!」


 エドの指示に通信士は頷き、コンソールを操作する。


『こちらデニス! ブレスを喰らっちまった! 脱出するっ! 面目ねぇ!』

「了解、すぐに回収に向かう。それまで生き延びてくれ」

『あたぼうよ! 死んでたまるか!!』


 デニスが戦闘機から脱出するのとほぼ同時に、エドは彼の周辺にいる航空部隊に援護を指示。


「デニス、聞こえるか!? デニス!!」


 航空部隊への指示を出したあと、エドはあらためてデニスに呼びかけたが、応答はない。


「まさか、やられたのか……?」

「脱出のゴタゴタで無線がイカれちまっただけかもしれませんよ! シャーロット!」


 呆然とするエドを励ましたあと、マーカスは一縷いちるの望みをたのんでシャーロットを見る。

 彼の視線を受けたシャーロットは、無言で頷いた。


(ヨーイチ!)

(……どうした?)


 シャーロットが心の中で強く呼びかけると、陽一はすぐに応じてくれた。


(戦闘機1機が被弾してパイロットが1名緊急脱出しましたの!)

(えーっと……デニスさんかな? 無事着地できたみたいだ)

(ほっ……よかった)


 安堵の息をついて顔を上げると、エドとマーカスがすがるような視線をシャーロットに向けていた。


「大丈夫、デニスは無事着地できたそうですわ」

「そうか……」

「ふぅー……あのおっさん、騒がせやがって」

(……いやいや、なんでそうなるんだよ!)


 シャーロットの言葉で弛緩した艦橋の雰囲気とは裏腹に、脳内に響く陽一の声が緊張をはらむ。


(どうかなさいまして?)

(まずいことになった。すぐ救援に向かう!)


 それだけ告げると、陽一からの念話は途絶えた。


「どうした、シャーロット?」


 少し表情を険しくしたシャーロットに、エドが心配げに声をかける。


「……ヨーイチがデニスの救援に向かいましたわ」

「そうか、それなら安心だな」


 その言葉に、エドはほっと胸を撫で下ろす。


「ええ、そうですわね……」


 だが、シャーロットの表情は優れないままだった。


○●○●


 シャーロットから念話を受けた陽一は、一度朱雀山へスザクを迎えにいったあと、コルーソの町に設定していたホームポイントに転移した。

 人類軍と魔王軍とが戦っている荒野へは、空母からよりもこちらからのほうが近いからだ。


「いくぞ、スザク!」

「キュルァーッ!」


 宿を出た陽一はスザクにまたがり、【鑑定Ω】で確認したデニスの現在地を目指して飛ぶ。


「運がいいんだか悪いんだか……」


 幸いデニスは、あたりにほとんど魔物がいない場所に着地できた。

 もしすぐ近くにゴブリンの数匹でもいれば、デニスの命は危なかっただろう。

 その点では運がいい。


「しかし、よりによって魔人が近くにいるとはね」


 だがデニスのすぐ近くに、魔人がひとりいた。

 そしてデニスはあろうことか、その魔人を救援の魔術士かなにかと勘違いして、呼び寄せてしまったのだ。


「間に合ってくれ……!」


 陽一の声に呼応するかのように、スザクは高速で飛行する。


 音を置き去りにしながら飛び続け、荒野の最前線から撤退する人類軍を眼下に、上空を飛び交う魔物や戦闘機の合間をかいくぐる。


「見つけたっ!」


 そしてデニスを視界に捉えたのは、いままさに魔人が腕を振り下ろそうとしているときだった。


「デニスさん!」


 彼の名を呼び、腕を伸ばしながら【帰還Ω】を発動する。


「うぉぁ!」


 次の瞬間、陽一とスザク、そしてデニスは、空母の船室にいた。


「ふぅ、間に合ったか……」


 以前なら間に合わないところだったが、【帰還+】が【帰還Ω】に変わったことで対象者に直接触れずとも視界に収めるだけで同行できるようになったため、かろうじてデニスを救い出すことに成功したのだった。


「……ぁあ?」


 いままさに魔人の攻撃を受けようとしていたデニスは頭をかばうように身構えていた。

 しかしいつまで経ってもなにも起こらないことに気づき、間抜けな声を漏らしながらちらちらと周りの様子を見る。


「なんだぁ、ここは?」

「空母の船室ですよ」

「うぉぁあっ!? バケモンか!?」


 突然声をかけられたことに驚いたデニスは、さらにスザクを目にして目を見開く。


「大丈夫、スザクは味方ですよ」

「ああ……アンタはたしか……ミスター藤堂とうどうだったな」


 落ち着いた陽一の声にようやくデニスも平静を取り戻す。

「アンタが、助けてくれたのか?」

「ええ、まぁ。うまくいってよかった……」


 デニスの無事な様子に、陽一はいろんな意味で安堵した。

 彼を救うのに間に合ったのはもちろんだが、こうして同じ船室内に【帰還】できたのも、その理由のひとつだ。


 上空からデニスを見つけて【帰還Ω】を発動した時点で、ふたりの距離はかなり離れていた。

 もしあの高度や距離がそのまま維持されていれば、デニスは大変なことになっていただろう。


 とくに意識しなければ陽一と同行者との距離はスキル発動時のままであり、仮に障害物があればそれは自動的に除けるようにはなっていた。

 いわゆる『いしのなかにいる』状態にはならないのだが、それでも彼はヘタをすると湖の中に転移していたかもしれないのだ。


「ほんと、うまくいってよかったですよ」


 同行者の座標を変更するというのは過去に試したことがなかったが、なんとなくできるような気がしたので、ぶっつけ本番で実行した。

 そして彼をたぐり寄せるようなイメージでスキルを発動したところ、無事同じ部屋に【帰還】できたわけだ。


「お、おう。なんだかしらねーが、ありがとよ」

「デニスさんは少し休んでからでいいんで、艦橋にいっておいてください」

「それはいいが、アンタはどうするんだい?」

「ちょっと、知り合いを見かけたのであいさつにいこうかと」


 軽い口調とは裏腹に、陽一は険しい表情でそう告げた。


「そうか、まぁ、気をつけてな」

「ええ、では」


 デニス救出に成功したことを念話で伝えたあと、陽一はスザクとともに船室から姿を消す。


「おおう、消えちまったぜ……」


 残されたデニスは陽一とスザクのいたあたりに視線を漂わせながら、しばらくのあいだ呆然とするのだった。

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