第11話 危険地帯への高速道路
陸戦隊からの支援要請を受けた空母では、甲板に停められた戦闘機が動き始めていた。
「へへっ、俺ぁやっぱ猫チャンがしっくりくるぜ」
初老の退役兵デニスは、戦闘機の操縦席に座り、しみじみと呟く。
「うへぇ……スイッチばっか」
外からコックピット内を覗くマーカスが、思わずそう口にする。
「あぁ? 戦闘機のコックピットっつったらこんなもんだろうがよ」
「いやいや、俺らタッチパネル世代なんで」
「タッチパネルなんざ信用できねぇなぁ。物理スイッチこそ正義だぜ?」
デニスは呆れたように言いながら、パチパチとスイッチを切り替えていく。
「にしてもこんな骨董品、よく見つけましたねぇ」
デニスが乗っている機体は、すでに米軍を引退した旧型機だ。
トムキャットの愛称で世間に広く知られ、30年以上現役で活躍した名機である。
「俺がエドに無理言って用意させたんだよ。どうしても死ぬ前にこいつで飛びたかったからな」
「いやいや、縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「なに言ってやがる、コイツに乗るときゃ、いつだって死ぬ覚悟はしてるぜ」
そんな言葉とは裏腹に、デニスは鼻歌交じりに計器類を確認しながら発進準備を整えていく。
「危険地帯に乗り込むぜぇ~」
「お、懐かしい歌ですねぇ」
「あぁん? 戦闘機っつったらこの歌だろうがよ」
「何十年も前の映画の歌ですよ?」
「うるせぇ、永遠の定番なんだよ」
「そういうもんですかねぇ。じゃあ発進のとき流します?」
「なんだ、こいつにオーディオプレイヤーでもつけたのか?」
「いやいや、艦で流したやつを無線で同期しますよ。こっちの無線は音がいいんで」
「そうかい、じゃあ頼むわ。気分が上がるからな」
「了解」
去っていくマーカスをちらりと見送りながら、デニスは準備を整えていく。
「こちらデニス、いつでも出れるぜー」
それから本営といくつかやりとりを経ていざ発進となったとき、デニスの耳元から懐かしい――彼にとっては定番の――音楽が流れ始めた。
「いいねぇ、アガるぜぇ!」
デニスの乗る戦闘機が、カタパルトから射出される。
その後も順次、新旧さまざまな戦闘機が射出され、彼らは戦場に向かった。
戦闘機はほとんどの魔物が到達できない高度と、追いすがることのできない速度で飛び、極力戦闘を避けながら荒野へと到達する。
荒野に到達した戦闘機部隊は、友軍がいないことを確認したうえで、地上に向けて爆撃を開始した。
「ははっ、クリーチャーどもめ、いいざまだな」
空対空ミサイルのみを搭載していたデニスは、その様子を確認しながら高度を落とし、空からの援護に入る。
「はっはーっ! 空のバケモンどもは俺にまかせろーっ!!」
デニスはトムキャットを巧みに操りながら、機銃を使って魔物を撃ち落としていく。
「コイツでワイバーンと戦う日がくるとは思わなかったぜぇ!」
ハーピー、グリフォン、ワイバーンといった飛行系の魔物たちが、機銃によって撃墜される。
「へへっ、お次はドラゴンかい?」
デニスは視界に捉えたウィングドラゴンに向けて、機銃を撃った。
「グォァーッ!」
「うおっ!?」
しかしウィングドラゴンは魔力障壁を張り、さらに風を操って弾丸を逸らせた。
無理やり軌道をずらされた弾丸がウィングドラゴンの身体をかすめ、無数の傷を生み出すが、致命傷には至らない。
「それじゃこいつはどうだぁ!」
いったん距離を置いたデニスはふたたびウィングドラゴンに迫り、照準を合わせる。
「ドラゴンをロックオンとは、すげぇもんだぜ」
戦闘機のレーダー類もサマンサによって調整されており、魔物の魔力を補足してロックオンが可能になっている。
「ファイアッ!」
戦闘機から発射されたミサイルが、ウィングドラゴンに迫る。
「グルォッ!?」
ミサイルは攻撃を避けようとするウィングドラゴンを追尾し、ほどなく着弾した。
爆発が起こり、ウィングドラゴンが墜落していく。
「はっはーっ!
その後もデニスは機銃とミサイルとを使い分け、次々に魔物を撃ち落としていく。
ほかの戦闘機も順調に戦果をあげ、地上部隊が撤退する隙を作ることに成功した。
「そろそろ限界だな」
搭載したミサイルを撃ちつくし、機銃の残弾も乏しくなってきた。
なにより、これ以上の戦闘を続けると帰りの燃料がなくなってしまう。
「こちらデニス、帰投す――」
本営に帰投の意を伝えようとしたところで、コックピット内にアラームが鳴り響く。
「ブレス? ドラゴンブレスってことか!?」
サマンサによって調整されたレーダーは、魔物の予備動作もある程度は感知できるようになっていた。
どうやら近くにいるファイアドラゴンが、デニス機を狙っているようだ。
「くそ……!」
急旋回して避けようとするデニスだったが、ファイアドラゴンのブレスは彼の予想よりも攻撃範囲が広かった。
「うぉぁっ!? くそっ、エンジンをやられたっ!!」
超高温ブレスがかすめたことで、エンジンのひとつが破壊されてしまう。
このままだと、ほどなく機体は爆発するだろう。
「こちらデニス! ブレスを喰らっちまった! 脱出するっ! 面目ねぇ!」
『了解、すぐに回収に向かう。それまで生き延びてくれ』
「あたぼうよ! 死んでたまるか!!」
緊急脱出装置を作動し、戦闘機から離脱する。デニスが脱出した直後、戦闘機は爆発した。
「ふぅ、間一髪だったな」
無事脱出したものの無防備となったデニスは空中で魔物に囲まれそうになったが、友軍の援護を受けて危機を回避できた。
「ああっ、くそっ! そっちじゃねぇ、反対だっ!!」
ある程度高度が落ちたところでパラシュートを開いたデニスだったが、風に運ばれて北へと飛ばされ、友軍から離れることになってしまう。
「いててて……なんとか、助かった……か」
それでも魔物がほとんどいないところに着地できたのは、幸運だったと言えるだろう。
「あー、あー、こちらデニス、一応着地はできた……おーい、聞こえてるかー? ……くそっ、ダメか」
どうやら脱出の際に爆風のあおりを受けたことで、無線が故障してしまったようだ。
「さて、どうするかね。じっとしてたほうがいいんだろうが……」
パラシュートを外したあと、デニスはあたりを見回し、とりあえず近くにあった岩陰に身を隠した。
「すぐに回収っつっても、どうすんだ? 俺の居場所、わかるのか?」
不安になるデニスだったが、ふとこの世界には魔法があることを思い出し、それでなんとかなるのだろうと自分に言い聞かせて、なんとか心を落ち着けた。
退役しているとはいえ、現役のころは何度も実戦に参加し、死線をくぐり抜けてきた男である。
それなりに肝は据わっていた。
「ふぅ……」
岩にもたれかかり、ひと息ついたところで彼はあらためてあたりを見回した。
「ん?」
ふと、視界の端に動くものを捉える。
「ありゃあ……人か?」
視線を向け、目をこらした先に、人影が見えた。その人物は、黒いローブに身を包んでいた。
「もしかして、もう来てくれたのか? さすがイセカイだぜ」
デニスはそれを、自分を迎えにきた魔法使いかなにかだと思った。
「おーい、ここだー! ここにいるぜー!」
デニスが声をかけると、ローブの人物は振り返り、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「味方……だよな?」
だがその人物のまとう空気に、デニスは不安を覚えた。
顔はフードに隠れて見えないが、背格好は自分たち人間と変わりはない。
ならば、魔物ではないはずだ。
だが、相手が近づくにつれ、不安は増していった。
「あぁ? その格好、米兵か?」
デニスから数メートルのところまで来た男が、どこか不機嫌そうな声を漏らす。
「なんで米兵がこんなところにいるんだ?」
男はそう言ってデニスを
フードから覗く男の顔は、人とは思えないほどに青白かった。
「待て、止まれ!」
デニスは護身用に持っていた拳銃をとっさに引き抜き、構えた。
「動くな! 動けば撃つ!!」
「いいぜ、撃ちたきゃ撃ちな」
男は両腕を拡げ、口元に挑発するような笑みを浮かべる。
「味方……じゃ、なさそうだな」
もしかすると異世界には青白い肌の人種がいるのかもしれないと思って、デニスは確認のためにそう呟いた。
味方かどうか、というより味方ではないことを確認するような言葉になったのは、相手が米兵と口にしたことや、拳銃を知ってなお挑発している様子から、ただの異世界人ではないとなんとなくわかっていたからだろう。
「敵だぜ、てめぇら人間どものな」
男が言い終えるのと同時に、デニスは何度も引き金を引いた。
幾度となく戦場を経験した男である。
敵を撃つことに対して
「……で?」
弾倉が空になるまで撃ち続け、すべての弾が命中したが、男には傷ひとつついていなかった。
「クソがっ……!」
デニスは拳銃を相手に投げつけ、ファイティングポーズを取った。近接格闘の心得はある。
「じゃあ、次はこっちの番だな」
男は目にもとまらぬ速さで距離を詰め、デニスに迫る。
「なっ!?」
気がつけば男が目の前で腕を振り上げていたが、デニスは反応できなかった。
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