第10話 地上戦
開戦から5日ほどが経ったころ、南下する魔王軍と北上していた人類軍とが辺境の各所で遭遇することとなった。
人類軍はある程度のところで進行をやめ、
彼らの目的はあくまで防衛であり、魔王軍の殲滅でもなければ、魔王城への逆侵攻でもないのだ。
勇者たちが魔王を討伐するまでにできるだけ敵軍の進行を鈍らせる、というのが主な戦略である。
北部辺境にいくつもある戦場のひとつとなる広大な荒野。
そこで魔王軍と対峙した人類軍の一団は、激しい戦いを繰り広げていた。
「3人以上でひと組になって弱い敵を確実に仕留めろ!」
「敵わぬと思ったら速やかに引け! そして標的を変えろ!!」
「矢はできるだけ高く、遠くに
「強敵は魔術士と異世界勇者たちにまかせるのだ! ザコでいい! とにかく数を減らせ!!」
上官、あるいは高ランク冒険者から、兵卒や低ランク冒険者に対して指示が飛び交う。
北上するうえでいくつもの砦を築いた人類軍だったが、籠城はせず野戦に打って出ていた。
魔物というのは巨大であったり、身軽であったり、空を飛んでいたりするので、少数ならともかく多数を相手に籠城戦を行なうにはあまり向いていない相手だった。
砦はあくまで休憩地とし、戦闘は主に荒野で行なわれている。
「ははっ! 倒しても倒しても次々に湧いてきやがるぜ」
「ほんと、キリがないわねー」
「おおっと、こいつは手強そうだ。ここはいったん逃げて、あっちの弱そうなヤツに標的を変えようか」
魔王軍1億対人類軍200万、その差およそ50倍。
とはいえこれはあくまで公称の値であり、実数でいえば魔王軍は9000万超、人類軍は最終的に200万を少し上回ったので、実質45倍となる。
50倍の差が45倍になったところで数の差は絶望的なままだが、それでも前線で戦う者たちの士気が高いのは、陽一の行なった大岩落としの先制攻撃が成功したことによる影響が大きい。
あのときジェイソンによって記録され、編集された映像は、前線を始め各地で上映されていた。
あの先制攻撃で魔王軍に2000万近い損害を与えることに成功した結果、数の差は45倍から35倍へと、一気に縮めることができた。
それでもなお圧倒的な差であることにかわりはないが、あの先制攻撃によって人の手が魔王に届くと知らしめられたことがなによりも士気の向上に繋がった。
自分たちが踏ん張ればその分だけ人々への被害を防ぐことにつながり、そうやって耐えているうちにきっと勇者たちが魔王を倒してくれる。
大岩落としの映像は、前線の兵士や冒険者たちにそんな希望を抱かせることができた。
とはいえ、人はただ希望のみで戦い続けられるものではない。
過酷な戦線を維持するため、人類軍はこれまでにない戦力を最前線に投入していた。
「範囲殲滅魔術を使いまくれっ! 賢者さまを通じて
荒野のあちこちに風や炎が舞い、ときには雷撃や氷雪が飛び交う。
これまでの常識では考えられないほどの威力と範囲を持った魔術が、迫りくる魔物を次々に倒していった。
「ほんと、これだけの魔術をあっさり作り出しちゃうなんて……あの子ったらとんでもないわね」
各地で繰り広げられる殲滅魔術を目にしながら、オルタンスは呆れたように呟いた。
現在魔術士たちが効率よく魔物を駆逐するために使用している魔術は、陽一が作り出したものだった。
それを、今回の戦いにのみ使用することを女神に許された、として賢者を名乗る――名乗らされる――オルタンスが魔術士ギルドを通じて導入したのである。
もちろんそれだけの威力を持つ魔術を使うのだから、魔術士の負担はかなり大きいものになるのだが、それは女神の秘薬――【健康対Ω】の効果を宿した陽一の血液カプセル――でなんとかまかなえるものだった。
「それに、あんなものまで持ってくるなんてねぇ」
そう言って向けられた視線の先には、鋼鉄の乗り物があった。
「戦車、っていったかしら」
陽一は今回の戦いに備え、空母とイージス艦以外に陸戦用の戦力として数十台の戦車を投入していたのだ。
砦の前にずらりと居並ぶ戦車の姿は、怖ろしくもあり頼もしくもあった。
「撃てーっ!」
車長の指示で砲弾が放たれる。
轟音とともに発射された44口径120ミリ砲弾が数キロ先にいるアースドラゴンに命中した。
秒速1500メートル超で衝突した劣化ウラン弾は、その運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、アースドラゴンの身を貫きながら傷を焼いていく。
砲弾に重要器官を破壊されたのか、アースドラゴンはほどなく絶命した。
「すごいじゃない、アースドラゴンを一撃だなんて」
展望塔から顔を出した車長に、オルタンスが声をかける。
「当たりどころがよかったらしいな」
彼はこれまでに何度も大型の魔物を倒しているので、一撃で仕留められることはまれだと知っていた。
当たりどころ次第では5~6発必要なのだ。
「俺の腕のおかげですね」
「いや、俺の指示がいいんだよ」
自慢する砲手に、すぐさま車長が返す。
「……にしても、劣化ウラン弾をこんなに撃ちまくって大丈夫なんですかね?」
戦場のあちこちから、戦車砲を撃つ音が響いている。
そうやってばら撒かれる劣化ウラン弾には重金属毒性と放射性があり、人体や環境に重大な被害を及ぼすと言われていた。
「それがな、イセカイじゃ気にしなくていいんだとよ。そうだよな、お嬢さん?」
「ええ、そうらしいわね」
お嬢さんと呼ばれたオルタンスが、にっこりと微笑んで答える。
その姿に、車長と砲手は少し興奮したように顔を赤らめた。
「私もよくわからないのだけど、この世界に満ちる魔力が劣化ナントカの影響を抑えるとか、そんな感じらしいわねぇ」
「そのうえ半減期も大幅に短縮されるらしいからな。たしかこの戦いが終わったら、戦場は放棄して
「ええ、そうよ。いずれ開拓が進むにしても、何十年……ヘタをすれば何百年も先になるでしょうねぇ」
「というわけで、遠慮なく撃ちまくれ」
「そういうことなら了解です」
砲手はそう言って、わざとらしく敬礼した。
「にしてもアンタ、見れば見るほどいい女だなぁ」
「うふふ、それはどうも」
「なぁ、この戦いが終わったらメシでもどうだい?」
「あら、戦いの最中に終わったあとのことを話すのって、縁起が悪くないかしら?」
「はははっ! そりゃそうかもしれんが、アンタみたいな美女とメシを喰えるなら死亡フラグのひとつやふたつ、たたき折って見せるぜ」
「あーっ、俺も交ぜてくださいよー!」
車長のナンパに、砲手も割り込んでくる。
「うふふ、そうねぇ、ご飯だけなら」
「おおっと、俺としちゃあできればそのあともおつき合い願いたいがね」
「そうねぇ」
艶めかしい笑みを浮かべたオルタンスは、品定めするように車長を見た。
しかしすぐに肩をすくめ、苦笑を漏らす。
「ごめんなさい、いまは夫以外と関係を持つつもりはないの」
陽一以外の異世界人に興味は尽きないが、ウィリアムが生きているうちは、彼に
ついこのあいだモーションをかけられた陽一が聞けば呆れるようなセリフだが、オルタンスにとっての彼はすでに家族のようなものなので、問題ないのである。
もともと性に奔放な女性だったので、そのあたりの基準はズブズブなのだ。
「ダンナがいるのか、そりゃ残念」
「こんなきれいな人と食事ができるだけでも、生き残るモチベーションになりますよ」
「それもそうだな。にしても……」
話が一段落ついたところで、車長は前方に目を向ける。
「倒しても倒してもキリがないな」
これまでかなりの魔物を倒したが、それでも敵の攻める勢いが衰えることはない。
そろそろ撤退を考えてもいい頃合いだった。
人類軍はここに来るまでにいくつもの砦を築いている。
ここを放棄しても、一段後方の砦を前に陣取ればいい。
そして各砦には遠隔操作式の地雷を敷き詰めてあった。
放棄した砦に魔物が殺到した時点で、それなりの打撃を与えられるはずだ。
「というわけでそろそろ退こうと思うんだが」
「ええ、わかったわ」
オルタンスの了承を得た車長は、ほかの戦車隊に連絡したのち、本営に支援を要請した。
ほどなく、荒野の上空に複数の戦闘機が躍り込んできた。
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