第9話 赤い閃光vsウィツィリ
開戦から数日後、魔王城南方に広がる森の上空を、北に向かって飛ぶ魔物の一団があった。
中央には黄竜と呼ばれる大型の竜がおり、その周りをウィングドラゴンやワイバーン、グリフォン、ハーピーといった飛行系の魔物が固めていた。
1万を越える魔物の群れである。
群れの中央を悠然と飛行する黄竜の背には、4人の冒険者の姿があった。
そして北上する集団の周りには、敵対する別の魔物たちが群がっている。
「うおおおおっ! 喰らえっ〈プロミネンスブレード〉!!」
黄竜の背で『赤い閃光』のグラーフが叫び、剣を振るう。
生み出された爆炎の刃は、敵対する魔物を切り裂き、焼き尽くした。
「敵の数がかなり増えてきましたわね!」
そう言いながらグレタが弓の弦を弾くと、魔力でできた無数の矢が放たれ、それらが敵を追いかけるように飛び、撃ち落としていく。
彼女が放っているのは〈ホーミングアロー〉という、陽一が作り出した魔術である。
放たれた魔術自体が敵を感知する〈アクティブレーダー・ホーミング〉シリーズとは異なり、射手であるグレタ自身が標的と定めた的に向かって飛んでいく仕様だ。
ちなみにさきほどグラーフが放った〈プロミネンスブレード〉も陽一の作である。
「こいつら、防衛用の魔物かな?」
右手に短剣、左手に拳銃を持つミーナは、接近する魔物を切り裂き、あるいは撃ちながらそう言った。
グラーフらは魔王軍がある程度南下するまで待ったところで、進行を開始している。
しばらくのあいだ散発的な抵抗はあったもののそれほど魔物の数は多くなかったが、北上するにつれて徐々に数が増え始めた。
「たぶん、そうですね……! それだけ、敵の本拠地に、近づいています、きっと……!」
グラーフやグレタの攻撃を逃れて突撃してきたワイバーンを大盾で押し返し、メイスで頭を潰しながら、ジェシカが答える。
彼らはアミィがテイムした魔物の群れとともに、魔王城を目指していた。
「お、森が切れるな。あそこで1回休憩しよう」
襲いくる魔物の群れをあらかた倒しきったところで、グラーフは前方に広がる森の切れ目のような場所を見つけた。
一行はそのまま飛行し、ちょっとした広さの草原にさしかかる。
「グラーフ、なにか来るよ!」
弛緩した空気が流れ始めたなか、危険を察知したミーナが警告の声を発した。
「させるかっ! 〈テンペストブレード〉!」
剣を振って広範囲に暴風を生み出し、無数に飛来するなにかを散らす。
風を起こせば防げると思ったのは、グラーフの勘だった。
暴風によって敵の攻撃をある程度無効化できたが、それでもすべてではない。
グラーフが技を出し終えると同時にジェシカが前に出て盾を構え、全員がその陰に隠れる。
「ギュルァッ!」
「キィー……!」
「キュァーッ」
群れの各所から悲鳴が聞こえてきた。
ウィングドラゴンやワイバーンは攻撃に耐えたが、グリフォンの一部とハーピーの多くが、墜落していく。
「これは……羽根?」
暴風によって散らされ、舞い降りてきたものを手に取ったミーナが呟く。
どうやら敵は、無数の羽根を飛ばしてきたようだった。
そしてそれらが飛んできたほうへと目を向けると、翼を持った人型の存在が見えた。
「あいつ、見覚えあるね」
「ええ、そうですわね」
パーティーの中でも目のいいミーナとグレタが、敵の姿を完全に捉えた。
「あのとき戦った、魔人……ですか?」
「たしか、ウィツィリっていってたかな」
遅れて気づいたジェシカとグラーフが、その正体を看破する。
「なんで魔物どもが人間と一緒にいるんだ?」
グラーフらを見ながら、ウィツィリは不機嫌そうに首を傾げた。
「ああ、そうか。アマンダのヤツだな」
そしてすぐに得心がいったのか、ウィツィリはそう言って満足げに頷く。
「それにお前ら、見覚えがあるなぁ」
ウィツィリのほうも、グラーフたちに気づく。
「あのマシンガン野郎と姫騎士がいねぇのは残念だが、とりあえずザコはさっさと片づけちまおうか」
「だれがザコだって!?」
グラーフがそう叫ぶのと同時に、爆炎の刃がウィツィリを襲う。
「おっと」
突然放たれた攻撃に少し驚いたウィツィリだったが、翼をひと振りして爆炎をかき消した。
「ははっ、こんなもん効か――」
余裕の笑みを浮かべて嘲ろうとしたウィツィリだったが、直後に無数の魔力矢が襲いかかってきたことに気づく。
「ちっ、こざかしい!」
その魔力矢も、翼をはためかせて払った。
「なっ、まだくるのか!?」
しかし無数に放たれた魔力矢は、時間差で休むことなくウィツィリに襲いかかる。
「ええい、うっとうしい……!」
射手へと反撃すべく黄竜の背に目を向けたウィツィリだったが、ひとり減っていることに気づいた。
「くそっ、どこから……」
魔力矢から逃げるように飛び回りながらあたりを観察すると、射手は森にいることがわかった。
最初に放たれた爆炎の刃で目くらましをした隙に、ひとりが森へと身を隠したようだ。
「これでも喰らいやがれっ!」
魔力矢を交わしながら、森に向かって羽根を飛ばす。
しかし、反応はなく、まったく別の場所から矢が飛んでくる。
どうやら射手は、森の中を素早く移動しながら矢を放っているようだ。
「よそ見していいのか!」
爆炎の刃が、ふたたびウィツィリを襲う。
「くそぉっ!」
ウィツィリは
「ぐぁっ!?」
次の瞬間、背中に激痛が走った。
驚いて振り返ると、滞空する魔物のあいだを飛び移りながら離れていく猫獣人の姿が見えた。
「ふざけやがっ――あぁっ!?」
ぐらり、と身体が揺れ、姿勢が崩れる。ミーナが突き立てた刃には〈飛行阻害〉の効果が付与されていた。
「逃がすかよぉ!」
翼を広げてバランスをとりつつ、ウィツィリは離れていく猫獣人に羽根を飛ばす。
しかしウィングドラゴンやワイバーンが彼女を護るようにブレスを吐き、攻撃はあえなく散らされた。
――ドシュンッ! ドシュンッ!
「ぎゃぁっ!」
銃声が響き、ウィツィリが悲鳴をあげる。
「なんで、てめぇみてぇのがそんなもんを……!」
黄竜の背を見下ろすと、大盾に半身を隠しながら対物ライフルを構える犬獣人の姿があった。
まさか異世界の冒険者が銃器を扱うなどとは思いもよらず、ウィツィリは目を見開いた。
そんな魔人の驚きを無視して、ジェシカは容赦なく引き金を引く。
アダマンタイトとグラビタイトとを合わせて作られたサマンサ特製の重く硬い銃弾は、魔人の皮膚を貫きはできなかったものの、多少のダメージを与えられた。
「ぐぅ……!」
苦痛に顔を歪めるウィツィリに、グレタの放った魔力矢が容赦なく襲いかかる。
「クソがぁ!」
それを散らすべく翼を振ろうと広げたところを狙って、ジェシカが引き金を引いた。
銃声を聞いたあとであっても、ウィツィリの視力と身体能力があればかわすことは可能だが、逃げた先では爆炎の刃が襲いかかってくる。
「クソックソックソォーッ!」
翼を閉じて爆炎の刃を防げば背後からミーナが襲いかかり、攻撃を受けるたびに動きが鈍っていく。
翼を広げて攻撃を散らそうとすれば、絶妙なタイミングで銃弾や〈ホーミングアロー〉が撃ち込まれた。
「なんでだ!? なんでだぁーっ!?」
ひとりひとりの攻撃は大したことがなかった。
どれかひとつでも封じることができれば、反撃に転じることも可能だろう。
だがなんとか行動パターンを変えて虚を突こうとするも、まるで考えを先読みされたかのように対処され、結局防戦一方となる。
結果、完璧ともいえる連携を前に、ウィツィリはなすすべなくダメージを蓄積させていった。
「くそぉ……!」
時間が経つにつれてウィツィリの動きが鈍り、勝敗の天秤はグラーフたちの勝利へと完全に傾いた。
「これで終わりだっ!〈ディメンションセイバー〉!!!」
ミーナ、ジェシカ、グレタが連携して作り出した大きな隙を前に、グラーフはウィツィリに飛びかかり、大上段に構えた剣を振り下ろした。
「がっ……!」
魔術をまとったグラーフの剣によってまっぷたつに切り裂かれたウィツィリは、断末魔の声を上げる間もなく絶命し、ほどなくその肉体を消滅させた。
「見たかっ!〈ディメンションセイバー〉に斬れないものはない!」
魔人を両断したあと黄竜の背に着地したグラーフは、剣を掲げて宣言した。
ちなみに〈ディメンションセイバー〉も陽一が作り出した魔術であるが、名前ほど大それたものではない。
剣の強度を上げつつその周りに極薄の刃をまとわせ、さらに剣身の摩擦係数を限りなくゼロに近づけることで切れ味を異様に上昇させるというものだ。
地味な効果のわりには術式が複雑なせいで発動に時間がかかるうえに消費魔力が大きいので、グラーフは最後の一撃にとっておいたのだった。
さらに余談ではあるが〈プロミネンスブレード〉にせよ〈ディメンションセイバー〉にせよ、いちいち技名――正しくは魔術名――を口にする必要はない。
「ふぅ……なんとか勝てたな」
勝利宣言から少し落ち着いたグラーフは、剣を鞘に収めながら安堵の息を吐く。
(助かったよ、ヨーイチさん)
そして空を見上げて微笑みながら、心の中でそう呟いた。
(役に立てたのならなによりだよ)
すると、グラーフの心の声に呼応するかのように、陽一の言葉が頭に響く。
(アンタがいなけりゃ、たぶんヤバかったよね)
(……ですね。一度でも攻撃を外していれば、反撃されて、危なかったと思います)
(本当に、助かりましたわ)
続けてミーナ、ジェシカ、グレタが声なき声で答えた。
グラーフたちはウィツィリと戦っているあいだ、ずっと陽一のサポートを受けていた。
彼は【鑑定Ω】で知ったウィツィリの思考を元に行動を先読みし、それらを4人に伝えていたのだ。
(だとしても、魔人に勝てたのは4人の実力だよ)
陽一が伝えたのはあくまでウィツィリの行動のみ。
それを元に戦術を組み、実践したのはグラーフたちだ。
アミィとの修行で力を身につけていたからこそ、実現できた戦いだった。
以前のままなら、たとえウィツィリの行動を先読みできたとしても、勝利は不可能だっただろう。
(なんにせよおつかれさん。引き続き頼むよ)
陽一との念話を終了したあと、グラーフ、ミーナ、ジェシカを乗せた黄竜は地上に降り、そこで森から出てきたグレタと合流した。
「そろそろ日も暮れそうだし、ここで野営といこうか」
グラーフの提案にほかの3名も同意し、テントの準備を整えて簡単な食事を済ませた。
「それじゃグラーフ、悪いけど見張り、お願いね」
「えっ?」
ミーナの言葉に驚き、声を上げたあと、グラーフは周りに視線を巡らせる。
「見張りは、みんなに任せておけばよくないか?」
みんな、というのはアミィにテイムしてもらった魔物たちのことだ。
黄竜をはじめ万を超える魔物に護られている以上、見張りは不要である。
「あの、だから、さ……せっかく強敵を倒したわけだし……」
「グラーフの言いたいことはわかるよ? あれだけの戦いのあとだし、うちらだっていろいろ昂ぶってるから」
「だったら……」
「でもさぁ、まだ先は長いんだよ? セックスで体力を消耗するわけにはいかないよねぇ」
グラーフとしては激しい戦いのあとに昂ぶり、溜まったいろいろなものを発散したい気分だったが、ミーナの言い分が正論だけに受け入れざるを得ない。
「じゃあ、一緒に寝るだけでも……」
「……それで収まるわけないじゃない?」
「うぅ……」
グラーフだけでなくミーナたちも昂ぶっているのだ。
そんな4人が狭いテントで一緒に寝て、なにも起こらないわけがない。
「ヨーイチ相手ならしてもいいんだけどねぇ」
「なんでそこでヨーイチさんの名前が出てくるんだよ!?」
「んー、なんていうのかな、ヨーイチとセックスすると、元気になるのよね」
「あ、わかります……ヨーイチさんとすると、その、力がみなぎってくるっていうか……。それに、前にしてから、わたしの乗り物酔いもずいぶんよくなったし……」
「たしかにそうでしたわね」
「はぁ? なんだよ、それ」
女性陣の言葉に不満の声を上げたグラーフだったが、そこには不思議と嫉妬が感じられない。
あるのはいまセックスができないという苛立ちだけだった。
グラーフはそのあたり、かなり大らかなのだ。
「ほんとは出発前、景気づけに一発やっときたかったんだけどねぇ」
「……断られてしまいました」
「NTRダメ、ゼッタイ! とかおっしゃってたけど、どういう意味なのかしら?」
以前ミーナたちと関係を持った陽一だったが、その頃の彼女らはフリーだった。
しかしグラーフとヨリを戻した彼女たちと関係を持つのは、少なくとも陽一基準では寝取りになるのだ。
「まぁそういうわけで、はいこれ」
話が一段落ついたところで、ミーナはグラーフに寝袋を渡した。
「警戒とかはあの子たちに任せていいから、グラーフもゆっくり休んでよ」
「いや、ゆっくり休めって……」
寝袋を受け取りながら、グラーフは不満げに呟く。
「それとも、テントもうひとつ立てる?」
今回の行軍に際して彼らは〈空間拡張〉や〈重量軽減〉などを施したカバン、いわゆる
「……いいよ、これで」
受け取った寝袋は〈温度調整〉〈湿度調整〉〈疲労回復〉〈安眠補助〉など複数の効果が付与された高級品である。
吹きさらしの中であっても充分に休息できるものなので、グラーフはテントを立てる手間を惜しむことにした。
「じゃ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
「……ああ、おやすみ」
挨拶を交わし終えると、テントの入り口が閉ざされた。
「はぁ……」
ため息をひとつついたあと、グラーフは地に伏せる黄竜へと歩み寄り、軽く身体を叩いてやる。
「わるいけど、警戒頼むな。交代で休んでいいから」
そう言い終えたグラーフはテントの近くに戻り、寝袋に身を包んで寝転がった。
「ヨーイチさんとセックスかぁ……」
グラーフとその周辺の性事情は、一般的な観点からすればかなり乱れていると言っていい。
ふた桁を超える人数を相手の乱交など、日常茶飯事だ。
とはいえグラーフの身体はひとつしかない。
そうなると手持ち無沙汰になる女性もあり、彼女たちはグラーフにちょっかいをかけることもあった。
そうやって淫らに快楽を貪り続けている以上、彼の身体のいろいろな部分が開発されてしまうのも仕方がないことだろう。
しかも、ミーナたちの手には、あの『ヨーイチくん2号』もあるのだ。
「僕も元気になるのかな……」
ふと、そんな
「……いや、ないわ」
先ほどまで昂ぶっていたものがすっと冷めるのを感じたグラーフは、とりあえず落ち着けたことだけは陽一に感謝し、眠りにつくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます