第8話 アレク&エマvs魔神シュガル
シュガルはアレクとエマを交互に見たあと、軽くあたりを見回し、小さく首を傾げた。
「もうひとりはどうしたぁ?」
「もうひとり? あぁ……」
前回、魔人襲来でシュガルと戦った際には、アレクとエマ以外に実里もいた。
「悪いな、彼女は忙しいんだ。今回はオレたちふたりで相手をさせてもらうよ」
「ははぁ、そうかいそうかい。なら、今回は楽勝だなぁ」
シュガルはあらためてふたりを見たあと、嘲るような笑みを浮かべた。
「知ってると思うが、俺ぁあのときとは比べもんにならねぇほど強くなってるからなぁ」
自身は存在が倍加されたことで桁違いに強くなり、対する相手は人数がひとり減っている。
シュガルが楽勝と考えるのも無理はない状況だ。
しかしアレクとエマに怯む様子はない。
「悪いのだけれど、自分たちだけが強くなったと思ったら大間違いよ?」
「クハハハ! そうかいそうかい、てめぇらもがんばったんだなぁ」
エマの指摘に感心したようなセリフを吐きながらも、シュガルは嘲りを隠そうともしない。
「だがなぁ、人間ごときがいくら努力したところで、越えられねぇ壁ってのがあることを教えてやるぜ」
「そうか、なら教えてもらおう」
言い終えるが早いか、アレクは踏み込むと同時に
「なっ!?」
一瞬にして距離を詰められたシュガルは、目の前に迫るアレクの姿に目を見開いた。
アレクはシュガルが反応をする前に刀を抜き、胴を薙いだ。
――バチィッ!
「くっ……!」
刃がシュガルの身体に触れた瞬間、閃光とともに衝撃が生まれ、アレクは後方に弾き飛ばされた。
「アレク、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
先手を喰らって驚いていたシュガルだったが、すぐに嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ククク、効かねぇよ」
「そうか? 血が出てるぞ」
アレクに切られたところはローブが裂け、薄く切られた皮膚からわずかに血が流れ出していた。
「うるせぇ! こんなもん無傷と変わんねぇんだよ」
シュガルが不機嫌そうに顔を歪め、叫んだ直後にはもう傷が癒えていた。
不意打ちの一撃によって与えられたのは、ほんのわずかなかすり傷ひとつだけ。
それも一瞬で治ってしまった。しかしアレクとエマは悲観する様子も見せず、互いに目を合わせて頷き合った。
「たたみかけるぞ」
「ええ」
再誕し、存在が倍加した魔人を相手に、あるいは一切の攻撃が効かない恐れもあったが、かすり傷とはいえ、ダメージが通ることがわかった。
ならば、あとはそれを積み上げるだけだ。
ふたりは左右に分かれたあと、挟み込むようにシュガルへと迫る。
その際にアレクは脇差しを抜いて二刀を構え、エマは自身の身長ほどもある大剣を振りかぶっていた。
「なんだぁ? やけくその特攻かぁ?」
左右から迫るふたりを、シュガルは余裕をもって迎え撃つ。
アレクは二刀を、エマは大剣をシュガルに叩きつけた。
刃がシュガルの身体に触れるたび、閃光が生まれた。
「ちっ……!」
シュガルの口から、舌打ちが漏れる。
彼が身にまとう雷は、攻撃に対するカウンターとなるはずだった。
しかしアレクとエマはそれをうまく受け流しているらしく、これといったダメージを受けていない。
それどころか、閃光とともに生まれる衝撃は、シュガルにとってもうっとうしいものとなっていた。
「くそ、しつけぇ!」
アレクとエマの猛攻が続く。
反撃しようにも手数が多く、シュガルは防戦一方となっていた。
「とはいえ……」
反撃の隙はないが、かといってアレクらの攻撃も決め手に欠ける。
ふたりの攻撃がこのままなら、スタミナ切れまで待ちさえすれば、シュガルの勝利は確実なものとなるだろう。
「もう一手足りなかったなぁ」
あの魔術士がいれば危なかった。だがこのふたりの攻撃だけなら、充分にしのげる。
「あらそう? ならこういうのはどうかしら?」
シュガルがそう遠くない先に訪れる勝利を確信した次の瞬間、エマのスカートが大きくはためいた。
「んなっ!?」
ふわりと広がったスカートが収まると、エマの左手には突撃銃があり、銃口を突きつけられたシュガルはまぬけな声を漏らした。
「そんなもん、どこから……!」
「あら、スカートの中は宇宙につながっているのよ?」
彼女のスカートであればかろうじて隠せるサイズの武器ではあるが、それを下半身に身に着けたまま激しく動き回るのはどう考えても不可能である。
そんな思いから放たれたシュガルの疑問をエマは軽い冗談ではぐらかし、容赦なく引き金を引く。
――ダダダダダッ!
銃口が火を噴き、連発された銃弾がシュガルを襲う。
被弾するたびに発生する閃光と衝撃は、魔人にダメージを与えるほどのものではないにせよ、動きを鈍らせるのには充分だった。
「おらぁっ!」
そこへアレクが躍りかかる。
縦横無尽に繰り出される斬撃や刺突が、雷の防御を抜けてシュガルの身体を傷つけた。
「くそぉっ!」
なんとか反撃に転じようとするも、アレクに意識を向けると今度はエマの大剣が襲いかかってくる。
彼女はあろうことか、左手に突撃銃を持ったまま右手1本だけで大剣を振り回していた。
そして断続的に放たれる銃弾もうっとうしい。
「ちくしょう、ふざけやがって……」
恨み言が口から漏れる。
シュガルからすればちまちまとした攻撃だが、それでも積み重なれば無視できるものではない。
雷の防御は徐々に削り取られ、ダメージもそれなりに蓄積されていた。
とはいえ、アレクとエマもかなり疲弊している。
雷の防御によるカウンターは、いくら受け流しているとはいえ完全に無効化できるものではない。
ふたりは無理を押して、攻撃を続けていた。
「っ!?」
雷撃によるカウンターがほとんどなくなり、刃がより深く入るようになった。
「ぐぅっ……!」
叩きつけられる銃弾に、シュガルが苦悶の声を漏らす。
傷をつけられるほどの威力はないが、確実にダメージを受けているとわかった。
だがそれに反して、シュガルのなかで魔力が膨れ上がっているのを感じる。
一時防御を捨て、大技での反撃を狙っているようだった。
「エマ!」
「ええ!」
アレクとエマは声をかけ合い、それぞれが武器を大きく振りかぶった。
「遅ぇっ!」
しかしふたりの刃が届く寸前、シュガルを中心にまばゆい閃光が走る。
「うぉぁっ!」
「きゃぁっ!」
あたり一面が真っ白になるような閃光、そしてこれまでにない強い衝撃を受け、ふたりはシュガルから弾き飛ばされる。
「クハハッ、どうだぁ!」
なすすべなく吹き飛ばされたかに見えたふたりの姿に、シュガルは勝利を確信する。
だが、アレクとエマは空中で態勢を整え、難なく着地した。
「なに!?」
ふたりがかなり遠くにいることから、彼らが大技の衝撃を利用してわざと距離を取ったと悟る。
そして着地の際に大きくはためいたスカートが収まると、エマの肩にはミサイルランチャーが担がれていた。
「待っていたわよ、この瞬間を」
エマは大技を放って立ち尽くすシュガルに照準を合わせ、トリガーを引いた。
「まっ、待て――」
ランチャーから放たれた127ミリの対戦車ミサイルが火を噴き、シュガルに迫る。
――ドガァァーンッ!
爆煙が晴れたあと、シュガルはまだ立っていた。
「う……あぁ……」
左半身――肩から胸、脇腹、腰のあたり――を大きくえぐり取られ、シュガルはうめき声を漏らしていた。
通常であれば対戦車ミサイルといえど魔人にこれだけのダメージを与えるのは不可能だっただろう。
だが彼は長時間にわたってアレクらの猛攻を受けたうえ、起死回生を狙った大技を出した直後だったため、耐久力がかなり落ちていた。
さらにエマが撃ち込んだミサイルは、魔物や魔人に大ダメージを与えられるようこちらの世界の素材で作られた、錬金鍛冶師サム・スミス特製のものだったのだ。
「ぐぉ……死ぬ……? 死に……たくな……」
もしシュガルに前世の記憶が戻っていなければ、彼は無理を押してでも応戦し、少しでも態勢を整えてから回復を図っただろう。
だがそれを、人としての記憶が邪魔をした。
人間であれば即死レベルの傷を負った彼は死の恐怖を覚え、なにをおいてもまずは回復を図ろうとしたのだ。
ゆえに、警戒と防御がおろそかになった。
「ふっ……!」
シュガルは近づくアレクの存在に気づけなかった。
「う……あぁ……?」
くるくると流れる景色に、シュガルは戸惑いの声を上げた。
そして自分が首を
さすがの魔人も、勇者の加護を持つアレクに首を斬られてはひとたまりもなかったようだ。
首を失ったシュガルの胴は倒れ、遅れて頭部が地面に落ちると、それらは灰のように崩れ、風に乗って消え去った。
「どうやら、勝ったな」
「ええ」
アレクは刀を鞘に収めながら前方に目を向け、遠くを見つめる。
眼前には荒涼とした草原が広がり、遠くには深い森が見えた。
「ここから、歩きかぁ……」
「ふふ、そうね」
げんなりとしたアレクの呟きに苦笑を漏らしたエマは、ふとうしろを振り返る。
「まぁ、あれを越えられただけましでしょう?」
「それは、そうだけど」
つられて振り返ったアレクの目に、白虎山脈が映る。
「一番乗りだと、思ってたんだけどなぁ」
あのまま輸送機で進めれば、アレクらが最初に魔王城へと到着できるはずだったが、残念ながらシュガルに補足されてしまった。
とはいえ、そう順調にことが運ぶ可能性は低いと見積もられてはいたので、失敗というわけではない。
「文句を言っても仕方がないわよ。いきましょう」
エマは心装である大剣を精神世界に、ミサイルランチャーをスカートの中に収納し、歩き始めた。
「おっと、待ってくれよ」
エマに少し遅れてアレクも歩き出し、ほどなく隣に並ぶ。
「なぁ、エマ」
「なに?」
「スカートの中、どうなってんの?」
どうやら彼女のスカートの内側には、〈空間拡張〉や〈重量軽減〉などが施されたポケットかなにかがあるらしいのだが、詳しい構造をアレクは知らない。
「うふふ、秘密よ」
エマは意味深な笑みをアレクに向けたあと、すぐに視線を前に移して歩き続けるのだった。
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