第7話 白虎山脈

 魔王城周辺にはいくつかの難所が存在する。


 青竜江もそのひとつだ。

 流れは緩やかながらも海を思わせるほど広く深い大河は、数多くの魔物が棲息しているだけあって越えるのは難しい

 。そのうえ魔王軍の主な進軍ルートとなったため多数の魔物が投入されたのだが、イージス艦を運用することで逆に人類側が攻め入る隙となった。

 青竜江をのぼれば、魔王城の西側に到達できる予定だ。


 青竜江の反対、魔王城を挟んだ東側には、険しい山脈が存在する。

 魔王城の北東から南西にかけて弓なりに続くその山脈は、8000メートル級の山々によって形成されていた。


 この険しい山脈を越えるのは困難だが、それは魔物側にもいえることだった。

 そのためこの山脈周辺は魔王軍の進軍ルートからは外れており、魔物の数は少ない。


 白虎びゃっこ山脈と名づけられたその険しい山脈を越えることができれば、パブロの隙を突いて魔王城へと接近できる。

 この白虎山脈を越えるルートを、アレクとエマが担当することになった。


 雪に覆われた山肌に、アレクらの姿はない。

 彼らは現在、標高3000メートルあたりを飛行する航空機の中にいた。


 巡航速度時速520キロメートル、3000キロメートル以上を燃料補給なしで飛び続けられるその軍用輸送機は、燃料タンクに〈空間拡張〉と〈重量軽減〉の魔術が付与されたことで、航続距離を倍ほどに伸ばしていた。

 イージス艦の数倍の速度で飛び続けられる輸送機は、うまくすれば最も速く魔王城へとたどり着ける予定なのだが、ことはそう順調に運ぶものではない。


 彼らは現在、魔物の群れに囲まれていた。


「ザック! そっちに何匹かいったわ、お願い!」


 機体左側の窓に設置された機銃を撃ちながら、エマは反対側の窓で同じく機銃を操作する米兵のザックに声をかける。


「あいよ、まかせときな!」


 備えつけられたミニガンから秒間100発のペースで放たれる7・62x51ミリNATO弾を受けたワイバーンが、血まみれになって墜落していく。


「おいドム、まだかよ!? そろそろヤベぇんじゃねぇか!?」


 副操縦席に座るジョージは、機体に取りつけられた機銃やミサイルを撃って正面の敵を攻撃しながら、操縦士のドミニクに問いかけた。


「心配すんな、まだシールドにゃ余裕はあるぜ」


 輸送機には魔力障壁が付与されており、多少の攻撃を受けても機体がダメージを受けないようになっている。

 また、魔力障壁は時間経過とともに周辺の魔力を吸収して回復する仕様であり、そうやすやすと破られるものではなかった。


 もちろんこれはサマンサが追加した機能であり、残量は計器で確認できるようになっていた。


「うぉりゃぁー! 喰らえーっ!!」


 半開きになった後部ランプには、アレクの姿があった。

 彼が外に向けてかざした手から、火球が連続で放出される。

 放たれた火球は空中で大きく軌道を変え、まるでひとつひとつが意思を持ったように近くの魔物を目指して飛び、対象を撃ち落としていった。


「いやぁ、この〈アクティブレーダー・ホーミング・ファイア〉ってのは便利ッスねぇ。魔導書を書き換えて新しい魔術を作るとか、陽一さんマジですげぇや」


 彼が先ほどから使っているのは、陽一が今回の戦いに向けて新たに作り出した魔術だった。


 彼は作成に失敗した魔道書を記念に持ち帰っており、その内容を【鑑定+】【言語理解+】である程度読み解くことは可能だったのだが、書き換えるまでには至らなかった。

 だがスキルが『+』から『Ω』に成長したことで魔導書への理解が深まり、新たな魔術を生み出せるようになったのだ。


 そこで陽一はサマンサやオルタンスの助言を得ながら、戦争に役立ちそうな魔術をいくつか作り出したのである。


 アレクが先ほどから使っている〈アクティブレーダー・ホーミング・ファイア〉は、イージス艦に搭載された誘導ミサイルの機能を参考にして作ったもので、放たれた火球自体が近くにいる魔物の魔力を探知し、そこへ向けて飛んでいくというものだ。

 これのおかげで、アレクの魔術は機体後方を中心に全方位をカバーすることができた。


 襲いくる魔物の群れに対抗しつつ、輸送機は飛び続ける。


「もうすぐ……このあたりのはずなんだが……」


 操縦士のドミニクは、山脈の切れ目を探していた。


 この軍用輸送機では8000メートル級の山々を飛び越えることはできない。

 そこで切れ目のように低くなっている箇所をさがしていたのだ。


 座標に関しては事前に教えられていた。あとはそこを目指すだけだ。


「あった! あそこだ!!」


 切り立った崖に挟まれたような場所を発見したドミニクは、速度を上げて操縦桿を傾けた。

 時速500キロメートル台後半に達する高速で輸送機は飛行し、群がっていた魔物の群れを置き去りにして山肌へと迫る。


「うぉぁあっ!? ぶつかるーっ!」

「へっ、そんなヘマぁするかよ」


 ドミニクは機体のティルトローターを巧みに操りながら、減速しつつ山脈の切れ目に躍り込んだ。

 後方から追いすがってくる魔物はアレクが撃ち落としてくれると信じて、前方と左右に意識を集中した。


「おいおい頼むぜぇ……」


 隣で情けない声を上げるジョージを無視して、ドミニクは操縦桿を動かした。

 ほんの少し操作を誤り、機体が山肌をかすめれば墜落する。そんな状況が数十分続いた。


「……よっしゃ抜けたぁ!」


 機体は無事、白虎山脈を越えた。


「ナイス、ドム!」

「イェア!」


 ひらけた空間を目にしたドミニクとジョージが、ハイタッチする。

 魔王軍は山脈を迂回して進んだのか、越えた先には魔物があまりいなかった。


「オッケー、それじゃあこのまま一気に魔王城を目指――」

「下からなんか来る! 避けろぉ!!」

「――マジかぁ!?」


 後方からアレクの切羽詰まった声を聞いたドミニクは急旋回した。

 しかしその直後、機体を強い衝撃が襲う。


「ぬぉぁっ!? ヤベぇ! シールドが一気に削られちまった!!」

「もう一発来るぞ!」

「シールドがもたねぇぞ!!」

「次はオレが防ぐ!」


 アレクは床に手をついて機体下方に魔力障壁を展開し、敵の攻撃をなんとか防ぐことに成功した。


「……雷撃か?」


 自身の作り出した障壁で受け止めたことにより、アレクは攻撃の正体を悟る。それは強力な雷撃だった。


「これは……」


 そしてアレクには、その雷撃に心当たりがあった。


「連続で撃ってくるのか? だったらこれを喰らえ!」


 アレクは魔力障壁を展開したまま、〈アクティブレーダー・ホーミング・アイス〉を放つ。


「名人もびっくりの16連射ぁーっ!!」


 アレクの手から、秒間16発の氷塊が放たれる。

 それらの氷塊は雷撃がまとう魔力を目指して飛んでいった。

 氷と雷、そして彼我の魔力同士がぶつかり、爆発が起きる。


「エマ、降りるぞ!」

「わかったわ」


 雷撃を無力化してなおあまりある氷塊は、攻撃元の個体に向かっていった。

 おかげで敵の攻撃が一時中断される。その隙に攻撃元へとたどり着き、直接叩こうという算段だった。


「アレク、エマ! こっから飛び降りるってのか!? 自殺行為だぜ!」


 機体に身体を固定していたハーネスを外すふたりの姿を見て、ザックが叫ぶ。


「心配すんな、オレたちは魔法が使える。それよりアンタらはここを離脱してくれ!」


 このふたりが自分の常識の通じない相手だと思い出し、ザックは真剣な眼差しを向けたまま親指を立てる。


「わかった! 健闘を祈る!」


 その返事にアレクも親指を立てて返し、エマを抱きかかえて後部ランプから飛び降りた。


「くっ……!」

「きゃっ……!」


 機体の周りを包んでいた魔力障壁から抜けた瞬間、冷気をはらんだ風が襲いかかってくる。

 アレクは、瞬時に魔力障壁で自身とエマを包み込んだ。


「ふぅ……」

「ありがと、アレク」


 冷気と風とがやわらぎ、ふたりはこわばらせた身体を少しだけ弛緩させた。


「しかし、パラシュートなしのスカイダイビングとか、前世じゃ考えられなかったなぁ」

「なにか言った?」

「なんでもない」


 エマを抱えたまま落下しながら上を見上げると、輸送機は北に向かって高速で離脱を始めた。

 山脈の切れ目はほかにもあり、そこから帰投は可能だ。


 魔王軍のほとんどは南下しているため、北に行くほど魔物の数は少なくなる。

 アレクとエマがいなくとも、ドミニクらは無事帰還できるだろう。


 10秒ほど経ったところで、ふたたび雷撃の接近を感知した。

 どうやら輸送機のほうは諦めたようで、苛烈な攻撃魔法がアレクらに集中する。


「効くかよ、そんなもん!」


 アレクは自分たちのまわりに展開した魔力障壁を強化しつつ氷塊を連射し、雷撃を無効化していった。


 ぶつかり合う魔術と魔法とが何度も爆発を起こしたが、それによって発生する衝撃や熱は魔力障壁で問題なく防げるものだった。

 そして発生した水蒸気によって視界は悪くなったが、そのぶん雷撃が散らされることで相対的に敵の攻撃が弱まる。


「エマ、着地するぞ」

「ええ」


 〈浮揚〉によって落下速度を軽減させる。

 ただ、あまり速度を落とすといいまとになるだけなので、それなりの勢いを残したまま、ふたりは着地した。


 ――ドン! という衝撃音とともに、ふたりの足元に小さなクレーターが生まれる。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ないわ」


 互いの無事を確認し、ふたりは離れる。


「あぁ? てめぇら、なんか見覚えがあんなぁ?」


 視界を遮る水蒸気の向こうに、ぼんやりとした人影が現われる。


「その声、やっぱりお前だったか」


 声の主に、心当たりがあった。


 こちらからはまだはっきりと姿は見えないが、あちらは完全にアレクらの姿を捉えているようだ。


「へへ、やっぱあのときのヤツらだったか。会えてうれしいぜぇ」


 ほどなく水蒸気の霧が晴れ、薄手のローブに身を包んだ男の姿が露わになる。

 ローブの袖、あるいはフードの影から覗く肌は青白く、その表面は爬虫類はちゅうるいのうろこのようだった。


 ときおり、彼の周辺でバチバチと火花が散る。雷を、身にまとっているらしい。


「こっちこそ、また会えるとは思ってなかったよ、魔人シュガル」


 アレクとエマの前に現われたのは、以前彼らに討伐され、再誕した魔人シュガルだった。

 前世での名をセベロ・スザーノといい、警官として麻薬組織に協力していた男だ。

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