第4話 出撃
管理者との延長戦を楽しみ、そのまま眠ったあとに目を覚ますと、ホテルのベッドだった。
半日ほど経過していたが、戦況に大きな変化はない。
人類軍、魔王軍とも、互いの陣営に向けてじわじわと前進しているという状況だ。
遭遇戦はちらほらと展開されているが、大規模な戦闘にはいたっていなかった。
「さて、魔王のヤツはどうしてるかな」
大雑把に戦況を確認したあと、陽一は魔王パブロを【鑑定】する。
「おおっと、これは」
数時間の休息である程度回復したパブロは、さっそく魔王城の再建に勤しんでいた。
ただ、陽一に対する警戒は緩めていない。
一応仕留めたとは思っているらしいが、念のため感知の網は解いていないようだ。
そちらに意識を向けているおかげで魔王城の再建が遅れているのはありがたいが、こうなると陽一が異世界に戻るのは控えておいたほうがいいかもしれない。
もしパブロが陽一の存在を感知したら、作戦もなにもなく前線に出てくる恐れがあるからだ。
そうなると、人類軍が立てた戦略が水の泡になってしまう。
「一応〈認識阻害〉の魔道具はあるけど……」
サマンサ謹製の魔道具ではあるが、魔王の感知能力を
あちらで活動できるのはせいぜい15分といったところか。
それを過ぎると陽一の存在が露見し、魔王は予測不能の行動に出る。できればそれは避けたい事態だ。
「しょうがない、俺はこっちからサポートするか」
異世界にいなくとも【鑑定Ω】があれば戦況の把握は可能だ。
(みんな、聞いてくれ)
そこで陽一はトコロテンのメンバーに念話で話しかけ、魔王城への攻撃が成功したこと、そのせいで魔王パブロから警戒されたため、彼自身は地球側から情報収集などのサポートをすることを伝えるのだった。
○●○●
魔境に轟音が響いた。
音の発生源はかなり遠くなのでそれほどうるさくはなかったが、それでもはっきりと聞こえたほどだった。
少し遅れて強い風が吹き、大地が小さく揺れる。
穏やかな玄武湖の湖面に、少し大きな波が生まれた。
「おっとと……」
その波でイージス艦が揺れ、甲板に立っていた
「おっと、大丈夫か?」
それを近くにいたアラーナが支える。
「ごめん、ありがと」
「どういたしまして」
軽いやりとりのあと、ふたりは揃って魔王の姿が浮かび上がっていたあたりに目を向けた。
「どうやら始まったようだな」
「そうみたいね」
空を見上げても、先ほどまで得意げに話していた魔王の姿は、すでにない。
まるで断末魔のような声を上げながら消えていったあと、ふたたび現われることもなさそうなので、先制攻撃は無事成功したと考えていいだろう。
「では、我々もそろそろ出発かな」
「じゃ、あのふたりを呼び戻さないと」
そう言うと花梨は、近くに停泊している空母を見た。
米兵たちがせわしなく行き交う甲板上で、数名の男女が立ち話をしている。
「実里ー、アミィー、そろそろいくわよー!」
花梨の声が聞こえたのか、空母の甲板にいた実里とアミィが振り返り、軽く手を振るのが見えた。
空母で立ち話をしていたのは、実里とシャーロット、エドとアミィだった。
「それじゃシャーリィ、いってくるね」
「うん、いってらっしゃい、お姉ちゃん」
「おやっさん、いってくるっす」
「ああ、気をつけてな」
実里とアミィはイージス艦に乗り、シャーロットは空母に残ってエドの補佐をすることになった。
「シャーリィ、ロザンナさんのこと、お願いね」
実里が艦橋を見ながらそう言うと、シャーロットは笑顔で頷く。
統合作戦本部の一部が空母に移され、ロザンナは艦橋で作戦の指揮に当たっていた。
空母はここ玄武湖に残り、戦略拠点となる予定だ。
「アミィ、いこうか」
「うっす」
実里に言われて頷いたあと、アミィは腰の翼を緩やかにはためかせ、浮き上がった。
その隣では、実里も宙に浮かんでいる。
アミィは魔人としての力で、実里は魔法を使って、空を飛べるのだ。
「おかえり」
空を飛んでイージス艦に戻ってきたふたりを、花梨が迎える。
そこへ、シーハンが小走りに近づいてきた。
「ほな悪いけどこれつけてくれるか」
彼女はそう言うと、その場にいた花梨、実里、アラーナ、アミィの4人にヘッドセットを渡した。
シーハンはすでに装着済みだ。
『あー、あー、聞こえる? 聞こえたら手を振ってよ』
装着したヘッドセットから声が聞こえ、シーハンを含む5人は艦橋に向かって手を振った。
彼女らの視線の先で、サマンサが親指を立てる。
彼女が機器を調整し、無線を使えるようにしていた。
「問題ないみたいやな。ほなサムやん、頼むわー」
『オッケー』
全員の無線に問題がないことを確認したシーハンがヘッドセットのマイクに向かって声をかけると、サマンサの返答が聞こえた。
『それじゃー、出発進行!』
そのかけ声のあと、イージス艦はゆっくりと動き始めた。
これからこの艦は、運河と大河を
甲板上にはアラーナらトコロテンのメンバー以外にも、ちらほらと冒険者の姿が見えた。
彼らはこの艦に迫る魔物と戦うための人員だ。
米兵は戦闘には参加せず、主に艦の運用を
振り返ると、空母の甲板上で手を振る人たちが見えた。
エドとシャーロットのほかに、多くの米兵や冒険者たちの姿があった。
それは、迷彩服に身を包み肩からライフルなどを提げた米兵と、鎧やローブなどを身に着け剣や杖を手にする冒険者たちとが入り乱れるという、不思議な光景だった。
「まさかイージス艦に乗って、見送られながら戦場に向かう日がくるなんてね」
「ふふ、ほんとにね」
ほんの1年ほど前まで平和な日本で過ごしていた花梨と実里が、自分たちの身に起こったありえないできごとについて口にし、笑い合う。
ほどなく回頭を終えたイージス艦は前進し、運河を遡上し始めた。
○●○●
「よし、レーダーの感度は良好だね」
艦橋の各モニターを見ながら、サマンサが呟く。
「いやぁそれにしても、魔物の個体識別までできるとは、さすが
サマンサの隣で、初老の将校が感心したようにそう言った。
彼はアイザックといい、過去にタイコンデロンガ級巡洋艦で艦長を務めた経験があった。そのことから、今回も艦長を任されている。
「もともとのレーダーが高性能だからね」
「まぁ、イージスレーダーは自慢の逸品ですからなぁ」
「ボクはそれをちょちょいと調整しただけだよ」
「それがすごいと言っておるんですがなぁ。衛星などの補助もなしにイージスレーダーの機能をほぼ再現できているというのが、正直信じられませんなぁ」
地球においてイージスレーダーは軍事衛星や各地の基地、複数の空母など、さまざまなレーダーを組み合わせて初めて、本領を発揮できるものだ。
それを1隻の空母とレーダー単体のみで再現するというのは、少なくともアイザックの常識では考えられないものだった。
「そこはほら、こっちで電波を使ってるのはボクたちだけだし、なにより魔法があるからね」
さまざまな周波数の電波が飛び交う地球と違い、こちらの世界では電波同士が干渉し合うことがない。
さらにサマンサは電波と魔力とを複合させることで、レーダー単体での索敵能力を飛躍的に向上できたのだった。
「なるほど、魔法というのは便利なものですなぁ」
「まぁ、ほかにも物理法則の違いとか世界の構成の違いとかで苦労した部分もあるけど、今回はそれをうまく利用できたってところかな」
「これはまた、とんでもないことをさらっとおっしゃいますなぁ……」
感心しつつも呆れたように微笑んだあと、艦長は甲板に目を向ける。
「しかし、イージスレーダー作動中に平気な顔をして甲板で作業するイセカイの
イージスレーダーことSPY‐1レーダーは、非常に強力な電磁波を発しており、そのレーダーに当てられると人は黒焦げになる、などという与太話もでるほどだ。
さすがに人を黒焦げにする威力だと、ほかの機器や兵器類を破壊してしまうのでそれは言い過ぎだが、人体に悪影響があることに変わりはない。
ならばなぜトコロテンのメンバーや冒険者たちがイージスレーダーに当てられて平気かというと、ここが異世界であり、彼らが体内に魔力を有しているからである。
そもそもこの世界には魔力が満ちており、そのせいで電磁波そのものがあらゆるものに干渉しづらくなっている。
サマンサはその電磁波の作用をうまく魔力と混ぜ合わせることで、この世界では本来の力を発揮できないはずのイージスレーダーの能力を、充分以上に引き出すことに成功していた。
そして体内に魔力を有している異世界人やトコロテンのメンバーは、電磁波の影響をほとんど受けないのだ。
ある程度魔力になじんだ米兵たちも、少なくともこの世界にいる限りは電磁波の影響をあまり受けなくなっているが、大事を取って甲板には出ていない。
「さて、かなりの数の魔物が近づいてきたねぇ」
イージスレーダーは全方位、広範囲にわたって敵の存在を感知できる。
そのうえサマンサの調整もあって個体識別まで可能になっていた。
魔王が生み出し、進出してくる魔物もいるが、いま近づいている個体の多くは在来のものだ。
テリトリーに突如侵入してきた正体不明の巨大な存在を警戒し、威嚇、あるいは排除するために飛んできたのだろう。
「対空ミサイルの準備はできておりますが、どうされますかなぁ?」
迫りくる魔物のほとんどが、飛行系のものだ。となれば、対空ミサイルはかなり有効である。
「いや、わざわざミサイルを使わなくても、しばらくは冒険者に任せておいて大丈夫だよ。討ち漏らしたやつだけ対処できるようにしてもらえるかな?」
「了解、ではシーウスの準備だけしておきましょうかなぁ」
ほどなく、イージス艦に迫る魔物たちと冒険者たちとの戦闘が始まった。
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