第3話 管理者からの叱咤激励

「ぁぁぁぁ……なんてな」


 米国西海岸のとあるホテル。

 その一室に、陽一とスザク、ジェイソンの姿があった。


「い、生きてるっ!? 俺、生きてるよなっ!?」

「キュルァッ!」


 うろたえるジェイソンに答えるように、スザクはひと鳴きした。


「心配するな、生きてるよ」


 大岩落としで魔王城を完膚なきまでに破壊した陽一は、さらにパブロを挑発することで彼の攻撃を誘った。

 前世からの因縁を感じたパブロは、予想どおり陽一を排除すべく行動する。


 【鑑定Ω】でパブロの思考を読みながら逃げ、あの黒い球体が当たる直前で【帰還Ω】を使い、事前に設定していたホームポイントであるこのホテルに、転移したというわけだ。


 どれほど完璧な追尾効果を付与していても、世界をへだてたこちらまで追いすがることはできない。

 魔王の凶悪な魔法はなんの成果もなく空の彼方へと消え去り、パブロはただ大量の魔力を消費するに終わった。

 これで、パブロの再起をかなり遅らせることができたはずだ。


「ここは?」

「窓の外を見てみろよ」


 担いでいたビデオカメラを床に置き、ジェイソンはよたよたと窓に歩み寄ってカーテンを開ける。


「わぉ! グレートだぜヨーイチ!!」


 住み慣れた街並みを見たジェイソンが、感嘆の声を上げる。


「というわけでジェイソン、あとは頼んだぞ」

「まかせとけ!」


 すっかり元気を取り戻したジェイソンは、ビデオカメラを抱えて部屋から出ていった。


 彼はいまから、自宅のスタジオで先ほど撮影した動画を編集するのだ。

 そうしてできあがった動画は、また異世界で流されるのである。


 先制攻撃によって魔王城を破壊したと知れば、人々の士気もあがることだろう。


「それじゃスザク、俺たちは少し休ませてもらうか」

「キュルゥッ」


 スザクをいったん朱雀山すざくさんへ送り届けた陽一は、すぐに同じ部屋に戻り、ベッドに寝転がるのだった。


○●○●


 ホテルのベッドで眠りについた陽一は、ほどなく目を覚ました。


「あれ……?」


 気がつけば彼は、畳敷きの和室に正座していた。


 先ほどまで異世界で魔王の相手をしていた彼は、あちらの世界で活動するためのローブを身にまとっており、それが部屋の雰囲気にあまり合っていないように感じられて少しだけ居心地が悪かった。


「藤の堂さん!」

「あ、管理人さん」


 正面には、管理者が座っていた。


「いきなり魔王城に大岩を落とすとか、えげつなさ過ぎるでしょう!?」

「いや、あれはエドさんが考えたことだから」


 エドいわく、初手で敵の本拠地を叩くのは基本らしい。


「とにかく、あれはもう禁止ですからね!」

「まぁ、あのレベルの大岩はそうそう手に入らないので、何度もできるわけじゃないですけど……なにかまずいことでも?」

「まずいもなにも、世界に対するダメージが大きすぎるんです! 地球でやったら地軸や自転に影響が出るレベルでヤバかったんですからね!?」

「あ、そうなんですね」


 一応【鑑定Ω】で大規模災害にはならないことを確認のうえで行なった大岩落としだが、どうやらそれはあの世界が平面だったから、というのがよかったらしい。


「いや、でも、平面より球体のほうが、衝撃なんかを逃がせるような……」

「地球の物理法則で考えないでください」

「あ、はい」


 魔王城のあたりは空間に満ちる魔力が特に濃く、そのおかげか大岩衝突時の衝撃が広範囲に影響しなかった。

 別の場所に落としていれば、もっとひどいことになっていたのかもしれない。


 余談ではあるが、魔境に広がる森や山、峡谷などのおかげで、人類圏はもちろん連合軍の最前線もほとんど影響を受けていない。

 そのあたりは確認のうえで、陽一は大岩落としを実行したのだった。


「とにかく、あれはもう禁止です」

「えっと、わかりました」


 管理者の言葉にうなずいたあと、陽一は室内を見回す。


「ところで、どうしてここなんですか?」


 和室だった。


 白い空間ではなく。


「それは、ですね……」


 管理者は恥ずかしげに頬を染め、視線を泳がせる。


 見慣れた藤色の着物に身を包んで正座する彼女は、その華奢な身体を少しこわばらせていた。


「魔王戦も始まったことですし、その……景気づけに、といいますか……」


 前回彼女は管理する世界の滅亡を回避するため、やむを得ず陽一と交わったが、今回はただ景気づけにどうかと提案してくれた。

 どうやら彼女にとって前回のことはそれなりにいい経験だったようだ。

 少なくとも、機会さえあればまた陽一とセックスをしたいと思える程度には。


「あうぅ…」


 ただ自分からこうやって誘うのは恥ずかしいのか、彼女は頬だけでなく首のあたりまで真っ赤にし、着物からさらした肩をかすかに震わせていた。


 前回彼女とセックスをして100日が経過していた。

 ついこのあいだのような気もするし、随分時間がたったようにも思える。


「そういうことなら、ぜひ」


 なんにせよ、断る理由はない。


「そ、それでは、その、よろしくおねがいしますぅ……」

「あ、はい。こちらこそ」


 彼女が三つ指を突いて頭を下げたので、陽一もそれにならう。

 頭を上げたあと、まだ落ち着かない様子の管理者を見た陽一はなにかを思いつき、少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「ところで管理人さん」

「は、はい。なんでしょう?」

「管理人さんは、えっと……本体っていうんですかね? そっちのほうでは経験豊富だとか」


 いま目の前にいる管理者はアバターのようなもので、高次元の存在である彼女の本体は別のところにあるという話だった。


「そ、それはもう! あんなことからこんなことまで、あらゆることを経験していますとも!!」

「嘘ですよね」

「へ?」


 自らの言葉を間髪容れずに嘘と断じられた管理者は、間抜けな表情とともに気の抜けた声を漏らした。


「な、なにがですか……?」


 細かいところは陽一にもわからない。

 本体のほうで経験豊富という言葉が嘘なのか、そもそも本体とアバターという話自体が嘘なのか。


「経験豊富ってところが……ですかね」


 仮に本体やアバター云々の話が真実だとしよう。

 であれば、本体でそれなりの経験を積んだ者が、たとえ仮初めの肉体で初体験をするとはいえ、あれほどうろたえるものだろうか?


 あのときの彼女の言動や反応からは、そういった経験らしきものが一切感じられなかったのだ。


「な、なにを言ってるんですかぁ!? あのときはこの身体に不慣れだっただけで、本体のほうは本当にすごいんですから!」

「なるほど」


 あるいは【鑑定Ω】を使えば、彼女の言葉が事実かどうかは確かめられるのかも知れない。

 しかし陽一にはスキルを使ってまで、敵でもない管理者の過去を暴くつもりはなかった。


 そもそも、陽一にとって彼女の言葉が嘘でも本当でも問題はないのだ。


「それじゃ」


 そう言って陽一は立ち上がり、布団の上に移動すると、羽織っていた異世界用のローブを脱いで畳に置いた。

 そして頭のうしろで手を組んで仰向けになる。


「今回は管理人さんにお任せしますね」

「え……?」


 予想外の展開だったのか、管理者は呆然としている。


「経験、豊富なんですよね?」

「それはもう!」


 管理者は、カッと目を見開いて反応した。


「じゃ、お任せします」

「え? あ、は、はいぃ……」


 自信なさげにうつむいた管理者だったが、ほどなく意を決したように顔を上げた。


「そ、それでは……」


 立ち上がった彼女は、陽一のかたわらに移動し、腰の横あたりに正座した。


「失礼、しますぅ」


 ベルトに手を伸ばし、不慣れな手つきで外したあと、ズボンの前を開く。

 そして彼女がズボンとトランクスのウェストに手をかけたので、陽一は軽く腰を上げてやった。


 それから陽一は、管理人さんからの奉仕をたっぷり受けたうえでお返しもしっかりとしてあげたのだった。


○●○●


 少し落ち着いたあと、管理者の提案でしばらく休んでいくことになった。

 どうせ戻ってもホテルで寝るだけなので、陽一はその提案を受けることにした。


 ふたりは裸のまま、同じ布団で寝ていた。


「あれ?」


 ふと、陽一は違和感を覚えた。


「どうしたんですか?」

「いや、なんていうか……」


 その違和感は、自身の体内にあるようだった。


「なんて言えばいいんだろう? 自分の中に、なにかこう……よくわからないものがあるような」

「どれどれ……」


 陽一に密着していた管理者は、少し身体を離して彼の様子をうかがう。


「あー」


 なにか判明したように声を上げたあと、彼女は少しだけ頬を染めた。


「えっとですね……パスが、太くなってますね……」

「それって……?」


 なんとなく事情を察した陽一の問いかけに、管理者は少し照れながら頷く。

 どうやら先ほどのセックスで、ふたりをつなぐパスが強化されたようだ。


「それで、その、この変な感じはなんなんですかね?」


 パスが太くなったのはわかった。だが、自身の内にある違和感の正体がよくわからない。


「私とのつながりが強化されたことで、藤の堂さんはご自身の魔力を感じ取れるようになったみたいですね」

「ほんとですか!?」


 これまで一切感じ取ることができなかった魔力である。

 陽一にとってそれは、嬉しい驚きだった。


「もしかして、スキルとか魔法も使えるように?」

「ちょっと待ってくださいね」


 管理者はそう言うと、陽一の頬に両手を当て、彼の顔を覗き込んだ。


 胸が高鳴る。


 それが、これまで使えなかったスキルや魔法が使えるようになるかもしれないという期待からか、あるいは自分をじっと見つめる彼女の視線と、頬に触れる手のひらの温かみを受けてのことかは、よくわからなかった。


 10秒ほど経ったところで頬から手が離れ、彼女は申し訳なさそうな表情で首を小さく横に振った。


「そうですか……」


 どうやら、そう都合のいいことは起こらないようだ。


「ただ、ご自身の魔力を感知できるので、身体強化くらいはできると思いますよ。こう、全身にその魔力を巡らせる、みたいな感じで」

「なるほど」

「スキルとして発現することはありませんけど、そもそも藤の堂さんはほぼ無尽蔵の魔力を持っているので、下手なスキルよりはよっぽど効果がありますから、あんまりがっかりしないでください」

「あ、はい。もともとなかったものですしね」


 彼女から事前の提案がなかったということは、今回の強化は想定外のものなのだろう。

 ならば落胆するよりも、オマケをもらえたと思ったほうがいい。


「あとはそうですね、直接触れたものの魔力にも少しは干渉できるみたいですね。本当はスキルなんかも使えるようにしてあげたかったんですけど……」

「いえいえ、充分ですよ。ありがとうございます」

 そういって一応は納得した陽一だったが、ふと思うことがあった。

「もしかして、もう1回したらさらに強化されたりとか?」

「そ、それはないですよぅ」


 陽一がそう言うと、管理者があたふたし始める。


「か、回数を重ねたくらいでは、パスは強化されないんです」

「へぇ……回数が原因じゃないんですねぇ」

「あ……それは……」


 二度目のセックスでパスが強化された。しかし回数は重要ではない。

 となれば、いろいろしてもらったり開発したりしたことが原因なのだろう。


「あぅ……」


 それを察した管理者は、顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。


「じゃあ、次はなにをすれば……」

「な、なに言ってるんですか藤の堂さん!? これ以上はダメです! 無理ですぅ……!」

「経験豊富なのに?」

「け、経験豊富……でも……無理なものは無理なんですよぉ……」


 そう言って縮こまる彼女に情欲を刺激され、身体が反応する。


「わかりました、じゃあ」

「あっ」


 顔を逸らして身を縮めていた管理者を抱き寄せる。


「普通のセックスで勘弁してあげます」

 陽一はそう言って片腕で管理者を抱き寄せながら、彼女の片脚に手を回す。


「や、ちょっと……」


 口では抗議の声を上げながらも、彼女はされるがまま陽一の行為を受け入れた。


 そうやってふたりは抱き合いながら、まったりとした時間を楽しむのだった。

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