第2話 先制攻撃

陽一よういちはスザクに乗り、上空から魔王城周辺を眺めていた。


「ジェイソン、撮れてるかー?」

「あー、もうちょい」


 陽一の問いかけに、細身の黒人青年が答える。


 ジェイソンと呼ばれた坊主頭の青年は、望遠レンズを装備した業務用ビデオカメラをかつぎ、魔王城を撮影せんと試行錯誤していた。


「それにしても、あれ全部モンスターかい?」

「ああ、そうだよ」

「すっげぇなぁ」


 ジェイソンは軽口を叩きながら、カメラの角度やレンズのピントを調節した。


 彼らの見る先には黒い霧か、あるいは雲に覆われたような大地と空があるばかりだ。

 およそ2000万からなる魔物の群れは、遠目にはそんなふうに見えた。


 スザクは現在、上空1万メートルあたりに滞空している。

 そんな高度にありながら、陽一はいつもの作業着、ジェイソンにいたっては半袖のポロシャツとデニムという格好だった。


 ふたりがそんな軽装でいられるのは、スザクの能力のおかげである。


 ヴァーミリオンバードなど飛行系の魔物は身体の機能や能力に加え、魔法を使って空を飛んでいる。

 揚力を得るだけでなく、風や気圧、温度や湿度、さらには慣性をも調整するのだ。そしてそれは背に乗った者にも影響するのである。


 また、距離もかなり離れている。

 黒山の人だかりならぬ魔物だかりの中心にそびえ立つ魔王城が、かろうじて肉眼でとらえられる距離だ。

 ただ【健康体Ω】によって強化された陽一の視力基準なので、相当な距離が稼げていた。


「オッケー、ばっちりだ」


 ジェイソンの準備が整ってほどなく、魔王パブロの姿が魔王城の上空に映し出された。


「いいタイミングだ」


 大陸全土の人々が上空を見上げ、魔王の姿を見ている中にあって、陽一は遠く離れた魔王城の上に現われたパブロの姿を、軽く見下ろすかたちで確認できた。


「どんな原理になってるんだか」


 魔王が自らの姿を大陸全土に映し出し、声を届けられるのは、彼自身の能力と魔王城の機能を合わせて実現できる技術であるらしい。


『人類諸君、ごきげんよう……』


 得意げに語り始めた魔王の姿を見て、陽一は意地の悪い笑みを浮かべた。


「ジェイソン、しっかり撮っておいてくれよ」

「まかせとけ!」


 ジェイソンに声をかけたところで、魔王城に目を移す。

 念のため【鑑定Ω】で座標を確認し、続けて視線を上へ。

 2000万の魔物がひしめくさらに上空、自分たちのいる場所とほぼ同じ高さに視線を固定した陽一は、前方に手をかざした。


「喰らえ」


 視線の先、魔王城の真上に、巨大な岩が現われた。

 それは玄武湖げんぶこを作成する際に掘り出された土を、圧縮して作ったものである。


 面積1000平方キロメートル以上の大地を、深さ20メートル近くにまで掘り進めた際に発生した大量の土砂。

 それを実里みさとの魔法で体積が10分の1程度になるまで圧縮していた。


 形は円盤状で、直径は約2キロメートル。

 中央部の厚さが約400メートルで、外側にいくほどゆるやかに薄くなっており、端のほうはおおよそ200メートルほどになっていた。


 重量は300億30ギガトンをゆうに超えるほどだ。


 さらに陽一はサマンサに依頼し、その大岩にさまざまな魔術を付与していた。


 そのひとつが〈重量増加〉。


 本来なら対象の重量を倍近くまで引き上げられる魔術だが、元になる大岩がかなり重いので数割程度の増加となっている。


 その大岩が、落下する。


 この平面世界において、上方から下方に物が落ちる際にかかる力を重力と呼んでいいのかどうかは議論の余地があるところだが、それとほぼ同じ現象は発生する。

 膨大な位置エネルギーを得た巨大な円盤は、空気抵抗を受けながらも落下速度を上げ、魔王城に近づいていった。


 だが、魔物どもはまだその存在に気づかない。

 〈認識阻害〉の魔術が付与されているからだ。


「さて、どうなるかな」


 勘のいい魔物が上方の異変に気づいた。しかしもう遅い。

 雲のように密集した魔物の群れに、大岩が突入する。


「ひょー! すげぇぜこりゃぁ!」


 カメラを構えたジェイソンが、興奮して声を上げた。


 空を飛ぶ魔物が大岩にぶつかり、潰されていく。

 危機を察知して逃げだそうとした個体もあったが、魔物が岩にぶつかるたびに発生する衝撃波に巻き込まれた。

 高速で落下する岩と魔物がぶつかるたびに、爆発のような現象が起こり、その衝撃でさらに魔物が死んでいく。


 数千、数万、数十万、さらには数百万回にも及ぶ衝突を受けてなお、大岩は砕けることなく魔王城に落ちていく。

 付与された〈硬化〉魔術のおかげである。


『ん、なんだ……?』


 そして上空を覆っていた魔物が数百万単位で死んだところで、ようやく魔王は異変に気づいた。


「残念、もう遅い」


 巨大な円盤の少し分厚くなった中央部分が、すでにそびえ立つ魔王城の頂上に達していた。


『ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも……それは反則だろうがぁ……!!』


 大岩は魔王城を押しつぶし、地面に到達した。


 ――ズウゥゥウウゥゥゥン……!


 大地が揺れるような轟音とともに、大爆発が起こる。


「うわぁ……」

「ほげぇ……」


 スザクに乗る陽一とジェイソンはそんな間の抜けた声を漏らしながら、魔王城周辺を眺めていた。


 ほどなく、爆煙と土埃が急速に晴れる。

 あとには巨大なクレーターができあがり、魔王城は跡形もなく消えていた。


○●○●


「ごほっ……げほっ……なんなのだ、いったい……!」


 大岩の衝突がもたらした爆発を受けてなお、魔王は健在だった。

 無傷とはいかなかったが、命を脅かすほどのダメージは受けていない。


「ええい、うっとうしい!」


 視界をさえぎもやを前に魔王が手を振ると、爆煙と土煙が一気に晴れた。


「な……これは……」


 荒野と化した魔王城周辺を目の当たりにし、パブロは愕然とした。


 荒野のあちこちでもぞもぞと動く影が目に入る。

 2000万の魔物が死に絶えたわけではなく、魔人たちも全滅してはいなかった。

 ただ、ざっと見たところ9割以上の魔物と、半数以上の魔人が死んでいる。


 そしてなにより、討伐隊迎撃のために戦力増強をおろそかにしてまで準備に準備を重ねた魔王城が、跡形もなく消えていた。


「おのれぇ……!」


 怒りに震える魔王パブロ。


(よう、気分はどうだ?)


 そんな彼の頭に、直接語りかけてくる声があった。


「この声は……?」


 それはこの100日、何度もパブロを悩ませた例の声だった。


(久しぶりだなぁ、魔王パブロ。いや、カルロ・スザーノ!)


 前世の名を呼ばれたパブロは、驚きに目を見開いた。

 そして語りかけてくる声の魔力を追跡し、相手の姿を確認する。


「そこかっ……!」


 はるか遠くに滞空するヴァーミリオンバートの背に乗る、ふたりの人間が見えた。

 魔王の力をもってすれば、その姿をはっきりと確認できる。


 ひとりはビデオカメラを構えた黒人青年。


 そしてもうひとり。


「貴様はっ……!?」


 はっきりと思い出す。それは前世、自分の組織を壊滅に導いたあの東洋人だった。


「貴様が……貴様がぁ……!!」


 前世に続いて、こちらでも邪魔をされた。


 なぜあの男がこの世界にいるのか、そんなことはどうでもよかった。

 重要なのはあの男が自分の敵で、かつ人類軍の中枢にいるということだ。


(どうだ、自分の作戦を台なしにされた気分は?)


「うがあぁぁああああぁぁ!!!!」


 ついさっき人類に向けて得意げに放った言葉を返されたパブロは、怒りに身を震わせ、大声を上げた。


「貴様だけは……この場で殺す!!」


 怒りはもちろんある。だがそれ以上に、危機感を覚えていた。


 あの男は危険だ。

 パブロの本能が、そう語りかけてきた。

 そしてあの男が、人類軍において重要な役割を果たしていることは間違いない。


 この場で殺しておいて、損はない。


 いや、殺しておくべきだ。


「おおおおおおおおおお!!!!!」


 大地が揺れる。


 魔王の中で、魔力が膨れ上がっていく。


 そして、魔王の両手に包まれるようなかたちで、黒く光る球体が現われた。


(マジか!? やべぇ!!)


 異変を察知したのか、男を乗せたヴァーミリオンバードが高速で離れていく。


「絶対に、逃がさんぞぉー!!」


 男の存在は、完全に捉えた。

 どこへ逃げようとも、かならず追い詰めて、殺す。


 そのために魔王はありったけの魔力を、生み出した黒い球体に込めていく。

 都市のひとつやふたつは軽く消し飛ばせる威力を持った攻撃魔法に、追尾効果を追加したのだ。


「たとえ世界の果てまで逃げようとも、追い詰めて殺してやるぞぉーっ!!」


 黒い球体が放たれた。

 それは世界で最も速いであろうヴァーミリオンバードの飛行速度をはるかに上回る速さで、男に迫っていく。


(嘘だろぉおっ!?)


 男の、うろたえた声が頭に響き、パブロは口元を歪めた。


「吾輩を愚弄した罪だ! 死をもって償えぃ!!」


 上へ上へと逃げるヴァーミリオンバードに、黒い球体が迫っていく。

 相手がどれほど複雑な軌道を描こうと、魔王の魔法は最短距離で接近する。


「終わりだ」


(うわあぁあぁぁぁ……)


 黒い魔法は、男のいた場所を通過して空の彼方へと消え去っていった。


「ふん、あっけないものだな」


 この世界のどこからも、男の存在は感じ取れなくなった。


 確実に、殺したのだ。


「ふぅ……」


 更地になった地面が、椅子の形に盛り上がる。


「ぐっ……」


 軽い目眩めまいを覚えた魔王は、盛り上げた土に腰を下ろした。


「魔力を、使い果たしたか……」


 椅子の形をした土塊つちくれに身を預けながら、魔王は呟く。


 あの男を確実に消し去るため、すべての魔力をあの魔法に込めた。

 そのせいで、自身が身を預ける玉座を作るほどの魔力も残らなかった。


「少し、休むしかあるまい」


 魔力が回復したあとは、生き残った魔物の回復と、魔王城の再建、そして新たな戦力を生み出す必要があるだろう。

 だが、とにかくいまは休息が必要だった。


「このスキに攻めてくるか? それならそれでかまわん」


 誰に聞かせるでもなく、魔王はそう呟く。


 かなり離れていたとはいえ、あの男は魔王城付近にまで来ていた。

 その気になれば、別の誰かがここへたどり着く手段はあるのかもしれない。


 だが、魔王城周辺の上空には、すでに魔物が集まり始めている。

 あの爆発からかろうじて生き残った個体もあれば、離れた場所から呼び戻したものもあった。

 こうなると、上空から魔王のもとへたどり着くのは不可能な状態だ。

 そして地上には、あの爆発を生き残った強力な個体や魔人が残っている。

 魔力の尽きた魔王自身でさえ、その身体能力だけでかなりの強さを誇っていた。


「あの男さえ始末していれば、問題はない」


 もう一度あの大岩落としをされれば危なかったが、それをできるであろう男はすでにいない。

 あの男がいなくなったことで、人類軍は今後の行動に支障をきたすこともあるだろう。


「ふん……吾輩の勝ちは、揺るがぬ」


 最後にそう呟くと、魔王パブロは目を閉じ、眠りについた。

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