最終章

第1話 最終決戦のはじまり

 とある酒場では、その日の仕事を終えた冒険者たちが、いつものように酒を飲みながらくだらない話をしていた。


『人間、誰しも怖いものってのがあるもんだ』


 冒険者のひとりがふとそう言った。



「ぐぬぬ……おのれ、またこの声か……!」


 頭の中に流れ込んでくる男の声に、魔王パブロは歯ぎしりする。


 人類に向けて宣戦布告をしたあとから、こうして脳内に声が聞こえてくるようになった。

 それは耳を塞ごうとも途絶えることはなく、大声を上げようともごまかせない。


 一度、あまりにイライラしすぎて魔王城が半壊するほど暴れ回ったが、そうしたところでどうにもならなかったため、いまはなかば諦め、可能な限り無視するようにしている。

 ただ、無視といっても脳内に直接鳴り響く声を完全に意識の外へと追いやることはできないので、この声が聞こえるあいだはなにをするにしても集中が乱れた。


 数日おき、時間も不定期に突然鳴り響くのも、かなりのストレスだった。


 ただ、なにより厄介なのは――。


『おいてめぇ! 本当はなにがこえぇんだ!?』


 そう言って詰め寄る冒険者に、男は言った。


 ………………。


「……話すなら最後まで話せぇっ!!」


 ――その声が語る話が、オチの直前で終わってしまうことだった。

 そのせいで、この声が聞こえるあいだはもちろん終わったあともしばらくはイライラが続いた。


 また、声が聞こえていないあいだも、いつかあの声が頭に流れ込んでくるのではないかと気になって、魔王はこのところ作業のパフォーマンスを落としていた。


「ククク……だが、ヤツは大きなミスを犯した」


 魔王は独りごち、ほくそ笑む。


 ときおり、例の声が、いつもとは異なる口調で聞こえてくることがあった。

 大抵たいていはそれほど意味のない雑談のようなものだった。

 途切れ途切れに聞こえてくることもあれば、結構な長時間、会話が垂れ流しになることもあった。

 会話といっても誰かと話している内容のうち、男の声だけしか聞こえないため、それはそれでうっとうしかったが。


 どうやら相手の男がふと気を緩めたとき、彼の考えていること、あるいは話している内容が、漏れ聞こえてくるようだった。

 そして会話の内容から男は人類側が編成した軍の、上層部に位置する人物であることがなんとなくわかった。

 なのでうっとうしいとは思いながらも、パブロは例の声が小噺こばなし以外のことを語る際には、それなりに集中して話を聞いていた。


 そして魔王パブロは、人類側の戦略を知ることとなる。


『なるほど……大軍をもって魔王軍を牽制しつつ、勇者をはじめとした腕利きの冒険者が魔王城へと潜入し、パブロを直接討つ、というわけですね?』


 この話が聞こえたとき、魔王パブロは思わず小躍こおどりしたくなった。


 その後も男はくだらない話を聞かせてきつつ、日常会話を漏らし続けたので、自分の考えが漏洩していることに、おそらくは気づいていない。


「貴様らのもくろみなど、叩き潰してくれる!」


 1日に100万、100日で1億。


 とにかく大量の魔物を生み出し、数をもって人類を蹂躙する。

 それが魔王の戦略だった。

 戦略とも呼べないほど単純な作戦だが、だからこそ恐ろしくもある。


 そんな基本戦略はある程度維持しつつ、パブロは防衛にも力を入れることにした。


 まず魔王城を大幅に改造する。


 広く、高くし、通路を迷宮のようにして、ただ歩くだけでも数日を要する規模にした。

 さらに多数の罠を仕掛け、強力な魔物を用意し、魔人も数名配置した。


 魔人たちには専用の転移陣を使わせるので、魔王城内の移動などで迷ったり疲弊したりする心配はない。


 さらに、魔王城周辺にも強い魔物を配置する。


 数はもちろん、質も重視し、地上の全方位に加えて空からの侵入にも対応するため、魔王城の上空も飛行系の魔物で埋め尽くした。


 その数およそ2000万。


 そして周辺にも、魔人を10名ほど配置する。

 オゥラ・タギーゴ時代の幹部や息子たちを転生、あるいは再誕させて生み出した魔人のおよそ半数を、魔王城の周辺、および城内に配置したことになる。


「勇者と、腕利きの冒険者だったか。そのうちの何人がわがはいのもとまでたどり着けるかな?」


 魔王の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。


 当初は1億を超える軍勢を生み出す予定だったが、防衛に力を注いだため、最終的には9000万を少し上回る程度に終わった。


「まぁ、1億と称しても問題あるまい」


 全軍の2割以上を防衛に割き、残る7000万超の軍勢をもって人類を蹂躙する。

 腕利きの冒険者とやらはどうせ数が少ないので、全滅させたあと、防衛に回した魔物たちを進軍させてもいい。

 なんにせよこの数の差を、この世界の人類がくつがえす方法などありはしないのだ。


 勝利は確定しており、あとはどう人類を滅ぼすかを楽しむだけだ。


 ――そして100日が経過した。


『人類諸君、ごきげんよう。終末の日々を健やかに過ごせたかね? 約束の100日が経過した。これより我々は、1億の軍勢をもって諸君らの住む家を、町を、国を蹂躙する』


 100日前と同じように、魔王の姿が上空に映し出され、声が大陸全土に響く。


『ああ、その前にひとつ、見せておきたいものがある』


 まるでカメラをスイッチするように、魔王は映し出される映像を切り替えた。

 巨大な魔王城とその周辺の大地、および上空にひしめく凶悪な魔物たち。

 さまざまなアングルから魔王城周辺が映し出されたあと、ふたたび魔王の姿が現われる。


『勇者だか腕利きの冒険者だかが吾輩のもとを直接訪れると聞いたのでな。歓迎の準備は整えておいたぞ』


 魔王パブロは、あざけるような笑みを浮かべた。


『ククク……貴様ら人間の考えなど、すべてお見通しなのだよ。どうかな、自分たちの作戦を台なしにされた気分は……』


 そのとき、空に映し出された魔王が、不意に上を見上げた。


『ん、なんだ……?』


 自信あふれる笑顔から一転、眉をひそめていた魔王が、大きく目を見開く。


『ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも……それは反則だろうがぁ……!!』


 最後にそう言い残して、魔王の姿は消えた。

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