第17話 切り札

 魔王の宣言から90日後。


 いまのところ計画は順調である。


 北部辺境各地から出発した連合軍も魔境の魔物を相手に善戦しており、順調に防衛ラインを前進させていた。


 玄武湖もすでに水で満たされ、そのほとりには作業員や防衛要員である冒険者たちが生活するための施設がいくつも作られている。


 普段は小さな町のように活気のある玄武湖のほとりだが、この日はいつもと違って静かだった。


 住人のほとんどは表に出ているが、だれひとり声を発していない。

 そんな彼らの視線の先には、高貴な格好をした集団がいた。


「これより、勇者召喚の儀を行なう!!」


 そう声を上げたのは、出陣式でも司会を務めた帝国宰相である。

 他にも、皇帝、国王、王国宰相ロザンナのほか、各ギルドの主なギルドマスターなど、統合作戦本部の重鎮たちが集まっていた。


「召喚士殿、よろしくお願いします」

「はい」


 静かに答えたのは、魔術士ギルド北部辺境統括ギルドマスターのエリスなる人物だった。

 明るい金色の長髪をなびかせながら優雅に歩く、スレンダーな体型の女性である。

 彼女はエメラルドグリーンの瞳に、長い耳をもつ、ハイエルフだった。


「僭越ながら、女神より賜った秘術をもって、異世界より勇者さまをおびいたしたく存じます」


 あらかじめ地面に描かれた魔法陣の中央にひざまずくと、彼女は胸の前で手を組み、祈り始める。


「女神に選ばれし勇敢なる戦士たちよ! 召喚に応じたまえ!!」


 魔法陣が光を放つ。

 あたり一面がまばゆい光に包まれ、その様子を見ていた者たちは思わず目を伏せた。

 やがて光が収まると、そこには数百人におよぶ人の集団が現われていた。


「おお! 本当に勇者があらわれたぞ!」

「あんなにもたくさん……これは頼もしい!」

「なんだかみんな、妙な格好をしているなぁ」

「いや、勇者トーゴだって見たこともない服を着ていたというし、あれこそ異世界の勇者である証だろう」


 見物していた作業員だけでなく、統合作戦本部の人員までもが驚きを口にしていた。

 召喚士であるエリスですら、思わず目を見開いている。


 いうまでもなく、エリスもオルタンス同様、割り当てられた役割を演じているに過ぎない。

 彼女はただ魔法陣を光らせ、目くらましをしただけなのだ。



「ヒュウ! 俺もついに、イセカイに来ちまったかぁ」


 最初に声を上げたのは、マーカスだった。

 彼を含め、ほとんどの者は迷彩服に身を包んでいる。

 彼の言葉を皮切りに、召喚されたとされる勇者の一団は、がやがやと喋りはじめた。

 緊張や困惑は見えるものの、彼らはおおむね落ち着いているようだった。


 集団の隅のほうに、陽一の姿があった。


 この集団は陽一が【帰還Ω】で集団転移させた、地球人たちである。

 彼らはエドの呼びかけに応じて集まってくれた、退役軍人と予備役だった。


 異世界にきたばかりの彼らが魔力酔いを起こしていないのは、魔力濃度を調整できる施設をあちらの世界に作り、時間をかけて慣らしていたからである。


「静粛に」


 エドが声を発すると、ざわついていた集団が、すぐに静かになった。


「失礼、責任者はどなたかな?」


 エドが問いかけると、ひざまずいたままだったエリスが、慌てたように立ち上がる。


「あ、あの、失礼しました。召喚士のエリスと申します。このたびは召喚に応じていただき、ありがとうございました」

「いえ、我らもかの魔王とは浅からぬ因縁がございます。やつとの雌雄を決する戦いを前におよびいただけたことを、むしろ感謝いたします」


 皇帝たちのあいだから、どよめきが起きる。

 異世界の勇者と魔王パブロに因縁がある、ということに驚きを禁じ得ないようだ。


 そこでエドは、魔王パブロが自分たちの世界で悪逆の限りを尽くしたこと、なんとか討伐し、封印しようとしたが失敗し、逃げられてしまったことなどの事情を話した。

 かなりの誇張やアレンジは入っているが、完全に嘘とも言えない話である。


「そこで我らは、今度こそかの魔王を討ち滅ぼすべく、わが世界最高峰の精鋭を集めて参上した次第です」

「最高峰の精鋭、ですか……」


 米兵の集団を見たエリスの表情が、わずかに曇る。

 彼女だけでなく、その場にいた異世界人たちの多くは、召喚された勇者たちの強さに疑問を持っていた。

 最初こそ興奮していたものの、冷静になってみるとあまり強そうには見えないからだ。


 それはそうだろう。

 集められた人員の大半は退役しており、実戦から遠く離れている。

 マーカスを始めとする予備役は、いつでも戦線に復帰できるように鍛えてはいるが、それにしたところでこちらの冒険者などとは比べものにならない。


 人数だけは多いが、はたして魔王軍との戦いに耐えうるのだろうか?

 この場にいる多くの者がそう思ったとしても、仕方のないことである。


「失礼ですが、私どもに勇者さまの力をお見せ願えないでしょうか?」


 エリスの問いかけを受けたエドは、集団の隅にいる陽一をチラリと見た。コクリ、と陽一が頷く。


「いいでしょう。ではあちらをご覧ください」


 エドは、玄武湖を示した。


 全員が湖に目を向けたところで、パチンと指を鳴らす。


「……えっ? 壁!?」


 湖にほど近い場所にいた作業員のひとりが、思わずそう言った。


 突然目の前に壁が現われた。


 湖の近くにいた者たちの多くがそう思った。


「もしや……あれは、要塞か!?」


 そう言ったのは、少し離れた場所から湖を見ていた皇帝だった。


「勇者殿は、水上に要塞を作った……いや、召喚したのか!?」


 湖上に突如現われた巨大な建造物を、皇帝をはじめ多くの者が水上要塞だと思った。


「要塞だけではない……まだなにかある……!」


 水上要塞と思しき建造物の向こうに、別のなにかを見つけた国王が、思わず叫んだ。


「おい、向こうにあるのは船じゃないか?」

「……ああ、そうだ。見たことのない形の、巨大な船だ!」

「要塞に船……あんなものを出現させるとは、さすが異世界の勇者だ」


 これらはもちろん、陽一が【無限収納Ω】から取り出したものである。


 遠くに見える巨大な船と称されたほうは、155メートルにも及ぶ暗灰色の船体を悠然と湖面に浮かべていた。

 その上には小さな砦が載っているように見え、そして中央には高い鉄塔があった。


 水上要塞と称されたほうも色は似通っており、遠目に見れば船のような形をしていることがわかった。

 ただ、船でいう甲板に当たる部分が異様に広く、そこには翼を拡げた鳥を模したようなものがずらりと並んでいた。


「勇者さま……あれはいったい?」

「手前にあるのがニミッツ級航空母艦、奥にあるのがイージスシステムを搭載したアーレイバーク級ミサイル駆逐艦ですな」

「は、はぁ……」


 エドの答えに、エリスは首を傾げる。


「まぁ見ていただくのが早いでしょう。これより10日間、こちらの環境に慣れるために訓練を行ないますから、力の一端はご覧に入れられるかと」

「そうですか。それでは、期待しておりますね」


 玄武湖に現われた原子力空母とイージス艦。

 これこそ陽一がエドの協力を得て用意できた、魔王軍に対する切り札だった。


――――――――――

これにて十三章終了です。

最終章となる次章は11月より開始予定ですので、しばらくお待ちくださいませ。

【お知らせ】

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ベガス編~スタンピード編冒頭までを収録したコミック版3巻も11月発売予定ですので、そちらもよろしくお願いします!


また、本作の裏話なんかを書いたブログ『転移失敗のはなし』というブログを書き始めました。

作中ではぼかされてる地名や銃の型番なんかも公開してますので、よろしければどうぞ!

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