第15話 良くも悪くも想定外

 魔王の宣言から30日が経った。


(陽一、聞こえる?)

「……ん、花梨か?」


 『グランコート2503』の広いベッドでひとり眠っていた陽一は、念話によって起こされた。


 例の【言語理解Ω】と【鑑定Ω】を使った言葉のやりとりは、そのまま『念話』と呼ばれることにった。

 それは陽一から語りかけるだけでなく、トコロテンのメンバーが強く呼びかけると、その意思を陽一へと伝えるように【鑑定Ω】を設定しており、完全に双方向の意思疎通ができるようになっていた。


(花梨、どうした?)

(ちょっときてほしいんだけど)

(わかった)


 陽一が統合作戦本部に設けられたロザンナの部屋へ【帰還】すると、そこにはロザンナと花梨、アラーナがいた。


「ごめんね、急に呼び出して……って、もしかして寝てた?」

「え? ああ、いや、別に……」

「寝グセ、ひどいわよ?」


 そう言いながら花梨は陽一のもとへ歩み寄り、頭を何度か撫でた。

 魔法か魔術を使ったのか、それだけで寝グセが直った。


「ごめんね、寝てるとこ起こしちゃって」

「いや、気にしなくていいよ。それより、なにか話があるんだろ?」

「うん、それはロザンナさんから」


 花梨に促され、ロザンナが口を開く。


「ヨーイチ、思ったより兵が集まりそうなのだ」

「兵が?」

「うむ。君たちの用意してくれたあの映像のおかげなのか、いまのペースだと最終的には200万に届きそうなのだよ」

「……それは、すごいですね」


 前線の戦力が増強されることは、本来喜ばしいことである。

 陣容が厚くなれば、そのぶん魔境からの侵攻を防げるのだから。


「ただ、いいことづくめ、というわけにもいかなくてな」

「足手まといになりますかね?」

「いや、志願兵のほとんどは工兵として陣地の設営などをさせる予定だ」

「じゃあ、物資が足りない、とか?」


 人が集まればそのぶん必要になる食料や武器防具、生活用品や居住設備なども増える。

 それを手配するのも、ひと苦労というわけである。


「食料や設備類、それに防具は目処が立つのだが、武器がな……」

「ほとんどが工兵になるんですよね?」

「ああ。にしても、自衛用の武器は必要だろう」


 積極的に戦闘へ参加しないとしても、彼らのおもむく先は魔境である。

 いつどこで魔物に襲われるとも知れない場所なのだ。

 武器の有無が生死をわけることもあるだろう。


棍棒こんぼうでよければ、いくらでも用意できますけど?」


 【無限収納Ω】内には、いまなお魔境の木材が大量に収納されている。

 その中には、堅くて重い樹木もあった。


「ヨーイチ殿、棍棒やメイスなどの鈍器は、案外素人には扱いづらいものなのだ」


 アラーナが、割って入る。


「そうなの?」


 剣や槍と違って、ただ振り回すだけでもそれなりに威力を発揮する鈍器は、メンテナンス面でも優れていると冒険者のあいだでは結構な人気があり、陽一も、そういう認識を持っていた。


「陽一、金属バットで壁をぶっ叩いたら?」

「そりゃ、手がジーンって……ああ」

「そういうこと」


 花梨の問いかけで、陽一は得心がいった。

 鈍器による攻撃は、衝撃の反動がかなり大きくなるのだ。

 冒険者のように普段から鍛えている者ならともかく、例の動画に感化されて一念発起したような素人には、なかなか扱えないものらしい。


「もちろん、ないよりはあったほうがいいので、棍棒もぜひ作ってもらいたいがね。ただ、できれば剣か斧がほしいところだな」

「剣か斧、ですか……」


 ロザンナの言葉に、陽一が小さく唸る。


 木材の切り出しならばいくらでもできるようになったが、金属の加工は無理だった。

 木材を削り出せるのだから、たとえば鉄のインゴットから剣や斧の形で削り出せないかと試してみたが、できなかった。

 このあたりの線引きがどうなっているのかは不明だが、おそらくスキルを与えた管理人すらも把握していない部分なのだろう。



「というわけで相談に来ました」


 異世界では誰も彼も手いっぱいの状況なので、地球の手を借りるしかないと考えた陽一は、エドを訪ねた。


「近接戦闘用の武器か……」

「はい。迅速かつ大量に欲しいのですが」

「ふむ。素人に扱えるもので大量生産できる、となれば、マチェットとトマホークだな」


 こちらの兵士が山に分け入るときに用いるミリタリーマチェットであれば、ショートソードの代用には充分である。

 そしてエドのいうトマホークとは、以前アラーナがカジノの町のギャングを相手にした際、武器として使った消防斧だ。

 片手で扱える消防斧であれば、素人にも使いこなせるだろう。


「それをかき集めればいいのかね?」

「あー、いえ、それじゃだめなんです」


 魔力を含まないこちらの金属で作られる武器は、異世界の魔物に対してかなり威力が落ちてしまう。

 そこで陽一は、あちらの世界の鉄を融通し、こちらの世界の工場で生産してもらうことにした。


「では、工場をいくつか押さえておこう」

「助かります!」


 こうして急増した兵士に支給する武器の問題は、なんとかクリアできたのだった。

 

○●○●


 魔王の宣言から50日後。


 魔境内拠点予定地の掘削が終わった。


 人造湖の平均深度は現時点で18メートルほどとなり、一応最低限の目標には達している。


「ここからさらに、外側へ押し出す形で表面を圧縮しますから、あと2~3メートルは深くなる予定です」


 実里の報告に、陽一は満足げに頷いた。


 現在この場所は穴を掘って土砂を取り除いただけの状態だ。

 ここへ水を流し込んで湖にするわけだが、このままだと流れ込んだ水の多くはむき出しの土砂に染み込み、岸はボロボロと崩れてしまう。

 そこで魔術を使って土を圧縮し、湖底や岸を強化しつつ浸水を防ごうというわけである。


「固めたあとはなにか処理するの? コンクリートみたいなの塗ったりとか」

「いえ、大丈夫です。陽一さんが思ってるレベルの圧縮じゃないですよ、たぶん」

「そうなのか?」


 陽一が思い浮かべるのは、ロードローラーのように重量で地面をならしつつ押し固めたり、振動板圧縮機で叩き固めたりという、道路工事でよく見る光景だった。


「そうですね……たぶん見てもらったほうが早いかな?」


 軽くうつむいて思案していた実里は、メガネの位置をクイッと直して顔を上げる。


「陽一さん、収納してある土を適当に出してもらっていいですか?」

「え? ああ、うん」


 【無限収納Ω】から、回収していた土をひと山とりだす。

 ちょうど陽一の背丈ほどもある、土の小山が現われた。


「じゃ、いきますね」


 実里が手をかざし、魔術を発動すると、土の山は中央に向かって圧縮され始めた。

 そしてそれは、10秒もしないうちに両手で抱え上げられるほどの大きさになった。


「おお……10分の1くらいにはなったか」


 そう言いながら、陽一は固められた土塊にふれる。


「……こりゃ土の塊っていうより、岩だな」


 表面は少しザラザラしているものの、その質感は完全に岩石のそれだった。

 これならば、水はほとんど染み込まないだろう。


「なあ、ひとつ試してもらいたいんだけど」

「いいですよ、なんでしょう?」


 実里の了承を得た陽一は、もう一度土の山を出した。

 そして、その中心あたりに、先ほどの圧縮で生まれた岩を埋め込む。


「これに圧縮をかけてくれないか?」

「はい」


 実里が魔術をかけると、先ほど同じように土は圧縮され、岩ができあがる。

 ただ、中央に別の岩を抱えていたため、大きさは倍ほどになっていた。


「おう、完全にひとつの岩になってるみたいだ」


 できあがった岩を【鑑定】したところ、中心の岩と周りを囲むかたちで新たに形成された岩の境目は、がっちりと粒子が結合していた。


「……これ、使えそうだな」


 できあがった岩を眺めながら、陽一は呟くのだった。

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