第14話 前線以外の人たちも奮闘中

 コルーソの町はずれ、人通りも家屋もあまりないところに、新たなスミス工房ができあがっていた。

 打ちっぱなしのコンクリートで作られた、無骨な建物である。


 この工房を制作したのは、星川グループ内企業の星川建設だった。

 基礎を作らず、あえて建物部分だけを製作したあと、陽一が【無限収納Ω】に収めてここへ運び出したのだ。


 魔力を一切含まないあちらの素材で作られた工房は、サマンサに好評だった。


「よう、調子はどうだい?」

「ぼちぼちでんなぁ」

「お、ヨーイチくん、いらっしゃい」


 工房内に入った陽一を、シーハンとサマンサが出迎える。

 ここでは主に、高ランク冒険者に向けた装備品の製作やカスタマイズ、メンテナンスが行なわれている。


 ちなみにだが、兵士や一般冒険者に向けた装備品の製作等は、各ギルドが連携を取って北部辺境各地で行なわれていた。

 今回サマンサは、トコロテンおよび魔王討伐隊への仕事をメインにしているのだった。


「お師さん、ちょっと見でくだせぇ」


 そこへ、大きな丸眼鏡をかけた小柄な女性が現われた。赤い閃光の元メンバーにしてグラーフの幼馴染おさななじみでもあるメリルである。


 戦闘ではあまり役に立てない彼女だが、どうしてもグラーフについてくるといってきかなかったので、試しにサマンサへ預けたところ、錬金術師として意外な才能を秘めていた。

 そこで、この工房で預かることにしたのだった。


 冒険者時代に比べて服装は少しラフになっているが、彼女のトレードマークともいえる三角帽子は被ったままだった。

 作業の邪魔になりそうに見えるが、本人曰くこれがないと魔術をうまく使えない気がする、とのことだった。


「今回のは、ええ出来だと思うんすけんども……」


 メリルから渡された制作物をじっくりと観察したサマンサは、満足げな表情で頷く。


「うん、すごくいいと思うよ!」

「よがっだぁ……! これで……これで村のみんなも救われるのす……!」


 返された制作物を胸に抱くメリルの目尻に、涙がキラリと光った。

 それを見た陽一の口元が引きつる。

「あの、さぁ……なに作ってんの?」


「なにって、見でわがんねぇが?」

「いや、うん……わかるけど、わかりたくないというか……」


 ドン引きする陽一を無視して、メリルは制作物を誇らしげに掲げた。


「これぁ『グラーフちゃん2号』だべさ!」


 メリルの丸眼鏡がキラリと光る。

 彼女が手にしていたのは、男性器をかたどった女性向け性玩具だった。


 冒険者として活動するグラーフは、いつも村にいるわけではない。

 場合によっては長期間村を空けることもあり、ただでさえ順番待ちで欲求を溜め込んでいる村の女性たちは、大変なことになるのだそうな。


「適当な男衆を連れ込む娘っこもいるんだども、グラーフちゃんにさんざん仕込まれたスケベ×××にそんじょそこらの×××がかなうはずもねぐてねぇ……」

「いや君んとこの村、いろいろ乱れてんね!?」


 グラーフについてこの町へきたメリルだが、メイルグラードよりも過酷な場所での活動に参加できるはずもなく、陽一の口利きでサマンサに預けられたことは先述したとおりだ。

 彼女はそこで『ヨーイチくん2号』の存在を知ったのだ。


「これで村のみんなもすぐわれる、そう思ったのす!」

「はいはい、そうですか……」


 熱弁するメリルを冷めた目で見ていた陽一だったが、ふと違和感を覚えた。


「……あれ、そういや君、妊娠してなかったっけ?」


 先日ペリニジの村で会ったとき、メリルはお腹を大きくしていたことを思い出した。


「チビなら村に預けてきたべさ」


 どうやら無事に出産していたようだ。


「母親連中もチビたづも、みんな親戚みたいなもんだがらねぇ」

「うん、親戚っていうか正真正銘の異母兄弟姉妹きょうだいだよねぇ」


 なんというか、陽一の想像を絶するコミュニティが形成されているようだ。


「あれやな、もう後宮みたいなもんやな」


 シーハンの感想に、陽一も思わず頷いた。


「とごろでお師さん、次は回転やら振動やらもつげたいんだども、これに付与しだらええんだべか?」

「いや、それはそれで新しく作ったほうがいいね」

「わがっだのす!」


 気合いを入れ直したメリルは、自分の作業スペースに戻っていった。


「……あの子、あんなことばっかやってんの?」

「あはは、まさか。空き時間にちまちまやってる感じだよ」

「それならいいんだけど」


 陽一はふと、工房内にいくつか積まれた機械類に目をやった。それらはエドから預かったものである。


「それで、作業は順調?」

「うん。ちゃんと間に合わせるから心配しないで」


 出陣式までは間がなかったのであちらの機材をそのまま使ったが、魔王軍との戦いで使う予定のあるいくつかの機器類は、彼女が解析し、こちらの技術を組み込んでカスタマイズするか、新たに作り直すことになっている。

 機器の調整ひとつで戦力が大幅に変わるため、サマンサの責任は重大だった。


「うちがしっかりサポートしとるから安心しぃ」


 地球産の機械を扱ううえで、シーハンの知識と経験は大いに役立っている。

 いくらサマンサが天才的な理解力を持っているといっても、及ばない部分はあるのだ。


「それに、メリやんにもまぁまぁ助けられとるしな」


 メリルは繊細な魔力の制御に長けているらしい。

 魔力を扱い始めて間がないシーハンにとっては助かる部分も多いらしく、3人ともがそれぞれの足りない部分をうまく補い合っているようだ。


「そっか。俺にできることはあるか?」

「あ、それじゃ……」


 陽一はサマンサに請われ、【鑑定Ω】を使って彼女のサポートをするのだった。

 

○●○●


 メイルグラードの町を出たところの荒野に、馬防柵ややぐら、簡易コテージなどが大量に並べられていた。多くの住人がそれらを囲み、眺めている。


「できあがったものはこれですべてか?」

「はい。支給された木材はほぼ使いきりました」


 ウィリアムの問いかけに、ヴィスタが答える。


 メイルグラードからも、騎士や冒険者が魔王と戦うべく北へ向かった。

 多くの者が人類の存亡を賭けた戦いへ身を投じることを望んだが、だからといって町の運営や防衛をおろそかにするわけにはいかない。

 そのため、ウィリアムはおよそ半数の騎士と冒険者を北へと送り出し、自身は領地に残っていたのだった。


 そんなある日、陽一が訪ねてきた。


『連合軍の陣地を築くのに必要なんで、いろいろ作ってもらっていいですかね?』


 そう言いながら、彼は必要な施設の概要を記した書面をウィリアムに渡した。


『材料は町の外に置いておきますね。できあがるころに取りにきますんで』


 彼が去ったあと町の外に出ると、大量の木材が積み上げられていた。


 それから住民総出で製作を行ない、今日、注文を受けていたすべての設備ができあがったのだった。


「しかし、取りにくるとは言ったが、ここに置いておけばいいのだろうか?」


 困惑するウィリアムに、正妻のイザベルが歩み寄ってくる。


「あなた、心配なさらなくても、ヨーイチさんに任せておけばいいのですよ」


 彼女はそう言って、優雅に微笑む。


「うむ、そうかもしれんが……ぬおぉっ!?」


 突然、目の前にあった制作物が消え去った。住人たちからも、驚愕の声が上がる。


「こ、これは……」

「ふふふ、ヨーイチさんが持っていったのでしょうね」


 そして次の瞬間には、また木材が積み上げられていた。


「あらあら、お仕事はまだまだありそうですわねぇ」

「ふふん、望むところよ」


 不適に笑ったウィリアムが、住人たちを見回す。


「みなの者、新たな仕事である! 我らの作ったものが、前線の兵士を守る盾となり、鎧となるのだ! 人類を勝利に導くため、力を尽くそうではないか!!」


『おおおおおおお!!!!!』


 住人のあいだから、歓声が沸き起こった。


 人類圏にあって、メイルグラードは魔境から最も離れた位置にある。

 そのため、今回の戦いではどこか疎外感を抱いている者も少なくなかった。

 そんな事情もあり、人類を守るための戦いにおいて、後方支援とはいえ役割を与えられたことに彼らは奮起し、尽力するのだった。



「メイルグラードはオッケー、と。いやー、みんな気合い入ってんなー」


 メイルグラード上空から、木造設備の回収と新たな木材の配布を終えた陽一は、スザクに乗って北へと向かった。


 彼は大陸全土の各地で同じように素材の配布をし、前線で必要な設備の製作を依頼していた。

 メイルグラードのように木造設備を頼むこともあれば、魔物素材を渡して軍服や軍靴の製作を任せる場合もあった。

 とにかくなにをするにも人手が足りないので、こうして大陸全土の人たちの手を借りているのだ。


 【帰還Ω】とスザクの飛行能力を駆使すれば、大陸のどんな場所へも数時間でたどり着けるので、たまに【鑑定Ω】で各地の製作状況を見ながら、物資の運搬を行なっていたのだった。

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