第13話 戦いの準備は進行中
さらに10日後、統合作戦本部が一応の完成を見た。
外装や内装など、細かな部分はまだまだ工事が必要だが、庁舎としては機能するので、そこへ続々と人が集まってくる。
「師匠、おつかれさまです」
「おう、ヨーイチか」
かなり前からコルーソの町を訪れていたセレスタンだったが、陽一があちこち飛び回っていたせいで会えずじまいのまま、この日ようやく顔を合わせられたのだった。
「大活躍じゃないか」
「いえ、それほどでも」
「謙遜するな。
「ええ、まぁ」
魔王軍に対する100万の軍勢と、それに数倍する後方支援者たちの食料は、莫大なものになる。
もちろんそれらの多くは帝国と王国が大陸全土からかき集めているのだが、あまりやり過ぎると市場価格が高騰し、人々の生活を圧迫してしまうのだ。
そこで陽一は、エド、
トウモロコシ、麦、米などの穀類がメインだ。
このとりまとめには、実里の義弟である
「おぬしが用意してくれた防具一式も、好評なようじゃわい」
途中から、ギーゼラも話に交ざってくる。
出陣式で兵士が身に着けていた軽鎧は、すべて魔境の木材で作られたものである。
製材ができるのであれば、鎧の形にも削り出せるのではないか?
と、ギーゼラを通して鍛冶ギルドマスターが打診してきたのが、防具を作るきっかけとなった。
さすがにそれは難しいだろうと最初は思っていたのだが、鍛冶ギルドマスターが用意した仕様書を元に【鑑定Ω】と【無限収納Ω】をかけ合わせたところ、ある程度自由な形で木材を切り出せることが判明したのだ。
いまも陽一は、軽鎧に必要な装甲のパーツをさまざまなサイズで切り出し、鍛冶ギルドに渡しているのである。
「ほとんど完成したものを革ベルトで合わせるだけじゃから、ジジイも喜んでおったぞい」
ジジイというのは、鍛冶ギルドマスターである。
「鋼鉄ほどではないにせよ、かなりの強度があるのに軽く、吸湿効果もあるうえに、ちょっとした傷なら自然に直るとかでのう」
「さすが魔境の木材ですね」
「それもあるが、なによりお前さんが切り出してくれるからこそじゃ。あれは加工も手間がかかるでの」
「ほほう、
「あはは……じゃあ俺、みんなの様子を見にいきますんで」
セレスタンとギーゼラに褒められて居心地の悪くなった陽一は、そう言って本部を離れた。
本部を出た陽一がまず訪れたのは、魔境の森だった。
「スザク、降りてくれ」
「キュルゥ!」
上空を飛んでいた陽一は、目当ての場所でスザクに降下を命じた。
「よっと」
ある程度の高さまで降下したところで、スザクの背から飛び降りる。
「あー、アニキだー!」
陽一が地面に降り立つと、近くにいたアミィが駆け寄ってきた。
「アニキ、会いにきてくれたんっすね!」
アミィは陽一に駆け寄るなり、すぐさま抱きついた。
「あはは。アミィ調子はどうだ?」
「いい感じっすよー」
頭を撫でてやりながら尋ねると、アミィはさらりとそう答えた。
現在彼女は、この魔境の森に棲む魔物をテイムしていた。
80日後に控えた魔王軍の侵攻に、こちらも魔物の群れをぶつけるという作戦だ。
「みんなとは、うまくやれてるか?」
「うん! みんないい人たちっす!」
そう言って顔を上げたアミィの視線を追うと、赤い閃光のメンバーがいた。
「やあ、ヨーイチさん」
リーダーのグラーフが、爽やかな笑顔とともに歩み寄ってくる。
「や、久しぶり」
「ご、ごぶさたしてます……」
「ふふん、あいかわらずもっさりしてますわね」
ミーナ、ジェシカ、グレタが、三者三様に声をかけてくる。
彼らは一応、護衛という名目でアミィに同行している。
実際はアミィひとりでもなんら危険はないのだが、さすがにそれは寂しいだろうということで、一緒にいてもらっているのだ。
「いやぁ、アミィさんのおかげで僕らも随分鍛えられてるよ」
「お役に立ててるならなによりっすよ」
基本的にアミィが操れない魔物はいないが、扱いづらい種族や個体は存在する。
そういった魔物を使って、アミィは赤い閃光を鍛えているのだった。
一応彼らも魔王討伐隊――マーカスが言うところの特殊部隊――の一員である。魔境の魔物との戦いは、いい経験になるだろう。
「みんな、ありがとな。アミィと仲よくしてくれて」
「ま、アミィはいい子だからね」
「い、一緒にいると、楽しい、です」
「ほんとうに、あなたなんかにはもったいない女性ですわ」
「ちょっとグレっち、さらっとアニキをディスるの、やめてほしいっすよ」
「え? ディス……?」
このやりとりを見るに、彼女たちの関係に問題はなさそうだった。
「特に不満はなさそうで、よかったよ」
「そっすね。グラっちがたまにエロい目で見てくる以外、問題ないっすね」
「ほう……」
陽一の表情が、冷たくなる。
「あ、いや、その、ちが……」
「悪い子にはお仕置きが必要だな」
陽一はそう言うと、重機関銃を取り出して構えた。
「ひぃぁああぁぁぁーっ!」
それを見るなり、グラーフは悲鳴を上げてあとずさり、ジェシカの陰に隠れた。
「ちょっとグラーフぅ、なにビビってんのさ?」
「そ、そうです……そんなに、怖がらなくても……」
「いまのグラーフなら、あれくらいなんてことないはずですわ!」
グレタの言うとおり、いまのグラーフであれば、たとえ動きを先読みされたとしても銃弾が発射された直後にかわしたり、あるいは盾で受け流したりと、なにかしら対処は可能なはずだ。
「いやだいやだこわいこわいこわいこわい……」
しかし彼は過去の経験がトラウマになっているのか、ジェシカのうしろでうずくまり、ガタガタと震え続けた。
「……こんなんで大丈夫っすかね?」
「ま、パブロのところに
怯えるグラーフを見ながら、陽一らは乾いた笑いを漏らすのだった。
○●○●
アミィたちと別れた陽一は、スザクに乗って北西に1時間ほど移動した。
すると森の中に突然、だだっ広い更地が現われる。
「おー、だいぶ作業も進んだみたいだな」
そこは先日、実里と一緒に木々を伐採した魔境内拠点予定地だった。
ここでは現在、1000人以上の魔術士が作業を行なっていた。
ちょうど中心部あたりに実里の姿を発見したので、スザクを降下させて地面に降り立つ。
高度を下げると、更地の地面が外周から中央にかけて、わずかにではあるがすり鉢状に掘り下げられているのがわかった。
「実里、おつかれ」
「陽一さん、おつかれさまです」
「もう、掘り始めたんだな」
「はい。まだ一番深いところで1メートルくらいですけど」
「まぁ、これだけ広いとね」
更地の面積は、1000平方キロメートルもあるのだ。
「20メートルは必要なんですよね?」
「できればね。一番浅いところでも15メートルはほしいかな」
人類連合軍は、この場所に巨大な湖を作ろうとしていた。
湖を作るためには地面を掘らなければならないが、その前準備として伐採のあとに残った切り株の処理が必要となった。
いかに【無限収納Ω】といえど、大地に根を張ったままの切り株を収納することはできない。
そこでまず、広範囲の攻撃魔術が得意な魔術士を1000名ほど集め、残った雑草も含めて切り株を焼き払った。
掘り出せば素材になったであろう切り株だが、さすがにそこまで手間をかけるわけにはいかない。
およそ1週間かけて切り株を丁寧に焼き払い、更地にしたところで、今度は土木関係の魔術を得意とする者を約1万人集め、穴を掘り始めたのである。
また、湖へは近くの大河から水を引き込む予定であり、同時並行で運河も作られていた。
「あらぁ、ヨーイチくんいらっしゃぁい」
実里と話していると、アラーナの母にしてメイルグラード魔術士ギルドマスターのオルタンスが現われた。
「オルタンスさん、どうもおつかれさまです」
「ほんと、疲れるわよぉ」
現場で作業する1万人の魔術士を取り仕切っているのが彼女である。
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、隠しきれない疲労がにじみ出ていた。
「すいませんね、面倒なことを押しつけちゃって」
「ほんとよぉ」
ここでいう面倒ごととは、魔術士のまとめ役を指しているのではない。
切り株を処理した1000人と、いま現在作業中をしている1万人の魔術士をこの場に運んだのは、いうまでもなく陽一である。
視界に収めてさえいれば人数制限なしで人を転移させられる【帰還Ω】を使ったのだが、そのような大規模転移スキルがほぼ無制限に使えると知られると、なにかと面倒なことになる。
そこで、この転移スキルは魔王討伐までの期間限定で使えるよう、女神が便宜をはかってくれた、ということにしたのだった。
ではその転移スキルを使ったのは誰か? となるわけだが、それは女神の祝福を受けた賢者の
「賢者だなんて、ガラじゃないのよねぇ」
その賢者に選ばれたのが、オルタンスだった。
アラーナとともに、親子そろって女神の祝福を受けたということになったわけだが、そのあたりはセレスタンと勇者トーゴに縁があった――といってもセレスタンが一方的に見ただけだがそこは誇張した――こともあり、すんなり受け入れられた。
転移の際には、オルタンスが魔術士たちの中心に立ち、適当な文言を口にして身振り手振りで合図したところで、陽一が【帰還Ω】を発動する、という作業を何度か繰り返した。
対象をスキルの効果範囲に加える場合〝視界に捉える〟必要がある。
なので集団の中心に立つオルタンスは全員を見ることはできないのだが、そんな条件を知るのはトコロテンのメンバーと統合作戦本部のごく一部のみなので、端のほうにいる陽一がスキルを発動したと見抜ける者はいなかった。
「本当に、ご苦労をおかけします……! 俺にできることならなんでもしますんで」
「そぉ? それじゃあヨーイチくんにお願いがあるんだけどぉ」
オルタンスはそう言って蠱惑的な笑みを浮かべると、陽一の腕に絡みついた。
「おぅ……?」
彼女は陽一の腕を豊満な胸にぎゅっと押し当てながら、彼の耳元に顔を近づけた。
「ヨーイチくんの濃ゆいお×××ミルク、私のお×××にたぁーっぷり注いでほしいなぁ」
「「なっ……!?」」
陽一と実里が、同時に絶句する。
「だ、だめです……! 先生、それだけはだめっ!!」
「いや、ほんと、それだけは勘弁してください……!」
「えぇー……だめなのぉ?」
オルタンスは不機嫌そうに口を膨らませながらも、目元には笑みをたたえたままだった。
健康的な褐色の肌に、白銀で染め上げた絹のようなさらさらの髪。
どこかアラーナに似た美しい容貌に、豊満な肢体。100歳を優に超えているというが、その容姿は30歳前後にしか見えず、
なんのしがらみもなければぜひともお相手したいところだ。
「いいじゃない、お××××んをお×××でじゅぽじゅぽしてぴゅぴゅって出すだけの、簡単なお仕事よ?」
「いやいや、アラーナと師匠に殺されますから……」
もしオルタンスと関係を持ったとしても、アラーナは呆れ気味に苦く笑う程度で許してくれそうだが、セレスタンがどういう行動に出るかは想像がつかない。
若いころは
それに、アラーナと関係を持ちながらオルタンスとも……という行為に、あのセレスタンが黙っているとは思えないのだ。
ちなみに夫であるウィリアムについては、仮に不貞行為を知られたところで、次は自分も交ぜろ、くらいのことしか言わないだろう。
「と、とにかく、これで勘弁してください」
陽一はそう言うと、カプセルをひとつオルタンスに渡した。
「はぁ……しょうがないわね」
カプセルを受け取ったオルタンスは、それをひと息に飲み込んだ。
「ふぅ……これ、ほんと効くのよねぇ。いったいなにでできてるのかしら?」
「秘密です」
カプセルの中身は、陽一の血液である。
スキルが【健康体Ω】に進化したことで、その血液の経口摂取による回復量が飛躍的に上昇した。
それだけでなく、保存期間も延長され、前までは半日も経てば効果が半減していたのが、いまはひと月経ってもほとんど劣化しなくなっている。
そのため、ここにいる魔術士たちはもちろん、前線の兵士たちも、このカプセルを常備していた。
「まぁ、女神の恩恵と俺の努力の結晶ってことで」
【健康体Ω】の回復力は凄まじく、ガロン単位で採血しても貧血すら起こさず血液が再生するのである。
そういうこともあって、陽一はヒマを見つけてはせっせと採血に勤しんでいた。
血液さえ確保しておけば、カプセルへの注入は【無限収納Ω】を使って一瞬で終えられるのだ。
「ふふふ、詮索はしないでおくわ。それじゃぁね」
去っていくオルタンスの背中を見送りながら、陽一と実里はそろって胸を撫で下ろした。
「あ、そうだ、掘ったあとの土って周りに積んである?」
「はい。いつもみたいに適当に積んでますけど、まとめておかなくていいですか?」
「うん、大丈夫。みんなの労力が少しでも減るようにしてくれたほうがいいからね」
積み上げた土はあまり長く放っておくと地面と一体化してしまい、収納ができなくなる。
なので、定期的にここを訪れて土を回収する必要があった。
「じゃあ、俺は土を回収がてら、町に戻るよ」
「はい。それでは、また」
実里に見送られながらスザクに乗った陽一は、更地の周辺をぐるりと回って土を収納し、コルーソの町へと帰っていくのだった。
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