第12話 出陣式

 魔王の宣言から10日後。


 コルーソの町から少し北にある平原に、多くの人が集まっていた。


 ここは先の魔人襲来で戦場となった場所である。

 その際に魔物集団暴走スタンピード並みに現われた魔物の群れを撃退したおかげか、それ以来魔物の出現が激減しており、簡易な砦を築いてある程度の安全を確保できていた。

 もし魔王の宣言がなければ、半年以内には帝国の領土に加えられていただろう。


 現在この場所にて、統合作戦本部本庁舎の建設が進められていた。


 その建設途中の基礎部分をベースに舞台が組まれ、その上にはヴァーティンスロ帝国皇帝、センソリヴェル王国国王、そして各国の高官や、各ギルドの重鎮たちが並んでいる。


 舞台に向かい合うかたちで、軍が隊列を成していた。


 兵数は1万。

 そのほとんどが北部辺境に所属する帝国軍であり、少数ではあるが冒険者も隊列に加わっている。


 さらにその周りを、多くの人が取り囲んでいた。

 彼らは近隣から集まってきた見物人である。

 中には、遠方から急いで訪れた者もあった。


 これより、かねてから準備を進めていた式典が行なわれる。

 この式典が終わるのと同時に、集められた兵士は魔境への進軍を開始する予定だ。

 そのため、式典はシンプルに『出陣式』と呼ばれることになった。


「これより、ヴァーティンスロ帝国およびセンソリヴェル王国にて、同盟の締結を執り行なう!」


 出陣式に先んじて、同盟が結ばれることとなった。


 舞台上で声を上げたのは、帝国宰相である。

 豊かな白髪と立派な白いひげが印象的な、老人だった。

 70に近い年齢だが、背筋はピンと伸び、声に張りがある。

 〈拡声〉の魔道具によって、彼の声は平原の隅々にまで届いた。


 国境での小競り合いは絶えないものの、帝国と王国は一応休戦状態にあった。

 それを一歩進めて同盟関係になろう、というわけである。


 内容としては、魔王軍を相手に仲よく手を取り合おう、というものだ。

 これにより、王国軍は帝国領内を通れるようになる。


 いくつか具体例を挙げると、帝国は可能な限り王国の行軍を援助し、王国軍は帝国領内で問題を起こさないようにする。

 もし帝国側が王国軍の進行を妨げたり、王国軍が帝国領内で犯罪行為を行なったりしようものなら、容赦なく罰する。

 そして魔王討伐後も可能な限り大陸の平和を維持しよう。

 そういう内容だった。


 皇帝と国王が、それぞれの文書にサインし、交換する。

 代替わりして間もない皇帝はまだ若く、明るい金髪と青い瞳が印象的な、三十代半ばの好青年だった。

 国王はくすんだ赤毛と灰色の瞳、帝国宰相ほどではないがそこそこ立派なひげを生やした、優しげな初老の男性である。

 としはロザンナと変わらないくらいだ。


 文書を交わしたあと、皇帝と国王は立ち上がり、握手をした。


 そこで、万雷の拍手が鳴り響く。


 舞台上で帝国宰相が手を挙げると、その拍手はほどなく治まった。


「これにてヴァーティンスロ帝国とセンソリヴェル王国にて同盟は結ばれた! 続けて、出陣式を執り行なう!!」


 そこから式典の定型句らしきものを帝国宰相がつらつらと述べた。


 本来であれば王国宰相であるロザンナもこの場に立つべきだったが、身重のため辞退した。

 ならば別の誰かを、という意見もあったが、まずもって魔王軍の脅威にさらされるのは帝国領であるから、帝国に華を持たせるのがいいのではないか、ということで、進行は帝国宰相に一任されることになったのだった。


 意外と簡潔にまとまった宰相の語りが終わると、皇帝と国王が並んで舞台の前に出た。


 先に、皇帝が口を開いた。


「知っている者も多いと思うが、先ごろ南部辺境にて魔物集団暴走スタンピードが発生した。南方より人類を脅かす魔物の群れは、勇敢なる王国軍、および冒険者によって、撃滅されるに至った」


 続けて、国王が口を開く。


「その後、この北部辺境にて、魔人襲来があった。魔物の群れに加え、数名の魔人が襲いくる事態は、先の魔物集団暴走スタンピード以上の脅威であったが、勇敢なる帝国軍と冒険者、そして王国所属の冒険者とが手を取り合って撃滅せしめた」


 互いが互いの功績を褒め合う。

 王国の勢力のみで解決した魔物集団暴走スタンピードより、帝国と王国とで力を合わせて撃退した魔人襲来の脅威度を高かったと知らしめるのも、こういうところでは重要だ。


「鋭敏なる諸君はもう気づいているだろうが、これらは南北から人類を脅かそうとする、魔王の戦略であった。それを我々は、事前に叩き潰したのだ!」


 事実である。

 陽一が【鑑定】した結果、魔王パブロが当時このように考えていたことは確認済みだった。

 ほかに証拠はないが、それはさして重要ではない。


「自身の戦略を潰され、攻めあぐねた結果、追い詰められた魔王は自らの姿と声で我々を脅し、混乱させるため、苦し紛れにあのような宣戦布告を行なったのだ!」


 これは一部嘘が混じっている。

 たしかに南北からの挟撃という手段を潰され、攻めあぐねていたのは事実だ。

 しかしあちらの世界でカルロが死に、存在が倍加した魔王にとって、細かな戦略が必要ないほどの力を手に入れた結果、なかば遊び半分で行われたのが先の宣戦布告である。

 苦し紛れどころか余裕の表われなのだが、それを馬鹿正直に伝える必要はない。


「あの宣言より100日後に魔王は攻め込んでくると言ったが、律儀にそれを守る必要などない! これより我らは、100万の軍勢をもって魔境への進軍を開始する!!」


『おおおおおおおおお!!!!!』


 皇帝が宣言するや、並んでいた兵士が剣を掲げ、ときの声を上げた。

 一部冒険者たちを除き、揃いの軽鎧を身に着けた1万の兵が声を上げる様は、見事なものだった。


 この場には1万しかいないが、国境の各所に配置された兵は合計で10万にのぼり、それらが第一陣として出立する。

 その後も大陸全土から兵は集まり、最終的に100万となる予定だ。


 この進軍は、防衛ラインを前進させることを目的としている。

 可能な限り魔物を駆逐しつつ北進し、橋頭堡きょうとうほを築いて魔王軍の侵攻に備える。

 そうすることで、帝国領への被害を少しでも減らそうという戦略である。


 兵士たちの声に続き、歓声が沸き起こる。

 しばらく経って少し落ち着いたところで、国王が手を挙げると、ふたたび静寂が訪れた。


「100万の軍勢で魔王に勝てるのか? そう不安に思う者もいるだろう。だが我らには、女神の加護がある! 数百年前に勇者トーゴを遣わした女神の祝福を受けた勇者が、世界の危機を救うべくこの地に降り立ったのだ!」


 国王の言葉に、見物人たちがどよめく。


「勇者アレク! その力を我に見せよ!」

「はっ!」


 兵士たちから少し離れた場所にいたアレクが、皇帝に返答した。


 そこには、数十本の丸太が立てられていた。


 ゆらりと立ち上がったアレクは、まず1本の丸太の前に立ち、腰を落とした。

 そして柄に手をかけ、抜刀すると、電柱ほどもある丸太がすっぱりと切断された。


 見物人だけでなく、兵士たちからも感嘆の声が上がったが、アレクはそれを無視して丸太群へと駆け込み、刀を振り回した。

 目にもとまらぬ動きで丸太の合間を駆け回りながら、しまいには脇差しをも抜いて二刀を振り回す。


「彼の技量もすごいが、あの剣……いや、曲刀か? とにかく切れ味がすごいな!」

「打ち立てられている丸太は魔境の木材だろう? 鋼鉄並みに硬いあの丸太をああも簡単に切り裂いてしまうとは……」

「いったいどこの名匠の作なんだろう? 一度じっくり見せてもらいたいもんだな」


 多くの人がアレクの技量に目を奪われるなか、鍛冶師ギルドの一部からは彼の刀に興味深い視線が注がれた。


 アレクの持つふた振りの刀は、どちらも日本の博物館に展示されていた鎌倉時代の名刀が元になっている。

 まだ怪盗をやっていたシーハンが盗み出したものを取り返し、サマンサが解析してアレク専用に打ったものであり、この世界においても最高峰の切れ味を誇る名刀だった。


「……ふぅ」


 アレクが立ち止まり、納刀すると、その場には細切れにされた木片だけが残った。


『うおおおおおおおお!!!!』


 怒濤のような歓声が沸き起こった。


「姫騎士アラーナ! その力を我に見せよ」

「はっ!」


 歓声が治まったところで国王に呼ばれたアラーナが声を上げる。


 彼女も兵士から少し離れた場所におり、そこには人の背丈の倍はあろうかという大岩が置かれていた。


 アラーナの手に、二丁の斧槍が現われる。


「ふぅ……」


 軽く息を吐いたあと、彼女は左右の手に持った斧槍を重ね合わせた。

 すると二丁の斧槍が融合し、一丁の巨大な斧槍に変化する。

 精神と一体化した武器である【心装】なればこそできる芸当である。


 大岩の前に立つアラーナは、巨大な斧槍を大上段に構えた。


「……おいおい」

「まさか、岩を斬るってのか……?」


 見物人のあいだから訝しげな声があがる。


 そんな雑音をものともせず、彼女は斧槍を構えたまま集中した。

 そしてしばらくのち……。


「はぁっ!」


 斧槍が、振り下ろされた。


「えっ……?」


 その直後、国王の間抜けな声が平原に響く。


 両断できるか否かと思われていた大岩は見る影もなく消し飛び、あとには細かく砕かれた岩のかけらや砂だけが残っていた。


○●○●


「あれでもかなり手加減したんだがな……」


 式典のあと、陽一と合流したアラーナは照れたようにそう言った。


 あのあと皇帝と国王がそろって声を失い、会場は一時騒然としたが、帝国宰相がうまく取り繕ってくれたおかげで、出陣式は無事終了した。


「まぁ、結果的には大成功じゃないか?」


 あのパフォーマンスのおかげで、魔王パブロ恐るるに足らず、という空気が生まれたので、人々から恐怖を取り除くという目的は達成されたと言っていいだろう。


「さて、ここからは俺の仕事だな」


 出陣式の模様は、十数台ものカメラを用いて記録されていた。

 現在、エドの伝手つてでそれらのデータの編集作業が行なわれている。


 できあがった映像は、プロジェクターを使って各所で投影される予定だ。

 主要都市ではプロジェクションマッピング用の業務用プロジェクターで、城壁や市壁などに映される。

 また、それなりの町にも家庭用プロジェクターが配られ、繰り返し映像が流されることになっていた。

 そして、このプロジェクターの電源に先日サマンサとシーハンが作った例の装置が使われるのである。


 こうして大陸全土に出陣式の模様を流すことで、人々の不安を和らげようというわけだ。


「業務用が1000台、家庭用が1万台だったわよね?」

「そう」


 花梨の問いかけに、陽一は頷く。

 もちろん1万台以上もの機器をすべて陽一が配るわけではないが、それでも主要都市のぶんは1~2日以内に配り終える予定だ。


「なに、スザクがいれば楽勝だよ」


 人類圏の縦断を半日とかからずにやってのけるスザクの飛行速度があれば、主要都市の上空を飛び回るのにそれほどの日数はかからない。

 そしてあらかじめ場所さえ用意しておいてもらえれば、スザクに乗ったまま、機器を地上に置くことも可能だ。

 【無限収納Ω】のおかげで、地上が見える高さにさえいれば、収納物を地面にのである。


「第一陣も出発したしな。あと90日、できるだけのことはしないと」


 人々に見送られ、1万の軍勢は出発した。過酷な戦いになるだろう。

 いったい何人が生き残れるだろうか。

 そんな不安を胸に抱えながら、陽一は遠ざかる兵士たちの背中を見守るのだった。

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