第11話 夜の作戦本部

 しばらくのあいだ工房の作業を手伝い、日が傾きかけたころにスミス工房を出た陽一は、統合作戦本部を訪れた。


「ここか……意外と小さいのかな?」


 そこはもともとこの町を治めていた代官の官邸を接収して作られた、仮の庁舎だった。

 本格的な庁舎は現在急ピッチで建設が行なわれているところだ。


 本部への出入りを許可されている陽一は冒険者ギルド証を見せて仮庁舎に入り、ロザンナに割り当てられた部屋へ向かう。


「お忙しいところすいません、陽一です」

「入りたまえ」


 あまり広くない部屋に入ると、ロザンナのほかに花梨とアラーナの姿があった。


「式典の打ち合わせですか?」

「まぁ、そんなところだ」

「進行の確認やらすり合わせやらで、いろいろ大変なのよ」

「さまざまな立場の者が集まっているからな。こういうのは肩が凝るよ……」


 3人とも、顔に疲れが出ていた。


「なんというか、おつかれさまです」


 陽一がそう言うと、3人はそろって苦笑する。


「いや、もっとも働いているのはヨーイチだろう?」

「そうね。いろんなところ飛び回ってるもんね」

「ヨーイチ殿に比べれば、私たちの働きなど微々たるものだろうな」

「い、いや、そんなことはないと思うよ?」


 彼女たちがそうやって自分に気を使ってくれることを嬉しく思いながら、陽一は謙遜したようにそう返した。


「ところでヨーイチ、なにか用があってきたのか?」

「はい。3人に話しておきたいことがありまして」


 そして陽一は、【健康体θ】についてロザンナらに説明した。


「ふむ、そういうことなら、今日は早めに切り上げるとしよう」


 ロザンナの言葉に、花梨とアラーナが驚いた様子を見せる。


「いえ、でも……」

「我々だけ、そのような……」

「ふふ、遠慮はするな」


 ふたりの様子にロザンナは優しく微笑む。


「トコロテンの戦力が上昇することは、戦略的に見ても非常に有意義なことだからな。それに、カリンが疲れ知らずになってくれるなら、私も助かるのだよ」


 このところ働きづめだったこともあり、いい機会だからとロザンナも一緒に作業を切り上げることにした。


 ロザンナたちは近くのホテルで寝泊まりしているということなので、4人でそこへ行き、併設されたレストランで食事を取った。


「では、また明日」


 ロザンナの世話は王都から同行している側仕そばづかえに任せて、陽一らは彼女と別れた。



 花梨とアラーナは、同じ部屋で寝泊まりしていた。

 室内にはダブルサイズより少し大きいベッドがあり、いつもはふたり並んで眠っている。


 3人で使うには少し狭いベッドの上で、陽一らはことを済ませた。


○●○●


「ねぇ、陽一」


 セックスを終えて3人で寝ようとしたとき、花梨が声をかけてきた。


「ロザンナさんのところに、いってあげてくれないかな?」

「なんでまた?」

「なんていうかな……あの人、時々寂しそうな顔するんだよね……」

「確かに、そんな表情を浮かべることがあるな」


 アラーナも、会話に加わってくる。


「でもさ、陽一が顔を出すと、すごく嬉しそうなんだよね」

「そうなの?」

「うん。陽一が帰ったあとも、しばらくはイキイキしてるって感じでさ」

「ふふふ、そうだな。表情にはあまり出ないが、わかりやすい空気は出しているな」

「そうなんだ……」


 ふたりに言われ、陽一は嬉しいような照れくさいような、そんな気分になる。


「あたしたちはもういいからさ、今夜はロザンナさんと過ごしてあげてくれないかな?」

「うむ。そばにいるだけで、彼女にとっては癒やしになるだろう」

「……わかった。そうするよ」


 そう言って、陽一は起き上がり、ベッドを降りた。


「それじゃ、ロザンナさんのこと、お願いね?」

「ああ。ふたりとも、おやすみ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ、ヨーイチ殿」


 すぐ隣がロザンナの部屋だと聞いていたので、陽一は隣室のドアをノックした。


「夜分に失礼します。陽一です」

「はい。少々お待ちくださいませ」


 返事をしたのは側仕えの女性だった。


 ほどなく、ドアが開く。


「どうぞ」

「あ、はい、どうも」


 招き入れられた室内は、薄暗かった。

 ロザンナはすでにネグリジェに着替え、備えつけのソファに座ってお茶を飲んでいた。

 わずかに灯された淡い照明に照らされる彼女の姿は、どこか神秘的だった。


「それでは、わたくしはこれで」


 陽一と入れ替わるように、側仕えの女性は部屋を出ていった。


「よくきたな。もう、終わったのか?」

「はい」


 どうやら隣室の音は漏れていないようだった。

 それなりにいいホテルなので、防音などはしっかりしているらしい。


「それで、どうして私の部屋に?」

「いや、せっかくだから、今夜はロザンナさんと過ごしたいなぁと思いまして」

「ふふ、そうか。あのふたりに気を使わせてしまったかな」

「いや、その……」


 どうやら彼女はお見通しのようだ。


「なに、気にすることはない。どんな理由であれ、私としてはヨーイチが来てくれたことが嬉しいのだからな」


 そう言って彼女が浮かべた柔らかな笑顔に、陽一はドキリとする。


「いい具合に眠くなってきたところだ。悪いがベッドまでお願いできるかな?」


 そう言って差し出された彼女の手を取り、ベッドまで連れて歩いた。


「どうぞ」


 ベッドの上掛けをめくり、ロザンナを促す。


「ふふ、ありがとう」


 ロザンナがベッドに横たわると、続けて陽一も隣に寝そべった。

 自分と彼女とに上掛けをかぶせ、向かい合う。


「同じベッドに寝るのは、あれ以来かな」

「そうですね」


 穏やかな笑みを浮かべるロザンナと向き合った陽一は、トクンと胸が高鳴るのを感じた。

 こうやって間近で彼女の顔を見るのは久しぶりだ。

 【健康体β】が作用しているのか、前に同衾どうきんしたときよりも明らかに若返って見えた。

 もう50に近いはずだが、30半ばの自分より少し年上、という程度にしか思えない容姿だ。


 それからふたりは、とりとめもない話をした。

 両者ともが意識して今回の戦いについての話題を避けたので、本当に実のない雑談だったが、それがむしろ心地よかった。


 明日になればなにを話したのかも忘れてしまうような会話がしばらく続いたあと、ロザンナが少し疲れたように息をついた。


「今日は、いつもよりゆっくり眠れそうだ」

「それは、よかったです」


 最後に一度、大きく息を吐いたロザンナは、寝返りを打って陽一に背を向けた。


「おやすみ、ヨーイチ」

「はい、おやすみなさい」


 しばらく、無言の時間が続いた。


 ただ、ロザンナが眠っていないことは、呼吸でわかった。

 彼女の息遣いは、収まるどころか少しずつ荒くなっていく。


「なぁ、ヨーイチ」


 ふと、ロザンナが陽一の名を呼ぶ。

 彼女も、彼が眠っていないことを察していた。


「なんですか?」

「こういう期間に、してもいいものだろうか……」


 妊娠中のセックスはあまり褒められたものではないが、禁忌というほどでもない。

 あまり激しい行為にならないことと、感染症のリスクを避けるためにコンドームは装着すべきだと、【鑑定Ω】は答えてくれた。


「えっと……」


 ただし、それは一般論である。

 【健康体】を持つふたりに感染症等のリスクは皆無なので、そのあたりを気にする必要はなかった。


「問題ないみたいですね」

「そうか」


 ほっと、ロザンナが息をつく。


「その、ヨーイチさえよければ、してもらえないだろうか?」


 恥ずかしいのか、ロザンナは陽一に背を向けたままそう言った。


「ええ。俺もロザンナさんとしたいです」


 陽一には、いわゆるボテ腹嗜好という趣味はない。

 どういう状態であれロザンナはロザンナであり、ただ彼女とセックスをしたいというだけなのだ。


「私のほうは、いつでもいいぞ。陽一と話しているあいだ、ずっとうずいていたのでな」


 ロザンナが、自嘲気味に言う。


「ロザンナさん、俺もですよ」

「ふふ、そうか。嬉しいよ」


 表情や声色は淡々としているが、こうして言葉で素直に感情を表してくれる。

 陽一はロザンナのそういう部分を、好ましく思っていた。

 飾ることなく事実を述べている、という口調からは、彼女の深い愛情を感じ取れた。


「このまま、しますね」

「そうだな。姿勢を変えるのは、少しつらい」


 陽一はもぞもぞと身じろぎしながら背を向けるロザンナに近づき、ネグリジェの裾をたくし上げる。


 それからふたりは、まったりと行為にふけるのだった。



 ――翌日。


 仮庁舎内でテキパキと指示を出すロザンナの姿があった。

 これまでも彼女は充分以上に働いていながら、疲れを表に出すようなことはあまりなかったのだが、それでもなおひと目でわかるほどに調子がよくなっている。


「ねぇ、陽一」

「ん?」

「……したの?」


 花梨が、ジトリとした目を向けてくる。


「いや、まぁ……うん」

「はぁ……」


 花梨がため息をつく。その隣で、アラーナも眉を下げて微笑んでいた。


「べつに責めるつもりはないけどさ……変な趣味に目覚めないでよね?」

「あ、うん」


 なんにせよロザンナ、花梨、アラーナのパフォーマンスが上昇したことで、式典の準備は着々と進んでいくのだった。


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