第10話 新しい道具の開発

 サマンサは、もともとこの町にあった少し大きめの物置に各種魔術を付与して簡易工房にしていた。


「サマンサー、いるかー」


 声をかけながら工房内に入ると、サマンサとシーハンは箱形の魔道具を前になにやら作業をしていた。

 大きさは、ワンドアの冷蔵庫くらいだ。


「なに作ってんの?」


 陽一が声をかけると、ふたりはちらりと顔をあげてすぐに作業を再開した。

 そして視線は手先に向けたまま、口を開く。


「とりあえず式典のときに使う機材……」

「を、使うために必要な装置、やな」

「なんだそりゃ」


 あまり質問を重ねて作業の邪魔をするのもよくないと思った陽一は、【鑑定Ω】を使ってその装置を観察した。


「……なるほど、魔力を電力に変える装置か」

「お、よくわかったねー。さすがヨーイチくん」


 感心したようにいいながらも、サマンサは作業の手を止めない。


「ま、ざっくり言うたらバッテリー兼コンバーターやな」

「つまり、式典ではあちらの機材を使うわけか」

「せやな。これがあったら電化製品も使い放題っちゅうわけや」


 それから1時間ほど作業を続け、一度テストをおこなうことになった。


「じゃ、いくよ」


 装置内に刻まれた魔法陣に、サマンサが魔力を流す。


「おっしゃ、きたでー」


 すると、装置に接続された電圧計の針が反応した。


「おおっ」

「ここまでは問題ないんだよなー」


 感嘆の声を上げる陽一に対して、サマンサは少し冷めていた。

 ほどなく、電圧計の針が大きくブレはじめる。


「アカン。電圧が安定せぇへんなぁ」

「あともうちょっとだと思うんだけどなぁ……」


 式典まで、あと数日。


 それまでに装置を完成させ、増産まで済ませる必要があり、サマンサの顔には焦りがあった。


「ちょっといいか」


 装置内に描かれた複雑な模様を、陽一はじっと見つめる。


「なあ、ここんところなんだけど……」


 そして陽一は、いくつかの点を指摘する。


「なるほど……たしかにそこが問題だったのかも……」


 そこで陽一の助言を経て再度作業進め、テストを行なった。


「成功や!」


 電圧計の針は安定していた。


「ヨーイチくん、助かったよ!」

「なに、これも女神さまの思し召しってやつだよ」


 【鑑定+】が【鑑定Ω】になったことで、鑑定結果への理解力があがった。

 さらに、複雑な模様や図形が組み合わさった魔法陣というのは、ある種の言語といってもいいものだ。

 そのため【言語理解Ω】の作用も働いたことにより、陽一は複雑かつまったく新しい魔法陣の内容を完全に理解し、そのうえで問題点を指摘できたのだった。


「まぁ、これを作り上げたサマンサとシーハンの功績には及ばないけどね」


 あくまで陽一にできるのは、いまあるものを観察し、理解することである。

 彼女たちがベースとなる魔法陣を作り上げてはじめて、役に立つ能力なのだ。


「うちら3人の手柄っちゅうこっちゃな」

「だね」


 こうして装置は完成した。

 ただ、装置単体では足りないものがある。


「これ、電源……いや、エネルギー源はどうするんだ?」


 完成したのはエネルギー変換用のコンバーターであって、発電機ではない。

 変換先の電力を作るための、エネルギー源が必要なのだ。


「魔石を使うんだよ。できれば魔結晶がほしいけどね」

「魔結晶?」


 魔結晶とは、錬金術を用いて魔石を精製し、内包する魔力密度を高めたものであり、同じ体積で保有魔力量は10倍以上もある。


「魔結晶だと純粋なエネルギー量はかなりのものなんだけど、変換時のロスが多いから、電力容量に換算すると同じ大きさのリチウムイオン電池と変わらないって感じかな」

「結構な量が必要になるのか?」

「そうだね。装置だけで1万台以上欲しいっていわれてるんだ」

「1万……」

「まあ、魔結晶が必要なのは1000台くらいかな。あとは魔石でもなんとかなると思うから」

「じゃあ、装置の量産と魔結晶の量産をやらなくちゃいけないってわけか」

「だね。まあ、そのあたりはギルドに頼んで人海戦術って感じだけど」


 彼女の言うギルドとは、錬金術師ギルドである。


「あ、でも魔結晶は冒険者ギルドにいえばある程度は用意できるかも」

「冒険者ギルド?」

「うん。強い魔物は最初から魔結晶を身体に宿してるからね。魔境に近いこの町なら、案外たくさん手に入るかな?」

「いうても、予備も合わせて3000個は欲しいやろ? さすがにないんちゃうかな」

「……あるよ」

「「えっ?」」


 サマンサとシーハンが驚いて陽一を見ると、彼の手にはハンドボールサイズの黒い石があった。


「これはっ、魔結晶じゃないか!」


 それは魔石と違い、表面はなめらかで、少し透明感があった。


「それ、どないしてん?」

「いや、さっき魔境の木を伐採するついでに狩った魔物のやつ」


 実里は草を刈るように倒していたが、本来魔境奥地の魔物は強いのだ。


「それ、いくつあるの?」

「んー、そうだな……」


 陽一はそういうと、工房内を軽く見回す。


「ここがいっぱいになるくらいには?」

「いや、充分すぎるよっ!?」


 魔境奥地は、魔物の生息数も多いのだ。


 また、陽一は先の魔物集団暴走スタンピードで手に入れた魔物の素材も、すべては納品していなかった。

 なので、そのとき倒した魔物の中にも、魔結晶を宿している個体が数多くいたのだった。


「よーし! あとは試作品を100台くらい作って、ギルドに預けるだけだね!」

「せやな。気合いで終わらそか!」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 気合いを入れ直して作業を始めようとしたふたりに、陽一が待ったをかける。


「ふたりにひとつ提案があるんだけど……」


 突然のことに首を傾げるふたりに陽一は真剣な眼差しを向け、口を開く。


「セックスしないか?」

「へ……!?」

「……ヤンイー、溜まっとんか?」


 突然の提案に固まるサマンサをよそに、シーハンがさらっと尋ねてきた。


「いや、そういうわけじゃなくてだな」


 シーハンの問いかけに軽く頭を振った陽一は、【健康体θ】についてふたりに説明した。


「ほうか。ほなヤンイー、出しぃ」


 シーハンはそう言いながら、さっさと服を脱ぎはじめた。


「お、おう」


 彼女の素早い行動に、陽一も慌ててズボンを脱ぐ。


「ちょ、シーちゃん!?」


 あいかわらず思い切りのいいシーハンにサマンサは驚き、目を見開いて声を上げる。

 相方の素早い行動に戸惑う錬金鍛冶師にニヤリと笑みを向けた元女怪盗は、さっさと全裸になって陽一を押し倒した。


「うおぅ……!?」

「悪いなサムやん。こういうんは早いもん勝ちやで」


 なにやらふたりはすでに愛称で呼び合うほどに、仲を深めているようだった。


 シーハンにつられるように慌てて下半身を露出した陽一は、あっという間に馬乗りされた。


 途中でサマンサが怪しげなオモチャを出したり、いいように遊ばれたシーハンが返り討ちにしたりといろいろあった。



○●○●


 実里のときと同様に【健康体θ】を得たサマンサとシーハンの作業効率は飛躍的に上昇した。


「そういや、これを作ったってことは、これから電化製品をこっちでも使えるようにするつもりなのか?」


 魔石や魔結晶から吸い上げた魔力を電力に変換できるコンバーターがあれば、今後も電気を必要とするあちらの機材が使えるということになる。


「いいや、少なくともボクにそのつもりはないよ」

「そうなのか?」

「うん。今回は時間がないからあっちの機械をそのまま使うけど、流通とかはさせたくないかな」

「理由を聞いても?」

「これと言って深い理由はないんだけど……本当に、なんとなくイヤなだけなんだよ」

「なんとなくねぇ……」


 陽一が首を傾げていると、シーハンが軽く苦笑を漏らす。


「なぁヤンイー、あっちの世界で魔道具が流通し始めたら、面倒くさいと思わへん?」

「あー、それは、まぁ」

「そんな感じや」

「そうか……」


 個人、あるいは少人数のグループで使うのであればまだしも、あまりにかけ離れた文明の機器が日常的に使われ始めたとき、社会にどんな変化がもたらされるのか、そしてその責任を負えるのか、と考えると、確かに面倒だった。


「わざわざ変換装置なんて面倒なものを作ったのもそのためだよ。発電機のほうがよっぽど楽なんだから」

「え、そうなの?」

「そりゃそうさ。発電って基本的にタービンを回すだけじゃない? だったら風力発電機でも持ってきて、魔道具なり魔術なりで起こした風を当て続けるだけでいいんだからさ」

「そりゃ、そうか」


 今回持ち込む機材に興味を持ち、それを解析する人は出てくるだろうし、そうしたら魔道具で再現できる日が来るかもしれない。

 もしかしたら、いつか誰かが発電システムを思いつくかもしれない。


「それをボク以外のだれかがやるのはいいんだけどね」

「そっか」


 彼女には、彼女なりの信念があるようだ。

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