第9話 天気のいい日はお外で
数日後、陽一はスザクに乗り、魔境の上空を飛んでいた。
「鳥に乗って空を飛ぶのって、気持ちいいですね」
スザクの背にちょこんと座る実里が、眼下に広がる景色を見ながらしみじみと呟く。
ヴァーミリオンバードの持つ能力のおかげで、スザクの背に乗るふたりは風にあおられることもなく、バランスを崩すこともなかった。
陽一と実里は現在、北部辺境と魔王城とを
「そろそろかな」
陽一は【鑑定Ω】で座標を確認しながら、とある場所を目指している。
魔境についてはこれまで未知な部分が多かった。
というより、人類は魔境についてほとんどなにも知らなかったと言っていい。
北部辺境の北には森や荒野が広がっており、そのはるか北方に魔王の居城がある、という程度の認識だ。
その実態が今回、陽一の【鑑定Ω】によって明らかになった。
深い森、不毛の荒野、灼熱の砂漠、荒れ狂う河川、雲を突く山、底の見えない峡谷等々、魔境はどこも過酷な場所だった。
陽一はそれらをできる限り正確な地図に起こし、さらには魔王軍の進軍ルートを予測して書き加えたのだ。
そしてこれらの情報はすでにロザンナを通じて帝国軍、王国軍、各ギルドに共有され、いま現在戦略が練られている最中である。
『このあたりに拠点を築くことができれば、かなり楽になるのだがね』
魔境や魔王軍の進軍予定ルートを見たエドが、そう言って示したポイントが、近づいてきた。
「よしスザク、あのへんに降りてくれ」
「キュルァーッ!」
目的の場所は、深い森の中だった。
木々が密集するその場所に、小柄とはいえヴァーミリオンバードが降り立てる隙間はない。
「場所は適当に作ってくれていいぞ」
「ギュラァッ!」
陽一の言葉を受けたスザクは、森に向かってブレスを放った。
スザクの口から放たれた熱線を受け、森の一部が爆発したように燃え上がる。
あたりの草木は延焼する間もなく一瞬で消し炭になり、地面がむき出しとなった。
「わぁ、スザクちゃんすごい!」
「キュルルッ!」
言葉は通じないが実里の態度や声色から褒められたと察したのか、スザクは誇らしげにひと鳴きすると、ゆっくりと降下し、着地した。
「おつかれさん、スザク」
「スザクちゃん、ありがとね」
地面に降り立ったふたりは、
「それじゃ、こいつはいったん帰しとくわ」
「はい、お願いします。スザクちゃん、またね」
「キュルァッ」
陽一とスザクの姿が消える。
「ただいま」
「おかえりなさい」
数秒後には、陽一だけが戻ってきた。
スザクを、『朱雀山』へと帰してきたのである。
あそこはすでにホームポイントとしているので、彼の力が必要になれば、その都度迎えにいくこととなる。
「それじゃ、さっそくはじめようか」
「はい」
実里の魔法で、ひたすら木を切り倒していく。
「はぁっ!」
実里のかけ声とともに放たれた風の刃が広範囲に渡って展開され、百本単位で巨木が倒された。
「ほいほいっと」
切り倒された木々は、すべて陽一の【無限収納Ω】に収められていった。
10メートルという制限がなくなったことにより、収納のペースは異様に上がっている。
「はぁ……はぁ……」
かれこれ1時間、魔法を放ち続けた実里の顔に、疲労がにじみ出てきた。
あらかじめ決められた効果を発揮する魔術と異なり、魔法は使用者の意思によって自由に放たれるが、そのぶん燃費が悪いのだ。
人海戦術で木々を切り倒していく案も出たが、魔境奥地となるこのあたりの樹木は異様に堅いため並みの魔術では歯が立たず、斧などを使っての人力で切り倒すのも困難であること、魔境だけに魔物が多く、人員の安全を確保できないこと、なにより広範囲に展開される魔法の邪魔になることなどから、
ちなみにだが、木々のついでに魔物も魔法によって討伐されている。
このあたりの樹木をあっさりと切り倒してしまう風の刃を前に、魔物たちもなすすべなく狩られていき、もれなく陽一の【無限収納Ω】に収められ、解体されていった。
「陽一さん……そろそろ、限界です……」
保有魔力のほとんどを使い果たした実里が、額に汗を浮かべながら近くの樹木にもたれかかる。
「おつかれさん」
かなり広範囲に伐採を進めた実里だったが、それでも全体の1割を消化した程度だった。
「どうする? ちょっと休憩する?」
陽一の問いかけに、実里はふるふると首を横に振った。
「すぐに……したいです……」
木々とともに魔物を大量に倒し続けた実里は、すでに昂ぶり、頬を紅潮させていた。
呼吸が乱れているのは、なにも疲労のせいだけではなかった。
○●○●
あたり一帯を【鑑定】し、周りに魔物がいないことを確認した。
樹木と一緒に刈り尽くしたということもあるが、突然現われた未知の脅威を恐れて元凶となる場所から距離を取る魔物が多かったということもある。
当面の安全は保証されたが、ここが魔境であることに変わりはない。
なので陽一は、ジャナの森でセックスをするときと同様に着衣のままさっと行為を終わらせようと思っていたのだが……。
「ねぇ、陽一さん?」
周りの樹木が刈り尽くされ、大量の切り株が敷き詰められたようになった広場の中央で、実里は扇情的な笑みを浮かべながら、衣服の留め具を外していく。
すでに半径数十キロメートルほどの範囲で森は伐採され、ふたりのいる場所は見晴らしのいい平地のようになっている。
日光を遮る木々もない、青空の真下で、ひとつ、またひとつと、実里は衣服を取り去っていく。
「お外で裸になったら、気持ちいいと思いませんか?」
そう言いながら実里は下着までを脱ぎ去り、最終的にはブーツとタイツ、そしてメガネだけという格好になった。
魔境でありながら陽光の降り注ぐ場所に立つ実里の裸体が少しまぶしくて、陽一は目を細めた。
「危なくないかな?」
「大丈夫ですよ」
「一応ここ、魔境なんだけどな」
「裸でも、魔法は使えますから」
「……それもそうか」
陽一とて、その気になれば対物ライフルなり重機関銃なりを取り出せるのだ。
誰かに見られる心配がないのなら、屋外で裸になるのも悪くない。
「じゃ、俺も脱ごうかな」
すでに裸体を晒している実里をあまり待たせるのもよくないだろうと、陽一は【無限収納Ω】に防具や衣服をすべて収納し、文字どおり全裸となる。
「どこで、します?」
「そうだな……。それじゃ、そこに座って」
陽一が示した先には、切り株があった。
「ふふ、いいですよ」
へたをすると千年単位で年輪を重ねたであろう巨木の切り株の直径は、実里が寝転がってもあまりあるほどだ。
「あ……」
切り株に浅く腰かけた実里が、小さく声を漏らす。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっとはチクチクするのかなって思ったんですけど、すごくなめらかだったので」
「それだけ、魔法の切れ味がよかったわけだ」
実里の放った風の刃で切られた樹木の断面は、ヤスリで整えたようになめらかだった。
切り株に腰かけた実里をじっくりと見る。
陽光を反射する彼女の肌は、いつも以上に白く見えた。
伐採と狩りによる昂ぶりのせいか、呼吸は普段より速く、胸元がほんのりと赤くなっている。
「脚、開いて」
「はい……」
○●○●
実里が【健康体θ】を得たことにより、伐採作業の効率は飛躍的に向上した。
「すごいです、陽一さん。使ったそばから魔力が回復している感じですよ」
いくら魔法を使っても消耗を自覚できないほどに、魔力が回復していく。
そのせいもあってか、彼女はコストパフォーマンスを無視してひたすら威力を高め、範囲を広げはじめた。
「なんか、また成長していってない?」
実里の魔法で切り倒される樹木や、切り刻まれた魔物の死骸を収納しながら、陽一は呆れたように呟く。
一度で保有魔力が空になる量の魔力を込めて魔法を放っても、魔力酔いがくるより前に回復してしまう。
しかも一度空になるまで魔力を使いきった状態から回復するたびに保有魔力量が増していくため、ほぼ連続で放つ魔法は、回数を重ねるごとに少しずつ威力を増していくのだ。
「どう、βとの違いは?」
「桁違いどころか別物ですね、ここまでくると」
せっかくだから違いを確認しておこうと、あえて【健康体β】のまま限界まで作業を行なったことで、【健康体θ】というスキルの凄まじさを実感することとなった。
「それにしても……ちょっとやりすぎちゃいましたか?」
あたり一面に切り株が広がる光景を前に、実里が少し申し訳なさそうに言う。
「いや、まぁ予定よりちょっとだけ範囲は広がったけど、問題ないよ」
陽一の言葉に、実里はほっと胸を撫で下ろす。
彼女が木々を伐採し、森を切り開いた範囲は、約1000平方キロメートルにおよんだのだった。
○●○●
陽一は実里と切り開いた『人類連合軍魔境内拠点予定地』をホームポイントに設定し、北部辺境の町コルーソへと【帰還】した。
「おー、随分様変わりしたな」
コルーソの宿から町へ出た陽一は、思わず声を上げた。
アレクが拠点としていたこの町は、以前はちょっとした田舎町程度の規模でしかなかったのだが、現在急ピッチで開発が進められている。
「ここに本部が置かれるんですよね?」
「ああ」
実里の問いかけに、陽一が頷く。
魔境からほど近いこの町には、帝国と王国、そして各種ギルドによって組織される人類連合軍の、統合作戦本部が置かれることとなった。
東西に長い帝国北部辺境は、かなり広い範囲で魔境と接している。
広範囲に及ぶ北部辺境でもかなり西寄りにあるこの町が統合作戦本部に選ばれたのは、過去にアレクとアラーナ、帝国と王国の冒険者が協力し、魔人襲来をしりぞけけた場所だからだ。
「とりあえず、冒険者ギルドに顔を出しておこうか」
「はい」
実里を連れて冒険者ギルドに入ると、職員や所属冒険者たちにせわしなく指示を出している女性の姿があった。
クセのある茶髪にクリッとした赤い目、身長のわりに大きな胸を持つ彼女は一見すると少女のようにも見えるが、数百年の時を生きてきたドワーフであり、帝国北部辺境を統括する冒険者ギルドマスターである。
「こんにちは、ギーゼラさん」
「おう、ヨーイチか。ひさしぶりじゃの」
陽一の呼びかけに、ギーゼラは手を挙げて応えた。
「さっそくで悪いが、木材のほうはどうなったのじゃ? 近く大量に手に入ると言っておったが、目処くらいは立ったかの?」
「それならもう用意してありますよ」
余裕を滲ませる陽一の答えに、ギーゼラは軽く目を見開いた。
「さすがセレスたんの
「ちょっと待ってくださいね」
【無限収納+】のメンテナンス機能を使えば魔物の解体が行なえたのだが、【無限収納Ω】では、木材の製材までもが可能だった。
ちなみに【無限収納+】で製材ができたかどうかは不明だ。試したことがないので。
「とりあえず、こんな感じですかね」
陽一は伐採した樹木から針葉樹っぽいものを選んで適度に水分を抜き、長さ30センチメートルの
「ほう、これは……」
木材を手にしたギーゼラは、表面を叩いたり撫でたりしながら、じっくりと観察した。
「見たことのない木材じゃが……軽いわりに強度がすごいのう。ヘタな金属より頑丈なうえに燃えにくいようじゃな」
ドワーフである彼女は【解析】にも長けているらしく、すぐに木材の特性を見抜いた。
「しかしこのような木材を、いったいどこで手に入れたのじゃ?」
「魔境の奥地ですね」
「なんと! しかしそうなると、数を用意するのは難しいかのう……」
「現時点でこの町を丸太で埋め尽くすくらいは用意できますけど?」
その答えに、ギーゼラは絶句する。
「……充分すぎるのじゃ」
そして、呆れたように陽一をねめつけながら絞り出すようにそう言った。
陽一はさらに、製材から運搬まですべて彼自身の手でできることを説明する。
「うむ、ではワシは、土木ギルドのジジイといろいろ話してくるのじゃ。おぬしはしばらくこの町におるのじゃな?」
「ええ。ここか本部じゃなければ、スミス工房か宿にいると思いますので」
「わかったのじゃ。なにかあれば連絡するでのう」
そう言ってギーゼラは去ろうとしたが、すぐに立ち止まって振り返る。
「ああ、そうじゃった。セレスたんとフランちゃんは明日明後日にも着くそうじゃ。娘のほうはもう来ておるみたいじゃがの」
彼女は最後にそう言い残して、ギルドを去っていった。
「そうか、師匠も……」
大陸全土から、人が集まりつつあった。
ただ、すべての人員がこの町に集結するわけではない。
前述したが、北部辺境は広い。
コルーソ以外の各地に統合作戦支部が設置され、人員は適宜分配されるのだ。
「陽一さん、これからどうしますか?」
「そうだな。俺は工房に顔を出すよ」
集まってきた人員には、名工サム・スミスも含まれている。
彼女は臨時の工房を建て、すでにこの町で活動をはじめていた。
もちろんシーハンも一緒にいる。
「そうですか。私は先生のところへいきますね」
「わかった」
すでにこの町へ到着しているオルタンスのもとへ向かうという実里と別れ、陽一はサマンサのいる工房へと向かった。
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