第8話 新たな移動手段

 朝食の片づけをシャーロットに任せ、軽くシャワーを浴びて身支度を整えた陽一とアミィは、グリフォンに乗ってジャナの森上空を飛んでいた。


「まさかグリフォンに乗れるとはなぁ」


 そう、ふたりはグリフォンのげるかごではなく、背にまたがっているのだ。

 ちなみに陽一はカトリーヌ謹製の服やローブを身にまとい、アミィは魔人スタイルである。


「ま、アタイの手にかかりゃあ、グリフォンなんて子猫みたいなもんっすよ」


 魔人には魔物を操る能力がある。

 ある程度慣らしてしまえば、陽一ひとりでも乗りこなせるようになるだろう。


「よしよし、いい子っすねー。あと少しだから、がんばるっすよ」

「キエエエェッ」


 アミィに背を撫でられたグリフォンは嬉しそうに鳴き、力強く翼をはばたかせた。


 グリフォンを始めとする飛行系の魔物は、魔法によって揚力を得ている。

 そうでなければ、グリフォンのような獅子の巨体を、翼の筋力だけで浮き上がらせるのは不可能だ。

 ほかにも風を起こして速度を得たり、ということもあるが、猛禽もうきんの翼を持っているため『はばたき飛行』と『滑空』を使い分けるあたりは、ほかの鳥と共通している。


 通常、グリフォンは飛び上がり、最初の勢いをつけるときに羽ばたいたあとの飛行は、滑空に頼ることがほとんどである。

 そして硬度や速度が落ちると、羽ばたきによって勢いをつける、ということを繰り返すのだ。


「ごめんな、無理させちまって」


 陽一らの乗るグリフォンは短いスパンでのはばたきを繰り返しており、その速度はグリフォン便での移動速度の3倍以上となっていた。

 それは、人間でいえば全力疾走を続けているようなものだ。


「キエッ」


 そんな無茶な飛行をかれこれ半日以上続けていながら、グリフォンは気にするなとでもいいたげに甲高い声を上げた。


「ん? いまのって意思の疎通ができたってことなのか?」


 まるで自分の言葉に返事をするかのようなグリフォンの反応に、陽一は軽く首を傾げる。


「なぁお前、俺の言ってることがわかるのか?」

「キエッ」


 先ほどとほぼ同じような鳴き声。

 しかし陽一にはそれが『わかるに決まっているだろう?』と言っているように感じられた。


「そっか。会話はできなくても、これだけで充分だな」


 魔物とのコミュニケーションがとれたことに、じんわりと嬉しさがこみ上げてくる。


「なんにせよ、もうちょっとだけがんばってくれよな!」

「キエッ」


 首元を軽く叩きながらそう言うと、軽快な返事が戻ってきた。


「ふふっ、アタイがいれば、楽勝っすよねー」

「キエッキエッ!」


 アミィが言葉をかけてやると、グリフォンは嬉しそうに鳴いた。


「おいおい、なんか俺が話しかけたときより嬉しそうじゃないか」


 スキルで意思疎通をはかる陽一と違い、魔人であるアミィは自らの魔力を分け与えることで魔物を制御している。

 そして魔人は魔力を介しての制御や意思疎通だけでなく、癒やすことも可能であり、特にアミィはその癒やしの能力が高いらしい。

 そして【健康体θ】を持つ彼女は、自身の魔力を際限なく分け与えられるのだ。


 そういうわけで、陽一よりアミィのほうが懐かれるのは、仕方がないことなのである。


「しかし半日足らずでかなり奥地まで来れたな」


 アミィが際限なくグリフォンを回復し続け、全速力での飛行を長時間維持できたおかげで、ふたりはジャナの森における人類の最高到達点よりはるか奥地にまでたどり着けたのだった。


「お、見えてきたな」


 陽一らの向かう先に、山が見えてきた。


 その山が近づくにつれ、とんでもない高さだということがわかる。

 ふもとのあたりは木々に覆われているが、中腹あたりからは山肌がむき出しになっていた。


「じゃあ、行けるところまでいって降ろしてくれ」

「キエエッ!」


 陽一の意を受けたグリフォンは、前進しつつ高度を上げていく。

 そうやって高度を上げながら進み、5合目あたりに着地した。


「ここらが限界っすかね」

「キエェ……」


 アミィの言葉に、グリフォンが悲しげな声を上げる。


「べつに責めてるわけじゃないっすよ。アンタはよくがんばったっす」

「キエッ!」


 アミィが慰めるように言いながら首元を撫でてやると、グリフォンは気を取り直したようだ。


「ああ、充分がんばってくれたよ」


 5合目あたりといっても、この地点で標高は富士山をはるかに超えているのだ。

 グリフォンだからこそ到達できる高度である。

 陽一らが目指す頂上付近ともなれば標高は1万メートルを超えるため、いかにグリフォンといえど到達できる高さではなかった。


「ありがとな。ひとりで帰れるか?」

「キエエエッ!」


 陽一の言葉に、グリフォンは自信ありげに胸を反らした。

 アミィが癒やし続けたおかげか、疲れた様子は一切見せない。


「じゃあ、最後にたっぷり魔力分けたげるっすねー」

「キェエ……!」


 アミィが首に抱きつくと、グリフォンは気持ちよさそうに目を細め、か細い声を上げた。

 万全に見えたグリフォンの身体に、さらなる力がみなぎっているようだった。


 アミィが離れると、グリフォンはバサリと大きく翼をはためかせ、重力を無視したようななめらかさで上昇した。


「それじゃ、帰りはゆっくりでいいっすからねー」

「キエエエエッ!」


 最後に元気よくひと鳴きしたところで、グリフォンは悠然と飛び去っていった。


「さて、もうひと踏んばりだ」

「つっても、あとはアタイにお任せって感じっすけどねー」


 アミィはそう言って得意げに笑うと、腰の翼を広げてパタパタとはためかせた。


「おお」


 ふわりと浮き上がったアミィの姿に、陽一は思わず声を漏らす。


「本当に飛べたんだな」

「ふふん、この翼はダテじゃねぇんっすよ」


 そう言って胸を張るアミィだったが、翼の位置のわりに飛行姿勢が安定しているので、例のごとく魔力で浮いているのだろう。

 つまり翼は飾り、とまではいかなくとも、オマケみたいなものではあるのだ。


「それじゃアニキ、失礼するっす」

「おわっ!?」


 アミィの尻尾が陽一に絡みつく。


「だ、大丈夫なのか?」

「問題ねーっすよ、ほいっと」

「おおっ……!」


 尻尾を巻きつけられた陽一が、軽々と持ち上げられた。

 ぶら下げられるというでもなく、ふわふわと浮いているような感覚だった。


「重くないか?」

「らくしょーっす。じゃ、いくっすよー!」


 そう言うなり、アミィは飛行を開始した。

 地面からおよそ1メートルの高さを維持しながら、山の頂上を目指して猛スピードで進んでいく。

 グリフォンに比べればかなり遅いが、それでも平地を全力で走るよりははるかに速い。


 そうやって10分ほど飛び続けると、頂上付近を飛び回る鳥の群れが見えた。


「あれが、ヴァーミリオンバードか」


 それは燃えさかる炎を思わせる、朱色の羽毛に包まれた、巨大な鳥の魔物たちだった。

 その大きさはグリフォンよりひと回りもふた回りも大きい。


「クルァッ!」


 陽一らに気づいた数羽が、取り囲むように接近してくる。


「クルルルァアアッ!」

「おおっと、アタイらは敵じゃないっすよ」


 威嚇するように鳴いた1羽にアミィがそう声をかけると、急に雰囲気が穏やかになった。

 その1羽だけでなく、周りを囲んでいた個体までもが、なにやら歓迎ムードになる。


「悪ぃんっすけど、ボスんとこまで連れてってくんないっすか?」

「クルルッ!」


 先ほど威嚇してきた個体が任せろとばかりに鳴き、こちらの速度に合わせて先導をし始めた。

 ゆらゆらと揺れる朱色の長い尾羽は、炎が揺らめいているように美しい。


「いや、すごいな、アミィ」

「えへへ、すげーっしょ」


 【言語理解Ω】を持つ陽一も彼らとの意思疎通は可能だが、だからといって円滑にコミュニケーションがとれるわけではない。

 威嚇してくるような相手からこうもあっさりと敵意を奪い、友好的になれるのは、アミィの能力があってこそだ。


「クルッ!」

「どうやらここみたいっすね」


 案内された先は、大きな洞穴だった。


 その最奥部に、ひときわ大きなヴァーミリオンバードが寝ていた。


「グルル……」

 ボスと思しきその個体は、面倒くさそうに頭を上げた。陽一らを見下ろす視線に、敵意はない。


「お、アンタがボスっすね。悪ぃんっすけど、アニキを乗せて飛び回ってくれる子を1羽、貸してくんねーっすか?」


 そう、ふたりはここに、移動手段を求めてやってきたのだ。


 この先、陽一は大陸全土を縦横無尽に飛び回る必要がある。

 ホームポイント以外、つまりは未踏の地へは行くことのできない【帰還Ω】だけでは、その移動を補えないのだ。

 グリフォンにしても、アミィの回復がなければ難しいだろう。

 べつに役割を持つ彼女が、陽一につきっきりというわけにもいかない。


 陽一は最初、セスナあたりをエドに融通してもらおうと思っていた。

 セスナであれば全速力で飛ぶグリフォン並みの速度は出るし、航続距離も問題はない。

 燃料もメンテナンスも【無限収納Ω】でどうとでもなるし、操縦にしたって【鑑定Ω】があればすぐに習得できるだろう。


 そう思って陽一はエドにセスナを用意してもらうようお願いしたのだが、それを聞いたアミィが待ったをかけた。


『移動手段っすよね? だったらアタイに考えがあるっす』


 そう言って彼女が提案したのが、ヴァーミリオンバードだった。

 彼女は魔人として生まれた際、この世界にむ魔物に関する多くの知識を有していた。


 ヴァーミリオンバードの飛行速度は音速を優に越え、100日飛び続けても疲れることがないという。

 まさにうってつけの魔物だった。しかも風と炎を操ることができ、戦闘面でも役に立つのだとか。


(あのとき、こいつらがきてたらヤバかったかもな……)


 メイルグラードを襲った魔物集団暴走スタンピードの際、ヴァーミリオンバードはいなかった。


 その理由はふたつ。


 ひとつめは、ヴァーミリオンバードの生息地であるこの山が遠すぎたこと。


 そしてもうひとつは、ラファエロでは彼らを従えられなかったこと。


 グレーター・ランドタートル・エンペラーという災害級の魔物を操れたラファエロですら手に負えないほど、彼らは格の高い魔物なのだ。


「グルル……」

「お、呼んでくれるんっすね? あざっすー」


 そんなヴァーミリオンバードのボスとアミィは、とても友好的な関係を築けていた。

 それには彼女の存在が倍加し、魔人としての能力が増したこともあるだろうが、なにより魔人アマンダが得意としていた魅了が大いに役立っていた。


 ヴァーミリオンバードという格の高い魔物とですら友誼ゆうぎを結べる彼女は、今回の戦争でもかなり重要な役割をになうことになっている。


「お、その子っすか」

「キュルルッ!」


 陽一らの前に現われたのは、少し身体の小さな個体だった。

 といっても、グリフォンより大きいのだが。


「なるほど、ナリは小せぇけど、飛ぶことにかけては群れ一番ってことなんっすね」

「キュルァッ!」


 そのとおりだと言いたげに、そのヴァーミリオンバードは胸を張った。


「おう、頼もしいな」

「じゃあ、この子を借りていくっすね」

「グルルゥ……」


 ボスは了承したふうにひと声うなると、再び眠りについた。

 ふたりはそれを確認し、洞穴を出る。


「ちょっと薄暗くなってきたな」


 洞穴を出ると、少しばかり日が傾いていた。

 日没まで、あと1~2時間といったところか。


「おいでっす」

「キュルッ」


 アミィが呼ぶと、その子はふたりに歩み寄り、その場で身を低くした。


「いい子っす。それじゃ、アニキ」

「おう」


 アミィと一緒に、ヴァーミリオンバードの背にまたがる。


「うひょー! モフモフっすー!!」


 朱色の羽毛はふわふわとしてさわり心地がよく、アミィは思い切り顔を埋めていた。


「あ、そうだ! アニキ、この子に名前つけてあげようよ!」


 身体を起こしたアミィが、そう提案した。


「名前か……」


 あらためてヴァーミリオンバードを見る。


「……スザク、ってのはどうかな?」


 見た目の印象から、その名を思いついた。


「かっけーっす!」

「キュルァッ!」


 どうやらアミィも本人も気に入ってくれたようなので、彼の名はスザクに決まった。


「ついでに、この山の名前もざくさんにしようか」


 陽一はそう言うと、この場をホームポイントに設定した。

 もともと名前のない山だったので、ホームポイントの地名もいましがた彼が命名した『朱雀山』となった。


「それじゃスザク、よろしく頼むな」

「スザク、これからアニキの言うことをしっかり聞くんすよ?」

「キュルァッ!」


 スザクは甲高い声を上げると、朱色の翼をバサリと羽ばたかせて跳び上がった。


「キュルルーッ!」


 そして陽一の指示に従って飛び始める。


「おおっ、はっや!」

「ヒャッホゥ! さいこーっすねー」


 ふたりは日が暮れる前に、メイルグラードへ帰り着くことができた。

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