第7話 スキル進化
「それで、どのくらい負けたんだ?」
頭を撫でてやりながら問いかけたが、アミィから返事はなかった。
「アミィ?」
顔をのぞき込むと、彼女は目を閉じ、寝息を立てていた。
「寝ちゃったのか」
「この子、今朝からずっと、気を張っていたのでしょうね」
「気を?」
「ええ。あれは、この子の父親ですもの」
「ああ……」
その事実は、どうあっても変えられない。
陽一らがそのことを気にしなかろうが、魔王パブロに生み出されたということは、彼女の心に重くのしかかっているのだろう。
そしていくら本人が嫌っていようと、父親と敵対するというのはそれなりのストレスであるはずだ。
なんでもないように振る舞ってはいたが、気疲れのようなものはじわじわと蓄積されていたに違いない。
「このまま、寝かせといてやるか」
「それがよろしいですわね」
陽一はアミィを抱え上げて立ち上がり、ベッドに横たえ、シーツをかけてやった。
「んにゅぅ……アニキぃ……」
彼女は小さく寝言を漏らしたが、結局目を覚ますことなく寝入った。
「あなたもおやすみになってはどう?」
「そうだな。その前に、シャワーを浴びとくよ」
「ふふふ……なら、そちらをお使いになればよろしいでしょう?」
そう言って微笑むシャーロットの見る先には、ジェットバス機能つきのバスタブがあった。
「せっかくだしそうしようかな。これ、じつはちょっと気になってたんだよ」
寝室の、しかもベッドの真横にバスタブがあるというのは、陽一にとってかなり新鮮な光景だった。
すっと立ち上がったシャーロットが、手際よく風呂の準備を始める。
カランから勢いよく湯が放出され、結構な音がしたのだが、アミィが起きる気配はなかった。
「ま、なんにせよ先に軽くシャワーを……」
そう言って立ち上がり、歩きかけた陽一の肩に、シャーロットがそっと手を置く。
「公衆浴場ではありませんのよ? 細かいことはよろしいじゃありませんか」
彼女はそう言いながら、陽一のシャツを脱がせ始めた。
陽一にしなだれかかりながら慣れた手つきでボタンを外していくシャーロットの熱い吐息が、首にかかる。
かすかに、シャンパンの香りがした。
「いや、まぁ、でもなぁ……」
あれよという間にシャツは脱がされ、続けてベルトに彼女の手が伸びる。
シャーロットは手元に目も向けず、艶めかしく絡みつくような視線を陽一に向けたまま、手際よくベルトを外し、スラックスのフックを緩めてファスナーをおろした。
「うふふ……」
艶やかな笑みを陽一に向けたまま、彼女は緩んだスラックスとトランクスの両方に手をかけ、容赦なくずりおろす。
その瞬間、彼女の青い瞳がひときわ妖しく光ったように見えた。
「ですが、そんなに気になるのでしたら、ここはきれいにしてさしあげますわ」
「あ、おい、シャーロット?」
○●○●
軽めの前哨戦を終えたところで、陽一とシャーロットは、並んで湯船に浸かった。
バスタブの
「ああ……やっぱ風呂はいいなぁ」
「うふふ、そういうところはやはり日本人ですわね」
湯船に浸かってだらりと蕩けるような陽一の姿に、シャーロットは感心した様子だった。
ふたりはしばらくのあいだ、まったりと入浴を楽しんだ。
「あーっ!」
ふと、ベッドのほうからアミィの声が聞こえた。
「ちょっとちょっとー! ふたりでなにやってんすかー!?」
抗議の声を上げながらアミィは起き上がり、ベッドを降りる。
「いや、せっかく部屋に風呂があるんだから、入らないとな」
「ええ、そうですわね」
「そんなんずるいっす! アタイもまぜるっすよー!」
ベッドを降りたアミィはすぐにドレスや下着を脱ぎさった。
「いや、もう隙間ないけどな」
かなり広いバスタブだが、大人ふたりが並んで入っているので、もうひとりぶんのスペースはない。
「じゃあ、アニキの上に乗っかるっす」
アミィはバスタブに入ると、正面から陽一に覆い被さるようにして湯に浸かった。
「おいおい」
「あらあら」
彼女は陽一の腰あたりにまたがって膝をつき、そのまま彼に抱きつく。
彼女の身体が、心地よい重みをかけてきた。
「んんー、あったけーっす」
「なんか間違ってるような気もするけどなぁ」
「アニキと一緒にお風呂に入れたらなんでもいいんっすよ」
陽一の背中に回されたアミィの腕に力が入り、ぎゅっと胸が押し当てられた。
彼女の重みと、張りのある肌の感触で、湯に浸かって霧散していた情欲にふたたび火が灯った。
そして3人でいろいろ楽しんだ。
「シャロ姉、おつかれさまっす」
「はぁ……はぁ……なんだか少し、疲れましたわね……」
ふたりから解放されたシャーロットは、湯船の中に座り込んだ。
「ちょっと、はしゃぎすぎたか」
「悪ノリしちゃったっすかね」
少しばかり申し訳なさそうな陽一とアミィに対して、シャーロットは首を小さく横に振った。
「かまいませんわ。気持ちよかったので」
彼女はそう言うと、柔らかな笑顔をふたりに向けた。
それから3人は、あらためて風呂に浸かり直した。
身体を伸ばさなければ、3人でも充分に入れた。
そうして疲れを癒やしたあと、陽一らはベッドに並んで寝転がり、ほどなく眠りについたのだった。
○●○●
翌日、陽一が目覚めると、ベッドにはアミィしかいなかった。
「んふぅ……アニキぃ……」
腕に絡みつくアミィから、温かな体温が伝わってくる。
「ふぁ……ん……起きなきゃな……」
陽一が身体を起こすと、アミィの腕がするりと離れた。彼女はまだ、起きる気配はない。
「アミィ、朝だぞ。起きろよ」
気持ちよさそうに眠るのを起こすのは忍びないが、今日は彼女とやることがある。
というか、これから99日間、陽一らはほとんど休むヒマなく動き続ける必要があった。
「ん……ふぁ……アニキ、おはようっす」
アミィが上体を起こし、ぐぐっと伸びをするのと同時に、シーツがはらりとめくれた。
健康的な小麦色の肌が、窓から射し込む朝日に照らされて輝いているように見えた。
「あれ、シャロ姉は?」
「起きたらいなかったな。とりあえず、俺たちも起きないと」
そう言ってベッドから出ようとする陽一の腕を絡め取るように、アミィが抱きつく。
腕をはさんだ胸の谷間はじわりと汗ばみ、少しだけほかの部分より温かかった。
「どうした?」
「おはようのチューしてほしいっす」
そう言うとアミィは、目を閉じて口をすぼめ、軽く顎を突き出してきた。
「しょうがないなぁ」
苦笑を漏らしながらも、陽一は空いているほうの手でアミィの頭を優しく抱え、唇を重ねた。
「んふ、目ぇ覚めたっす」
軽い口づけで満足したのか、アミィは陽一を解放した。
ベッドを降り、トランクスとTシャツだけを身に着けて寝室を出ると、ダイニングテーブルには朝食が並べられ、シャーロットがコーヒーを淹れていた。
「あら、おはようございます」
「ああ、おはよう。朝メシ、用意してくれてたんだな」
「もちろんルームサービスですわよ」
「……その格好で取りにいったのか?」
彼女はいま、ショーツとブラウスだけ、という格好だった。
ブラジャーをせず、ボタンをふたつほど開けているので谷間が露わで、胸の形がくっきりと見えていた。
「まさか。わざわざ取りに出なくても、頼めば置いておいてくれますのよ」
「そっか」
シャーロットの答えに、陽一はほっと胸を撫で下ろす。
「ヨーイチはカフェオレがお好きですのよね?」
「あー、うん。でもまぁ、ちゃんと淹れてくれたんならブラックでもいいよ」
「アタイはミルクと砂糖たっぷりがいいっす!」
ショーツとキャミソールだけという格好のアミィが、寝室から出てきた。
「わかりましたわ」
サラダやエッグベネディクト、カリカリに炒めたベーコンにボイルしたソーセージなど、定番ながらもクオリティの高い朝食を3人は談笑とともに楽しんだ。
「いやぁ、それにしても、なぁんか調子いいんっすよねー」
「あら、アミィもですの? わたくしもなんだかとても体調がいいのですわ」
ふとしたアミィの発言に、シャーロットが同意する。
「そりゃ、ふたりとも【健康体β】を持ってるからな」
「そりゃそうなんすけど、いままで以上に調子がいいんっすよねー」
「確かにそうですわね」
「あっ、もしかして昨日、アニキにどばどば出してもらったからっすかねー……んふ」
「ふふ、そうかもしれませんわねぇ」
「いや、朝からする話じゃないだろ……」
食後のコーヒー、あるいはカフェオレを飲みながら、どこか艶やかな笑みを浮かべ愛おしげに下腹を撫でるふたりに、陽一は呆れながら苦言を呈する。
「まぁ、付与効果が上昇してるから、それで一時的に元気になるってこともあるかもしれな――ええっ!?」
なにかしらの付与効果が出ているのかもしれないと、ふたりを【鑑定】した陽一は、思わず声を上げた。
「どしたんっすか?」
「突然大声をあげるだなんて、なにかありましたの」
「いや、その……スキルが、変わってる……!」
ふたりの持つ【健康体β】が、【健康体
「おお、パワーアップっすか?」
「どのような変化か、確認できますの?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
【健康体θ】
回復力、回復速度が飛躍的に向上。
肉体、精神および魂の損傷を即座に回復する。
他者への付与効果はない。
【健康体Ω】所持者からの強力な付与を経て、【健康体β】が進化。
「はは……こりゃすごい」
どうやら他者への付与効果がないだけで、回復力に関しては【健康体Ω】と変わらないようだ。
「即死じゃなければ、ほぼ死なないって感じだ」
「おお、そりゃありがたいっすね!」
「なんとまぁ……」
無邪気に喜ぶアミィに対して、シャーロットは少し複雑な表情を浮かべていた。
自分が常人からかけ離れていくことに、少なからず戸惑いがあるのだろう。
とはいえ、呆れ半分感心半分といったところなので、ほどなく受け入れられるだろうが。
「それで、ほかのみなさまにはどうされますの?」
スキルの進化ができるとわかった以上、ほかのメンバーにもあらためて付与すべきなのは、考えるまでもない。
「そうだな、折を見てやらないとな」
「じゃあ、とりあえずサム姉とシー姉っすか?」
手近なメンバーとなれば、同じホテルにいるサマンサとシーハンということになるのだろうが……。
「いや、いまはそれどころじゃないだろうな。とくにサマンサは」
本来サマンサとシーハンも、同じ部屋に泊まる予定だった。
しかし帰ってこないところを見ると、エドたちとのやりとりにのめり込んでいるに違いない。
ならば、彼女たちへの付与はあと回しにしたほうがいいだろう。
「というわけでアミィ。俺たちは異世界にいくぞ」
「うっす」
「片づけはわたくしがやっておきますから、ふたりとも、お気をつけて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます