第6話 イセカイへの誘い
「おやっさん!」
招かれた部屋に入るなりアミィは駆け出し、部屋の主であるエドに抱きついた。
陽一らは、海の向こうのカジノホテルにあるVIPルームを訪れていた。
ちなみにだが彼らは事前に、ホテルにふさわしい装いに着替えている。
「アミィ……!? いったい、どうして……」
呆然とするエドを一度ギュッと強く抱きしめたあと、アミィは彼の背中に腕を回したまま、少し身体を離した。
「地獄の底から帰ってきたっす!」
アミィはエドを見つめながらそう言いい、にっこりと笑った。その笑顔を受けて、エドも思わず破顔する。
「ああ……アミィ……」
体格はいいが背の低いエドと以前のアミィは、身長がほとんど同じだった。
だが、いまはエドが少し見上げるかたちとなっている。
「大きくなったなぁ……」
自分でも
陽一が異世界も含めた事情の説明を始めると、エドはすぐにマーカスを呼んだ。
自分ひとりでは処理できないと思ったのだろう。
「エド、お待たせしました。ヨーイチもシャーロットも久しぶり……ってほどでもないけど、よく来たな」
「すまないな、仕事中に呼び出して」
「いえ。でもなんの話です? 知らない女の子もいるみたいですけど」
「お前の好きなファンタジーの話だよ」
「ヒュゥ! 待ってました! ヨーイチがいるからそうじゃないかなと思ってたんですよねー」
「じゃあ、始めますね」
あらためて、事情を説明する。
陽一が転移に至った経緯や管理者のことは省略し、スキルについても事前にシャーロットと協議したうえで、必要な部分だけを開示した。
重点的に話したのは、地球におけるカルロ・スザーノやオゥラ・タギーゴと、異世界における魔王パブロや魔人および魔王軍の関係性、魔王軍の戦力予想に戦略と戦術などだ。
それらを、ロザンナに用意してもらった異世界の地図をもとに説明し、それに対抗するために助力を願うことにしたのだった。
なお、魔境部分については陽一が【鑑定Ω】を駆使して大まかな地図を作成しており、それも開示された。
「イセカイねぇ……正直に言って信じられないですよ」
「だが、信じざるを得ないだろう。これまでに私はいくつものマジックアイテムを見ているし、なにより……」
そう言ってエドは、アミィを見た。
死んだはずの彼女が現実に存在している。
それはエドにとって喜ばしいことだった。
陽一の話を事実として受け入れることで、この再会をまやかしではないものにできるのなら、多少のファンタジーを受け入れるくらいどうということはない。
エドの中で、そんな覚悟が生まれた。
「ま、エドが信じるのなら、俺も信じますよ」
どうやら話は受け入れられそうで、陽一はほっと胸を撫で下ろす。
今回の作戦でエドの協力は必要不可欠、とまではいかないが、得られるかどうかで人類側の被害が数百万単位で変わってくるのだ。
「それじゃ、こちら側の戦略を説明しますね」
戦略といっても、大雑把なものである。
人類が一丸となって魔王軍の侵攻を食い止め、あわよくば撃退する。
ただし、魔王が健在であるかぎり敵はほぼ無尽蔵に湧き出るので、同時並行で少数精鋭の討伐隊を差し向ける。
その討伐隊の中心となるのが、アレクとアラーナだ。
「なるほど……ゲームなんかで主人公が少数なのは、そういう理由なのかも知れないなぁ……」
日本のイセカイ小説に造詣の深いマーカスだが、その下地には青少年期にプレイした日本産のRPGがあった。
選ばれし勇者が魔王を倒し、世界を救う。
そんなよくある設定を彼は好んでいたが、疑問に思うこともあったのだろう。
なぜこんな少人数に世界の命運を任せるのか、と。
「そうだな。物語には描かれない部分もあるのかもしれん」
エドがしみじみと呟く。
おそらくゲーム世界の人々も、プレイヤーの見えないところで戦っていたのだろう。
ただ主人公たちにスポットライトが当たっていて、見えなかっただけで。
「つまり、選ばれし勇者ってのは特殊部隊だったってわけですか……なるほどなるほど」
すべての物語においてそうであるとは言えないが、少なくとも今回異世界で繰り広げられる魔王軍との戦いに関していえば、マーカスの
軍と軍がぶつかっているあいだに敵の総大将を討つ、というのは、まさに特殊任務といえるだろう。
「そもそも選ばれし勇者、というのも語弊がありそうだな」
地図に示されたいくつかの記号を見ながら、エドが呟く。
魔王討伐に動く特殊部隊は、複数用意されている。
アラーナとアレクも別れて行動するし、ほかにもグラーフを始めとする腕利きの冒険者パーティーが、いくつかのルートで魔王城を目指すのだ。
そのうちの誰かが、魔王を倒せばいい、という作戦である。
「魔王を倒した者が主人公として選ばれ、物語が紡がれる、ということなのかな」
「まぁ、普通に考えれば、たったひとつの部隊に勝敗の命運を委ねるってのも、おかしな話ですもんね」
少し話しは脱線したが、エドとマーカスにはおおよその状況を把握してもらえた。
ここから、シャーロットと陽一も加わり、ざっくりとなにが必要なのかを話し合っていく。
「ところで、そちらのお嬢さんは? 初対面だと思うが」
話が一段落ついたところで、エドがサマンサを見て言った。
「彼女はサマンサといいます」
陽一の紹介を受け、サマンサがエドの前に歩み出る。
「はじめまして。ボクは錬金鍛冶師のサム・スミスだよ」
「錬金……?」
差し出されたサマンサの手を握り返しながら、エドは首を傾げた。
「まぁ、いまさら
「もちろん、ボクの担当は魔道具の作成さ」
「ふむ……ということは?」
エドは、確認するように陽一を見る。
「ええ。エドさんに渡した魔道具は、すべて彼女が作ったものです」
陽一がそう言うと、サマンサは自慢げに薄い胸を反らし、エドは納得したように頷く。
「そうか。なら、腕は確かなのだろうな」
魔道具の技術レベルを測る術をエドは持たないが、彼やシャーロットが受け取った魔道具は、一切の誤作動を起こさず適切な効果を発揮し続けた。
その一点においても、絶大な信頼に値するといえるだろう。
「では、具体的にどのようなものが必要になるのかな?」
「それを、エドさんとサマンサとで一緒に考えてほしいんです」
今回の作戦で必要な機器のうち、こちらから持っていってそのまま使えるものは問題ないが、異世界ではうまく機能しないようなものを、あちらの
式典に合わせて用意してほしいものがいくつかあるので、まずはエドとサマンサとの打ち合わせが優先されることとなった。
○●○●
サマンサとエドを中心に、シーハンとシャーロット、マーカスがサポートをしつつ打ち合わせをするので、陽一は休むように言われて客室に入った。
「ふぅ……」
スイートルームの豪華なベッドに腰かけた陽一は、思わずため息を漏らす。
昨夜からずっと動きっぱなしだったせいで、少し疲れているようだ。
いくら【健康体Ω】があっても、こうした気疲れのようなものを完全に取り除くことはできない。
「それにしてもエドさん、またいい部屋を用意してくれたなぁ」
以前泊まったのとはまた別のスイートルームだった。
いまいる寝室以外にも、リビングダイニングと、バーカウンターのあるキッチン、シャワールームなどがあり、寝室だけでも陽一の住む『グランコート2503』に匹敵する広さである。
「っていうか、こんなところに風呂かよ」
中でも驚いたのは、ベッドのすぐ横にバスタブがあったことだ。
しかも、ジェットバスつきである。
バスタブは、大人ふたりがゆったりと並んで入れるほどの大きさだった。
「おつかれでしたわね」
ひと息ついたころで、シャーロットがシャンパンボトルとグラスをふたつ持って、部屋に入ってきた。
「あれ、話し合いは?」
「わたくしの出番はもう少しあとですわね」
このあとシャーロットはしばらくこちらに残ってエドのサポートに入る。
なので、その前に陽一と過ごす時間を与えようというエドのはからいだろう。
「そっか。アミィは?」
「あの子はこの町で遊ぶのが夢だったみたいですわね。いまはショーを楽しんでいるころかしら?」
「ひとりにして大丈夫?」
「女性スタッフをひとり、つけておりますわ。アミィは英語もしゃべれるみたいですし、問題ありませんわよ」
「そっか」
シャーロットはサイドテーブルにグラスを置くと、シャンパンを注いだ。
「となり、よろしいかしら?」
「べつにいいけど、ここでいいの?」
言いながら、陽一はリビングダイニングを見る。
「かまいませんわよ」
シャーロットはグラスのひとつを陽一に渡しながら、彼の隣に腰を下ろした。
「では」
「おう」
ふたりはグラスを軽く掲げて、乾杯をした。
「ふぅ……あいかわらず美味い酒だよ」
「それなりのものを用意しておりますもの」
グラスを傾けながら、ふたりはとりとめもない話を始めた。
ちなみに陽一はホテルを訪れるにあたってツイードの三つ揃いを着ていたが、いまはジャケットを脱いでシャツとスラックスという格好をしている。
シャーロットもスーツ姿だったが、同じくジャケットを脱ぎ、ブラウスとタイトスカートという格好だ。
そうやってしばらく話していると、部屋のドアが開いた。
「あーもう! 大負けっすー!」
カジノで負けたらしいアミィが入ってきた。
「ぜってーイカサマっすよ、あんなの!」
寝室に陽一とシャーロットがいるのを認めたアミィは、ナイトドレス姿に似合わない姿勢でズカズカと歩き、サイドテーブルに置かれたシャンパンのボトルをつかんでそのままラッパ飲みした。
「あら、イカサマとは聞き捨てなりませんわね?」
「なにで負けたんだ?」
「んぐ……ぷはぁ……! ポーカーっすよポーカー!」
それを聞いた陽一とシャーロットは、顔を見合わせ、クスリと笑い合った。
「ちょっとちょっとー、なにがおかしいんっすか!?」
「いや、アミィってポーカー弱そうだなと思って」
「ですわね。ポーカーフェイスとは無縁そうですものね」
「ポーカーフェイス?」
ふたりの言葉に、シャーロットがきょとんとして首を傾げる。
「いや、ポーカーってのは自分の手札がいいかどうかを、表情や仕草か読み取られないようにしないといけないだろ?」
「無表情でいることがまず基本なのですが、アミィは感情が顔に出やすそうですものね」
「えっ、ちょっと待つっす……ポーカーフェイスのポーカーって、あのポーカーだったんっすか?」
「いやそこからかよ」
「そうだったんすね……ポーカーってのは運ゲーだと思ってたっす……」
「確かにカード運もありますけど、あれは読み合いのゲームですわよ」
「そっか……そりゃ勝てねぇわけっすよ……」
陽一をはさんでシャーロットと反対側に腰かけたアミィが、もう一度ボトルをあおる。
ぐったりとうなだれる彼女を陽一は抱き寄せ、軽く頭を撫でてやった。
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