第5話 神託の勇者

 異世界から地球にいるエドと言葉のやりとりを成功させた陽一は、近いうちに相談したいことがある、とだけ伝えておいた。


 それからメイルグラードにいるメンバーと合流し、王都にあるサリス家別邸へと【帰還】してアラーナの案内で宰相府へ。


 宰相の執務室には、ロザンナと花梨が待機していた。


「とりあえず、俺の話から聞いてもらおうかな」


 陽一の事情については、詳しく知っているメンバーと、ざっくりとしか知らないメンバーがいたので、まずは転移に至った経緯と管理者について説明する。


「ちょっと待ってくれ。ヨーイチの言う管理人さんとやらは、勇者トーゴの伝説にある女神なのではないか?」


 いつも落ち着いているロザンナが、陽一の話に珍しくうろたえた様子を見せた。


 そういえばアレクのときもいろいろと説明していたようだし、勇者トーゴの前に姿を現わしていたとしてもおかしくはない。

 それが後世に伝わっているということもあるだろう。


「まあ、たぶんそんな感じですかね」

「……つまり、ヨーイチは女神の祝福を受けたということか」

「いやぁ、祝福なんて大げさなものじゃないですよ。お詫びのオマケみたいな?」

「先方の意図云々より、君が女神から直接力を授かったというのが問題なのだが……すまん、話の腰を折ってしまったな。続けてくれ」


 まだいろいろと納得がいかない様子のロザンナだったが、ひとまず話の続きを促した。


「あ、はい。それで、あらためて管理人さんからいろいろと説明を受けたんだけど」


 それから陽一は、自身を基点にふたつの世界が繋がってしまったこと、そのせいで魔王や魔人の存在が倍加されたこと、そして世界がヤバいのでなんとかしてほしいと頼まれ、スキルを強化してもらったことを話した。


 管理者とセックスをしたことについては、ひとまず伏せておく。

 もし彼女がこの世界における伝説の女神であるなら、さすがにそれを知られるのはよくないと考えたからだ。


 話を聞き終えた女性陣は、それぞれ驚いたり呆れたり感心したりとさまざまな表情を浮かべながら、なにか言いたげに陽一を見る。

 そしてメンバーを代表するようなかたちで、ふたたびロザンナが口を開いた。


「ヨーイチ、君は女神に魔王討伐を命じられたのだな?」

「命じられたというか、お願いされたというか……」

「とにかく、女神から直接言葉をたまわったのだな?」

「まあ、そうなりますかね」


 そこで一度、ロザンナは額を押さえてため息をついた。


「ヨーイチ、それを世間ではなんというか知っているか?」

「さぁ……?」


 表情をあらためたロザンナが、陽一に真剣な眼差しを向ける。


「神託、というのだよ」

「ええっ!?」


 陽一は驚いて声を上げたものの、ほかのメンバーは納得したように頷いている。

 どうやら客観的に見れば陽一が神託を受けたことになるらしい。そのことは認めるしかないようだった。


「神託を受けた勇者が魔王討伐に名乗りをあげる。うむ、悪くない構図だな」

「いや、待ってください! 勇者とか無理ですって!」

「そうは言ってもな、人々は魔王の侵攻を恐れている。このままなにもせず時が経てば、混乱はどんどん大きくなっていくことだろう。そうなる前に、我々為政者は希望を見せなくてはならないのだ」

「だからって、神託の勇者だなんて……」

「こういうのはな、わかりやすい象徴シンボル物語ストーリーが必要なのだよ」


 このあいだ、ほかのメンバーは興味深げにふたりのやりとりを見ていた。

 だれひとり口をはさまないのは、少なくともこの話題に関してはロザンナに任せようという暗黙の了解じみたものがあるのだろう。


「いや、でも、俺、異世界人ですから、ね?」

「うむ、勇者トーゴと同郷ということだな」

「ぐぬ……いや、でも……やっぱ俺いやですよー」

「いやと言われてもなぁ」

「俺、裏方でめちゃくちゃがんばりますから! ね? 勇者とかホント、ガラじゃないんで!!」

「だが、先ほども言ったとおり、我々としては人類の希望となる旗頭はたがしらがほしいのだよ。他に候補がいればともかく……」

「……います! いますよ!! アレクだ! そうだ、アイツが適任だ!!」


 突然出されたアレクの名に、ロザンナが首を傾げる。

 メンバーの中には、同じく首を傾げる者と、納得したように頷く者とがいた。


「アレクとは、帝国の冒険者アレクサンドル・バルシュミーデか?」

「そうです、アイツは転生者ですからね。前世は勇者トーゴと同郷で、正真正銘こちらの世界の住人ですよ? うん、こりゃ俺以上の適任者だ」

「なんと……」


 アレクの事情について、東堂家の騒動にかかわった花梨、実里、アラーナ、サマンサは知っていたが、それ以外のメンバーには話していない。

 何度かアレクと模擬戦をしたことのあるシーハンだが、特別親しいというほどではないのでわざわざ彼の特殊な事情について話す必要はなかったし、シャーロットとアミィはそもそも当人を知らなかった。


「ふむ……そういうことなら、問題ないかもしれん。冒険者としての名声も高いしな。ただ、彼が自身の事情を公表すると同意してくれるなら、だが」

「説得します!」

「わかった。ならば帝国側の旗頭はいいとして、王国側はどうする?」

「はい? 王国側?」

「そうだ。人類が一丸となって魔王に対抗するわけだからな。王国と帝国、それぞれが象徴となる人物を出さねば、のちのち面倒なことになりかねん」

「いやいや、人類の存亡がかかってるっていうのに、のちのちのことなんて言ってる場合じゃないでしょ!?」

「それはそうかもしれんが、我々としては勝って生き残ることを前提に、未来のことを考えないわけにはいかないのだよ。それに、王国側の士気にもかかわることだからな。ないがしろにはできん」


 まったくもって自分には政治がわからん!

 と思いつつも、そう言われてしまえば、陽一としても反論はしづらい。


「王国側の、象徴になり得る、強い人……」


 絞り出すようにそう言った陽一の視線が、引き寄せられるようにアラーナをとらえる。

 そんな彼の視線に誘導され、ロザンナの、そしてほかのメンバー全員の目がアラーナに向けられた。


「むぅ……」


 全員の視線を受けて戸惑うように声を漏らしたアラーナだったが、彼女は諦めたようにため息をつき、両手を挙げた。


「わかった。ヨーイチ殿が望むなら引き受けよう」

「ありがとう、アラーナ!」


 アラーナが答えるなり、陽一は彼女のもとへ駆け寄り手を取って礼を言った。


「う、うむ。言っておくが、これは貸しだからな」

「ああ! 俺にできることならなんでもするから、考えておいてくれ!」

「そ、そうか。うむ、考えておくよ」


 大まかな方針は決まったので、軽い休憩をはさんで細かい作戦を話し合うことになった。


○●○●


 小休止のあと、陽一は強化されたスキルについて説明した。


「なんとまぁ……すごいことになっちゃってるわね」


 呆れたように呟く花梨に、他のメンバーも同意する。


 それから、陽一のスキルを使って、どう魔王軍に対応するかが話し合われた。


「なるほど、魔王軍は圧倒的な物量に任せて、こちらを押しつぶすつもりですのね」


 【鑑定Ω】で読み取った魔王の考えを聞いたシャーロットが、広げられた地図を見ながら呟く。


「たとえば魔王が100日という期日を守らずに侵攻を開始する可能性はありませんの?」

「オヤジの性格的に、それはなさそうっすけどね」


 シャーロットの疑問にアミィが答えるも、さすがにそれでは根拠が薄い。


「アミィの言うとおりパブロの性格的な問題もあるけど、そもそも準備に100日かかるんだよ」


 魔王パブロの作戦は、とにかく大量の魔物を生み出し、それを魔人に率いさせるというものだった。

 既存の魔物ももちろん麾下きかに加えるが、存在が倍加した魔王が生み出す魔物はとにかく強いのだ。


 人類を圧倒できるだけの魔物を生み出し、配置するのに、100日かかるというわけである。


「わかりましたわ。では100日後に侵攻を開始するということですが、それは人類圏に到達するのが100日後ということですの?」

「それは……違うな」


 あらためて【鑑定Ω】で確認したところ、魔境の奥深く、人の手がほとんど届かないところに、魔王は魔物を配置し、100日後に第一陣が出発する、という作戦らしい。


「となれば、戦闘開始はもう少しあとになりますわね」

「そうだな。第一陣は機動力の高い魔物を中心に組むみたいだから、北の辺境まで到達するのに10日くらいはかかるかな」


 陽一の【鑑定Ω】によって、魔王パブロの考えは筒抜けになっている。

 そこから、彼が生み出す魔物がどれだけの戦力になり、どういうルートで侵攻してくるのかは、ある程度予想が可能だ。


 それらの情報が書き込まれた地図を見て、王国宰相であるロザンナは顔色を悪くしていた。


「正直絶望しかないのだが、本当に勝てるのか?」

「まあ、なんとかなりますよ」


 陽一が【鑑定Ω】を駆使して作戦を提示し、穴があればほかのメンバーが補う。

 そうして出た新たな意見を参考に、【鑑定Ω】が新たな道筋を示してくれる。


 そうやって作戦会議は続き、それぞれの役割がある程度決まった。


「では、ヨーイチはさっそくアレクの説得にむかってくれ。式典の準備もあるので、アラーナはこのまま私のもとに留まってほしい。花梨も引き続き補佐を頼む」


 勇者トーゴの伝説にある女神の神託が下り、帝国と王国それぞれに多大な加護を受けた勇者が現われ、魔王討伐の使命が下された。

 そういうストーリーを大々的に知らしめるための、式典が行なわれることになった。

 そうして人類に希望を与え、魔王討伐のために立ち上がらせようという魂胆だ。


 いくら陽一率いるトコロテンや、アレクが強大な力を持っているとはいえ、人類を滅ぼすほどの大軍を相手に勝てるわけではない。

 王国軍、帝国軍、そして冒険者たちはもちろん、非戦闘員も含めた人類が一丸となって立ち向かうことで、なんとか勝利を得られるというほどに、敵は強いのである。


「それじゃ、いってきます」


 いまはまだ魔王の宣言によって混乱している人たちを、絶望ではなく希望へと導く第一歩として、陽一は帝国北部辺境の町、コルーソへと【帰還】するのだった。


○●○●


「ええ、いいッスよ」


 アレクに事情を説明したところ、彼は驚くほどあっさりと了承してくれた。


「本当にいいのか? うちの宰相閣下は君の前世まで公表するつもりらしいんだけど」

「まぁ面倒くさいっちゃ面倒くさいッスけど、もうエマには全部話してあるッスからね。あいつ以外の誰になにを思われようが、正直どうでもいいッス」


 あっけらかんと、しかしどこか誇らしげに、アレクはそう言いきった。


「そうか。ありがとな」

「いえいえ。むしろ選ばれし勇者として魔王をぶっ倒すなんて胸アツな役割、もらっちゃっていいんッスか? って感じッスわ」

「アレクさえよければ、俺は助かるよ」

「なら、Win-Winッスね」

「かもな」


 そう言ってクスクスと笑い合ったふたりだったが、ふとアレクが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「なんつーか、申し訳ないッスね」

「なにがだ?」

「いや、あっちの世界の陽一さんを、こっちの事情に巻き込んじまったみたいで……」

「まあ、こっちにも随分つながりが増えたからな。さすがに他人事とは言えないよ」

「あー……それもそッスね」


 そう言ったアレクが少しばかり呆れたような表情を浮かべているのは、陽一とかかわる女性たちを思い浮かべたからだろうか。


「じゃあ、あとは任せていいか?」

「ウッス。ギルマス経由で偉いさんたちとやりとりしとくッス」

「じゃあ、頼むな」


 アレクと別れた陽一は、すぐにロザンナの執務室へと【帰還】した。



「というわけで、アレクの説得に成功しました。たぶんあちらのギルマス経由で連絡があると思います」

「そうか。早かったな」


 今後、こうしてロザンナと会う機会は増えるだろうと予想し、この執務室も【帰還Ω】のホームポイントに加えている。


「ではあとのことは私に任せてくれ」

「ええ。俺たちはメイルグラードに戻りますね」

「うむ。こき使うようで申し訳ないが、頼む」

「いえいえ、裏方をめちゃくちゃがんばるっていいましたからね」


 軽く微笑んだ陽一だったが、すぐに表情をあらため、ロザンナのかたわらに立つ花梨とアラーナにそれぞれ目を向ける。


「花梨、アラーナ、頼むな」


 そう言った陽一の目が、自然とロザンナの腹に向く。

 少し、大きくなっているだろうか。


「ああ、わかった」

「まかせといて」


 ふたりの答えに頷いた陽一は、残るメンバーのほうを向いた。


「それじゃ、俺たちは行こうか」


 そして陽一は、実里、シャーロット、サマンサ、シーハン、アミィを連れて、メイルグラードへと【帰還】する。


「さっそくで悪いけど実里、頼む」

「はい」


 メイルグラードの宿『辺境のふるさと』に着いた6人だったが、実里がすぐに離脱した。

 彼女は魔術士ギルドへ、宰相の親書を持っていく手はずとなっている。

 そこでことのあらましを説明し、魔術士ギルドを経て各ギルドや領主の協力を取りつける予定だ。


 実里にはほかにも役割があったが、そちらが動き出すのはもう少し先の話だ。


「せわしなくてすまんが、俺たちは次に行こうか」

「問題ありませんわ」

「せやな。もたもたしとるヒマもないし」

「うふふ、ボクは楽しみだなー」

「アタイもある意味楽しみっすねー」


 4人ともに不満や疲れがないことを確認した陽一は、【帰還Ω】を発動した。

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