第4話 宣戦布告

 目が覚めると『辺境のふるさと』だった。


 このところ陽一は、セレスタンの手伝いをしつつ適度に依頼を受けてジャナの森へ行く、という生活をしている。

 室内に誰もいないことを確認した陽一は、顔を洗い、身支度を調えて部屋を出た。


 1階に降りると、ロビーでくつろぐアミィの姿が目に入る。


「アニキ、おはよーっす」

「おう、おはようアミィ」


 陽一の姿を認めるなりアミィは席を立って駆け寄り、抱きついてきた。昨夜、彼女と過ごしたことを思い出す。


「起こしてくれればよかったのに」

「あんな気持ちよさそうに寝てるアニキを起こすなんて、忍びないっす」

「そっか……はは」


 アミィの頭を撫でてやりながら、軽くロビーを見回したが、見知った顔はなかった。


 花梨かりんとアラーナは王都にいる。

 花梨は宰相であるロザンナを補佐しており、アラーナは彼女たちの護衛をしているか、自宅で鍛錬しているかだろう。


 実里みさとはいつものごとく魔術士ギルドにいると思われる。

 そして新たにトコロテンのメンバーとなったシャーロットだが、彼女の世話を実里に任せているので、実里と行動をともにしているはずだ。


 サマンサとシーハンはあいかわらずスミス工房に入り浸っている、といったところか。


「朝メシでも食うか」

「そっすね」

「ここでいいか?」

「アニキと一緒ならどこでもいいっす」


 宿に併設された食堂へ行こうとしたところで、どよめきが起こる。


「ん、なんだ?」

「なんか、暗い……?」


 アミィの言うとおり、あたりが暗くなっていた。


 窓から射し込む光が急速に弱まり、闇が増していく。


 宿のスタッフはどよめく利用客の合間を駆け回り、あわてて館内の照明を灯し始めた。


「まだ、朝だよなぁ?」

「ほとんど昼っすけど、夜じゃねーのはたしかっすね」


 窓の外はすっかり暗くなっている。

 街灯の準備が遅れているせいか、普段の夜よりもさらに暗く感じられた。


「お、おい……あれを見ろ……!」


 宿の外にいた誰かが、空を指して声を上げた。


 それに誘われるように、館内の利用客が外へと流れ出る。


「いってみようか」

「うっす」


 人並みをかき分け、外に出る。


「おいおい……」


 空を見上げると、そこには青白い肌の偉丈夫が映し出されていた。


「オヤジ……」


 隣にいる陽一にかろうじて聞こえる程度の声量で、アミィが呟く。


 夜空に映し出された男に【鑑定Ω】をかけたところ、カルロ・スザーノを前世に持つ、魔王パブロであることが確認できた。


「なんだか随分イケメンになっちゃって……」


 恰幅のいい中年男性だった前世に比べて20歳は若返り、幾分 いくぶんスマートになったようだが、カルロの面影は充分にあった。

 ただ、実体はそこになく、魔法かなにかで映像を映し出しているような状態だった。


『ごきげんよう、人類諸君』


 声が、天から降ってくる。


 大地が震えるほどの音量だった。


 その声に驚いたのか、さらに多くの人が表に出て、魔王の姿を見上げた。


吾輩わがはいは魔王パブロである』


 魔王という言葉に、どよめきが大きくなる。中には、悲鳴を上げる者もいた。


『これより100日後、吾輩は君たちのもとへ大攻勢を仕掛けることにした』


 騒ぎは、どんどん大きくなっていく。

 パニック寸前といった人々を前に、パブロは淡々と言葉を紡ぐ。


『残されたわずかな時間を、悔いのないように過ごすことだ』


 傲然ごうぜんと言い終えたパブロの姿が、闇に溶け込むように消えた。


 そして、昼が戻ってくる。


「ちっ……あいかわらずつまんねーことを……」


 忌々しげに空を見上げたまま吐き出されたアミィの声は、慌ただしく動き始めた人々の喧噪にかき消されるのだった。


○●○●


 魔王の姿が消え、昼の明るさが戻ってくると、人々は次第に落ち着いていった。

 魔王の住む魔境は北の果てにあり、メイルグラードからは遠く離れている、ということに多くの人が思い至ったのだろう。

 冒険者ギルドや領主の館に押し寄せた人もそれなりにいたが、帝国と王国を飛び越えていきなり辺境に攻め込んでくることはない、と説明され、落ち着いたようである。


 いきなりの魔王登場に驚いた陽一とアミィだったが、慌ててもしょうがないと思い至り、予定どおり宿の食堂で食事をしていた。


「にしても、魔王はなんであんなことしたんだろうな?」


 人類圏に攻勢をかけるにしても、わざわざ宣言などせずいきなり攻め込んでしまったほうが効果は高いはずだ。

 戦後の統治や講和などを考慮するならあまり卑怯な手段はとれないが、魔王である彼に人類と共存する意志はない。

 ならば、こちらに警戒心を抱かせ、準備期間を与えるようなあの宣言は、悪手でしかないのだ。


「目立ちたがり屋なんすよ」


 乱暴にパンをかじり、ワインで流し込んだあと、アミィが吐き捨てるように言った。


「いやいや、いくらなんでもそれは……えっ、まじなの?」


 アミィの発言を受けてパブロの意図を【鑑定】したところ、あの宣言にはなんの戦略的意図もないことがわかった。

 ただ単に、人類を怯えさせたいというだけで、ああも大げさな演出をしたらしい。

 麻薬王に憧れて拠点に飛行機のオブジェを飾るような、どこか子供じみた性質が、転生してなお受け継がれているようだ。


「ね、バカっしょ?」

「ああ、まぁ……」


 とはいえパブロには、人類がどうあがこうと自分には太刀打ちできないという確信があった。

 だからこそ、思うままに行動したのだろう。


 そして、その自信に誤りはない。

 彼がその気になれば、圧倒的な力で人類を蹂躙できることは、事実なのである。


 ただし、陽一がいなければ、という条件ではあるが。


「アニキ、これからどうするっすか?」

「そうだな、ちょっと落ち着いたらみんなでロザンナさんのところに行くつもりだ」


 帝国と王国とを問わず、この大陸に住むほぼすべての人々が、魔王の姿を目にし、彼の宣言を耳にした。

 【鑑定Ω】で様子を確認したところ、メイルグラードと違って王都はかなりの騒ぎになっていた。

 北部に帝国をはさんでいるとはいえ、辺境に比べて魔境は近く、なにより人が多い。

 ロザンナはそんな騒動の処理に尽力している最中だった。


「みんなに、話さなくちゃいけないこともあるしな」


 管理者から魔王討伐を依頼されたこと、そしてスキルを強化されたことは全員がいるときに話すつもりだ。

 なにより強化されたスキルについて情報を共有しておくことは、対魔王戦の作戦を立てるうえで重要になってくるだろう。


(スキルの効果、ちゃんと把握しとかないとな)


 そう思いながら、あらためて自身を【鑑定】する。


「ん……?」

「どしたんっすか?」

「ああ、いや……」


 鑑定結果からスキルの効果を確認したところ、ふと違和感を覚える部分があった。

 管理者から受けた説明とは、異なる効果がありそうなものがあったのだ。


 実際に使ってみたわけでもないのにそうとわかるのは、【鑑定+】から【鑑定Ω】に変わったことで、鑑定結果への理解度があがったからだろうか。


(試してみるか)


 顔を上げると、向かいの席ではアミィがソーセージを頬張っているところだった。


(……アミィ)

「……んぐ……なんすか?」


 慌ててソーセージを飲み込んだアミィは、顔を上げてそう言った。それを見て、陽一は目を見開く。


(アミィ……本当に聞こえてますか?)

「だからなんなんすか? 聞こえてるっすけど」

(まじか……じつはいま、君の頭に直接語りかけています)

「はぁ? アニキ、なに言って……」

(口、動いてないだろ?)

「え? あれ? まじっすか?」

(うん、まじ)

「うええええ!? アニキ、いつの間にそんなことができるようになったんっすか!」

「いや、俺もびっくりだよ」


 【言語理解Ω】の『言語を介さない意思疎通』に、どうやら念話のような効果があるらしいことが判明したのだった。


 ならば距離はどこまで届くのかを試しておきたいと考えた陽一は、思い切って王都にいるロザンナに語りかけてみた。


(ロザンナさん……ロザンナさん……聞こえますか?)


 しかし、反応はない。

 やはり距離が遠すぎるのだろうか。


(……待てよ、一方通行ってことも考えられるな)


 そこで陽一は、あらためて【鑑定Ω】でロザンナの様子を確認した。

 すると彼女は、突然聞こえた陽一の声に戸惑い、あたりを見回していることがわかった。

 王国の重鎮を集めての会議中であり、周りから不思議がられているようで、少し反省する。


 ただ、そのせいもあってか小休止がはさまれることになり、化粧室に向かったロザンナはほどなくひとりになった。


(いきなりすいません、ロザンナさん、陽一です。いま、あなたの頭に直接呼びかけています)


 ふたたび聞こえた声に、ロザンナはまたも戸惑う。


(特殊なスキルを得たと思ってください)


 その言葉に、ロザンナは呆れながらも納得したようだ。


(それで、よければそちらからもなにか言ってもらえませんか?)


 そう提案してみたが、ロザンナからの返事はなかった。


 彼女は口に出したり、念じたりといろいろ試しているのだが、陽一にはそれが届かないのだ。


 どうやらこの能力は、一方通行らしいことが判明した。

 これで双方向にやりとりができればかなり便利なのだが……。


(いや、待てよ?)


 そこでふと思い至る。


 向こうから声を届けられないなら、無理やり読み取ってしまえばいいのではないか。


 【鑑定Ω】を使い、ロザンナが陽一に向けた心の声だけを読み取ってみた。


(おい、ヨーイチ、どうだ? 聞こえないか?)


 それははっきりとした音声のように、陽一の頭へと届いた。

 これもまた、鑑定結果への理解度が高まったおかげかもしれない。


(すいません、調整に手間取りましたが、聞こえました。ありがとうございます)

(そうか、それはよかった)


 ロザンナが、安堵しているのがわかる。


(それにしても、とんでもない能力を手に入れたな。君はいま、メイルグラードにいるのだろう?)

(ええ、そうですね)

(それで、ただテストするためだけに私に呼びかけたのか?)

(えっと、それは……)

(まあ、用もなく声をかけてくれるというのもそれはそれで嬉しいのだが、いまは忙しいのでな)

(魔王の件ですね)

(ああ、そうだ)

(……その件で、メンバーを全員連れて伺いたいのですが)

(わかった。1時間後でいいか?)

(こっちは大丈夫ですけど……いいんですか?)

(かまわんよ。いまはどの部署も自分たちのことで手いっぱいだからな。むしろ、過去に何度も魔王の手先である魔人を撃退した君らと話して、先に方針を決めたほうがよさそうだ)

(わかりました、じゃあ1時間後に。宰相府でいいですか?)

(ああ)

(では)


「ふぅ……」

「アニキ、どうしたんっすか? ずっと難しい顔してたっすけど」


 ロザンナとの対話を終えてひと息ついた陽一に、アミィが心配げに声をかける。


「ああ、じつはロザンナさんと話してたんだ」

「あのテレパシーみたいなやつでっすか?」

「そう」

「ロザンナさんって……王都っすよね? どこまで届くんっすか?」

「……どこまで届くんだろうな?」


 たとえば人類圏最果ての地である北部辺境……いや、さらにその先の魔境まで届くのだとすれば……。


(おーい)


 その呼びかけに、北の果てにある居城にて、魔王パブロが軽く身じろぎした。


「おいおい、まじかよ」

「どしたんっすか?」

「たぶん、魔王に声が届いた」

「うへぇ、まじっすか? だったら逆にこっちから宣戦布告してやったらどうっすかね!」

「はは、それはおもしろいかもな」


 お前の考えはまるっとお見通しだ。

 返り討ちにしてやるからかかってこい。


 自信満々に宣言を下した直後のいま、その言葉を伝えてやったら、さぞおもしろい反応を示すことだろう。


「でも、まあ、やめとくわ」


 ただ、それは相手の警戒心を高めるだけで、自己満足くらいしか得られない愚行だろう。

 あえて魔王と同じ土俵に立ってやる必要はないのだ。


「そっすか。ま、アニキが決めたならそれでいいっす」


 アミィもとくに反対はしなかった。


「とはいえ、なにもしないってもつまらんから、嫌がらせくらいはしとこうかな。せっかく声は届くんだし」


 これ以降、陽一は思いついたときに魔王パブロへ一方的に語りかけることにした。

 それにより、わずかばかりではあるが、魔王軍のパフォーマンスが落ちることとなった。


「にしても、南の端から北の端まで届くって、ハンパねぇっすね。もしかして無制限っすかね?」

「無制限……?」


 アミィの言ったその言葉に思うところがあった陽一は、もうひとりにだけ、語りかけることにした。


(……聞こえますか? 俺です、陽一です。いま、あなたの頭に直接語りかけています)

(……まったく、今度はテレパシーかね? 君にはいったい何度驚かされればいいのかな、ミスター・トウドウ?)


 陽一はついに、世界の壁を越えて言葉を交わすことに成功したのだった。

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