第3話 管理人さんとより深くつながりましょう
「管理人さんと、セックス……」
呆然と
「ちょ、ちょっと藤の堂さん? もしかして、私じゃ不満だって言うんですか……!?」
そしてプンスカと怒り始めた管理者だったが、どこか精彩を欠いていた。
いつものとおり顔を赤くしているが、それが怒りによるものではない、となんとなくわかってしまう。
彼女の話しぶりから、もしかするとこうなるのではないかと推察していたが、だからといってすんなりと受け入れるのは難しかった。
「いえ、その、なんと言いますか……」
陽一はこれまで、管理者をそういう対象として見たことがなかった。
というか、そもそも自分たちとは別格の存在だと、会った瞬間から思っていたのだ。
ときおり見せるポンコツぶりからおちょくるような真似は何度もしてきたが、それとて彼女の
普段の態度からは信じられないかもしれないが、心の奥底には常に畏敬の念を抱き続けてきたのである。
「突然のことで、少し戸惑っておりまして……」
あらためて、管理者を見る。
肩まで伸ばした黒い髪は艶やかで、そのあいだから見える首は細く、白い。
藤色の着物で身体のラインはあまり見えないが、
身長は陽一の胸くらいだろうか。
細く形のいい眉、高くはないがすっと通った鼻筋、小さな口に、淡い
決して美人というわけではないのだが……。
「かわいい……」
そんな言葉が、つい口をついた。
「は!? えっ、藤の堂さん……!?」
「あ、ああ、すいません。その、あらためて管理人さんを見たら、つい……」
「きゅ、急に、かわいいだなんて……」
お互いにうろたえるという謎の時間がしばらく続いたあと、ふたりそろって頬を赤らめうつむいた。
「えっと……それじゃ、その……します……?」
先に、陽一が口を開いた。
「そ、そうですね……」
管理者の答えを受けた陽一は、ふと周りを見渡す。
あたり一面、なにもない白い空間。
「ここで、するんですか?」
「え? ああ……」
陽一の問いかけに顔を上げた管理者は、周りを見て、納得したように頷く。
「さすがに、ここはないですよね……」
少し申し訳なさそうにそう言ったあと、彼女はパチンと指を鳴らした。
「おおっ!?」
気がつけば、薄暗い室内にいた。
畳敷きの和室である。
八畳ほどのゆったりとした部屋に、布団が敷かれていた。
「和室、なんですね」
「ダメですか?」
「いえ、ダメじゃないです。ただ、なんでかなと……」
「服に、合わせてみました」
出会ったときから、彼女は着物姿だった。
しかし、なぜ着物なのだろう?
管理者としての制服なのだろうか?
いままであまり気にしてこなかったが、そんな疑問がふと頭をよぎる。
「ただの趣味ですぅ……」
考えが表情に出ていたのか、管理者は恥ずかしげに答えた。
ただの趣味らしい。
「それじゃ、始めましょうか」
宣言するのもおかしな話だが、妙な雰囲気になってしまったので仕切り直す必要があると考え、陽一は無粋ながらもそう口にした。
「お、お願いします……!」
そう言うと彼女は、ギュッと目を閉じて身を縮めた。
「あの、管理人さん?」
「ふ、藤の堂さんに、すべてお任せしますので……!」
「……わかりました」
意を決した陽一は、どうやら緊張しているらしい管理者のそばにより、肩に手を回す。
すべすべとした、柔らかい肌は、露出されているせいか少しだけひんやりとしていた。
触れた瞬間、びくっと震えた彼女の身体はあいかわらず強ばったままだが、抵抗するそぶりはないので、そのまま優しく抱き寄せた。
「ぁ……」
陽一に身を預けながら、彼女は小さな声を漏らした。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
すでに彼女の呼吸はかなり乱れ、強ばった身体もわずかに震えていた。
少し心配になって顔をのぞき込むと、管理者は片目を薄く開き、どこかすがるような視線を向けてくる。
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
「お、お手柔らかにお願いします……その、初めて、なので……」
「えっ!?」
思わず声を上げた陽一の反応に驚いたのか、彼女は両目を大きく見開いた。
「あっ、いえっ、その、違うんです……!」
そして慌てたように陽一から離れ、なにやらあたふたと弁明を始める。
「あのですね、そのぉ、私自身、経験が、ないわけではなくてですね、その、なんといいますか、この身体では、初めてと言いますか……」
「この身体では……?」
「そ、そうなんです! なんというんでしょう? そもそも私と藤の堂さんとは、文字どおり住む世界が違うといいますか……その、次元が違うというか……」
「つまり、管理人さんは俺よりも高次元の存在、的な?」
「そう! そうです! そのとおり!! ですので、私がこうして、藤の堂さんと接触するには……なんと言えばいいんですかね、その、仮の身体といいますか……」
「アバター的な?」
「それそれ! そのアバター的なものが必要でして」
「つまりいまの管理人さんは本体ではなくアバターというわけですか?」
「そうなんですよ! なので、本体のほうは、なんというか、それはもう百戦錬磨でして、でも、こちらでは、その……」
「ふふ……」
慌てふためく管理者のおかげですっかり緊張がとけた陽一は、クスリと微笑んだ。
「つまり、本来の管理人さんは経験豊富で魅力的な大人の女性ですけど、俺の目の前にいる管理人さんはウブな処女だから優しく接してほしいってことですね?」
「そ、そうです! それに、そもそもこの場所自体が現実と非現実の狭間にあるところなので、ここで起こったことは現実であって現実ではない、なんと言えばいいのかな……」
「夢、みたいな?」
「あー、はい、そうですね、ちょっと違いますがそんな感じです。なので、その、これからのことは、あまり深く考えずにですね……」
「わかりました。割りきって楽しめと」
「そうそう、そのとおり……じゃなくてですね! 楽しむとかじゃなく、これは、言ってみれば儀式のようなもので――んむっ!?」
このままだといつまで経っても話が終わりそうにないと思った陽一は、彼女を抱き寄せ、唇をふさいだ。
「ん……んむ……」
突然キスをされて彼女は大きく目を見開いたが、ほどなくとろんとまぶたを落とし、半分ほど目を閉じた状態となった。
それと同時に、強ばっていた身体から力が抜けていく。
唇に当たる柔らかな感触、鼻にかかる熱い吐息、腕に収まる、華奢な身体の重み。
そのどれもが現実としか思えなかったが、彼女が夢のようなものだと言ったので、陽一はもう割りきって楽しむことにした。
○●○●
いろいろあったが無事行為を終えることができた。
彼女が回復するにはまだ少し時間がかかりそうなので、そのあいだに強化されたというスキルを確認することにした。
これといった実感はないが、すでに強化されたのだろうかと、自身を【鑑定】してみた。
(あれ……?)
特に、変化はなかった。
「あの、管理人さん」
まだ疲れた様子の彼女に声をかけるのを申し訳なく思ったが、強化に失敗したなどという恐れもあるので、聞いてみることにした。
「はぁ……はぁ……はい、なんでしょう?」
ぐったりと布団に身を預けたまま、軽く頭を上げて陽一を振り返る。
向けられた瞳はまだ、虚ろなままだった。
「えーっとですね、スキルの強化って、もう終わってます?」
「スキルの……強化……? ああ、はい、ちょっと待ってください……」
そう言うと、彼女は陽一のほうへ手を伸ばす。
「手を、取ってください、藤の堂さん」
「はぁ、手を?」
「はい……もう、パスは……太く、なってるので……」
陽一は軽く身を乗り出し、差し出された手を握る。
「おおっ!?」
その瞬間、自分の中になにか強大な力が流れ込んでくるのを感じた。
「……はい、結構です」
10秒ほどでその感覚は収まったが、そのあとも全身に力がみなぎるのを感じる。
「はぁ……ふぅ……よいしょ……っと。どうですか、藤の堂さん?」
少し気怠げに身体を起こした管理者が、尋ねてきた。
「……ええ、ばっちりです」
陽一はあらためて自身を【鑑定】し、スキルを確認した。
【鑑定Ω】
鑑定結果への理解力が深まる。
前世にさかのぼって鑑定が可能。
【言語理解Ω】
言語に対する理解が深まる。
言語を介さない意思疎通が可能。
【無限収納Ω】
目視できる範囲にある物を無制限に収納、放出できる。
解体、修繕ほかメンテナンス機能の向上。
【帰還Ω】
目視できる範囲内にいる任意の人物を連れての転移が可能。
ホームポイントは10ヵ所まで設置可能。
発動後、24時間以内であればキャンセルできる。
【健康体Ω】
回復力、回復速度が飛躍的に向上。
肉体、精神および魂の損傷を即座に回復する。
体液を介したスキル付与効果の向上。
各スキルの末尾についていた『
効果については相対的な変化を確認したが、劇的に進化を遂げたものもあれば、あまり変わってないように思えるものもあった。
「ありがとうございます、管理人さん」
「いえいえ、どういたしまして」
自身の手に視線を落としていた陽一が顔を上げると、管理者はすでに着物を身にまとっていた。
「あれ、いつの間に?」
気がつけば和室も消え、ふたりは白い空間で向かい合って座っていた。陽一も、いつもの作業服姿である。
目の前にいる管理者は、先ほどまでぐったりと布団に身を預けていたのが嘘だったかのように、背筋を伸ばして正座をしていたので、陽一も慌てて姿勢を正した。
「いつまでも、あの格好じゃ恥ずかしいですから……」
「そう、ですね」
頬を赤らめる管理者に陽一は同意しながらも、せめてもう少し彼女の裸体を目に焼きつけておけばよかったと、軽く後悔するのだった。
○●○●
「いくつか質問よろしいですか?」
「はいどうぞ」
「なんでΩなんでしょう? 【健康体】のαやβにちなんでって感じですかね?」
「それもありますけど、私からの
「なるほど」
続けて、進化したスキルについて尋ねることにする。
【鑑定Ω】については、ここで聞くより実際に使ってみて実感するのがいいだろう。
【無限収納Ω】【帰還Ω】に関しては、読んだままでほとんど理解は可能だ。
もともと規格外だったスキルが、シャレにならないレベルにまで進化しているわけだが、魔王との戦いにおいてはこのふたつが肝になると思われる。
【言語理解Ω】に関しては、気になる部分があった。
「この、言語を介さない意思疎通っていうのは?」
「これは言語を持たない動物や魔物との意思疎通を可能にする能力ですね」
「えっ、動物と話せるってことですか?」
なんという天国だろうか。
「あー、いえ、もともと言語を持たない種族というのは、会話できるほどの知能もありませんので……」
「そうですか……会話は、無理ですか……」
上げて落とす。
なんとも非道な管理者である。
「まあ、感情をくみ取ったり、藤の堂さんの意志をなんとなく伝えたりということはできますので……というか、そもそも【言語理解】というスキルが、素の状態でほぼ完成されていますからね。これでもがんばって絞り出したんですよ?」
「あはは……それは、ありがとうございます」
彼女なりにがんばってくれた結果にケチをつけるわけにもいかないので、陽一は素直に礼を言っておいた。
「あとは【健康体Ω】なんですが、魂の損傷回復っていうのは……」
「魔人対策ですね。即死じゃなければなんとかなります」
「おっ、それはありがたい」
魔人の攻撃は人の肉体だけでなく魂をも傷つける。
そのせいで陽一は一度死にかけたことがあるので、この効果については素直に感謝した。
また、付与効果の向上については、血液カプセルや輸血などでの回復力が上がり、体液を採取してからの効果維持時間が長くなっているということだった。
「もう、よろしいですか?」
「はい。これなら、なんとかなりますかね」
「そうですか。ではこれからの……」
そこで管理者は、言葉を詰まらせた。
いつものセリフを言おうとして、
困ったように眉を下げる管理者を見て、陽一はふっと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、管理人さん。俺、いまちょっとワクワクしてますから」
「藤の堂さん……」
「なので、できるだけ楽しむことにしますよ」
「ふふ、そうですか」
管理者の口元に笑みが浮かぶ。
「それでは藤の堂さん、これからの人生を、どうぞ楽しんでくださいね」
「はい」
「それからあの世界のこと、よろしくお願いします」
最後に少し真剣な表情になった管理者は、そう言うと静かに頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます