第2話 管理人さんからのお願い

 そもそも陽一が行き来しているふたつの世界に、時間的なつながりはなかった。

 転移や転生はあくまで一方通行なので、そこをつなげる必要がなかったのだ。


 さまざまな知識や価値観などがそれぞれの世界を刺激するには、時代を超えてランダムに交流するほうが都合がよかったのだと管理者は語るが、陽一にはよくわからなかった。


「それが、俺のせいで時間が相互に固定されてしまったってわけですか?」

「そうなりますね」


 たとえばアレク。


 彼と陽一とが同時に巻き込まれたトラック事故から陽一視点では1年も経っていないのだが、アレクは異世界で20年以上を過ごしていた。


 また、500年以上前に活躍したとされる勇者トーゴは、昭和後期に失踪した日本人だった。


 陽一が初めて【帰還+】を使ってジャナの森を訪れたときも、いまとは違う時代だと、管理者から説明を受けた。


「まあ、行き来するたびにあちらの時代が変わるってのも、不便な話ですもんねぇ」

「それどころか、こちらに帰ってきたときにも時代が変わる、なんて可能性もあったのですよ」


 そういえば、初めての転移でキャンセルではなく再度【帰還+】を使っていれば、元の時代に戻れなかったかもしれない、と言われていたことを思い出す。


「そういうわけで、私は藤の堂さんを基点にふたつの世界を完全にリンクさせたわけなのですが……」

「なにか不都合が生じた?」

「はい……」

「それは、魔王とマフィア関連ってことですかね?」

「ご明察ですぅ……」


 管理者が、しょんぼりとうなだれる。


「本来接点がないはずの存在同士が、藤の堂さんを基点につながってしまいまして……」


 よくわからないが、それが大きな問題であるらしかった。


「ひとつ確認なんですが、アミィがそれぞれの世界を越えて転移できなかったのは?」

「私が、制限をかけました」

「……そのせいで、アミィを死なせてしまいました」

「う……」


 結局アミィは魔人アマンダとして生まれ変わり、前世であるアマンダ・スザーノの記憶も取り戻したので、無事再会できた。

 しかし、地球でアミィをうしなった事実はくつがえしようがない。

 あのときの悲しみは決してまやかしなどではなかったのだ。


 それに、レジスタンスの中には、いまなお悲しみに暮れる者もいるだろう。


「その節は、本当に申し訳ありませんでした……」


 そう言って、管理者は頭を下げた。


「ただ、同じ世界に同じ魂を持った人物が同時にふたり存在することで、なにが起こるかがわからなかったのです。なので、やむを得ずそのような処置を……」

「ああ、いえ、その、管理人さんを責めているわけではないので……。ですから、頭を上げてください」


 もちろん彼女を責める気持ちがゼロというわけではない。

 しかし目の前で縮こまっている和服の女性は、世界の管理者……言ってみれば、神のような存在なのだ。


 その彼女が、管理上必要な処置だったというのなら、それは受け入れるべきだろう。

 それに、危険を承知でアミィをあの場に連れていった陽一にも、責任はあるのだ。


「それより、世界を救う、というのは?」


 そんな彼女にこうして頭を下げさせていることを申し訳なく思った陽一は、本題に入るよううながした。


 頭を上げた管理者は、表情をあらため、陽一に真剣な眼差しを向ける。


「繰り返しになりますが、本来接点のなかった存在が、藤の堂さんを基点に世界を越えてつながってしまいました」

「ええ」

「そして一方の世界にいた存在の死を、藤の堂さんが観測してしまったことで、想定外の事態が発生しました」

「それは、アマンダが強くなったというアレでしょうか?」

「そう、ですね」

「こちらの世界のアミィが死んだことで、彼女が本来の力を取り戻した……んですよね?」


 その問いかけに、管理者は首を横に振った。


「彼女視点だと、そう感じられるかもしれないのですが、じつは違うのです」

「というと?」

「存在がダブった、といえばおわかりいただけますか?」


 何度も繰り返しになるが、異なる世界にそれぞれ存在しつつも本来接点がないはずの同じ人物が、陽一を基点につながってしまった。

 そして基点となった陽一自身が一方の死を、そして肉体の消失を観測したことで、だぶついていた存在が統合されてしまった、ということらしい。


 余談だが、陽一を基点に世界がつながる前に転生を済ませていたアレクには、そのようなことは起こらなかった。


「つまりアミィは本来の力を取り戻したわけじゃなく……」

「存在が倍加された、と言ったほうがいいでしょうね」


 そしてそれと同じことが、魔王パブロにも起こってしまった。


「本来の魔王パブロであれば、アレクさんあたりを筆頭に人類が力を合わせて戦えば、討伐できる程度の存在でした」

「でも、カルロが死んだことで、魔王パブロの力が倍増する?」

「それだけじゃありません。力を増した魔王はふたたび魔人を生み出すでしょう。そしてその魔人たちの力も倍増しているわけです」

「それってつまり……」

「はい。控えめに言って世界がヤバいです」


 そう言うと、管理者はまた頭を下げる。


「お願いします、藤の堂さん! 世界を救ってください!」


 とんでもないことを頼まれてしまった。


「そもそも、なんでカルロみたいなヤツを転生させたんですか? わざわざトラブルの種を蒔くようなもんじゃないですか」

「それは……世界を発展させるためには、その、いろいろとイベントが重要でして……」


 もしかすると彼女のような管理者からすれば、自分たちの住む世界は文明を発展させるゲームのようなものかもしれない。


 それがわかったからといって、なにができるわけでもないのだが……。


「にしても、俺がカルロの死を観測したのがどうとかって話でしたよね? なんというか、ただの日本人が南米マフィアと関わる可能性なんてめちゃくちゃ低くないですか? そこさえうまく回避できてたら、こんな面倒なことにはならなかったんですよね?」

「それは……」


 か細い声で言いながら、管理者が頭を上げる。


「時間の流れを合わせる過程で藤の堂さんを中心に因果の糸が複雑に絡み合っちゃいまして……その、引き寄せられたんだと……」

「じゃあ、逃れようがなかった?」

「難しかったと思います……」

「はぁ……」


 まるでお釈迦しゃか様の手のひらから逃れられない孫悟空そんごくうのようだ、と陽一は嘆息した。


「それで、いったいなにをすればいいんですか?」

「引き受けてくれるのですか!?」

「いや、そこで驚くんですか!?」

「え、だって、藤の堂さんって……そういうの面倒くさがりそうですし……」

「それは、まぁ……」


 自覚はあった。世界を救うなどという面倒ごとは、できることなら避けたい。

 しかし、彼女のおかげで多くの素晴らしい出会いがあり、いろいろと貴重な体験ができたこともまた事実なのだ。

 そのぶんの精算だと割りきって、やれることはやってみようと思い定めたのだった。


「でも、さっきも言ったでしょう? 俺が管理人さんの頼みを断るわけないじゃないですか」

「あああ、藤の堂さん……ありがとうございますぅー……!!」


 管理者は陽一の手を取り、だばだばと涙を流しながら何度も頭を下げた。


「あはは、大げさな……。で、俺はなにをすれば」

「はい、あのですね」


 陽一が再度問いかけるなり、管理者はさっと表情をあらためる。

 滝のように流れていた涙はいったいどこへいったのかと、陽一は苦笑した。


「あらゆる手を尽くして、魔王パブロを倒してほしいのです」

「なるほど……」


 あらゆる手を尽くして、と聞いた陽一は、さっそく【鑑定+】で勝ち筋を確かめてみる。


 しかし、ほどなく彼の表情がくもった。


「あの……どうあがいても勝てそうにないんですけど……」


 強化された魔王パブロの力は、想像を絶するものだった。


 ざっと試算したところ、異世界の人類が力を合わせて用意できる兵力は100万かそこらだった。

 対して力を増した魔王パブロは、同じ数の魔物を1日で生み出すことができる。

 しかも数に任せて生み出すような弱い魔物であっても、熟練の兵士10名ほどでどうにか対抗できる強さだった。

 その気になれば、わずか1匹で1万の軍をも殲滅できる魔物も、容易に生み出せるのだ。


 なにをどうがんばったところで、魔王の戦力に押しつぶされる未来しか見えない。


「いまのままでは、そうでしょうね」

「いまのままでは……ということは、なにか打開策が?」


 管理者が、こくりと頷く。


「藤の堂さんのスキルを、強化します」

「スキルを、強化?」

「はい。これが、私にできる精一杯せいいっぱいの介入です」


 つまり、管理者が直接魔王に手を下すことは、なんらかの制限でできない、ということなのだろう。

 あくまでそれぞれの世界に住む者の力で状況を打破しなくてはならない、ということか。


「それで、スキルの強化というのはいつやってくれるんですか?」

「も、もちろん、これから、すぐに……」


 陽一と向き合う管理者の態度が、明らかに変わった。

 どこか居心地が悪そうに、そわそわし始める。

 ちらりと陽一を見ては視線を逸らしたり、乱れてもいない着物のえりを直したりと、無意味な動作が増えた。


「どれくらいで終わるんですか?」

「それほど、時間はかからないかと……」


 額に汗がにじみ、呼吸は乱れ、泳ぎっぱなしの目は陽一の顔だけでなく、身体のあちこちを見ているようだった。

 ほんのりと頬を赤らめた管理者は、乱れた呼吸を整えるべく、胸に手を当てて軽く深呼吸する。

 ただ、そのあいだも腰のあたりはもじもじと動いていた。


「えっと、その……どうやって、スキルを強化するんでしょう?」


 そんな管理者の変化を受け、陽一も少しずつ落ち着きがなくなってくる。


「それは、その……スキルは、私が、藤の堂さんに融通してるわけでして……」

「そういえば、そうでしたね」

「なんと言いますか、その、ふたりの、繋がりをですね……より、強固なものに……する必要が……」

「繋がりを、より強固に……?」


 管理者の言わんとするところを推察した陽一は、鼓動が速まるのを自覚した。


 だが、油断してはいけない。


 この管理者である。


 ポンコツなのである。


 なにを言い出すのか、わからない女性である。


 おててをつないでおしまい、なんてこともありうるのだ。


「具体的には、なにを……?」


 鼻息が荒くなりそうなのをこらえながら、陽一は努めて平静を保ちつつ、尋ねた。


 管理者はうつむき加減にもじもじしながら、恥ずかしげに上目遣いの視線を陽一に向ける。


 そして彼女の小さな口が、わずかに開く。


「せ……」

「せ……?」


 陽一は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「セックスですぅ……」

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