第十三章
第1話 久々の登場
気がつくとなにもない真っ白な空間にいた。
「お、久しぶりですね」
あたりを見回してみたが、彼女の姿は見当たらなかった。
もしかするとただの夢かもしれないと、首を傾げる陽一の耳に、声が届く。
「おーい!」
声のほうに目を向けると、そこには少し離れた場所から手を振る管理者の姿が見えた。
「なんでそんな遠くに?」
先ほどまではたしかに存在しなかったはずの、藤色の着物に身を包んだ小柄な女性の姿に疑問を抱きつつも、ほっと胸を撫で下ろす自分に気づく。
どうやら長らく会えなかったことに、無自覚ながら不安を覚えていたらしい。
「藤の堂さーん、お久しぶりでーす! 私ですよー!」
「はいはい、気づいてますよー」
大声を張り上げる彼女に対して、陽一は自身の声がおそらく届いていないだろうことを自覚しながら普通の声量で返答し、小さく手を振る。
「はっ!」
陽一が自分に気づいたことを確認するなり、管理者は走り始めた。
全力疾走である。
「とぅっ!」
「え、なに?」
陽一に向かって疾走する管理者は、戸惑う彼に数メートルの距離まで接近したところで、天高く舞い上がる。
――ゴゴゴゴゴゴ……!
跳び上がる管理者に目を奪われた陽一は、足下がわずかに揺れるのを感じ取った。
「……っつ!」
それと同時に、熱気がまとわりついてくる。
視線を下に向けると、地面――かどうかはよくわからないが、そう思える場所――から、ごうごうと燃えさかる炎に炙られた鉄板がせり上がってきた。
「これは……まさか!?」
「ほっ!」
鉄板に目を奪われていた陽一がそのかけ声に顔を上げると、ちょうど管理者が華麗に一回転するのが見えた。
そして彼女は手足を目いっぱい広げ……。
――ビターンッ!!
鉄板へと吸い寄せられるように落下したのだった。
「か、管理人さん!?」
――ジュウゥゥ……。
かなりの高度から落下したにもかかわらず、一切の反動なく鉄板に張りついた管理者の衣服が焦げ、肉の焼けるいやな音とにおいが白い空間に広がる。
「う……あぁ……」
「ちょっと、管理人さん!?」
うめき声を上げながら、ゆっくりと頭を上げる管理者。彼女はその焼けただれた顔を陽一に向け、口を開く。
「た……助けてください……藤の堂さん……!!」
陽一はその異様な光景に、無言のまま何度も
○●○●
「ふふふ……どうでしたか、渾身の『ジャンピング焼き土下寝』は?」
「いやほんと、やめてください、心臓に悪いから……」
先ほどまでの惨状が嘘のように、すっかり身ぎれいになって胸を張る管理者に、陽一は心底呆れた様子で返答する。
「いえいえ、大変なお願いをする以上、こちらも誠意を見せないと」
「そんなことしなくても、俺が管理人さんのお願いを無視するわけないでしょう?」
「あらぁ、それは嬉しいことをいってくれますねぇ」
心底嬉しそうな管理者の笑顔に少しだけドキリとした陽一は、それをごまかすようにため息をつく。
「で、俺にどんなお願いがあるんです?」
「えっとですね……私のような立場から藤の堂さんにお願いするのもあれなんですが……」
と言いよどむ管理者の姿に、陽一はふと思うことがあった。
(そういや、彼女からなにかを頼まれたことって、あったっけ?)
以前にも土下座や焼き土下座をされたことはあるが、それはどれも彼女の不手際についての謝罪によるものだった。
たしか【世渡上手】というスキルを得たときに『たまにはスキルを確認してくださいよ』くらいのことは言われたが、基本的に彼女は陽一に対して放任主義を貫いていたはずだ。
その彼女が、わざわざ『ジャンピング焼き土下寝』などという演出をしてまでなにかを依頼するということは、相当なことなのではないだろうか。
(……といいつつ、案外しょーもないことを言い出すんだよな、この人)
などと考えながら心の中で苦笑する陽一に、管理者は覚悟の決まった表情を向けた。
「藤の堂さん」
「はい」
管理者は軽く目を閉じ、小さく深呼吸をした。
そしてまぶたを開き、真剣な眼差しを陽一に向ける。
「世界を、救ってほしいのです」
――――――――――
本日より第十三章の更新を始めます。
これまでに比べると少し短めの章になっております。
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