第26話 カルロ・スザーノの死

 ウロボロスパーティーから数日後、共和国でシャーロットと別れて10日が経過し、陽一は約束どおり彼女を迎えにきた。


「なんとか一段落つきましたわ」

「おつかれさん」


 陽一が声をかけたあと、実里がシャーロットに駆け寄り、抱きついた。


「シャーリィおつかれさま。がんばったね」


 義理の弟に興味のない実里だが、妹分のことは大好きなようだ。


「うん。がんばったよ、お姉ちゃん」


 実里の言葉を受けて、シャーロットが頭を下げる。

 実里はクスリと笑ったあと、彼女の頭を撫でてやった。

 最近のシャーロットは、実里を姉と慕い、甘えることを隠さなくなった。

 そんなふたりの様子を、エドは少し複雑な笑顔で眺めている。


「ミスター藤堂、こちらの手配は終わっているよ」

「よろしくお願いします」


 陽一、花梨、実里、アラーナ、シーハンの5人が、エドの手配で米国に戻ることになった。

 正規の手続きで来た以上、帰りもしかるべき手段をとらなければならないのだ。


「ああ、それから。今回の報酬だ」


 そう言ってエドは、一冊のパスポートを寄越した。


「すいませんね、手間を取らせて」


 それは、サマンサのパスポートだった。

 もちろん、日本国が正式に発行した本物のパスポートである。

 写真を事前に渡し、頼んでおいたのだ。


「なに、麻薬組織を潰すよりは簡単だったよ」

「それはなにより」


 エドはあと少しだけやることがあるから、共和国に残るとのことだった。



 西海岸の空港に着いた時点で、ふた手に分かれることになった。


「シャーリィ、またあとでね」

「ええ、お姉ちゃん」


 実里、花梨、アラーナ、シーハンはこのまま日本に帰り、陽一とシャーロットは別行動をとることとなった。


「申し訳ありませんわね、つき合わせてしまって」

「いいよ。むしろこれからはどんどん頼ってくれ。仲間なんだし」

「うふふ、そうですわね」


 今回の件が落ち着いたところで、シャーロットはエドに退職願を出した。

 それはシャーロットに自分の人生を生きてほしいと願うエドにとっても嬉しいことなので、問題なく受理された。


 ただ、ささやかながら送別会くらいは開かせてほしいというエドの要望もあり、一度カジノホテルに寄ってから、ということになった。

 ついでに、ホームポイントも戻しておきたかった。

 もう、あの共和国へ行くことはないだろう。


「着きましたわ」


 国内航空便に乗ったふたりが降り立ったのは、カジノの町ではなく中西部の田舎町だった。

 シャーロットの送迎会をするといっても、すぐにというわけにもいかないので、彼女の希望で寄り道をしたのだ。


「ここは、変わりませんわね……」


 空港を降りたふたりは、バスに乗ってさらに移動した。

 到着した先は、人も住宅もまばらな田舎町だった。

 ところどころに大きな工場は見えるが、それ以外に特筆して目立つものはない。


 バスを降りたふたりはのんびりと歩き、一軒の住宅を前に立ち止まった。


「こちらですわ」


 それは、シャーロットの実家だった。


 いまはだれも住んでいない。

 シャーロットは処分するつもりだったのだが、いつか懐かしくなったときにないと寂しいだろうと気を利かせたエドが、管理してくれていた。

 まさかこうやって訪れる日がくるとは、彼女自身思っていなかった。


 古ぼけた家には似合わない生体認証によって鍵をあけ、家に入る。

 もちろん、彼女の認証情報はエドが登録していた。


「どうぞ」

「おじゃまします」


 それからシャーロットは、何度も家の中を行き来した。

 最初は陽一もついて歩いたが、途中から彼女が実家の中を見るのに夢中になったので、リビングで待つことにした。


「ごめんなさい、放置してしまって……」

「いいよ。久しぶりなんだから、ゆっくり見て回りな」

「うふふ、ありがとう。でも、もう満足しましたし、よろしければわたくしの部屋にいらっしゃらない?」

「よろこんで」


 シャーロットの案内で、彼女が過ごしていた部屋に入った。


 本棚とベッド、勉強用と思われるデスク、型落ちしたPCに懐かしいゲーム機などがある、ごく普通の部屋だ。

 壁や天井には、陽一の知らないアーティストや俳優のポスターが貼られていた。


「ふふ……こんなところまで、掃除がいき届いているのね」


 半ば呆れたように微笑みながら、シャーロットはホコリひとつ被っていないアルバムを取り出すと、ベッドに腰かけた。


「ヨーイチ、こちらへ」


 シャーロットが隣のスペースをポンポンと叩くので、陽一は促されるまま彼女に並んで座った。


「一緒に、見てくださいません?」

「いいけど……どうして?」


 シャーロットがどこか不安げなので、陽一は思わず問い返してしまう。


「わたくし、じつは父と姉の顔をうまく思い出せませんの。思い出すと、あのときのことも蘇ってきそうで……」


 陽一のおかげで見ることのなくなった悪夢のフラッシュバック。

 それが、家族の顔を思い出すことで再発するのではないかと、不安になっているようだった。


「いいよ、一緒に見よう」


 すでに【健康体β】を持つ彼女が、バッドステータスに悩まされることはない。

 しかし、自分が一緒にいることで少しでもシャーロットが安心するのであれば、断る理由はなかった。


「これが、親父さん?」

「ええ、そうですわね。父は、このような顔でしたわ……」


 寂しげに眉を下げるシャーロットだったが、口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。


「これがわたくしですわね」

「はは……若いなぁ」

「それはそうでしょう。そして、これが……お姉ちゃん」


 姉を差す指が、少しだけ震えていた。


「……ふふっ」


 ほどなく彼女の口から笑みが漏れ、指の震えは止まった。


「どうしたの?」

「いえ、全然似てないと思って、つい」

「なにが……っていうか、誰に?」

「お姉ちゃん」

「ん……? ああ……」


 姉が姉に似ていないという意味がよくわからなかったが、不意に、ひとつの可能性が浮かび上がる。


「もしかして、実里?」

「ええ」

「なるほど……」


 クセのある金髪をポニーテールにした、青い目の少女だった。

 頬にはそばかすがあり、体型は少しぽっちゃりしているだろうか。

 胸は、いまのシャーロットに負けず劣らず大きい。

 快活な笑顔を浮かべるシャーロットのとなりではにかんでいる彼女の姉は、実里とは似ても似つかなかった。


「強いて挙げるならメガネくらいか」

「ですわね」


 クスクスと笑い合ったふたりは、そのあともしばらくアルバムをめくり、語り合った。


「ふぅ……」


 アルバム鑑賞を堪能したシャーロットは、パタンと閉じた冊子をヘッドボードに置いた。


「ねぇ、ヨーイチ」

「なに?」

「わたくし、この部屋にボーイフレンドを連れてくるのが夢でしたの」


 語り始めた彼女の瞳は、陽一ではなく過去を見ているようだった。


「高校にはろくな男子がいませんでしたから、大学で、素敵なボーイフレンドを見つけて、この家に招待しますの。そして、お父さんやお姉ちゃんの目を盗んで、エッチなことをしたいなぁなんて、そんなことを考えておりましたのよ」

「そうなんだ」

「うふふ……なんだか、夢が叶ったみたいですわ」


 彼女はそう言うと、陽一の手を取った。


「最初はこうして手を握るだけでもドキドキして……」


 ――ピンポン


 不意に、家の呼び鈴が鳴った。


「んぅ……誰かしら……?」


 部屋を出て玄関に行き、扉を開けると、エドが立っていた。


「やあ、もしかして、お邪魔だったかな?」

「そうですわね、もうちょっと遅くてもよかったと思うけど……まぁ、いいですわ」

「それは失礼。以後気をつけるとしよう」

「うふふ……どうぞ」


 シャーロットに招き入れられ、エドは家に入った。


 ちなみにふたりがここにいることは、シャーロットが生体認証を使って鍵を開けたことでエドに報されていた。


「さて、ミスター藤堂には一応報告しておいたほうがいいだろうと思ってね」


 オゥラ・タギーゴ壊滅による混乱は、エド主導のもとに行なわれた米国の介入によって、大した問題も起こらずに終息した。


「まぁ、これは初期の段階で君たちががんばってくれたことが大きかったがね」

「お役に立てたのならなによりですよ」


 裏社会に激震の走ったオゥラ・タギーゴの壊滅だが、一般社会にしてみれば犯罪組織がひとつ消えた、程度の認知でしかない。

 周辺国や北米などではそれなりに大きなニュースになったが、日本ではテレビで取り上げられることもなく、ネットの一部界隈が少しばかりにぎやかになったくらいで終わった。


 ちなみにカルロは現在、息子や幹部たちと厳重な警備つきの監獄に収容されているとのことだった。


 そこから介入の話になったが、正直に言って陽一には難しすぎだ。


(俺には政治がわからぬ!)


 どこぞの激怒する青年のようなことを思う陽一だったが、だからこそあまり深く考えずに当時の王たるカルロの勢力を殴り飛ばせたのだろう。


「なんだかよくわかりませんが、エドさんがすごいってことはわかりました」


 一時的にとはいえ事実上他国を統治したようなものなのだ。

 そして今後も、自国に有利になるよう、共和国を誘導していくのだろう。

 この世界では陽一の知らないところで、こういうことが頻繁に行なわれているのかもしれない。


 今回は情報統制や治安維持ということで、主に情報局が動いたのだが、秘密裏に軍の一部も出動したようだ。

 もし戦争じみたことが起こった場合、彼の手はどこまで届くのだろう?


「なんていうか、エドさんなら艦隊のひとつやふたつ動かせても、驚きませんよ」

「はっはっは。それはいくらなんでも買いかぶりすぎだな。せいぜい空母一隻が関の山といったところだろう」

「いや、それでも充分すごいでしょう」

「真に受けるな、冗談だ」


 そうやって報告がてら談笑していると、エドのスマートフォンが鳴った。


「失礼」


 席を立ったエドは、少し離れたところで電話に出る。


「……なんだとっ!? それは、本当か?」


 なにやら、よからぬ報告を受けているらしい。


 ほどなく通話を終えたエドが、陽一らのほうへ戻ってくる。


「カルロたちが、死んだ」

「ええっ!?」

「なんですって……?」


 聞けばカルロたちの収容されていた監獄が、爆発したらしい。

 事故でないことは確かだが、それがカルロたちによる自爆なのか、彼らに敵対する何者かの手によるものかはいまのところ不明だ。


「死体は、どうなんですか?」

「待ってくれ……」


 エドはスマートフォンを操作し、送られてきた資料を確認した。


「おそらくカルロたちと思われるものはあるが、損傷が激しすぎて判別できないようだ」

「そうですか……」


 カルロたちが死に、肉体も失われたらしい。


 それが意味するところを察した陽一は、深いため息をついた。


「面倒なことになったなぁ……」





「……それはこっちのセリフですよ、藤の堂さん!!」


 例の白い空間に、陽一の呟きを聞いてプンスカと怒る管理者の姿があった。


――――――――――

これにて第十二章終了となります。

お読みいただきありがとうございました。

できれば来月から更新を再開したいと思っておりますので、しばらくおまちくださいませ。

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