第25話 ウロボロスパーティー

 数日後、陽一は文也と瀬場を異世界に連れてきていた。

 文也はすぐにでも来たかったようだが、瀬場に説得され、不在時に滞納していた仕事を済ませるのに数日を要したのだった。


 陽一、文也、瀬場に加え、花梨とアラーナの5人で連れ立ってメイルグラード二番街――最近『オトメロード』と呼ばれるようになった――を歩く。


 ほかのメンバーだが、シーハンとサマンサは相変わらず工房にこもっていて、実里は興味がないとのことで魔術師ギルドに詰めていた。


 今回あらためて判明したことだが、実里はとにかく文也に対して興味が薄い。

 意図して嫌っているわけではなく、心底"どうでもいい"と思っているようだった。

 ならばなぜ彼の救出に尽力したのかというと、文也になにかがあれば義父と母が悲しむだろうから、という理由だった。

 ここまで徹底して興味を失われるとさすがにかわいそうになってくるが、自業自得なだけに慰める気にはならなかった。


「なぁ花梨、仕事ほっぽってきてよかったのか?」

「いいのいいの。パーティーの用事が優先って条件なんだから」

「カリンの護衛である私も、同行しないわけにはいかないからなぁ」


 本来王都にいるはずのカリンとアラーナがここにいるのは、陽一が知らせたからだ。


「知らなければ来なかったんだけど、知ってしまった以上は来ずにいられないじゃない?」

「どうせ知らせなけりゃあとで文句言っただろ?」

「当然じゃない!」

「まったくだ。こんな楽しそう――いや、重要な用件を知らせないというのは、裏切りに等しい行為だからな」


 そういうわけで、今回のことを彼女たちに知らせない、という選択肢はなかったのだ。


「ああ、懐かしいな……」


 街並みにそぐわない華美な建物を前にして、文也が呟く。

 一行は目的地であるカトリーヌの防具店に到着したのだった。


「あら?」


 店の前を掃除していた、若いオトメが陽一らに気づいた。

 そのオトメは黒髪をおかっぱにし、裾をミニスカートのように短くした、振り袖に似た衣服を身にまとっていた。


「やだぁ~、フーミンにセバッチャンじゃなぁ~い! おひさ~」

「やぁ、元気そうだね」


 腰をくねらせながら内股で駆け寄ってくるオトメに、文也は片手をあげて応じる。

 そのわざとらしい動きとハスキーな声がなければ、女性と言われても違和感がないほど、中性的な顔立ちのオトメだった。


「もぉ~、ゲンキもゲンキ! ちょーゲンキよぉ~!」


 きゃぴきゃぴと挨拶を交わしたところで、そのオトメは陽一に気づいた。


「あら! ヨーイッちゃん? ヨーイッちゃんよねぇ!? やだぁ~相変わらずもっさりぃ~」


 なにが面白いのか、そのオトメはケタケタと笑いながら陽一に歩み寄り、身を寄せてきた。


「いや、だれ?」


 先方は自分を知っているようだが、陽一のほうに心当たりはない。

 なんとなく見覚えはあるが、従業員の顔と名前をすべて把握しているわけではないので、既視感があるのはおかしなことではなかった。


「え~、ホンキでゆってんのぉ~? アタシをこの世界に誘い込んだク、セ、にっ! きゃははっ!」

「はい?」


 そこまで言われて、はたと気づく。


「もしかして、吉田よしだまこと……?」


 陽一がスキルを手に入れた直後にカツアゲを企み、その後、文也の残したヤリサーで好き放題していたのが炎上したという、日本人大学生である。

 陽一に敵対したため捕らえられ、カトリーヌに預けられていたのだ。


「やだぁ~! アタシのことは、マコリーヌって呼んで? うふふっ」


 バチリとウィンクをされた陽一は、思わず顔を引きつらせた。


「そ、そう……マコリーヌね。その、元気そうでよかったよ」

「もぉ~、ゲンキもゲンキ! ちょーゲンキよぉ~!」


 さっきも聞いたそれは決め台詞かなにかなのか? と思いつつ、そのことには触れずに話題を変える。


「あのさ、日本に帰らなくて大丈夫?」


 マコリーヌこと吉田誠については、すっかり忘れていた。

 今日こうやって再会しなければ、一生思い出すこともなかっただろうが、会ってしまった以上は一応確認しておこうと思ったのだ。


「いいのよ……。アタシはマコリーヌとして生まれ変わったの。吉田誠くんは蝶々ちょうちょになって、お空に飛んでったの……」


 本人が満足そうなので放っておくことにした。

 一応【鑑定+】で確認したが、誠の親類縁者は問題児がいなくなってせいせいしているようなので、このまま放置しておいてもよさそうだ。


「店長に会いにきたのよね? すぐに呼んでくるから上がって待っててぇ~」


 パタパタと店に入っていったマコリーヌに遅れて、陽一らも店内に足を踏み入れた。


「うふふ、いらっしゃい」


 ほどなく、フリフリの可愛らしいドレスに身を包んだ、ツインテールの偉丈夫……もとい、オトメが姿を現わした。


「フーミン、セバッチャン、それにヨーイッちゃんたちも、よく来てくれたわねぇ」

「ああ……カトリーヌさん……!」


 カトリーヌの姿を見るなり文也は涙を流し、彼女に抱きついた。


「あらあら、どうしちゃったのかしらぁ? この甘えんぼさんったら」

「カトリーヌさん……あなたのおかげで、僕は……僕はぁ……!」

「うふふ……なにがあったか知らないけど、いいわ。いまはアタシの胸で思いっきり泣きなさいな」

「うわああああっ!」


 マフィアに拘束されていたときも、そして解放されたあとも、文也がここまで取り乱すことはなかった。

 彼なりにかなり無理をしていたのだろうとわかり、瀬場などはふたりの姿を見ながらハンカチで目元をぬぐっている。

 いつの間に現われたのか、十数名のオトメたちもカトリーヌと文也を遠巻きに眺めながら、目を潤ませていた。


 ほどなく落ち着きを取り戻した文也は、今回の件を詳しく話して聞かせた。


「そう、つらかったわねぇ……」

「でも、僕が蒔いた種だから……」

「そうね。ぜんぶアナタの自業自得。アナタがしてきたことは、決して許されることじゃないもの。いまもアナタを恨む人は、きっとたくさんいるわ」


 文也に向けられたカトリーヌの言葉は厳しいが、口調は優しかった。


「あなたは自分の罪を忘れちゃいけない。一生向き合わなくちゃいけない。アナタを恨むだれかが石を投げるなら、逃げずに受け止めなくちゃいけないの」


 胸に抱く文也の頭を優しく撫でながら、カトリーヌは話し続けた。


「でもね、そんなあなたでも、アタシは……いいえ、アタシたちは受け入れてあげるわ。だから、ここにいるときだけは、いやなこと全部忘れて、甘えなさい」

「ありがとう……カトリーヌさん……」


 ふたりは強く、抱き合った。


「あ……その、カトリーヌさん?」

「なにかしら?」

「えっと、おなかに、その、硬いのが……」


 頬を染めて訴える文也の言葉に、カトリーヌが妖艶――あるいは凶悪――な笑みを浮かべる。


「あらぁ、ごめんなさいねぇ。フーミンのお話聞いてたら、ムラムラきちゃって……ウフフ」


 文也はオゥラ・タギーゴの構成員にひたすら犯された。

 衆人環視のなか、男に犯されることで、文也の尊厳を踏みにじり、心を折って言うことを聞かせるつもりだったのだ。


「フーミンだって、おっきくしてるじゃない?」

「なんていうか……思い出しちゃったら……ね?」


 ただ、その程度のことはオトメたちと経験済みである。

 そんな文也にとって、共和国での出来事はむしろご褒美のようなものだったのだ。


 カルロやその幹部たちも、どうやら自分たちの選んだ手段にさほど効果がないと悟っていたようで、もう少し救出がおくれたらクスリ漬けにされるところではあった。

 ただ、そうなったところで――、


「陽一が一発ぶち込んであげれば治るわよね」

「花梨、輸血という選択肢を忘れるな」


 ――【健康体α】を持つ陽一にとって、それすら問題にはならなかったのだが。


「あらぁ? みんなもオッキしてるじゃなぁい」


 周りを見れば、オトメたちは例外なく股間を膨らませていた。


「だってぇ、フーミンのお話、聞いてたらさぁ」

「しょーがないよねぇ~」

「どうしよう……?」

「やっちゃう? アレ、やっちゃう?」


 オトメたちのあいだで、妙な気運が高まっていく。


「おっしゃぁ!」


 陽一が不穏な気配を感じるなか、興奮は最高潮に達し、カトリーヌが野太い声を上げた。

 そして、彼女は、陽一の太ももほどはあろうかという腕を天に向かって掲げた。


「ウロボロスパーティーじゃあああーっ!!」

『おおおおおおお!!!!』


 カトリーヌの宣言に、オトメたちの野太い雄叫びが続いた。


 陽一が顔をヒクつかせていると、ふと文也が頬を染めて自分を見ていることに気づいた。


「あ、あの……よかったら義兄さんも――」

「お、おことわりだっ!」


 言い終えるが早いか、陽一は『辺境のふるさと』に【帰還】した。


「はぁー……」


 安堵したように大きく息を吐いた陽一は、そのままベッドに倒れ込んだ。


「ウロボロス、ねぇ……」


 ウロボロスとは、自身の尾を噛んで円環となった蛇、あるいは竜の名だ。

 神話に登場する架空の存在だが、ゴブリンやオークがいるこの世界には、もしかすると実在するのかもしれない。


 なんにせよ、十数名のオトメとウロボロスという言葉から、ロクなことにならないのは容易に想像がついた。


 花梨とアラーナを置き去りにしてしまったが、オトメたちが彼女らに手を出すことはない。

 もちろん、花梨たちからウロボロスパーティーとやらに交ざろうなどと考えることもないだろう。

 その部分は、それぞれに信頼できた。


「……寝よう」


 妙な気疲れを覚えた陽一は、おとなしく寝ることにした。

 広いベッドにひとりでいることが、いまは無性にありがたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る