第24話 ふたりからひとりへ
それからしばらくテラスでお茶を飲みながら話をしたあと、せっかくだからと領主ウィリアムやパトリシア、オルタンスも交えて少し早めの夕食をとった。
途中、サマンサも合流し、ほとんど面識のなかったアミィと交流を深めた。
「サム姉、アタイもあれ、ほしいっす……!」
「うん、いいよ。いつでも取りにおいで」
「やったっす! これでひとりの夜もアニキといっしょっす……うひひ」
アミィがなにやらよからぬお願いをサマンサにしたようだが、陽一は気づかないふりをした。
日が暮れ始めるころ、食事会は終了した。
「陽一、帰ってきて早々悪いわね」
「花梨って、ワーカーホリックじゃね?」
「そうかもねぇ……。でも、いまのロザンナさんにあんまり無理させたくないしさ」
宰相府の仕事が気になるという花梨を【帰還+】で王都へ送ってやることになった。
もちろんアラーナも同行する。
ほかのメンバーだが、シーハンとサマンサはスミス工房へ、実里は魔術士ギルドへ行くことを希望した。
「みなさまは私がお送りしておきますので、ご心配なく」
彼女たちはヴィスタが馬車で送っていくことになった。
陽一も一度冒険者ギルドへ顔を出したほうがいいとは思ったが、先にアミィの用を済ませることにした。
「それじゃアニキ、お願いするっす」
「大丈夫かな」
「いまなら大丈夫なはずっすよ」
「そうだな。とりあえず試してみるか」
陽一はアミィの腰に手を回して抱き寄せ、【帰還+】を発動した。
「ふふ……懐かしいっすね」
ふたりは共和国のセーフハウスに転移した。
「前は、君を連れてこっちに来れなかったんだけどな」
「こっちでアタイが生きてたからっすね、たぶん」
魔人アマンダも、少女アミィも、世界を越えることはできなかった。
同じ世界に同一人物がふたり存在できないという制約のようなものが、あるのかもしれない。
いまなら管理者は答えてくれるだろうか。
「それじゃ、行こうか」
「うっす」
外は夜だった。深夜だが明け方に近く、人の姿がもっとも少ない時間だ。
陽一は念のため周りに人の目がないことを確認して、自動車を取り出した。
街乗り仕様の日本製SUVは、昼間ならさぞ目立つことだろう。
「えへへ、アニキとドライブなんて、楽しいっす」
助手席に座るアミィが、嬉しそうに言う。
高級感のある革張りの内装に、彼女のナイトドレス姿は意外とマッチしていた。
「でも行き先が墓場ってのがなー……。ロマンがないっす」
「いや、そこに行きたいって言い出したのはアミィだろ? それに、ドライブがしたいならいつでもつき合ってやるよ」
「ほんとっすか? 約束っすよ!」
ほどなく、ふたりは少女アミィの眠る墓地に到着した。
「うへぇ……夜中の墓場ってのはやっぱ不気味っすねぇ」
「そうだなぁ」
「あっ、もしかして異世界だと、墓場にゾンビとか出てくるんっすかね?」
「いや、あっちはアンデッド対策で火葬が基本だからな」
ちゃんとした手続きで
「えー、なんかがっかりっす」
「まぁ、わざわざ起き上がる可能性がある死体を土葬にするほうがおかしいからな」
そうこうしているうちに、ふたりはアマンダ・スザーノの墓に到着した。
「本当に、いいんだな?」
「うっす。お願いするっす」
陽一は【鑑定+】で地中を調べ、アミィの遺体を探し当てると、【無限収納+】に収納した。
「それじゃ、出すぞ」
「うっす」
アミィの目の前に、死装束を身にまとった少女アミィの遺体が現われた。
「ほえー、まるで生きてるみたいっすね」
自分の死体を目にしたアミィが、感嘆の声を上げる。
「一応スキルで、きれいにしといた」
「そりゃどうもっす」
魔人アミィは、しばらくのあいだ少女アミィの遺体を無言で見続けた。
「ねぇ、アニキ」
遺体に目を落としたまま、アミィが口を開く。
「ん?」
「これって、アタイの死体なんっすよね?」
「まぁ、そうだな」
自分の死体を自分で見る。
どんな気分なのだろうか。
「そっすか……。じゃあこの死体がアタイだとしたら……」
そこでアミィは顔を上げ、陽一を見て首を傾げた。
「これを見てるアタイはいったいだれなんっすかね?」
「いや、
陽一が思わずつっこむと、アミィはきょとんとしたあと、クスクスと笑い始めた。
「ああ、すまん……つい、な」
「ふふふ……なんなんっすか、そのソコツなんとかって」
「日本の有名な
「どんな話なんっすか?」
「長いしややこしいからまた今度な」
「じゃあ次のドライブのときに聞かせてほしいっす」
「わかったよ。それまでにちゃんと覚えておく」
会話が一段落ついたところで、アミィはしゃがんで遺体に手を置いた。
そして彼女がなにかを念じると、少女アミィの死体は衣服やアクセサリーを残して灰になったように崩れ、サラサラと風に乗って消え失せた。
「なにやったの?」
「アンタの役目はもう終わったんだよって」
彼女が使ったのが魔法なのか魔術なのか、それとも魔人の特殊能力なのかはわからない。
なんにせよ、少女アミィの遺体は、この世界から消滅した。
「これで、完璧っす」
アミィの存在感が、ひときわ増したように感じられた。
ふたつの世界にまたがっていた存在が、完全にひとつになった、ということなのだろう。
「なぁ、これってほかの魔人でも同じことが起こるんだよな?」
「そうっすね」
「……いまさらだけど、魔王パブロって、カルロだよな?」
「いまさらっすね。オヤジはオヤジっす」
「なんでパブロなの? カルロじゃなく」
「憧れの麻薬王にちなんでるんっすよ。首都のアジトは見てねーんっすか?」
「いや、見てない」
「趣味のわりー飛行機が飾ってあるんっすよ。それも、パブロなんとかいう麻薬王へのオマージュとかなんとからしいっす」
たとえばそれは、ゲームのプレイヤーキャラクターに憧れの人物と同じ名前をつける、という感覚なのだろうか。
「中二病かよ」
陽一は思わず呟いた。
「じゃあ魔人連中は? ラファエロはともかく、シュガル、ウィツィリ、テペヨってのがいたけど」
「あれもラーフ、セベロ、ウルバノ、テオドロで間違いねーっす。由来はしらねーっすけど、オヤジと似たようなダセーこだわりがありそうっすね」
「向こうで倒した魔人たちはどうなるんだろ?」
「……たぶん強くなったオヤジならまた生み出せると思うっす」
「うーん、なるほど……じゃあ、こっちでカルロたちが死ねば、あっちで魔王は強くなるし、魔人も復活するわけか……やばいかな?」
「そっすね……控えめに言ってやべーことになると思うっす」
「だよなぁ……殺さなくて正解だったか」
ただ、カルロたちは間違いなく死刑になるだろう。
そうなった場合、異世界が大変なことになる。
「いまのうちにアニキが倒しちゃえばいいんっすよ」
「魔王討伐とか、ガラじゃないんだけどなぁ」
面倒くさそうに呟きながらも、陽一は一度アレクと話し合う機会を作るべきかもしれないと思った。
「おおっと、これを忘れるわけにはいかねーっす」
少女アミィの遺体が消えたあとに残された衣類や装飾品のなかから、彼女は一対のピアスを拾い上げる。
「これはアニキがアタイに初めてくれたプレゼントっすからね」
「なにもわざわざ回収しなくても、新しいの用意するのに」
「アニキは女心ってもんがわかってねーっすねぇ。大好きな人から初めてもらったプレゼントは、何物にも代えがたいんっすよ」
「大好き、ねぇ……」
こうやってアミィから好意を向けられることは素直に嬉しい。
そこに一点の曇りもないことは、彼女の態度を見ればわかる。
だからこそ、少しばかり疑問に思うことがあった。
「アミィって、なんで俺のことが好きなの?」
人を好きになるのに理由はいらないと言うが、にしても会って1日か2日程度の陽一を、なぜ彼女はこうも好きでいられるのだろうか。
「そんなもん、強くてカッコいいからにきまってるっす」
「それだけ?」
「それは……」
彼女は魔人として生まれ変わり、前世の記憶を失っているにもかかわらず、陽一に対する感情だけは覚えていた。
ただ強くてカッコいいと思った相手に対して、それほどまでに強い感情を抱けるものだろうか?
「……アニキなら、アタイを受け入れてくれると思ったから……っすかね」
「アミィを、受け入れる?」
「なんて言ったらいっすかねぇ……」
しばらく思案したアミィは、回収したピアスを耳につけ、立ち上がって陽一と向き合った。
「アタイはね、オヤジの娘であることがイヤだったんっす」
「らしいな」
「だから、なんもかもほっぽり出して、どっか遠くへ逃げて、アタイのことを知らない誰かと出会って、幸せになれたらなぁ……なんてことを、よく考えてたんっす」
昔を懐かしむように語るアミィが、ふと冷笑に似た笑みを浮かべた。
「でも、アタイはどこまでいってもオヤジの娘なんっす。オゥラ・タギーゴのボス、カルロ・スザーノの娘なんっすよ」
幼少期に彼女が享受した贅沢な暮らしは、善良な人たちにカルロが流させた血と汗と涙そのものだった。
「その事実からは、どうやっても逃げらんねーっす。だったらいっそオヤジもろとも自分を消してしまえれば……そう思ってたところに、アニキが現われたんっす」
突如アミィの前に現われた陽一は、ラーフをあっという間に撃退した。
そして彼は仲間とともに、横暴な異母兄たちを、そしてカルロをいとも簡単に倒してしまった。
「まさかアタイらが命懸けで何年も戦ってきた相手を、本屋とか映画館に行くみたいなノリで倒せる人がいるなんて、思いもしなかったっす」
「いや、あれはちょっと大げさに言っただけでだな……」
「でも、アニキにとって、オヤジの存在は大したことねーんっすよね?」
「それは……まぁ……」
「ふふふ……ほんと、すげーなって、思ったんっす」
少女のあどけなさを残しながらも、大人の色香をまとったアミィが、微笑みながら歩み寄ってくる。
「ああ、この人なら、アタイのこと……オヤジのことも含めて、受け入れてくれるんじゃねーかなって、そう思ったんっす」
陽一の前に立ったアミィは、そのまま正面から抱きつき、彼を見つめた。
「生まれ変わってからもそう……アタイが魔王の娘で、魔人としてなにをしたとしても、アニキなら受け入れてくれる。そう、信じられるんっす」
カルロに恨みを持つ者からすれば、アミィはその娘というだけで憎しみの対象となるだろう。
たとえ晩年、父親に抵抗したからといって、それですべてがチャラになるわけでもない。
魔人アマンダの悪行については言わずもがなである。
彼女は多くの王国貴族を魅了し、いいように操って国家を傾けようとしたのだ。
宰相が女性でなければ、王国は滅亡していてもおかしくなかった。
現時点でも、彼女のせいで没落した家はいくつもあるし、家や財産はおろか、命を失った者も多くいた。
たとえ彼女が魔王に操られ、自分の意思とは関係のないところで行なわれた行為だとしても、とうてい許されるものではないだろう。
だが、陽一にしてみればどちらも他人事だった。
「アミィは、アミィだからなぁ」
彼女は自分の在り方を自分で選んだ。
マフィアのボスの娘でありながら、レジスタンスの先頭に立ち、父親に抵抗し続けた。
魔王の娘として逃れられないはずの呪縛を引きちぎって、陽一とともにあることを選んだ。
そんな彼女の生き方を、陽一は美しいと思った。
「ふふふ……そういうところ、ほんと大好きっすよ、アニキ」
クスクスと笑っていたアミィが、ふと真顔になった。
「ねぇ、アニキ」
「ん?」
「アニキはアタイのこと、好き?」
それは3度目の質問だった。
1度目は異世界で
どちらの質問にも、陽一は答えられなかった。
だが、いまなら答えられる。
「ああ、好きだよ」
陽一の腕が、アミィの背中に回る。
「やっと答えが聞けたっす」
彼女は抱き寄せられるまま、陽一に身を預けた。
「ごめんな、遅くなって」
ふるふると首を横に振った彼女が顔を上げると、目尻からは涙が流れ落ちていた。
「アタイ、嬉しいっす……」
涙を流しながら微笑む彼女の顎に手を添える。
「ん……」
促されるまま顎を小さく上げ、目を閉じるアミィの唇と、陽一の唇とが重なった。
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