第23話 アミィとアマンダ

 エドが借りてくれたホテルに戻ると、メンバーが全員揃っていた。


「もう、大丈夫だって」


 少し疲れた様子の花梨が、そう告げた。


「あとはわたくしとエドでなんとかしますわ」

「じゃあ、シャーロットはこっちに残るのか?」


 いままでは当たり前だったが、それがとても寂しいことのように思えた。

 それは彼女を仲間と認めたせいだろうか。

 それともアミィを失った寂しさを少しでも埋めたいという思いのせいだろうか。


「心配なさらずとも、一段落したらそちらに合流しますわ。ですから、そうですわね……10日ほど経ちましたら迎えにきてくださいます?」

「そっか、わかった」


 シャーロットの返事を聞いて、陽一はほっとした。


 ちなみに文也はすでに日本へ飛び立っている。

 彼は一応共和国大使館経由で入国したことになっているので、同じ方法で帰ってもらった。


 また、サマンサも先に異世界へ帰しておいた。

 【帰還+】で共和国に来ることもできたが、"海外旅行はあとの楽しみにとっておくよ"とのことで、彼女は異世界へ戻っていたのだった。


「じゃあみんな、いったんむこうに帰ろうか」


 陽一らも、正規の手順で日本に帰らなくてはいけない。

 しかしそれは、後日シャーロットを迎えにきたときでいいだろう。


「またね、シャーリィ」

「ええ、またあとでね、お姉ちゃん」


 シャーロットに一時の別れを告げ、陽一らは『辺境のふるさと』へ【帰還】した。


「ん?」


 部屋に戻った陽一は、ドアの隙間からメモが挿し込まれていることに気づく。


《火急の用件につき隣室にてお待ちしております》


 メモはヴィスタからのものだった。


「とりあえず、声かけとこうか」


 そう思って部屋のドアを開ける。


「待ちしておりました」

「うわぁ!?」


 ドアを開けると、すでにヴィスタが待機していた。

 うやうやしく頭を下げ、陽一らを出迎える。


「ヴィスタ、いつからそこにいたのだ?」


 軽く動揺しながら、アラーナが尋ねる。


「いましがたでございます。隣室にて、みなさまのお帰りに気づきましたので」


 この宿は壁が薄いのだ。


「そ、そうか……。それで、何用か?」


 しなやかな所作で、ヴィスタは顔を上げた。


「アマンダ様がお目覚めになりました」


 その言葉に、全員が息を呑む。

 ただ、声を上げるほど驚かなかったのは、なんとなくそんな予感があったからだろう。



 ヴィスタが用意した馬車で、領主の館へ向かう。

 サマンサにはあとで連絡することにして、ひとまず陽一、花梨、実里、アラーナ、シーハンの5人で馬車に乗った。


 移動中の馬車では、全員が終始無言だった。

 なにを話せばいいのかわからない、といったところか。


「お待たせしました」


 領主の館に着いた馬車を降り、屋敷に向かう。

 数日前に目を覚ましたアマンダは、それまで彼女が眠っていた離れを出て屋敷のほうで生活しているらしい。


「やっ、アニキ! それに姐さんたち!」


 ナイトドレスに身を包んだアマンダが、エントランスで待ち構えていた。

 宿を出る前にヴィスタが帰還を告げていたので、ここで待っていたようだ。

 彼女はいま、魔人ではなく人の姿をしている。


 アマンダのそばにはフランソワがいた。

 さすがに彼女をひとりにはしておけないので、見張り兼世話係としてついているのだろう。


「アマンダ――」


 陽一が名を呼ぶと同時に、彼女は抱きついてきた。


「アミィって、呼んでほしいっす」


 密着する豊かな肉体の感触と、香水のような甘い香りを感じながら、陽一は軽くため息をついた。


「思い出したんだな?」

「うん! 死ぬとこまでばっちり思い出したっす!」


 彼女はあっけらかんと言い、抱きついたまま陽一を見上げて笑った。

 その姿に、陽一は深くため息をついた。

 背後からも、女性陣のため息や苦笑、呆れたような声などが聞こえてくる。


「あのなぁ……こっちは結構、その、悲しかったんだぞ?」

「なーに言ってんっすか? 死んだアタイのほうがもっとつらいに決まってるっつーんっすよ!」

「全然そんなふうに見えないけどなぁ」

「そりゃアミィとしてアニキたちに会えた嬉しさが勝ってるからっすね!」

「そういうもんか……」


 またため息をついた陽一は、ふと真顔になる。


「アミィ、なんだよな?」


 その問いかけに、彼女はきょとんとなり、すぐに苦笑する。


「いまさらっすか? つーか、向こうでアタイに会ったとき、なんとなく気づいてたんじゃないっすか?」

「いや、それは……」

「いま思えば、初対面のときのアニキたちの反応、なーんかおかしかったんっすよねー」

「そりゃ……そっくりだったからな」

「もー、それならそうと言ってくれりゃよかったんっすよ」

「いや、なんて言うんだよ。"君、異世界で魔人やってない?"ってか?」

「あははー、そりゃそうっすねー。っていうか……」


 そこでアミィは陽一から離れ、軽く両手を広げて自身の身体を誇示する。


「そっくりってどいうことっすか!? アタイはあんなちんちくりんじゃねーっすよ! 色気ムンムンでナイスバディなおねーさんとションベン臭い小娘を一緒にしないでほしいっす!」

「いや同一人物だろーが。っていうか、なんでそんな身体になってんの?」

「んーと、全盛期の肉体をベースにどうのこうのってオヤジが言ってたような……」

「つまり、あのまま何年か成長したら、こうなってたってことか?」

「たぶんそうっすけど……もしかしてアニキ、あっちのほうが……」

「まぁ、あっちのアミィもかわいかったけどな」

「まさかアニキ……ロリコンっすか!? しまった……この姿は失敗だったっすか……?」

「そんなわけないだろ」


 そう言って陽一は、うしろに控えていた女性陣にちらりと視線をやる。

 彼が関係を持った女性は、立派な大人ばかりなのだ。


「それもそっすね……ってか、姐さんたちもちぃーっす!」


 女性陣に目を向けたアミィは、そのまま彼女たちのほうへ駆け寄っていった。

 そして軽口をたたき合いながら、それぞれに再会を祝う。


「ほらほら、立ち話もいい加減にして、少し落ち着いてお話ししなさいな」


 そこへ、フランソワが入ってくる。


「お祖母さまが、アミィの世話をしてくれていたのですね」

「ええ。ちょうどこちらも落ち着いてわたくしの手が空いてましたからね。それに、この子をひとりにするわけにもいかいないし」

「ばっちゃんには世話になったっす!」

「ばっちゃんて……アミィ、フラン様になんてことを……」

「いいのよ、カリン。かわいい孫が増えたみたいで、楽しかったわ」

「フラン様が、そう言うなら……」

「カリンも、そう呼んでくれてもいいのよ?」

「とんでもない! っていうか、その……あたしにとってフラン様は、お姉さんみたいな方で……」

「あらあら、それはそれで嬉しいわね」

「リン姉はばっちゃんのお弟子さんなんっすよね? だからあんなに弓がすごかったんっすね!」

「それほどでも……っていうか、よく知ってるわね?」

「この子ったら目が覚めてからずっとあなたたちに会いたがっていてね。それで、わたくしが知っていることを話してあげてたのよ」


 花梨の疑問に答えながら、フランソワはアミィの頭を優しく撫でてやる。


「ほんと、来るのがおせーんっすよ! アタイが死んで何日経ったと思ってるんっすか?」

「いや、そこは目ぇ覚ましてからカウントしぃな」

「どっちでもいいっすよ、シー姉! なんでこんなに遅くなったんっすか?」

「いろいろあったんや。主にアミィのオトンのケツ拭きやけどなぁ」

「うぅ……それはなっつーか、申し訳ないっす……」


 意地の悪い笑みとともに向けられたシーハンの言葉に、アミィは少しだけ縮こまる。


「ま、気にするな。なにかと動き回ったおかげで、いろいろと気は紛れたからな」

「アラーナのあれは動き回るっちゅうより暴れ回るっちゅうたほうがええな」

「そこまでひどいものではなかっただろう?」

「ううん……アラーナ、結構すごかったよ?」


 実里の言葉に、全員がうなずく。


「し……仕方がないだろう? あのときはアミィを失ったばかりで、その……」

「つまり、アー姉はアタイのために怒ってくれたんっすね? 嬉しいっす!」

「う、うむ……。いまにして思えばあのときの怒りはなんだったのかと、思いたい気分ではあるが……それにしても」


 そこでふと、アラーナはアミィをまじまじと見る。


「アー姉、どしたんっすか?」

「ふむ……アミィ、君は前とは比べものにならないほど強くなっていないか?」


 アラーナの言葉には、その場にいた全員が納得の表情を浮かべた。

 強いという表現が適切かどうかはともかく、彼女の存在感は以前とは比べものにならないほど大きくなっているのだ。


「あー、たぶん向こうのアタイが死んだからっすかね? ふたつに分かれてたもんがひとつに戻った、的な?」

「つまり、それがアミィの……魔人としての本来の力というわけか?」

「んー、8割って感じっすかね」

「つまり、まだ万全ではないと?」

「そういうことっす」


 アラーナに答えたあと、アミィは陽一に向き直る。


「そのことで、あとでアニキにお願いがあるっす」

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