第22話 偶然か運命か

 突然鳴り響いた銃声に、その場にいた全員が驚き、音の鳴るほうへ目を向けた。

 カルロの手から落ちた拳銃が、暴発したのだとわかった。


「え……?」


 【鑑定+】に未来を見る能力はない。

 現在起こっていることから、予測を立てることは可能だが、そのためには発生した事象を【鑑定】しておく必要がある。

 不意の出来事を、予想することはできないのだ。


 カルロによる射撃なら、彼の考えを【鑑定】していた陽一は事前に察することができただろう。

 しかし銃は、カルロの意志とは関係なく暴発した。それは単なる事故だったのだ。


【鑑定+】で銃弾の軌道を追った陽一は、呆然とした。


「なんで……」


 視線の先でアミィが立ち尽くしている。

 彼女の胸を覆う白い生地が、じわりと血に染まっていくのが見えた。


「あ……あれ? ……こふっ」


 困惑の表情を浮かべるアミィが、吐血した。


「アミィ!!」


 アミィに駆け寄り、ぐらりと倒れる彼女を抱きかかえる。

 銃弾は彼女の身体を貫通しており、背中に触れた手がべっとりと血に汚れた。


「アミィ……!」

「え……へへ……なんか、締まんない……オチっすねぇ……」


 口の端から血を流しながら、アミィは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 胸と背中から流れる血が止まらない。


「こりゃぁ……報い……っすね……」

「なにバカなこと言ってんだ! すぐに助けてやるからな!!」


 陽一にはスキルがある。

 なにをどうすれば彼女を助けられるか、【鑑定+】さんが教えてくれるのだ。


「陽一さん!」


 陽一が【鑑定】結果を見る前に、実里が肩に触れた。


「向こうに行けば、わたしの魔術で……!」

「そうか!!」


 【鑑定】結果を見るまでもない。

 まずは異世界に【帰還】して、実里の魔術で応急処置をする。

 本格的な治療はそのあとだ。

 ことは一刻を争う。

 考える時間が惜しい。


「よし、それじゃ……」

「陽一さん、早く!」

「わ、わかってる! なんで……なんでだ!?」

「陽一さん……?」


 陽一が実里を振り返った。

 その顔は、青ざめていた。


「できない……【帰還】できないんだよっ!」

「えっ?」

「どうしよう……このままだと、アミィが……!」


 陽一は混乱していた。ここであらためて【鑑定】すれば、最善の方法がわかるはずなのだが、【帰還+】が発動しないことに焦ってそのことに思い至らない。


 これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた陽一だったが、目の前で親しい人を失う経験は――。


「――ある……あのとき……!」


 パトリックに刺され、致命傷を負った魔人アマンダを抱えたときのことが頭に蘇る。

 あのときと、状況は似ている。

 あのときは確か……。


「アラーナ!」


 すがる思いでアラーナを見たが、彼女は申し訳なさそうに頭を振った。


「すまない、ヨーイチ殿……こちらの世界では……」


 そうだった。

 だから実里は異世界に行こうといったのだ。

 そんなことまで失念してしまうとは……。


「フハハ……娘の分際で、俺に逆らった報いだ!」


 カルロの声が、腹立たしい。殺してやろうかとそちらを向いたとき――、


「だまりなさい!」

「がぁっ……!」


 ――カルロはシャーロットに頭を蹴飛ばされ、意識を失った。

 そしてシャーロットは、そのまま陽一に向き直る。


「輸血の準備を!」

「それだ!」


 【健康体α】を持つ陽一の血液を送り込んでやれば、彼女は助かるはずだ。

 事実、あらためて確認したところ【鑑定+】さんもそれが最善だと答えてくれた。


「アニキ……お買い物……楽しかったっす」


 だが、時間がない。


「オヤジを……倒してくれて……ありがとうっす……」

「アミィ、しゃべるな!」


【無限収納+】から輸血セットを取り出した。

 彼女の状態を確認しながら、輸血の準備を進めていく。


「アニキ……かっこよかったっす……ほんと、大好きっすよ……」

「大丈夫だ、すぐに……すぐに助けてやるから……!」


 アミィの声が、呼吸が、どんどん小さくなっていく。

 彼女の瞳は、もうなにも映していないようだった。


「アニキは……アタイのこと、好き……?」

「俺は――」


 だが陽一は、アミィの問いかけに答えられなかった。


**********

名前:アマンダ・スザーノ

状態:死亡

**********


「陽一っ、蘇生をっ……!」


 彼の様子からアミィの死を悟った花梨は叫ぶように訴えたが、陽一は力なく首を横に振った。


「心臓が……傷ついて……」

「じゃあ、ほかにアミィを助ける方法は……!?」


《検索結果なし》


 【鑑定+】の無情な回答に、陽一はうなだれた。


「わたくしが……カルロを殺していれば……!」


 あのままカルロにとどめを刺していれば、銃は暴発しなかったかもしれない。


「違う……わたしが、余計なことを言わなければ……」


 実里が異世界での治療を言い出さなければ、輸血が間に合ったかもしれない。


「俺が、もっと……」


 陽一がもっと警戒していれば……起爆装置の時のように、拳銃が地面に落ちる前に収納していればよかった。

 銃声に反応できていればよかった。

 文也を助けたあと、すぐにアミィのそばに戻っていれば……。

 陽一ならたとえ撃たれようが【健康体α】の効果で死ぬことはなかったはずだ。


 だが、さまざまな偶然が重なり合った結果、暴発という事故によって撃ち出された銃弾は、アミィの胸を貫いてしまった。


 ――この先なにかが起こっても、あんまり気に病んじゃだめだよ?


 ふと、サマンサの言葉が頭をよぎる。


 ――どんなにすごいスキルを持っていても、それを使うボクたちはちっぽけなただの人間なんだから。ね?


 自分たちならなんでもできる。

 そんなおごりが、あったのかもしれない。


 だが、いくら後悔したところで、時は戻らないのだ。


「アミィ……」


 腕の中で横たわる彼女の死に顔は、とても穏やかだった。


○●○●


 数日後、アミィの葬儀がしめやかに執り行なわれた。


 あの日以降、陽一らは共和国で過ごしていた。

 エドに請われ、治安維持の手伝いをしていたのだ。

 なにか仕事をして、気を紛らわせたい。

 できれば、アミィの喜びそうなことを……。

 そんな気持ちを、陽一ら全員が持っていたのだった。


 葬儀には、陽一だけが参加した。

 ぞろぞろと人を引き連れていくのも失礼だと思ったし、なによりいろいろと仕事があったからだ。


 アミィの遺体を納めた棺が埋められ、葬儀は一段落ついた。


「ちょっと、アンタ!」


 そこまで見届ければ充分だろうと思い、葬儀の列を離れた陽一に、声をかける者があった。


「あ……どうも」


 レジスタンスの拠点で、シャーロットの世話をしていた中年の女性だった。


「やぁ、いろいろとありがとうね」

「え……?」


 罵倒される。


 そう覚悟していた陽一は、彼女の思わぬ言葉に困惑した。


「アンタたちが、カルロをやっつけてくれたんだろ?」

「それは、まぁ……」

「組織がなくなったらもっと混乱すると思ったけど、案外落ち着いてるし、これもおやっさんのおかげかねぇ……ふふふ」


 暗に米国の介入を示唆し、女性は自嘲気味に笑った。


 実際に米国からの介入はあったが、即座にというわけにもいかなかった。


 カルロ失脚の報は、首都を駆け巡った。

 それにより、首都のアジトに残っていた勢力が暴れようとしたのだが、それは陽一らによって鎮圧された。

 アミィの弔い合戦の様相を呈した一部始終は、死者こそ出なかったもののかなりひどいものだった。


 その後もオゥラ・タギーゴに敵対していた別の犯罪組織や、上の抑えがきかなくなった傘下のチンピラどもが問題を起こそうとしていたが、それも陽一が【鑑定+】で事前に察知し、制圧した。


 そうこうしているうちに本格的な介入が始まり、町は一応の平和を取り戻したように見える。


「でも、アミィを死なせました……」


 女性がいつまでたってもそのことに触れないので、陽一のほうから彼女の名を口にした。


「そうだねぇ」


 女性の顔には、悲しみと同時に諦めに似た表情が浮かんだ。


「あの子は、たぶん死にたがってたから」

「え?」


 予想外の言葉に、陽一は呆然とする。


「ウチらの町はさ、それなりに平穏だったけど、それでもある日突然知り合いが殺されたり、ヤク漬けになったりってことがそこそこ起こってたのさ」


 そういえばアミィが、似たようなことをラーフに言っていたのを思い出す。


「この町で起こる悪いことはだいたいカルロのせいでね。アイツのせいで不幸になった人間なんて数え上げたらキリがないのさ。で、そういう人の不幸で稼いだような金で、アミィは育った」


 そのことも、アミィは口にしていた。


「ガキのころはさ、お金持ちに生まれて、好きなように生きられて、それなりに幸せだったんだろうけど、大人になっていろいろわかると、耐えられなくなったんだろうねぇ。カルロの娘であることに、罪悪感や嫌悪感を覚えるようになったのさ。それでカルロに反発するようになった」


 悪人である父親に反発するのは、彼女なりの正義感からくるものだと、そんなふうに考えていた。


「カルロに逆らい、できることなら差し違えてでも倒したい。道半ばで死んでも構わない。とにかくあの子は、カルロの娘である自分を消し去ってしまいたかったんだよ」


 常に明るく振る舞っていた彼女がそんな闇を抱えていたことに、気づけなかった。


「あの子は死ぬ前に、カルロが倒されるところを見たんだろう? だったら、満足なんじゃないかな」


 うなだれる陽一の背中を、彼女がバンバンと叩いた。


「だからそんなしみったれた顔するんじゃないよ。アンタはできることをした。それで、なるようになった。それだけのことさ」

「なるようになった……ですか」

「そうそう。アタシも、それにあの子も、ほかのみんなも、アンタたちには感謝しかしてないってこと、忘れないでおくれよ」


 女性はそれだけ言い残すと、陽一の前から去っていった。


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