第21話 簡単なおしごと
表情や口調から、それが脅しでないことはわかった。
無論、【鑑定+】でも思考を読み、カルロが本気であることを確認する。腐ってもマフィアのボスだけあって、命を捨てることに躊躇はないようだ。
「オヤジ……!」
部屋に入って文也の格好を見たときから、アミィもカルロがなにかしらの凶行に走ることを予想はしていたが、いざその覚悟を突きつけられると、腰が引けてしまう。
そんなアミィをかばうように、陽一と実里が彼女の前に立った。
そんなふたりの姿に、文也が目を見開く。
「姉さん、逃げて! 義兄さんがいれば、逃げられるだろ!?」
「グハハハハ! なにを言ってるのかわからんが、どうせ逃げろとかそんなことだろう? 言っておくがな、逃げようとした瞬間にドカン! だ。この家まるごと吹っ飛ばすだけの威力はあるからな。逃げられると思うなよ!」
カルロの言葉に、文也は焦る様子を見せなかった。彼は陽一の能力を、一部だけだが知っている。
その気になれば一瞬で異世界へ行けることを知っているのだ。
「姉さん、義兄さん……それにみなさん、来てくれてありがとう。僕はそれだけで満足だよ」
逃げ出そうとすれば爆発させるということは、逃げ出そうとしない限り少しの猶予はあると判断した文也は、別れの言葉を伝えることにした。
「グフフ……別れの挨拶でも始めたか? いいぜ、そういうお涙ちょうだいも悪くない」
どうやらカルロのほうにも邪魔をする気はないらしい。
最後の最後で襲撃者の感情をもてあそび、一矢報いているつもりなのだろう。
文也にとっては、都合がいい。
「今回のことは僕の自業自得だ。僕ひとりで背負う罪だ。これまでのツケが回ってきただけ、それだけのことなんだ。みんなが巻き込まれることなんてない。だから、どうか……僕のことは、放っておいて……」
途中から文也ポロポロと涙を流し始めた。
「おうおう……泣かせるねぇ」
日本語で話す文也の言葉を理解できないカルロだったが、口調や表情を見ればある程度は察せるだろう。
涙ながらになにかを訴える文也の姿に、カルロは満足げな笑みを浮かべた。
「最後の最後で思った以上に役立ってくれたぞこのガキはっ! どうだキサマらっ! 何者かは知らんが命懸けでここまで来たにもかかわらず、助けたい相手を助けられず、自分たちも道連れにされる気分は!?」
一気にまくしたて、勝ち誇るような笑みを浮かべたカルロだったが、陽一らの反応に眉をひそめた。
「おい……なんだそのシラけた態度は?」
カルロの脅しに怯えるのはアミィひとりで、ほかの者は誰ひとり動揺していなかった。
「脅しだと思っているのか!? 本気だぞ!! それともあれか? キサマら、言葉がわからんのか……? おい、アミィ! 通訳しろっ!!」
「えっ……? いや、でも……」
室内に、なんともおかしな空気が流れる。
先ほどまで悲壮な決意のもと、遺言じみた言葉を告げた文也も、困惑していた。
「あー、その、大丈夫です。言葉は通じてますよ」
カルロ、アミィ、文也の3名が困惑するなか、場違いにのんびりとした口調で陽一がそう言ったため、雰囲気はさらにおかしなものになっていく。
「だったら死ぬのが怖くないのか!? 人質を救えないことが悔しくないのか!? 言っておくが、俺もだがキサマらにだって逃げ場はないんだぞ!!」
鬼気迫る勢いで放たれたカルロの言葉だったが、それを受けても陽一は眉ひとつ動かさなかった。
「シーハン」
「あいよ」
陽一の合図で、シーハンが指弾を撃つ。
「ぐぁっ!」
誇示するように掲げられたカルロの手など、格好の標的である。
彼はあっさりと起爆装置を弾き飛ばされた。
そしてカルロの手から離れた起爆装置は、地面に落ちる前に消えた。
「なっ……どこへいった!?」
所有者の手を離れてしまえば、陽一を中心に半径10メートル以内にあるものは【無限収納+】に収められるのである。
「くっ……妙な真似を……!」
「悪あがきもそこまでっすね! なにが起こったのかよくわかんねーけど、さすがアニキっす!」
「まだだ!」
喜ぶアミィの声を、カルロの怒声が打ち消す。
「そのベストは外そうとすれば爆発するし、時限装置も作動済みだ!! 起爆装置がなかろうと、5分もすれば爆発するぞ!!」
「オヤジ、往生際が悪すぎっすよ!」
「姉さん、義兄さん! 5分あれば充分だろう? 僕のことはいいから早く逃げて……! これ以上、僕に罪を……」
「フハハハハ! キサマらはなんとか逃げきれるかもしれんが、ガキの命は諦め――おいっ……!」
最後のあがきが成功したと勝ち誇るカルロだったが、あいかわらず動揺を見せない陽一らに、苛立ちを見せる。
「なんなんだキサマらは!? これまでの苦労が水の泡になるんだぞ! それなのに、相変わらずシラけたままで……悔しくはないのか!?」
「あの、義兄さん……?」
陽一らの反応に苛立ちを隠せなくなったカルロと、困惑する文也を見ながら、陽一はぽりぽりと頭をかいた。
「うーん、なんていうかな、文也くんと……えっと、カルロさんだっけ? ふたりとも勘違いしてるんだよなぁ」
「なんだと?」
「俺たちさ、べつに苦労なんてしてないんだよね」
陽一は話を続けながら、文也へと歩み寄る。
「なんて言えばいいかな……たとえば、そうだな、予約してた本が入荷したから本屋さんまで足を運ぶとか、前売り券を買ってた映画の公開期間が終わりそうだから映画館にいっとこうとか、そんな感じ?」
「キサマ、なにを言っている?」
「だから、麻薬組織を壊滅させるとか、そこに囚われた知り合いを連れて帰るってことは、俺らにしてみりゃその程度のことなんだよ」
実際はシャーロットが危険にさらされたり、そのせいでエドに殴られたりと、それほど気楽なものではなかったが、陽一の言葉はカルロに対する嫌がらせとしてはそれなりに効果があるだろう。
「な……な……」
事実、あまりの言葉にカルロは絶句する。
そんなカルロを尻目に、文也のそばに立った陽一は、彼の肩に手を置いた。
「義兄さん……危な――」
「だから、大した苦労じゃないんだな、これが」
次の瞬間、文也が着せられていた爆弾つきベストが消えた。
「――えっ?」
突然身軽になった文也が、まぬけな声を上げる。
カルロは、目を見開き、口を大きく開けたまま固まっていた。
たとえ装着したものでも、直接触れれば【無限収納+】で収納できるのだ。
そして収納してしまえば、爆発の恐れはないし、その気になれば解体も可能だ。
呆気にとられる文也をよそに、陽一は彼を拘束する手錠をも、次々に収納していった。
「それじゃあ帰ろうか、文也くん」
陽一はまるで友だちの家に弟を迎えにきたかのような口調でそう言うと、文也を立たせた。
連日の拷問によって足腰が立たない彼に、肩を貸してやる。
「義兄さん……」
陽一に身を預ける文也の頬が赤く染まったが、それは見なかったことにした。
「キ……キ……キサマァーッ!」
カルロは怒りにまかせて叫び、腰から拳銃を抜いた。
――パンッ!
「ぐふぅっ……!」
しかし彼が引き金を引く前に、シャーロットの撃った弾がカルロの胸を捉える。
「ぐ……女がぁ……」
防弾ベストのおかげで致命傷を負うことはなかったが、その衝撃は先日の怪我もあって激痛をもたらした。
それでも拳銃を手放さなかったのは、カルロの意地だろう。
「彼の用事が済んだようですので、今度は私の番ですわ」
シャーロットはカルロの眉間に狙いを定めたまま、彼に近づいた。
なんとか拳銃を持ったままのカルロだが、構え直す余裕はなかった。
「クフフ……いい顔をしているじゃないか。俺に恨みでもあるのか?」
「わたくしの顔に、見覚えはないの?」
あれから何年もの時間が経ち、容姿は多少変わっているが、別人になったわけではない
「さてな」
だが、カルロは本当にシャーロットのことを忘れているようだ。
そのことが悔しくもあり、虚しくもあった。
「そう」
カルロの言葉をさらりと流したシャーロットは、あらためて眉間に狙いを定めた。
絶対に外すことのない距離である。
「シャーロット」
引き金を引こうとする直前、陽一に名を呼ばれた。
「なにか? まさか、止めるつもりかしら?」
カルロの眉間を狙ったまま、背後にいる陽一に問いかける。
「いや、好きにしていいよ」
シャーロットにはその権利があるし、おそらく有事の際には犯罪者を射殺できる権限もあるだろう。
だから、陽一は止めなかった。
そして止めるつもりがないことを事前に伝えたのだ。
あとはシャーロットに委ねるだけだった。
――パンッ!
「ぎゃっ……!」
銃弾は、ベストに守られていない腕を撃ち抜いた。
少し前までの自分なら、きっとカルロを殺していただろう。
事実、つい先ほどまでは殺すつもりでいた。
しかし陽一に名を呼ばれ、止める気はないと言われたことで、不思議と冷静になれた。
そして落ち着いて考えてみると、殺す価値のない相手だと思えてしまった。
だから、殺さなかった。
ここから先は、司法の手に委ねればいい。
これまで好き放題やってきたぶん、恨みも多く買っているはずだ。
オゥラ・タギーゴというカルロを守る組織がなくなったいま、彼はその恨みを一身に受けることになるだろう。
あるいは法の裁きなど受けられないかもしれないが、シャーロットの知ったことではなかった。
「ちく……しょう……」
腕に力の入らなくなったカルロの手から、拳銃が落ちた。
――パンッ……!
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