第20話 カルロの隠れ家へ

「すまないが、ここから先は歩きだな」


 短機関銃サブマシンガンによってさんざん銃弾を浴びせられたワンボックスは、残念ながら走行不能になっていた。

 もともと擬装用の自動車であり、防御力はそれほど高くはなかったのだ。


「私はここに残って後方部隊の指揮を執ることにするよ」


 倒した構成員の拘束や護送など、そこそこ仕事は多い。


「それじゃ、いってきますね」

「ああ。君たちなら問題はないだろう」


 エドと別れて、隠れ家へ徒歩で向かう。

 できればアミィにもエドと一緒に残ってもらいたかったが、案の定拒否された。


「アタイにはアニキの勇姿を――じゃなくて、オヤジの最期を見届ける義務があるんっす!」


 動機が少し変わってしまったようだが、なんにせよ彼女が意見を変えることはなさそうなので、結局連れていくことになった。


「ここだな」


 数分歩いたところで、隠れ家に到着した。


 そこそこ大きな家に広い庭があり、敷地の周りには木が植えられ、ちょっとした森に囲まれたようになっている。

 正面入り口は鋼鉄のゲートに塞がれ、その向こうに十数名の男たちが待ち構えていた。


「あれ、どうやって超えるんっすか?」


 ゲートの高さは3メートルほどあり、開けようとしたり乗り越えようとしたりすれば内側から狙い撃ちにされるだろう。


「ぶっ壊そう」


 陽一はそう言うと【無限収納+】からロケットランチャーを取り出した。


「ちょ……アニキ!? いったいどこからそんなもんを……」

「言っただろ、細かいことは気にするなって。危ないからうしろに立つなよー」


 ゲート越しにロケットランチャーを構える陽一を見た男たちはどよめき、うろたえた。


「待てっ! こんなところでそんなもんを――」


 ゲートの向こうで誰かが叫んだが、陽一は気にせずトリガーを引いた。


 ――ボシュン…………ドガァンッ!!


 爆発とともにゲートが吹き飛ぶ。


「オマケだ!」


 ロケット弾が爆発した直後、陽一は音響閃光手榴弾スタングレネードを取り出し、敷地内の男たちに向かって投げた。


 強烈な閃光と轟音。


 屋外かつ昼間ということもあって効果は十全に発揮されないが、相手を怯ませるには充分だった。

 そして爆炎のおかげで、陽一らにはほとんど影響がない。


「アラーナ、シーハン、頼む!」


 陽一が言い終えるより早く、アラーナとシーハンは駆け出していた。

 ふたりは収まりつつある爆煙を飛び越えて、敵陣に突撃する。


 さらに花梨とシャーロットが弓と拳銃で援護し、庭にいた男たちはなすすべなく制圧されたのだった。


「なんつーか、アニキたちを敵に回したオヤジがちょっとだけかわいそーになるっすね」


 トコロテンの活躍を目の当たりにしたアミィは、引きつった笑みを浮かべながらそう呟いた。


「じゃ、このまま行こうか。家の中にはほとんど人はいないみたいだし」


 庭を抜けて家の前まで行くと、玄関のドアが開いた。


「テオドロ……」


 現われた男を見て、アミィがその名を呼ぶ。カルロの息子、最後のひとりである。


 テオドロは、ウルバノよりも小柄だが、引き締まった体型をしていた。

 その立ち居振る舞いから、格闘技の経験などがありそうだった。


「なに……あれ?」


 テオドロの顔を見て、花梨が思わず呟く。


 それは異相と言ってよかった。

 眉のあたりが不自然に出っぱっており、閉じた口から牙のような犬歯が覗いている。

 人でありながら、猫科の猛獣を思わせる容貌だった。


「虎だがライオンだかに憧れて、インプラントとかいれてるんっすよ」


 アミィが呆れたように説明する。


「ジャガーだ。間違えるな、アマンダ」


 その声が耳に入ったのか、テオドロが訂正した。低く、野太い声だった。


「お前ら、ホシカワの関係者か?」

「そうだ」


 陽一が答えると、テオドロは深くため息をついた。


「どうやら、オレたちは手を出してはいけないところに出してしまったようだな」


 諦めたようにそう言ったテオドロだったが、眼光は鋭いままだった。


「このなかで、誰がいちばん強い?」


 どうやら、彼は一騎打ちを望んでいるようだった。

 おそらく、組織としては勝てないと悟って、せめて一矢報いようとでも思ったのだろう。


「私だ」


 そんなテオドロの望みを叶えてやる必要はないのだが、陽一がなにかを言う前に、アラーナが前に出た。


「女か……」


 落胆するテオドロに、アラーナは不敵な笑みを向ける。


「甘く見ないほうがいいぞ? 私はめちゃくちゃ強いからな」

「ふん……なにを言っているのかさっぱりだなっ!」


 アラーナの言葉を理解できないテオドロは、彼女が身構えるより早く踏み込んできた。

 低い姿勢から、アラーナの腰に組みつくべく突進する。


「ぶふっ……!」


 しかし彼の手が腰に回るより先に、アラーナの膝がテオドロの顔面を打った。


「ぐ……うぅ……」


 派手に吹っ飛ばされたテオドロは、よろめきつつも立ち上がる。


「ほう、立ち上がったか。なかなか気合いが入っているな」

「ぐ……うおおおっ!」


 しかし格闘での勝利を諦めたのか、テオドロは腰から拳銃を抜いて即座に引き金を引いた。


 パンッと銃声が鳴った直後、甲高い金属音が鳴る。


「な……!?」


 銃弾は、アラーナが素早く引き抜いた警棒によって叩き落とされた。

 驚愕の眼差しを向けるテオドロの前から、アラーナの姿が消える。


「興醒めだぞ?」


 耳元で意味のわからない声を聞いたテオドロは、警棒で頭を打たれて気絶した。


○●○●


 それから陽一たちは、散発的に現われるチンピラどもを倒しながら家の中を歩き、ほどなくカルロのいる部屋にたどり着いた。


 室内にカルロと文也の2名しかいないこと、トラップが仕掛けられてないことを【鑑定+】で確認した陽一は、躊躇ちゅうちょなくドアを開ける。


「姉さん! 義兄さん!!」


 部屋の中央にわざとらしく配置された椅子に、文也は座らされていた。

 手錠によって手足を椅子に固定され、いかにも爆弾ですよという見た目のベストを着せられている。


「文也……!」


 文也の姿を見た実里は驚き、小さく叫んだ。


「ついにここまで来たか……なんなんだキサマら……!」


 少し離れた場所のソファに身を預ける恰幅のいい中年の男が、そう言って舌打ちした。


 カルロである。


 口ひげを生やした貫禄のある容姿は、映画やドラマに出てくる悪人を体現しているようだった。


「ぐ……ぅ……」

 軽く身じろぎしたカルロが、短くうめく。

 シャーロットに撃たれた傷はもちろん回復しておらず、頭には包帯が巻かれ、呼吸もかなり乱れていた。


 【鑑定+】によれば、防弾ベスト越しに受けた銃撃によって、肋骨や胸骨にいくつかのヒビが入っているようだ。


「オヤジ! もう観念するっす!」


 アミィが一歩前に出て、叫ぶ。


「アマンダァッ! キサマ、娘の分際で俺に逆らいおって……! 育ててもらった恩を忘れたかッッ」

「てめーの汚ぇ金で育てられたっつーことがアタイはなによりイヤなんっすよ!!」

「なんだと!? 生意気言いおって!!」

「とにかく、今日はようやくオヤジに引導を渡せるっす! テオドロも、ウルバノも、セベロも、ラーフも、みんな倒したっす! いまごろ仲よくブタ箱に運ばれてるころっすね! アンタもうおしまいなんっすよ!!」

「ぐぬ……」


 普段であれば、たかが小娘のたわ言と一笑にしていたであろうアミィの言葉に、カルロはただうめくことしかできなかった。

 それだけ、彼は精神的にも肉体的にも追い詰められているのだろう。


「そうだな……俺たちはもうおしまいなんだろう……」


 諦めの言葉を漏らすカルロだったが、彼の目は敗北を認めていない。


「だが、ただでは終わらんぞ」


 カルロは痛みに顔を歪めながら立ち上がり、手に持った起爆装置らしきものを掲げて凶悪な笑みを浮かべた。


「キサマらも道連れだ! 一緒にあの世へ行こうじゃないか……!」

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