第19話 襲撃開始

 朝食を終えた陽一らは、ワンボックスに乗り込み、セーフハウスを出た。


 参加メンバーは陽一、花梨、実里、アラーナ、シーハン、シャーロット、エド、そしてアミィの8名。

 アミィが完全に足手まといだが、実里と陽一が彼女の護衛に回ったとしても、残るメンバーだけでかなりの戦力となる。

 どんな状況であれ、負ける要素はなかった。


 陽一らを乗せた車はサマンサの付与した〈認識阻害〉効果もあって、とくに目立つことなく都心を抜けた。そして隠れ家のある住宅街へ近づいたところで、検問が待ち受けていた。


「こちらの動きがバレたかな?」

「いえ、単に警戒を強めてるだけですよ」


 エドの疑問に、陽一はそう答えた。

 隠れ家に近づく者を事前に察知し、可能であれば排除するための検問である。

 アジト襲撃によるごたつきが治まるまで、続けるつもりなのだろう。


 そして検問を実施しているのは、本物の警察官だった。


「どうする? 迂回うかいするかね?」

「無駄でしょう。隠れ家に通じる道は、すべて検問が実施されてますから。それに、ここまでくればもう大丈夫ですよ」


 オゥラ・タギーゴは、都心にある表向きのアジトと、隠れ家とに戦力を分散させていた。

 陽一としては、その両方を同時に相手どるのは面倒だと考えたので、わざわざ車に〈認識阻害〉を付与してもらったのだ。

 こうして目立つことなく都心から距離を置けたのなら、これ以上の隠蔽は不要である。

 いまからアジトへ連絡がいっても、そちらの戦力がこちらへ到着する前に決着はついているだろう。


「あー、うぜぇのがいるっすね……」


 検問を実施する警官隊を見たアミィの表情が険しくなる。


「うざいのって?」


 実里の問いかけに、アミィは窓の向こうにいるひとりの男を指さした。


「あの腕に蛇みたいなタトゥーしてるやつ、見えるっすか?」

「うん」

「あれ、セベロっつって、カルロの息子っす」


 つまり、ラーフと同じくアミィの異母兄である。


「アニキ、どうするっすか?」

「言っただろ、正面から叩きのめすって。なんなら宣戦布告でもするか?」

「いいんっすか?」

「いいよ」


 ここまでくれば、あとは目立っても問題はない。

 なら、長年オゥラ・タギーゴに抵抗してきたアミィに花を持たせてやるのも、悪くないだろう。


「じゃあ、やるっす」


 検問から少し距離を置いたところで停車し、運転手のエドを残して陽一らは車を降りた。

 自動車にかけられた魔術と、それぞれが身に着けている魔道具のおかげか、警官隊はこちらを不審がってはいるものの警戒まではしていなかった。


「セベロ!」


 先頭に立ったアミィが、兄の名を呼ぶ。


「……アマンダか?」


 名を呼ばれ、声を聞いてようやくセベロは異母妹を認識した。

 半袖の制服を身にまとうセベロの腕には、蛇のような模様のタトゥーが彫られている。

 首元にも似た模様が彫られているので、腕から肩、首にかけて、蛇が絡みついているように描かれているのだろう。


「どうしたアマンダ? 反抗期はもう終わりか?」

「終わりなのはそっちっすよ! 今日はオヤジとアンタらに引導を渡しにきたっす!」

「クソガキが偉そうなこと言うようになったじゃねぇか」


 セベロが、苛立ちを露わにする。


「警察を敵に回してタダですむと思うなよ?」

「なにが警察っすか! マフィアの手先が偉そうなこと言ってんじゃねーっす!」

「マフィアの手先だろうがなんだろうが、オレたちゃ警官だ! 逆らうやつぁ射殺するだけよ!!」


 その言葉を合図に、彼の周りにいた警官たちが腰の拳銃に手を回し、こちらへ近づいてくる。


「死ね――ぎゃぁっ!?」


 警官のひとりが拳銃を抜こうとした瞬間、仰け反った。


「な、なんだぁ!?」


 突然の出来事に、セベロたちがうろたえる。


「……矢?」


 倒れた男の肩には深々と矢が刺さっていた。


「リン姉、お見事っす!」


 アミィの視線の先には、小型のリカーヴボウを構える花梨の姿があった。


「さて、ここからはあたしたちの出番ね。アミィは危ないからさがってて」

「了解っす!」


 アミィが一歩さがり、彼女を守るように陽一と実里が立った。


「ふざけやがっ――いてぇっ!」


 拳銃を構えようとした別の男が、シーハンの指弾で手を撃たれて悶絶する。


「どうした、かかってこないのか? ならばこちらからいかせてもらおう」


 左右の手に警棒を持ったアラーナは、いまだ混乱したままの警官隊に突っ込んでいった。


「うわっくるなっ!」

「ぎゃあっ!」


 警棒を振り回すアラーナによって、警官たちは次々に倒されていく。


「いぎぃっ……!」


 そのあいだ花梨も矢を射続け、警官を無力化していった。


「わたくしの出番はなさそうですわね」


 一応拳銃を構えていたシャーロットだったが、自嘲気味にそう呟く。


「な、なんだってんだ、いったい」


 状況を飲み込めないまま、気づけばセベロ以外の警官はすべて倒されていた。


「ちくしょう……家に連絡を――」

「ほわちゃぁ~!」


 スマートフォンを手に取ろうとしたセベロに、シーハンがわざとらしいかけ声とともに跳び蹴りを食らわせた。


「――ぶべらっ……!」


 顔面を蹴飛ばされたセベロは、無様に吹っ飛ばされ、気を失った。


「……すげーっす」


 1分足らずで警官隊を全滅させた女性陣の活躍に、アミィは思わず声を漏らす。


「すげーっす! 姐さんたち、やっぱハンパねーっす!!」


 事態を飲み込むなり、アミィは飛び上がって喜んだ。


「さて、こいつらをどうするかだけど……」


 倒れた警官たちをどう処理するか考えていると、数台の車が近づいてきた。


「な、なんっすか!?」

「新手かしら?」


 アミィや花梨たちが警戒するなか、ワンボックスに残っていたエドが車を降りてくる。


「落ち着いてくれ。彼らは味方だよ」


 エドが言い終えるが早いか、数台の自動車は陽一らのすぐ近くに停まり、そこからぞろぞろと人が出てきた。

 そして彼らは手際よくセベロたちを拘束し、乗ってきた車へ次々と放り込んでいった。


「エドさん、これは?」

「なに、私も昨日、ただゆっくりと休んでいたわけではないということさ」


 どうやら倒した組織の人間を拘束する手配を、エドは昨夜のうちに整えていたようだ。


「どうかな。年寄りも、少しは役に立つだろう?」

「いやいや、少しどころじゃないですよ」


 倒した構成員たちの処理は、悩みどころのひとつだった。

 放っておいても襲撃の邪魔にはならないだろうが、あとあとのことを考えれば拘束しておいたほうがいいに決まっているのだ。

 エドはちゃんとそのあたりのことを考えていたようだ。

 さすがである。


「というわけで、あと始末は私に任せて、君たちは存分に戦ってくれたまえ」


 エドの言葉に、陽一らは大きく頷くのだった。


○●○●


 ふたたびワンボックスに乗り込んだ陽一らは、住宅街を進む。


「妙に、静かだな」


 検問所で警官隊と大立ち回りを演じたのだ。

 少しくらい騒ぐ住人がいてもよさそうなものだが、あたりは静かなままだった。


「このあたりの人たちはカルロの息がかかってますから」


 エドの疑問に陽一が答えた。


 住人すべてがカルロの手下というわけではないが、関係者も多く紛れ込んでいる。

 そういう連中が、住民たちを統制しているのだろう。


「なるほど……となれば」


 あと少しで隠れ家というところで、陽一らは数十人の男たちに道を阻まれた。


「先ほどの騒動については、やはり知られていたわけか」


 エドが納得したように呟く。警官隊の連絡を阻止できても、住民からの報せを止めるのは不可能だ。


 居並ぶ男たちから少し距離を置き、エドは自動車を停めた。


「ラーフ……それに、ウルバノもいるっすね」


 昨日抵抗勢力の拠点を襲った青年と、その傍らにいる偉丈夫の姿を見て、アミィが呟く。

 ウルバノは筋骨たくましい上半身を晒しており、胸にはナスカの地上絵で有名なハチドリの絵柄が大きく彫られていた。


 陽一らが車から降りたのを確認するなり、ラーフがつかつかと歩み寄ってきた。


「おい、おっさん! かかってこいや!!」


 ラーフは陽一を見据えながら距離を詰めてくる。

 顔色が悪く、額に汗をにじませているのは、昨日のダメージからまだ回復しきってないせいだろう。

 最初に手刀を受けた腕は骨折でもしたのか、添え木が当てられていた。

 それでもこうやって虚勢を張っていることは褒めてやってもいいかな、と陽一は思った。


「不意打ちじゃなけりゃテメェみてぇなおっさんにオレは――ごはぁっ……!?」


 だからといって、挑発に乗ってやる義理もない。

 腹を押さえてうずくまるラーフの傍らにはアラーナの姿があった。


「悪いが貴様ごとき、ヨーイチ殿が出るまでもないのでな」


 そう、陽一にはアミィを守るという大役があるのだ。

 チンピラの挑発に乗ってそれをおろそかにするつもりはなかった。


「テメ――ごっ……!」


 なんとか身をよじり、アラーナを見上げたラーフだったが、彼女の持つ警棒の末端でこめかみを打たれ、あっさり気絶した。


「な……!? ち、ちくしょう……野郎どもやっちまえー!!」


 アラーナの存在にただならぬものを感じ取ったのか、ウルバノは手下に総攻撃を命じた。


「うおおおおー!」

「死にさらせやぁ!」

「うひょー! いい女がいるぞー!」

「ぶち犯したるわー!!」


 手下どもは口汚い言葉を吐きながら、突出したアラーナに殺到する。


「悪いが話にならんな」


 しかし近づく者はことごとく警棒でなぎ倒されていった。


「ちくしょう、バケモンかよあの女ぁ……!」


 大の男である仲間が木っ端のように軽々と吹っ飛ばされるのを横目に見ながら、多少怯みつつもアラーナを避けてうしろに控える陽一らを狙う者たちもいた。


「ぎゃっ!」

「うげっ!」


 彼らは陽一らに近づく前に、花梨の矢で倒されていく。


「ほわちゃぁ~! アチョー!」


 乱戦が進むなか、シーハンは敵陣内を縦横無尽に駆け回り、必要もないかけ声を上げながら素手で敵を倒し回った。


 ――パンッ! パンッ!


 各所で銃声が響き始める。


 いよいよ敗色濃厚と悟ったのか、連中は拳銃を使い始めた。

 しかし乱戦のなかで銃弾を命中させるというのは至難のわざである。

 それでもなかにはあわやというものもあったが……。


「よっ……ほっ……!」


 自分たちのほうへ飛んでくる弾を、陽一はライオットシールドで受け流した。


「器用なこと、されますのね」

「こういうの、得意なんだよ」


 常時【鑑定+】を展開し、敵意を察知しつつそのあとに放たれた銃弾の弾道を予測すればなんとかなるものなのだ。

 これもセレスタンとの訓練があればこその芸当ではあるが。


「本当に、とんでもない方たちですわね」


 陽一らの戦いぶりを見て呆れながら、シャーロットも拳銃での援護射撃を続けた。


「すげー! アニキも姐さんたちもまじパネェっすよ!!」


 そしてアミィは終始感動しっぱなしだった。


「ぐぐ……ちくしょう……!」


 手下どももほぼ全滅し、残るはウルバノひとりとなったときである。


「みんな! 車の陰に隠れて!!」


 陽一が叫ぶのと同時に、ウルバノはあらぬ方向に駆け出した。


 アラーナたちは陽一の警告に従い、いったんさがってワンボックスの陰に隠れる。


 ――バラララララ!


 それとほぼ同時に、あたりに銃弾がまき散らされた。


「テメェら皆殺しだぁー!」


 隠し持っていた短機関銃サブマシンガンを手に、ウルバノが叫ぶ。


 幸い陽一が事前にウルバノの思考を読んだおかげで、全員車の陰に隠れることができた。

 エドが用意したワンボックスは防弾仕様なので、9ミリパラベラム弾ごとき、何十発撃ち込まれたところでびくともしない。


「こちらであれを使われると面倒だな」


 アラーナが呟く。

 これが異世界なら、魔術なり防具なりでどうとでもしのげるのだが、こちらの世界だとそうはいかない。

 いくら体内に魔力を巡らせて身体を強化できるとはいえ、絶え間なく襲いくる銃弾をはじき返し続けるほど、肉体を頑強にはできないのだ。

 そうなると、秒間10発近く撃てる手数は厄介だった。


「俺が行こう」

「アニキ、大丈夫なんっすか?」


 ナイフを手にした陽一を見て、アミィが不安げに問いかける。


「心配ないよ。花梨、援護頼む」

「オッケー」


 車の陰から陽一が飛び出す。


「蜂の巣にしてやらぁー!!」


 陽一の姿を視界に捉えたウルバノが、引き金を引く。


 ――バラララララ!


 銃弾の雨が襲いかかるも、陽一は【鑑定+】でウルバノの狙いと弾道を予測しながら、それをかわす。

 そうやって陽一に気を取られたスキを狙って、花梨は車の陰から半身を乗り出し、狙いをつけて矢を放った。


「ぐぁっ……!」


 肩を射貫かれたウルバノが仰け反る。


「ふっ……!」


 銃弾の雨が途切れた瞬間を狙って、陽一は距離を詰めた。


「ちくしょぉっ!」


 なんとか態勢を取り戻したウルバノが銃撃を再開するも、陽一はそれを事前に察してかわす。


「――!?」


 なんとか陽一に狙いを戻そうとしたところで間の抜けた音が漏れ、銃撃がやんだ。

 弾切れだ。


「くそっ!」


 弾倉を交換しようとするウルバノだったが、それよりも先に陽一が接近した。


「うおおおお!」


 振り下ろされるナイフを、ウルバノは銃身で受け止めようとした。見るからに貧弱そうな東洋人である。

 ナイフをはじき返し、態勢を整えて近接格闘戦に持ち込めば、勝機はあると考えた。


「ぐぬぁあぁっ!?」


 しかし陽一の攻撃を銃身で受けた瞬間、ウルバノの手首や肘が、ゴキリと鈍い音を立ててあらぬ方向へ曲がる。

 そして短機関銃サブマシンガンも、刃を受けた部分からいびつに切断された。


「な……ぁ……?」


 ウルバノは痛みと混乱と恐怖とが入り交じったような表情を浮かべていた。


「このナイフ、見た目より重いんだ」


 そう告げたあと、陽一はナイフを持っていない左拳でウルバノの側頭部を軽く打った。


「がっ……」


 その一撃で、ウルバノは意識を失った。


「おーい、終わったぞー」


 ウルバノを倒した陽一が、勝利を告げる。


「やべぇ……アニキ、マジかっけぇっす……」


 車の陰から身を乗り出して陽一を見ながら、アミィはうっとりとした表情でそう呟いた。

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