第18話 アミィとお買い物

 セーフハウスのリビングに【帰還】すると、ソファに花梨と実里が身を寄せ合って寝ていた。


「ん……陽一……?」


 陽一の気配を感じ取ったのか、花梨が目を覚ます。


「ふぁ……おかえり」

「おう、ただいま」


 花梨が身体を起こすと、身を寄せていた実里も目を覚ました。


「んぅ……もう、朝……?」


 寝ぼけまなこをこすりながら身体を起こし、周りを見回していた実里の視線が、陽一の姿を捉える。


「あ、陽一さん……おはようございます」


 まだ眠そうな顔のまま、実里は近くのテーブルに置いてあったメガネをかけ、陽一に挨拶をする。


「うん、おはよう」

「ふぁー……! んんっ……もう、いい時間みたいね」


 再びあくびをしながら大きく身体を伸ばし、時計を見た花梨が言う。


「そうだな。ちょっと車だけ置いてくるよ」

「わかったわ。あたしはみんなを起こしてくるね」

「ああ」


 部屋を出た陽一は、そのまま地下駐車場へ行き、周りに人がいないことを確認したうえで魔術を付与したワンボックスを取り出した。


「これでよし」


 魔石はバッテリーと連動して動くようになっているので、この状態で魔力が消費されることはない。


 取り出した自動車が元の駐車スペースに収まっていることを確認した陽一は、部屋に戻った。


「アニキー!」


 部屋に入るなりアミィが抱きついてくる。


「おいおい、どうしたんだよ」


 彼女からは好意に似た憧れを向けられていると感じていたが、昨日の段階でここまで距離は縮まっていなかったはずだと思い、陽一は少し戸惑った。


「アニキ、ゆうべはどこに行ってたんっすか? アタイ、ちょっぴり寂しかったっす」

「ちょっと準備とかいろいろあってな。俺がいなくてもアラーナたちがいただろう?」

「だからちょっぴりって言ったんっすよ」


 抱きついたまま陽一を見上げるアミィの目は、キラキラと輝いていた。


「姐さんたちから、いろいろ聞いたっす! アニキってばやっぱりすげーっす!!」


 どうやら女性陣から話を聞いたことで、彼女の陽一に対する親近感のようなものが高まったらしい。


「なんかよくわからんけど、ありがとな」


 そう言って頭を撫でてやると、アミィは嬉しそうに目を細めた。

 まだあどけなさの残る少女の存在が、かわいらしい妹のように感じられる。

 そんなふたりの様子を温かく見守る女性陣の視線からも、彼女たちが同じように考えているのだと、なんとなく察することができた。


「おはよう、ミスター藤堂」


 寝室から現われたエドの顔色が、随分よくなっていた。


「ありがとう、ミズ・シュウ。おかげでこのところの不調がいっぺんに吹き飛んだようだ」


 調子よさげに肩を回しながら、エドはシーハンに礼を言った。


「どういたしましてやでー」

「しかし、気功の効き目なんてのはプラシーボ効果に毛が生えたようなものだと思っていたが、実際受けてみるとすごいものだな」


 どうやら昨晩、エドはシーハンから気功を使ったなにかしらの施術を受けていたようだ。


「いやいや、実際気功なんてそんなもんやで? うちのが特別なだけや」


 魔力を操るようになったシーハンは、その副産物として気の流れのようなものを以前よりも認識できるようになっていた。

 それで試しに疲れの溜まっていたエドに、気功を意識しつつツボ押しをしてやったところ、驚くほど効果があったのだ。


「にしてもおっちゃん、働き過ぎやで」

「彼女の言うとおりですわ。エドはもう少し下の者に仕事を割り振るべきですわよ」


 元は敵対国家のスパイ同士であるシーハンとシャーロットだが、どうやらそのあたりの確執はもうないようだ。


「ははは……まさか君たちふたりにそんなことを言われるとはなぁ」


 そう言ったエドは、困惑しつつもどこか嬉しそうだった。

 彼はもちろんシーハンの素性を知っている。

 だからこそ、ふたりの意見が合うことに感慨深いものがあるのだろう。


「朝ご飯、どうする?」


 花梨が尋ねてくる。セーフハウスに備蓄していた食料は、昨日食べ尽くしたらしい。


「そうだな……とりあえず監視の目はあんまりないみたいだから、ちょっとくらい買い出しに出てもよさそうだけど」


 カルロが襲撃されラーフが撃退されたことで、オゥラ・タギーゴは守りに力を入れる方向へシフトしたようだ。

 レジスタンスの拠点周りには人を配置し直しているようだが、広範囲の索敵は行なっていないことが、【鑑定+】によって確認できた。


「だったらアタイ、アニキと一緒に買い物したいっす!!」


 まだ陽一に抱きついたままのアミィが、元気よく申し出た。


「そうね。じゃあアミィと陽一にお願いしようかしら」

「えっ、ふたりだけで行くのか?」

「いくら監視の目が少ないからって、人数が増えれば目立つでしょ。ねぇ?」


 最後に花梨は、アミィに向けてウィンクした。


「そ、そうっすよ! アニキとアタイだけで、充分役目ははたせるっす!!」


 ふたりきりになれるとは思っていなかったのか、陽一の腰に回されたアミィの腕に、少し力が加わる。

 緊張を隠しきれない様子が可愛らしくて、陽一は思わず笑みを漏らした。


「そうだな。じゃあ案内してくれるかな、アミィ?」

「おまかせっす!」


 陽一から離れたアミィは、胸の前で拳を握って意気込みを露わにする。


「それじゃ、お願いね」


 花梨たちに見送られながら、陽一は部屋を出た。


○●○●


「んっふっふー、アニキとお買い物っすー」


 アミィは陽一と腕を組んだまま、スキップしそうな勢いで町を歩く。

 魔道具のおかげで目立つことはないが、陽一は少しだけ気恥ずかしい思いをしていた。


「あ、いい感じのパン屋があるんで、適当に買っとくっすよ」

「おう、まかせるよ」


 店に入ったアミィは、レジの前に立った。


「まいどっすー」

「うぉっ? なんだ、客か……」


 店員の男性は、アミィの声に少し驚いたようだった。

 〈認識阻害〉のせいで、声をかけられるまで彼女の存在に気づかなかったのだろう。


「いらっしゃい、なんにする?」

「アニキ、なんにします?」

「なんにしますっていわれても……えっと、食パンとかある?」

「食パン? なんっすか、それ」

「なんていうか、こう、薄くスライスしてトーストして食べるような……」

「ああ、スーパーに行けばあるっすけど、あんま美味くねーし高ぇーっすよ?」

「えっ、そうなの?」

「そりゃそーっすよ。パンはパン屋で買ったほうが安いに決まってるっす」

「そうなのか……じゃあ、その、おまかせで」

「了解っす」


 どうやらパンひとつとっても、この国と日本とでは随分違いがあるようだ。


「それじゃあ、フランセスとチャバタ、あとイェマを……とりあえず5個ずつ」

「あいよ。カラコルが焼きたてだよ」

「じゃあそれも5つ」

「まいどあり」


 レジで支払いを終えたアミィは、レシートをもらって別の窓口へ行く。


「すんませんっすー」

「おおっと、お客さんかい」

「これ、お願いするっす!」

「はいはい、ちょっと待ってな」


 レシートを受け取った別の店員が、パンを紙袋に詰めていく。


「はい、お待たせ」

「ありがとっす」


 販売のシステムも日本と違うな、と思いながら、陽一はパンを受け取って店を出た。


「あっ、このサンドイッチ美味いんっすよ!」


 アミィが示したのは、羊肉のサンドイッチだった。


「じゃあ人数分買っとこうか」


 サンドイッチを購入したふたりは、さらに町を歩く。


「楽しいっすね、アニキー」

「そうだな」


 彼女の言うとおり、ふたりで町を歩くのは存外楽しかった。

 アミィが楽しそうにしているので、自然と陽一にもそれが伝播するのだろう。


 このあとマフィアの隠れ家を襲撃するというのに、こんな穏やかな時間をすごしてもいいのかという思いもないではない。


「でもまぁ、なるようにしかならないか」


 昨夜サマンサに言われたことを思いだした陽一は、とりあえず開き直ることにした。


「なんか言ったっすか?」

「いや、なんでもないよ」

「そっすか。あー、スープもいいっすね」

「おう、美味そうな匂いがしてるな」

「んー、こんなことなら鍋を持ってきたらよかったっす」

「鍋? これでいいか?」

「ど、どっから出したんっすか、アニキ!?」

「いや、こんなこともあろうかと、密かに持ち歩いていたんだよ」

「密かに持ち歩けるような大きさじゃねーと思うんっすけど」

「細かいことは気にするな」

「……そっすね、アニキっすもんね!」


 こうして、穏やかな朝の時間は流れていくのだった。

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