第17話 サマンサとのひととき

 宿を出ると、外は早朝だった。


「いまさらだけど、こっちの時間は日本と同じなんだねぇ」

「言われてみればそうだな」


 いままであまり考えてこなかったが、陽一を基準にこちらとあちらの世界をつないでいるからだろうか。

 もし世界標準時を基準にされていたら、【帰還+】で世界間を行き来するたびに、時差に悩むおそれもあったわけだ。

 そしてあの管理者なら、そういうことをやらかしてもおかしくはない。


(管理人さん、グッジョブです)


 最近めっきり姿を見せなくなった和服の女性に、陽一は心の中で感謝しておいた。


「馬車は……まだ走ってないかな」


 宿からスミス工房までは、結構な距離がある。

 できれば馬車を使いたいが、辻馬車の始発まではまだ時間があった。


「人も少ないし、こいつでいくか」


 そう言って陽一は、【無限収納+】から電動バイクを取り出した。


「おお、いつ見てもかっこいいね」


 陽一が取り出したのは軽二輪タイプの電動バイクだった。

 最大時速は95キロメートル、航続距離は110キロメートルという、電動バイクのなかではかなりハイスペックなものだった。

 倍以上のスペックを誇るクロスカントリー仕様の電動バイクもあったが、価格がひと桁増えるのでそれはやめておいた。

 街乗りにはいまのモデルで充分だし、外を走るなら従来のガソリンで走るタイプのバイクに乗ればいい。


「それじゃ、乗って」

「はーい」


 タンデムシートにまたがったサマンサは、先に乗っていた陽一の腰に抱きつき、身体を密着させた。


「じゃ、いくよ」


 アクセルを回すと、電動バイクは静かに走り始めた。

 このバイクにはすでに各種隠蔽効果が付与されているため、早朝の町を歩く数少ない通行人の目にとまっても、違和感を抱かれることはなかった。


「この町をバイクで走るなんて、変な感じー」

「でも、悪くないだろう?」

「うん!」


 サマンサは、嬉しそうに返事をして、ギュッと身体を押しつけた。


 電動バイクは滑るように町を走り、ふたりはほどなく工房に到着した。


 広い作業場には、作りかけの魔道具や工具類などが散乱していた。

 先日、片づける間も与えずサマンサとシーハンを連れ出したせいだろう。


「このへんに散らばってるやつ、とりあえずまとめて収納しといていいか?」

「いいよー。ついでにメンテナンスもよろしくー」

「了解」


 床に転がっていたものを【無限収納+】に収めた陽一は、できあがった広いスペースに自動車を取り出した。

 エドが用意していたというその自動車は、日本ではあまり見かけないメーカーのもので、少しばかり年式が古く、適度に使い込まれたように見える。


「これに魔術を付与したらいいんだね?」

「おう。〈認識阻害〉だけでいいよ」


 共和国には、日本や米国、シーハンの故国ほど防犯カメラは設置されていなかった。

 しかもその大半はネットワークにつながっていないので、仮にカメラに捉えられたとしても、それほど問題にはならないのだ。


「オッケー。だったら1時間もかからないかなー」

「じゃあそのあいだ、俺は工具類のメンテナンスでもしとくよ」


 さきほどまで床に散乱していた工具類も、【鑑定】すればもともとどこに置かれていたのかは判別できるので、まず陽一は収納済みの工具のメンテナンスを行なった。

 メンテナンスといっても、収納物を思い浮かべて軽く念じるだけの簡単な作業である。


 工具類のメンテナンスを終えたあとは、作りかけの魔道具や失敗作、試作品などを適当に分類して、棚の空いたスペースに置いていく。


 そのほかの工具、設備類も【無限収納+】に収納し、メンテナンスを終えては元の位置に戻す、という作業を繰り返した結果、工房内は見違えるほどきれいになった。


 ただ、それでもまだ30分も経っておらず、サマンサの作業はもう少しかかりそうだった。


「ついでに住居のほうも片づけてくるよ」

「はーい、ありがとー」


 まずは寝具や衣類をきれいにしていく。

 特に衣服や下着類はかなり乱雑に脱ぎ散らかされていたので、まとめて収納し、汚れを分離してクローゼットに戻した。

 なかにはシーハンのものらしい衣類もあったので、彼女がほぼここに住みついていることがわかる。


「なんだか主夫になった気分だなぁ」


 女性ものの下着を片づけながら、陽一は自嘲気味にそう呟く。

 案外悪くない気分だった。


 それから家具や食器なども片づけていく。水回りは意外ときれいだった。


 家中をきれいにして工房に戻ると、サマンサもちょうど作業を終えたところのようだった。


「お待たせー。終わったよー」

「おつかれさん。こっちもちょうど終わったとこだ」

「ありがとね。一応確認してくれる?」

「了解」


 【鑑定+】で自動車を調べたところ、無事〈認識阻害〉効果が発揮されていることがわかった。


「動力には魔石を使ったのか」

「そ。これだけ大きいものだと、そのほうが楽だからね」

「うん、完璧だ。さすがサマンサ」

「んふふー」


 仕事ぶりを褒めてやると、サマンサは嬉しそうに身を寄せてきた。

 陽一は自動車を収納しながら、彼女の頭を撫でてやった。


「ねぇ、もう帰っちゃうの?」

「いや、まだ時間はあるよ」


 こちらで夜が更けるころ、共和国は朝を迎える。

 それまでに帰ればいいので、まだ12時間以上の余裕があった。


「とりあえずなにかあったときに連絡がつくよう、日本には帰っておかなくちゃいけないけど、夜までは一緒にいられるよ」

「ほんとに? やったー!」


 喜ぶサマンサを連れて、陽一は『グランコート2503』へ【帰還】した。


○●○●


「さぁて、作業したら汗かいちゃったし、またシャワーでも浴びようかな」


 リビングに入るなり、サマンサは身体を伸ばしながらそう言った。


「ああ、いいよ。ごゆっくり」

「んふふ、ヨーイチくんも一緒にどう?」

「そうだな。それじゃ遠慮なく」

「へ?」


 サマンサとしてはからかうつもりで言った誘いの言葉だったが、陽一にあっさりと受け入れられ、呆けてしまう。


「どうした?」

「いや、その……やっぱり、ひとりで浴びようかなぁ……」

「なんで? 一緒でよくない?」

「だって、ほら、汗臭いから……」

「それを洗い流そうって話だろ?」

「そうなんだけど……むー……」

「もしかして、恥ずかしいの?」


 陽一が確認するように問いかけると、サマンサの顔がほんのりと赤くなった。


「うー……そうだよぉ……悪い?」

「いや、悪くないけど……俺たちもっと恥ずかしいことしてない?」


 何度も身体を重ね、すべてを見せ合うような仲である。

 それどころか、自分たちが交わる姿をほかの女性に見られることもあった。


「それとこれとは話が違うの! とにかく、ボクはひとりでお風呂場にいくからねっ」


 そう言って踵を返し、歩き始めたサマンサの手を取る。


「えっ?」


 そして彼女を引き寄せながら、お姫様抱っこの要領で抱え上げた。


「やっ、ちょ……ヨーイチくんっ!?」

「そうつれないこというなよ、サマンサ」


 さらに陽一は、自身とサマンサの衣服を【無限収納+】に収めた。


「きゃぁ!?」


 いきなり全裸にされたサマンサは、彼女らしからぬ可愛らしい悲鳴を上げた。

 陽一も同じく全裸になったため、直接肌が触れ合った。


「やだぁ……ベタベタしてるのにぃ……」


 ふたりとも汗はほとんど引いているが、ベタつきは多少残っていた。

 ピタリとくっついた肌から、彼女の柔らかさと体温が伝わってくる。

 作業に集中していたせいか、サマンサの身体は少し火照っていた。


「俺だってまる1日以上風呂に入ってないんだから、ベタベタしてるのはお互い様だよ。サマンサはこうしているの、いやか?」

「……いやじゃ、ないけど」


 彼女はそう言って、陽一の首に腕を回した。


 それからふたりは裸のままリビングを抜けてバスルームに入る。


「ほら、お待たせ」


 バスルームに入った陽一は、サマンサを降ろしてやった。


「うー……」


 しかしサマンサは床に立ったあとも、陽一の首に腕を回して抱きついたまま離れようとしない。


「やっぱり、ちょっと恥ずかしい……」

「しょうがないなぁ……」


 陽一はサマンサに抱きつかれたまま、足で混合水栓のハンドルを操作し、カランから水を出した。

 それがお湯に変わったのを確認すると、手を伸ばしてシャワーヘッドを手に取る。


「わぷっ……!」


 シャワーから出たお湯を頭からかけられたサマンサは、短くうめいた。

 ただ、それでも離れようとしない彼女に陽一は軽く呆れつつ、自分の身体にもシャワーを浴びせる。


(このまま、洗うか……)


 シャワーを止めたあと、【無限収納+】にいくつか収めているボディソープの中身だけを手に取り出した陽一は、それ泡立ててサマンサの背中に撫でつけた。


「んぅ……!」


 ぬるぬると撫でられる感触にうめくサマンサの背中は、どんどん泡に包まれていく。

 首筋や肩なども洗ってやったあと、尻に手を伸ばした。


「んはぁ……ん……!」


 ぷりんと張りのある尻を、ぬるぬると撫でてやると、サマンサの口から艶っぽい息が漏れた。


「さて、向こう向いてくれるか?」

「え……でも……」

「くっついたままだと前が洗えないだろ?」

「へ? いやいやいや……前くらいは、自分で洗うよぉ……!」

「遠慮すんなって。背中向けときゃ、そんなに恥ずかしくないだろ?」

「むー……わかった」


 彼女は恥ずかしげに答えたあと、陽一から離れるなりくるりと背を向けた。

 それからふたりは互いの身体を洗うことを半ば忘れ、行為にふけった。


「えへへ……もう、平気かも」


 一段落ついたところで、彼女は床にへたり込んだまま身をよじり、陽一を見て嬉しそうに笑った。


「そっか。とりあえず、身体洗おうか」

「うん」


 それからあらためて互いの身体を洗い合った陽一とサマンサは、バスルームを出たあと裸のまま寝室へ向かう。

 そしてふたりはベッドに横たわり、抱き合った。

 シャワーを浴びて火照った肌同士の触れ合う感触が、心地よかった。


「サマンサ?」

「……すぅ……すぅ……」


 横になって間もなく、彼女は陽一の胸に顔を埋め、寝息を立て始めた。どうやら少し、疲れていたようだ。


「ふふ、おやすみ」


 すでに眠る彼女に声をかけ、陽一も眠りについた。



 それからしばらくのち、陽一はスマートフォンのアラーム音で目を覚ました。


「ふぁ……もう、時間か」


 陽一が身体を起こすと、サマンサも目覚めたようだった。


「んぅ……あれぇ……もう……?」


 眠そうな顔のまま、ほんの少しだけまぶたを開いたサマンサが、尋ねてきた。


「ああ。ごめんな、あんまり相手してやれなくて」

「ふふ……いいよ。こうやって一緒に寝られたから、ボクは満足だよ」

「そっか」


 ベッドを抜け出した陽一は、服を着て、準備を整えた。

 サマンサはまだ眠そうな目をしていたが、一応上体を起こしていた。

 シーツがはらりとめくれ、小さな膨らみが露わになる。


「それじゃ、気をつけて」

「おう」

「無理、しないでね?」

「ああ、わかってるよ」

「んふふ、いってらっしゃい……ちゅっ」


 最後に軽くキスを交わし、陽一は【帰還+】を発動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る