第4話 トコロテン招集

「坊ちゃん救出のため、なにとぞお力添えを……!」


 そう言って頭を下げる瀬場を前に、陽一は腕を組んで首をひねった。


(さて、どうしたもんかな……)


 チラリと実里を見ると、なんとも複雑な表情を浮かべていた。

 突然のことに頭が追いつかない、というところか。


「実里は……」


 と声をかけようとして、陽一は口をつぐんだ。


 いま彼女にどうしたいかと聞けば、あまり深く考えず"放っておけばいい"と答えるに違いない。

 文也の命よりも、陽一らに迷惑をかけないことに重きをおくだろう。

 しかしその選択は、後悔を伴う恐れがあった。


 実里自身がどうしたいのか?


 その答えを得るには、彼女自身の気持ちを整理するのに、もうしばらく時間が必要だと思われた。


「俺たちふたりだけで決められる問題じゃないな。みんなで相談しよう」

「……そう、ですね」


 陽一の提案に、実里は目を逸らしたまま答えた。


「とりあえず経緯の説明なんかもしてほしいし、瀬場さんも一緒にきてくれ」

「かしこまりました」



 実里と瀬場を連れて『辺境のふるさと』に【帰還】した陽一は、そのままふたりを連れてスミス工房へ向かった。


 瀬場の格好はメイルグラードの町でもそこそこ目立ったが、一見してカトリーヌらの住まう二番街の関係者であろうことがわかるのか、絡んでくる者はなかった。


「あ、ヨーイチくんいらっしゃい」


 工房に着くと、サマンサとシーハンのふたりは、おりよく休憩しているようだった。


「なんや、そのけったいなカッコしたおっさんは」


 初めて見る瀬場の姿に、シーハンが眉をひそめる。


「彼は実里の弟の秘書」

「瀬場と申します」


 丁寧に名乗りをあげる瀬場を見て、シーハンは軽く眉を上げた。


「あー、噂のセバッチャンかいな」

「お、よく知ってたな」

「ま、それくらいはな」

「さすが元スパイ」

「ちょぉ、それやめぇや」


 元スパイ呼ばわりされて苦笑を漏らすシーハンだが、実里を始め陽一や花梨の身辺調査くらいはしているようだった。


「で、どうしたのさ、ヨーイチくん」

「悪いけど一緒にきてくれないか? 緊急事態だ」


 その言葉を受けて互いに顔を見合わせたサマンサとシーハンは、まず陽一に目を向け、続けて実里に視線を移した。

 あいかわらずなんともいえない表情を浮かべる実里の様子になにかを察したのか、ふたたび陽一に向き直ったふたりは、同時に微笑んだ。


「いいよ。作業も一段落ついたしね」

「どっか行くんか?」

「王都のサリス家別邸に行くつもりだ」

「ほなそっちでシャワーとか着替えとか用意してもろたらええか」


 ふたりはすぐに移動しても問題ないようなので、陽一は彼女らも加えて5人で王都サリス家別邸へと【帰還】した。


「それじゃあ、ちょっとアラーナを探しにいくから、ここで待ってて」


 ホームポイントに設定した部屋にみんなを待たせたまま、陽一は部屋を出た。


「あ、義兄にいさま」

「おう、ヘンリーくん」


 部屋を出てすぐのところで、書類の束を抱えたヘンリーに会う。


「今日はおひとりですか?」

「いや、ほかに4人」

「じゃあ、人をやりますね」

「悪いね」

「姉さまでしたら中庭で稽古をしていると思います」

「わかった、ありがとう」

「あ、たぶんそこにヘイゼルがいると思うので、伝えておいてください。君は僕のメイドだろう、と」

「ははは、わかった」


 ヘンリーとの関係も一時にくらべて随分ずいぶん良好になったものだと、我がことながら感心しつつ、陽一は中庭に向かった。


「ふっ……! はぁっ!」


 ヘンリーの言ったとおり、アラーナは中庭で二丁斧槍を手に型稽古をしていた。そしてその傍らには、なにやら熱っぽい視線を姫騎士に送るメイドの姿もあった。


「アラーナ!」


 陽一が声をかけるとアラーナは手を止め、陽一に向かって手を挙げた。


「やぁ、ヨーイチ殿」


 そして陽一に気づいたヘイゼルが、慌てたようにパタパタと駆け寄ってくる。


「ヨーイチさま、ようこそいらっしゃいました」

「こんにちは、ヘイゼルちゃん」


 少しだけ息を乱しながらも流暢りゅうちょうに挨拶をするヘイゼルに、陽一は片手をあげて応える。


「どうした、ヨーイチ殿?」

「ちょっと相談したいことがあってね。花梨は?」

「宰相府だ。迎えにいくなら私もいたほうが早いぞ」

「じゃあ、頼む」


 息の合ったやりとりのあとに歩き始めたふたりを感心したように見ていたヘイゼルは、ふと我に返ってあとに続く。


「あの、宰相府に向かわれるのでしたらお車の用意を……」

「不要だ。そこらへんで拾うよ」


 ヘイゼルの問いに、アラーナは足を止めずに軽く振り返って応える。

 少しだけ落ち込む様子のメイドに、陽一は小さく苦笑を漏らした。


「あー、ヘイゼルちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「お姉ちゃんに君をとられたヘンリーくんがねてるから、早く行ってあげて」

「えっ?」


 陽一の言葉に、ヘイゼルは頬を赤らめる。


「やだ、ヘンリーちゃんったら……」


 うつむき加減にそう呟いたヘイゼルだったが、すぐに顔を上げ、陽一とアラーナを交互に見る。


「あ、あの、ヨーイチさま、お姉さま、失礼します……!」


 そして、それだけ言い残すと、彼女は中庭を抜けて屋敷内へと駆け込んでいった。


「お姉さま、ねぇ……。随分慕われてるじゃん」

「ふむう……以前はお嬢さまと呼ばれていたはずなのだが、気がつけばそうなっていたな」

「訂正はしないの?」

「妹のようでかわいくてな。ほら、私には姉と弟はいるものの、妹はいなかったから」

「そういうもんかね」


 雑談をしながら歩き、屋敷を出て通りに出る。


 少し人通りが増えたあたりでアラーナが手を挙げると、人力車が一台停まった。


「どちらまで?」

「宰相府までたのむ」

「はいよ」


 陽一とアラーナがはこに乗り込むのを確認した車夫は、颯爽と走り始めた。

 〈重量軽減〉〈振動軽減〉〈慣性制御〉といったこちらの世界お決まりの魔術が施された車体を、〈身体強化〉などの支援魔術を自身にかけた車夫がひく人力車は、時速にしておよそ30~40キロメートルで町を走る。

 同じような魔術で強化された馬車に比べれば速度には劣るが、小回りがきくので案外需要があるのだ。


「ここでいい」

「まいどあり」


 30分ほどで宰相府近くに到着する。払いはアラーナがギルドカードで済ませた。


「ヨーイチ殿、こちらだ」


 アラーナに続いて歩くこと数分。ふたりは無事宰相府に到着した。


「宰相つき特別補佐官カリンの護衛アラーナだ」

「いつもお世話になっております」


 アラーナがギルドカードやメイルグラード領民証とは別のカードを提示すると、入り口を守っていた衛兵はにこやかに微笑んでお辞儀をした。

 おそらく、宰相府専用のパスがあるのだろう。


「彼は冒険者として私やカリンと同じパーティーに所属するヨーイチ殿だ。ヨーイチ殿、ギルドカードを」

「あ、うん」

「お預かりいたします」


 陽一のギルドカードを受け取った衛兵は、いったん詰め所に入ったが、すぐに戻ってきた。


「こちらをお持ちください」


 返却されたギルドカードと一緒に、臨時の入場許可証が手渡された。


「お帰りの際にはこちらへお返しくださいませ」

「わかりました」


 門を抜けたふたりは、アラーナが半歩先をいくかたちで並んで歩いた。


「意外とすんなり入れたね」

「私がいたからな。ヨーイチ殿だけならアポイントの確認からになるが、もちろんそんなものはとっていないのだろう?」

「ああ。急ぎだったからな」

「まぁヨーイチ殿なら宰相閣下もすぐに許可を出すとは思うが、タイミング次第では来訪の報せが届くのに時間がかかる場合もあるからな」

「なるほど。じゃあやっぱりアラーナにきてもらって正解だったわけだ」

「そういうことだ」

「んー、でも大丈夫かな?」

「なにがかな?」

「ほら、俺って公的にはメイルグラードにいることになってるわけだろ? その俺が宰相府にくるってのはちょっとまずいような」


 ギルドカードを提示したということは、記録に残るということである。


「なに、そのあたりは宰相閣下がうまくやってくれるさ」


 宰相府の中に入ったあとも何度か入場許可証を提示し、数分歩いたところでロザンナの執務室に到着した。


「宰相閣下、お客さまです」


 職員らしき男性が、ドアをノックし告げる。


「入ってもらって構わんよ」


 ロザンナの返事を受け、職員がドアを開ける。


「宰相閣下、アラーナです」

「うむ、アラーナ、それにヨーイチ殿、よくきた」

「あ、ども」

「えっ、陽一!?」


 どうやら陽一の来訪を事前に知らされていたらしいロザンナは悠然とふたりを迎え入れ、なにも知らされていなかった花梨は驚いて顔を上げた。

 予想よりも狭い執務室には、ロザンナと花梨のふたりがいるだけだった。


 花梨は宰相府から支給された服を着ていた。

 スーツとドレスを合わせたような、シンプルながらもどこか華やかな装いが、活動的な彼女によく似合っている。


「どうしたのよ、急に」

「ちょっと相談したいことがあってね」


 陽一は花梨に軽く手を挙げて応えつつ、ロザンナの前に立つ。


「ロザンナさん、ご無沙汰しています」

「うむ。君の顔を見るのはひと月と少しぶりだが、元気そうでなによりだ」

「それだけが取り柄みたいなもんなので。ロザンナさんもお元気そうで」

「ああ。あれ以来、すこぶる調子がいいのだ」


 少しばかり意味ありげな笑みを浮かべながら下腹を撫でる宰相の姿に、陽一はわずかに笑顔を引きつらせた。


「あー、えっと、それで、その……じつは花梨を少しお返し願いたいのですが」

「ふむ……彼女は非常に有能だからなぁ。できれば片時も手放したくはないのだが」

「陽一、なにかあったの?」


 ロザンナと陽一のあいだに、花梨が割って入る。


「文也くんが南米マフィアに誘拐された」

「ええっ!?」


 端的な説明で状況を理解した花梨は驚きのあまり立ち上がって声を上げた。

 文也のことを知り、かつあちらの世界についての知識をある程度持つアラーナも、いま初めて事情を聞き、目を見開く。


 いまいち事情を飲み込めないロザンナだったが、それでもただならぬ事態が発生している、くらいのことは察することができた。


「あの、ロザンナさん……すみませんが、しばらくお休みをください」


 そう言って一瞬のためらいもなく頭を下げる花梨に、ロザンナはため息をついた。


「トコロテンの活動が最優先、そういう約束だからな」

「ありがとうございます」


 あらためて頭を下げる花梨に微笑みかけたロザンナは、すぐに表情をあらためて陽一を見た。


「私にできることはあるかね?」

「……いえ、あちらの世界のことなので」


 先日メイルグラードで夜をともにし、【健康体β】が付与されたロザンナには、異世界やスキルのことなどを伝えていた。


「そうか。なにかあればいつでも私を頼ってくれ」

「あー、そのことなんですが……じつは今回、急いでこちらにきたので」


 申し訳なさそうに入場許可証を差し出す陽一に、ロザンナは呆れたような笑みを向けた。


「うむ、それは私のほうで処理しておこう」

「お手数をおかけします」


 陽一から入場許可証を受け取ったロザンナは、続けて花梨とアラーナにも目を向けた。


「君たちの退出処理も私がやっておくから、このまま行っていいぞ」

「ありがとうございます!」


 宰相に礼を言いながら、花梨は陽一に駆け寄る。


「宰相閣下、よろしくお願いします」


 続けてアラーナも、陽一に寄り添う。


「それではロザンナさん――」

「ヨーイチ」


 陽一の言葉をさえぎるように、ロザンナは彼の名を呼ぶ。


「また、きてくれ」


 そう言った彼女は、少しだけ寂しそうだった。


「ええ、必ず。次はゆっくり食事でもしましょう」

「うむ、待っているぞ」

「はい。では」


 そして言い終えるなり陽一と花梨、アラーナの3人はその場から消えた。


「まったく、せわしないやつめ……」


 ロザンナは、3人が消えたあとの空間をしばらくのあいだ眺めていた。


――――――――――

コミック版第20話発売しました!

内容的にはカクヨム版第五章1~3話あたりです。

よろしくお願いします!!

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