第2話 実里の実家にごあいさつ
それからひと月ほどで、ロザンナ一行が無事王都に到着したとの連絡があった。
アラーナからの依頼達成がギルド経由で
そしてそのころには、メイルグラード領政およびギルド運営も徐々に落ち着き始めていた。
「長いあいだご苦労だったな。しばらく休んでいいぞ」
自由気ままな異世界生活を満喫するつもりが、気がつけば元の世界でも経験したことのないようなブラック労働を強いられていた陽一は、セレスタンからまとまった休暇をもらえることになった。
「あ、陽一さん」
ギルドを出て『辺境のふるさと』に帰ると、実里が部屋にいた。
「なんだか、久々に会った気がします」
「たしかに」
陽一はこのところ冒険者ギルドと領主の館とを行き来しており、この部屋に帰ってくること自体が少なくなっていた。
実里は魔術士ギルドで働くことが多く、彼女も毎日帰ってくるわけではないので、会うことがほとんどなかったのだ。
「陽一さんがこの時間に帰ってくるなんて、珍しいですね」
たまに帰る日があっても大抵は日付が変わるころで、実里が寝ていることも何度かあった。
陽一が帰れば実里は一応目を覚ますが、お互いに疲れているのでひと言ふた言挨拶を交わしてすぐに寝てしまい、朝起きるころにはどちらかが先に部屋を出ているといった生活だった。
まったく会っていないわけではないが、会話らしい会話はなかった。
「いや、じつは休暇をもらえることになってね」
「あ、わたしもです」
どうやら同じタイミングで実里も休みをもらえたらしい。
偶然というわけではなく、セレスタンとオルタンス、それにフランソワやウィリアムらも含めて、気を使ってくれた結果なのだろう。
「さて、いきなり休みといわれても、なにをしようかな……」
「あの……じつはわたし、陽一さんにお願いしたいことがあって……」
「なに?」
「一度実家に帰って、両親に顔を見せようかなと……」
「お、それじゃあ俺もつき合おうかな」
「え、いいんですか?」
実里としては、陽一に【帰還+】で『グランコート2503』へ送ってもらったら、あとはひとりで実家に帰るつもりだったようだ。
「もちろん。邪魔じゃなければ、だけど」
「全然邪魔じゃないです! ほんとにちょっと顔を見せるくらいのつもりだったので」
「それなら一緒に行こうか。久々にあの町も歩いてみたいし」
「あ、いいですね」
陽一とふたりで南の町を歩く様子を想像したのか、実里は心底嬉しそうに笑った。
「とりあえずサマンサとシーハン、あとギルドにも知らせとこうか」
実里を連れてさきほど出たばかりのギルドに戻った陽一は、数日間連絡が取れなくなることを受付に伝えた。
「つまり、町を出られると?(あらら、今日はミサトちゃんひとりなの? そういえばカリンちゃんとアラーナちゃんは王都に行ったんだったわねー。つまりそのぶん空きがあるってこと? だったら臨時でいいからおねーさんをそこにねじ込んで――)行き先などを知らせておいていただけるとありがたいのですが」
「ああ、いえ、町を出るつもりはないんです」
元の世界へ【帰還】するふたりだが、公的にはメイルグラードからは出ていないことになる。
「ただ、連絡がつかなくなるとだけ」
「はぁ……(それってどういうことよー!? どこかに引きこもってミサトちゃんとしっぽりするってこと? だったらおねーさんも交ぜてぇーっ! ヨーイチくん2号なしじゃ生きていけない身体にした責任をアンタの生ち×ぽで取りなさいよー!!)かしこまりました。ギルドマスターにはそうお伝えしておきます」
「よろしくお願いします」
あちらの世界にいるあいだ、異世界に残るトコロテンのメンバーとはどうあっても連絡が取れなくなる。
もし花梨やアラーナから連絡があったとしても、この
サマンサとシーハンには、ギルドの帰りにスミス工房へ寄ってあちらに帰ることを伝えた。
「うん、ごゆっくりー」
「うちらはこっちで楽しく過ごしてるわー」
ふたりとも魔道具の製作を楽しんでいるようで、実里の里帰りにはとくに興味を示さなかった。
「それじゃ、帰ろっか」
「はい」
スミス工房を出た陽一と実里は、人目につかないところから『グランコート2503』へ【帰還】した。
ギルドやサマンサらへの報告にそこそこ時間をとられたおかげで、すっかり日も暮れてしまう。
「出発は明日にするとして、晩メシはデリバリーでいか」
「ですね」
適当に夕食を済ませたふたりは、軽くシャワーを浴びてほどなく眠りについた。
連日の疲れが残っていたのか、その夜は特になにごともなく更けていった。
○●○●
翌日、朝の少し遅い時間に目を覚ましたふたりは空港へ行き、空路で南の町へ向かった。
現地の空港に降り立った陽一らは、タクシーを拾ってそのまま
「あ、そこで停めてください」
「わかりました」
実里の指示を受け、タクシーは立派な門を構えた屋敷の前で停まった。
「おお、ここが……」
会計を終えてタクシーを降りた陽一は、星川邸の門構えと、その奥に見える日本家屋に感嘆の声を上げる。
「いやー、さすが星川グループトップの住まいだけあって、立派だなぁ」
「アラーナのおうちのほうがすごいと思いますけど?」
「あれは家というか、ほぼ城だからなぁ」
言われてみれば、アラーナの実家であるメイルグラード領主邸宅のほうが立派なのだろうが、あれはあれで現実味がないのだ。
実里がインターホンを押して帰宅を告げると、門が開いたのでそのまま敷地内へ進む。陽一はきっちりと手入れされた庭を楽しみながら、実里のあとに続いた。
「おかえりなさい、実里」
「お母さん、ただいま」
昼というには遅く、といって夕刻ともいえない中途半端な時間に到着したふたりを出迎えたのは、実里の母だった。
「
「あ、どうも。藤堂陽一です」
「ごはん、食べていくわよね?」
「うん。おなかすいたー」
そう言って靴を脱ぎ、玄関を上がってトコトコと歩く娘の姿を、静子は感慨深げに見守っている。
いつも控えめな実里が遠慮なさげに振る舞うさまは、陽一の目にも新鮮だった。
「おじゃまします」
「ええ、どうぞ」
静子に
そこにはすでに実里の義父である
「あ、お
「う、うむ……おかえり」
実里が部屋に入るとちらりと視線をあげた文彦は、娘の言葉を受けるなり慌てて視線を逸らし、ぎこちなく返事をした。
よくみればわずかに頬が紅潮し、こみ上げてくる笑みをかみ殺そうとしているのがわかる。
いまの両親が再婚してしばらく、実里も文彦も互いの距離を測りかねていた。
そしてお互いが歩み寄る前に、文也が凶行に走る。それ以来、実里は表情を見せなくなった。
実里からすれば文也の実父である文彦は忌むべき存在だったが、それを表に出せる精神状態ではなくなっていた。
なので、あまり接触しないよう距離を取っているうちに、多忙な文彦とは義理の家族でありながら他人同士のような間柄になってしまった。
実際、元は赤の他人同士だったので仕方がないと諦めていたところに、例の監禁騒動が起こった。
騒動の終了後に実里から過去のいきさつを聞いた文彦は、大いに後悔した。
もっと実里と話をしていれば、息子の凶行を防げたのではないか。
あるいは、もう少し早い段階で彼女を救出できたのではないか。
『そもそも、私たちが再婚しなければ……』
『そうね……。自分の幸せが、娘の犠牲のうえに成り立っていたなんて……』
静子と何度も話し合い、もし実里が望むなら……文也の父である文彦の顔を見たくないというなら、別れることも辞さない、という覚悟を決めた。
『実里……文也のこと、本当にすまなかった……!』
ある夜の食事の前に、文彦と静子はあらためて実里に謝罪することにした。
『あ、うん。それはもう終わったことなので』
意を決した文彦の謝罪は、あっさりと受け入れられた。
『でも、私たちのせいで、あなたを不幸に……』
『え、わたしいま、幸せだよ?』
こともなげに言う実里に、ふたりは言葉を失う。
『そんなことよりお義父さん、お母さん、ごはん食べないの? 冷めちゃうよ?』
『そんなことよりって、あなた……』
『実里……いま、お義父さんって……』
そんないきさつもあり、星川家はおおむね良好な家族関係を築き上げていた。
「コホン……! んっ、んー……まぁ、その、ゆっくりしていきなさい」
そして、いまだ実里から"お義父さん"と呼ばれるのに慣れていない文彦は、つい嬉しさのあまり口元を歪めてしまった。
ひと昔前なら新聞で顔を隠すような場面だが、不自然にタブレットを持ち上げるわけにもいかない。
文彦は実里に続いて入室した陽一を見ると、表情をごまかすように、口元に手を当ててわざとらしく咳をするのだった。
○●○●
「あら、今日は泊まっていかないの?」
「遠慮しなくていいんだぞ?」
「うん。ちょっとふたりで町を歩きたいから。適当なところに泊まるよ」
静子の用意した食事を終え、しばらく談笑した陽一と実里は、町へ繰り出すことにした。
「そうか……。藤堂くん、娘のこと、よろしく頼む」
「あ、はい。任されました」
陽一との関係について、実里は両親に話していた。彼が複数の女性と関係を持っていることも含めて。
それに対して文彦らに思うところがないわけではない。
しかし自分たちではどうにもできなかった、というより気づくことさえしていなかった問題を解決したのが陽一であり、そのおかげで良好な家族関係を再構築できたことはわかっていた。
それに、ほかの女性たちともいい友人関係を築き上げているようなので、ふたりは実里の交友関係に口をはさまないと決めたのだった。
「それじゃ、もういくね」
「ええ。いつでも帰ってらっしゃい」
「藤堂くんも遠慮せず、な」
「はい。ごちそうさまでした」
挨拶を済ませて外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「せっかくだからラーメン食べよう」
「あ、だったらいいお店知ってます。とんこつでいいですよね?」
「もちろん」
実里おすすめのラーメン店で、陽一は汁がなくなるまで替え玉を繰り返した。
「いやー、食った食った」
「もう、食べ過ぎですよ」
「にしても、あれだけ食ってあの値段はすごいよな」
「まぁ観光客向けのお店じゃないんで、安いですよね」
ラーメンを
「こうやって実里と飲み歩くのなんて、初めてじゃないかな」
「そうですね」
そうやって実里とともに夜の町を堪能した陽一は、ふと見覚えのある場所にたどりついた。
「あれ、ここって……」
それは、初めてふたりが出会ったビジネスホテルだった。
「あの……今夜は、どうします?」
どうやら実里も気づいたらしく、ほんのりと頬を赤らめながら、上目遣いに陽一を見た。
「んー、もっといいホテルはあると思うけど……」
「わたしは、ここでもいいかなって……」
「あー、じゃあ、いこっか」
「……はい」
なんとなく当時を懐かしく思い出したふたりは、目の前のビジネスホテルに入っていった。
それからふたりは、はじめて出会ったときのプレイをなぞるように、夜と、そして朝のひとときをたのしむのだった。
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