第十二章

第1話 宰相閣下の帰還

 視察に来ていたロザンナが王都へ帰るということで、メイルグラードの町はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 公爵にして王国宰相という高位の人物が公式に町を訪問した以上、その歓送迎が派手なものになるのは仕方のないことだ。


 彼女がこの町を訪れた際もやはりお祭り騒ぎになっていたし、帰る日程も決まっていたので、町の住人たちはこの日に合わせていろいろともよおしを準備していた。

 そうすることで多くの人や物、金が動き、町が潤う。

 華美を好まないロザンナだったが、こればかりは仕方がないと受け入れていた。

 このあと王都に帰るまで、立ち寄る町ごとに似たような歓待が起こることに、多少うんざりはしているのだが。


「それではヨーイチ。《な」

「いやぁ、あはは……」


 さんざん搾り取られた先日の夜のことを思い出しながら、陽一よういちは愛想笑いとともに差し出された彼女の手を握り返した。


「まぁ、なんにせよお身体には気をつけて」

「ふふふ……言われなくてもわかっているさ」

「ですよねー……」


 陽一はロザンナに【健康体β】が付与されたのを確認して以降、彼女を【鑑定】していない。

 健康状態が気にならないといえば嘘になるが、それでも【健康体β】がある以上、めったなことにはならないのだ。

 なので、確認は必要ない、と思うようにした。


「では、私は馬車で休んでいるよ。出発まで時間はあるから、ゆっくり話でもしているがいい」


 そう言って馬車へ消えていくロザンナを見送った陽一は、かたわらの女性に目を移した。


「ロザンナさん、なんだかんだで寂しそうね」


 陽一の視線を受け、微笑みながらそう言ったのは花梨かりんだった。

 彼女は見送られる側に立っていた。


「しかし、花梨が補佐官に抜擢ばってきされるとはねぇ」


 今回の視察で花梨の事務処理能力を見たロザンナが、彼女をスカウトした。

 与えられたポストは宰相つき特別補佐官というもので、花梨を雇うために新設されたものだ。


「抜擢だなんて大げさなもんじゃないわよ。言ってみればハケンみたいなものね」


 花梨の所属はあくまでメイルグラード冒険者ギルドであり、臨時雇いの補佐官という立ち位置だ。

 トコロテンでの活動を最優先とし、花梨自身や陽一らパーティーメンバーが要請すれば、いつでも仕事を放棄して王都を去ってもいい、という条件である。


「ヒマなときにちょこちょこっと手伝うってだけの話よ」

「宰相府の仕事をちょこちょこっと手伝うだけ、などと言えるのは、王国広しといえどもカリンくらいのものだろうな」


 花梨の隣で、アラーナが呆れたように言う。


「アラーナも、頼むな」

「うむ」


 臨時雇いとはいえ、正式な官職が与えられる以上、王都へは正規の手続きを踏んで入る必要がある。

 そのため、花梨はロザンナの帰路に同行することとなり、アラーナが護衛として正式に雇われていた。


 【帰還+】でサリス家の別邸に飛び、あとからグリフォン便などを使ったふりをして、適当なアリバイを作るという方法も採れなくはないのだが……。


「せっかくだから、異世界で馬車の旅ってのもオツじゃない?」


 という花梨の意見により、彼女たちはのんびりと王都へ向かうことになったのだった。

 辺境から王都までおよそひと月。これでも行程としてはかなり早いほうだ。


「陽一も来ればいいのに」

「そういうわけにはいかないだろ? こっちはまだまだ忙しいんだから」


 魔物集団暴走スタンピードに魔人襲来、ウィリアムの拘束にパトリック討伐と、なにかと続いたゴタゴタの処理も一段落ついたとはいえ、そのあいだにまった通常業務の処理に町は大わらわといった様子だ。


 それに加えて宰相の視察である。


 ただ町を見物したあと、陽一とセックスをして帰る、というワケにはいかない。

 宰相の目から見れば改善すべき点も多々あるようで、それを受けてさらに業務は加算されたのだった。


 そのタイミングで花梨の引き抜きである。

 ウィリアムとしては勘弁してくれといいたいところだが、宰相の意向に逆らうわけにもいかず、なにより花梨自身が乗り気なこともあり、泣く泣く承知したのだった。


 領地運営はもちろん、各ギルドの業務などで大活躍した花梨の穴埋めは、陽一と実里みさとが行なうことになった。


「あはは、ごめんねー」

「いいよ。王都、いきたいんだろ?」

「まぁね。宰相府で働くって、なんかワクワクするじゃない?」

「ま、わからんでもない」


 ちなみに今日、見送りに来たトコロテンのメンバーは陽一のみだ。

 実里は現在、魔術士ギルドでオルタンスとフランソワのサポートをしている。


「そういえばシーハンは?」

「あいかわらずサマンサのところ」


 意外なところで気が合ったのが、サマンサとシーハンだった。

 さすが女怪盗だけあって手先は器用で、それを好んだサマンサが助手として雇ったのである。


 ただ、なにやらよからぬ魔道具を大量に生み出しているようではあるが……。


「それじゃ、そろそろ行くわね」

「荷物、馬車まで運ぼうか?」


 花梨は手に小さめのトランクをげていた。

 一見すれば1~2泊程度の小旅行に適した大きさだが、〈空間拡張〉や〈重量軽減〉の魔術が付与されており、容量は見た目の数倍、重量は半分以下となっている。

 王都でしばらく生活するための衣類や化粧道具などがぎっしり詰まったそれは、〈重量軽減〉の効果を得てなお、見た目よりはるかに重い。


「べつにいいわよ。あたし、こう見えて力持ちだから」


 花梨は得意げな笑顔を浮かべながら、空いているほうの腕を上げて力こぶを作ってみせる。

 ごく一般的な女性の細腕にしか見えないが、スキルと魔力で強化された彼女の腕なら、大抵たいていの荷物は軽いのだろう。


「そっか。それじゃ気をつけてな」

「ええ。見送り、ありがとね」


 最後に花梨のほうから軽くハグをしてきた。

 抱きつかれた瞬間、涼やかな香水の香りが軽く鼻をくすぐった。


「じゃね」


 かすかな香りを残して陽一から離れた花梨は、少しだけ寂しげな笑みを浮かべ、小さく手を振る。


「おう」


 陽一の返事に花梨はきびすを返し、軽々とトランクを抱えて馬車へと歩いていった。


「アラーナも、気をつけて」


 最後に残ったアラーナとも、別れの挨拶を交わす。


「うむ。花梨はもちろん、宰相閣下もいまやだからな。護衛はまかせてもらおう」

「あはは……」


 意味ありげに微笑むアラーナに、陽一は愛想笑いを返すのだった。

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