宰相閣下の辺境視察 後編

 ロザンナは、トバイアス公爵家の長女としてこの世に生を受けた。


 幼いころから利発で、少し男勝りなところはあったが、やがて公爵令嬢と呼ばれるにふさわしい少女へと成長した。


 13歳のころに、王子を婿として迎え入れた。

 現国王の兄に当たる人物で、5歳年上の線の細い青年だった。

 心優しい男性で、まだ幼い妻を思いやってかロザンナが成人するまでは関係を持たずにいてくれた。


 本来王太子となるべき立場の夫だったが、身体が弱いためにその座を弟に譲ることになった。

 ただ、非常に聡明な人物で、先代の父王や弟である王太子をよく支えた。


 ロザンナが20歳になるころ、先王が心身の衰えを理由に退位し、現国王が即位した。

 夫は弟である国王に請われて宰相となった。


 結婚した当初から、ロザンナはよく夫を補佐していた。

 宰相になってからもそれは続き、彼女の存在もまた、王国内で大きなものとなっていく。


 公爵夫妻があるかぎり王国は安泰である。


 王はことあるごとにそう言って、ロザンナらを褒め称えた。


 しかしもともと病弱だった夫は、宰相職の激務もあってか病に倒れた。ロザンナが25歳のときである。


 それからロザンナは、宰相代理を務めながら、夫の看病にも力をそそいだ。


 倒れた時点で長くて半年と言われていた夫の余命だが、看病の甲斐あってか3年ほど生き延びた。

 もしかすると、自身の持つ宰相としてのすべてを妻に受け継ぐまでは、という最期の気力もあったのかもしれない。


 夫の死後、ロザンナが宰相となることに反対する者はなかった。


 以来20年。彼女は政治の第一線で王国を支え続けている。


「充実していたと思うよ。それでも、ふと虚しくなることがあってね」


 そんなある日、近衛兵の女性たちがなにやら楽しげに話している現場に遭遇した。


 王国の近衛兵は実力よりも家柄や容姿などを重視されることが多い。

 もちろんそれなりの戦闘力はあるし、有事の際には命を賭けて王族を護るわけだが、近衛兵が参戦する時点で負け、という意識が、この国の王侯貴族にはあった。


 そのため、パトリシアのように玉の輿狙いで近衛兵になる女性も少なくない。ひと言で言えば、緩いのだ。


「なにやら楽しげに話しているようだが?」


 それは純粋な興味から出た質問だったが、ロザンナはその鋭い目つきや硬い口調から、誤解されることがよくあった。

 その日も、近衛女子たちは叱られていると思い、縮こまってしまう。


「えっとですね、じつは私たちのあいだで流行ってるものがありましてー」


 しかし中には鈍感な者もおり、そんな兵士のひとりが偶然にもロザンナの真意をくみ取って話し始める。


「ちょっと、あんた……!」

「あの、宰相閣下、なんでもないんです。この娘、ちょっと空気が読めないっていうか、なんていうか」

「えー、そんなことないよー」

「いいからアンタは黙ってて……!」

「それじゃ、私たち、そろそろ任務に」

「まぁ、待て。せっかくだからその流行っているものとやらを教えてくれないかな」


 そこで空気の読めない近衛兵がバッグからとりだしたのが、陽一の肉棒をかたどったディルド『ヨーイチくん2号』だった。


「これ、あのサム・スミスの作品なんですよー。宰相閣下も1回使ってみたらどうですか? きっとやみつきになりますよ!」

「あ、あんたねぇ、閣下になんてものを……!」

「閣下、ウチのバカがほんとにすみません!」

「えー、バカはひどいよー」


 そんな近衛女子たちの姿に、思わず苦笑が漏れる。


「ふふ……いや、気にすることはない。面白い話をありがとう」


 そう言ってその場はなにごともなく離れた。


 しかしその夜、ふとディルドのことが頭をよぎった。


 夫が病弱だったとはいえ、夫婦の営みはあった。

 セックスも、嫌いではなかった。


 しかし夫が宰相職に就いてからはお互いに余裕がなくなり、セックスをすることはほとんどなくなった。

 それでも日々は充実していたので不満はなかったし、夫が病に倒れ、自身が宰相となってからも、国を運営することに生きがいを感じていた。


 しかしあのディルドを目にして、ここ数十年ものあいだ性欲と無縁であることに気づいた。

 そしてあの形を思い浮かべたとき、ぞくり、と股間が疼くのを感じた。


「それで、王国宰相の権限を遺憾なく発揮し、名工サム・スミス作の名品を手に入れたわけだ。あの日彼女が言ったとおり、一発でとりこになってしまったよ」

「あんたバカですか!?」


 宰相となった公爵令嬢の、どこかはかなさを感じさせる激動の半生。

 そんな物語の最後にとんでもないオチが現われたことに、陽一は思わず突っ込んでしまった。


「あ、いや……すみません……」

「ふふふ……気にするな。我ながらバカな話だと思うよ」


 陽一に身を寄せ、クスクスと楽しげに肩を揺らす宰相だったが、ふと笑みを残したまま視線を遠くへ向けた。


「だがな、アレのおかげで私は長らく忘れていた女の悦びを思い出せたような気がするのだ」


 そして彼女の視線が、陽一を捉える。


「今夜、君と交わって、その思いはより強くなったよ。やはり、セックスはいいものだ」


 そう言ったあと、ロザンナは陽一にギュッと抱きつき、彼の身体に顔をうずめた。


「どうせなら、一度くらいは出産を経験してみたかったがな」


 いつものように淡々と吐かれた言葉だったが、どこか寂しげに聞こえたのは気のせいだろうか。


(でも実際、女の人って何歳まで出産できるんだろう?)


 ふと気になった陽一は、【鑑定+】で日本の出産事情を調べてみた。

 そのうえで、失礼と思いつつロザンナの状態を【鑑定】する。


「諦めるのは早いですよ、ロザンナさん」

「ん?」


 陽一の言葉に、ロザンナが顔を上げる。


「俺の故郷だと、出産予定日に満50歳未満なら、不妊治療……えっと、つまり、出産のサポートを受けられるんです」

「50歳……だと? 言っておくが、私はただのヒューマンで、先祖を何代たどってもエルフはいないぞ?」

「俺の故郷だってヒューマンしかいないですよ」


 ロザンナを【鑑定】したところ、彼女は現在48歳で、健康状態に一切の異常はなかった。

 もしかするとなにかしらの異常はあったのかもしれないが、陽一とのセックスで大抵たいていは治ってしまうのだ。


「本気で子供が欲しいんなら、俺が全力でサポートしますよ」


 40代後半での出産はたしかに可能ではあるが、リスクは高くなるだろう。

 できることなら若いうちに出産しておくにこしたことはないのだが、そこはそれぞれ夫婦の事情というものがある。


 48歳のロザンナがこれから相手を捜して子供を作るとなると、出産は50歳近くになるだろう。

 そのぶんさらにリスクは高まるが、陽一には優秀な仲間がいた。


 シャーロット率いる医療チームに、花梨や実里のサポート。

 陽一の血液を輸血すれば大抵の異常は回避できるし、万が一のことがあってもアレクがいる。

 おそらくだが、出産に伴うリスクは限りなくゼロに近づけられるのではないだろうか。


「だから、もしいい人が見つかったら、諦めないで俺に相談してください。ロザンナさんは魅力的な女性だから、引く手あまたですよ」


 ポカンと口を開けて陽一の言葉を聞いていたロザンナの口元に、ほどなく笑みが浮かぶ。


「ふふふ、そうか。私もまだ、子を産めるのか」


 そう呟くと、彼女はむくりと身体を起こした。


「えっと、ロザンナさん……?」


 ゆらりと上体を起こした彼女は、そのまま陽一に覆い被さった。


「君が、助力してくれるのだな?」

「あ、はい……いい人が、見つかれば、ですけど……」

「いい男ならいるではないか」


 陽一を見下ろす女宰相が、妖艶に微笑む。


「私の目の前に」

「へ……?」


 彼女の言葉の意味するところを悟って、陽一は慌てた。


「いや、ちょ……待ってください……俺はっ」

「全力でサポートしてくれるのだろう? なら子種をよこすくらい、どうということはないではないか」

「こ、子種って、あんた、本気か!?」

「ああ、本気だとも。私はお前との子が欲しい。なに、こう見えても私は裕福でな。父親の責務云々は気にするな。君は種だけよこせばいい」

「いやっ、待って! ロザンナさん――ああああああっ!!」


 その日、陽一は朝まで搾り取られた。


○●○●


「えらい目に遭った……」


 朝までセックスにいそしんだ陽一とロザンナは、そのまま彼女の部屋で眠りについた。


 昼過ぎになって目を覚ました陽一の傍らには、彼に寄り添って寝息を立てる女宰相の姿があった。


「この人、まじで子供を産むつもりなのかな?」


 陽一はおそるおそる彼女を【鑑定】したが、さすがに数時間で妊娠が判明するはずもなく、状態はただただ良好とだけ表示された。

 父親の責任は果たさなくていいと言ってくれたことだし、あまり気にしないほうがいいのかもしれない。


「あー」


 ただ、【鑑定+】によって別のことが判明した。


「フラグ、回収しちゃったな……」


 ロザンナに【健康体β】が付与されていた。

 花梨らの予告どおり、ロザンナはめでたく陽一の仲間となったのだった。


 あらためて、ロザンナを見た。


 穏やかな寝顔、触れた肌から伝わる体温や柔らかな感触。

 朝まで行為に及んだせいで室内に漂う、互いの体液が混ざり合った匂い。

 そのすべてが、愛おしく感じられた。

 出会ってそれほど経ってない女性に対して、なぜこれほどの感情をいだくのか、自分でも不思議だった。


「スキルの影響かな?」


 セックスを機に付与される【健康体β】というスキル。

 ただし、セックスだけが条件ではない。

 過去に関係をもちながら、付与されていない女性も多数いるのだ。


 スキルが付与されたから、愛おしいのか、愛おしく思える相手だから、スキルが付与されるのか。


 それについては、いまだ答えが出ていなかった。


「フラグ、か……」


 昨日、花梨らと話したとき、話題にのぼったもうひとりの女性。


「シャーロット……」


 腕の中にロザンナを抱きながらほかの女性の名を呼ぶという、相変わらずデリカシーのかけらもないことをやってのけた陽一は、女宰相の柔肌を堪能しながら、女諜報員のことを考えていた。


 カジノの町で出会い、その後も幾度となく手助けをされ、身体を重ねてきた女性。


 会うたびに距離は縮まっているが、それでも一線を越えることのない彼女が、いつか仲間になる日はくるのだろうか。


「んぅ……ヨーイチ……」


 腕の中でロザンナが身じろぎし、陽一の名を呼ぶ。


「ロザンナさん……?」

「ん……すぅ……すぅ……」


 しかしすぐに彼女は、穏やかな寝息を立て始めた。


「いかんいかん、いくらなんでも節操がないな」


 名を呼ばれ、我に返った陽一は、軽く寝返りを打って彼女と向き合い、そのか細い身体を抱きしめた。


 そしていまくらいは胸の中で眠る彼女のことだけを考えようと思い直し、ふたたび訪れたまどろみに身を委ねるのだった。


――――――――――

これにて幕間は終了。

第十二章は8月から開始予定ですので、しばらくお待ちくださいませ。

【8/1追記】

もうしわけありませんが、書籍版の執筆が手こずっているうえにプライベートでいろいろなことがありまして、しばらく更新作業ができない状態です。

遅くとも9月には再開したいと思いますので、しばらくお待ちくださいませ。


【告知】

本作とはまったく関係ないのですがYouTube始めました。

ドラム関連の動画がメインになるかと思いますので、よろしければどうぞ。

https://www.youtube.com/channel/UCMrWI-Q3d4WKpGRdUAmYaqg

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