宰相閣下の辺境視察 中編

 陽一が呼ばれたのは、領主家の敷地内にある別棟だった。

 そこは一棟まるごと来客用の屋敷になっていて、この町にいるあいだロザンナはそこで過ごしていた。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 メイドは陽一をドアの前まで案内すると、そのまま姿を消してしまった。


 とりあえず陽一は、ドアをノックした。


「あの、陽一ですけど」

「うむ、入りたまえ」

「あ、はい、失礼します」


 ドアを開けて室内を見た陽一は目を見開いた。

 応接室かなにかだと思っていた部屋は寝室だったのだ。


「えっ……!?」


 室内を見回して、彼はさらに驚く。


「どうした、早く入りたまえ」

「あ、はい……」


 戸惑いながらも陽一は部屋に入り、ドアを閉めた。


 カチリ、と自動で鍵がかかる。


「えっと、その……」


 陽一は背中に冷や汗をかきながら、視線を泳がせた。


「そんなところに立っていないで、こちらへきなさい」

「いえ、その……」


 目のやり場に困る。


 部屋の主人である宰相は現在ベッドに腰かけていた。

 ネグリジェ姿で。


 白に近いベージュのネグリジェは高貴な大人の女性が着るにふさわしく、胸元は少しゆったりしてはいるが、それ以外に肌の露出はあまりないものだった。

 それでも布1枚に身を覆われただけなので、その向こうにある肌が透けはしないものの、身体のラインはある程度見て取れた。

 そして、肌の大半が隠れているからこそ、開いた胸元についつい目がいってしまう。

 そこには豊満な乳房が作り出す、見事な谷間があった。


 遠慮がちにではあるが、自身の肢体に向けられた陽一の視線に気づいているだろうロザンナは、終始余裕の表情を浮かべている。

 男の目に気づかないほど鈍感なわけでも、ましてや性に無頓着なわけでもなく、陽一の視線や少し速くなった息遣いなどに気づきながらもそれを受け入れているというふうだった。


「えっと、宰相閣下、本日はお日柄もよく……」

「なにを言っている、もう夜だぞ?」

「いや……ははは……」

「それから、宰相閣下はよせ。できれば名前で呼んで欲しいのだが?」

「ロザンナ……さん……?」

「うむ、それでいい」


 満足げにうなずいたロザンナは、再び陽一に目を向け、手招きする。


「ほら、早くこちらへ。あまり女性を待たせるものではないよ」

「はぁ……」


 陽一は戸惑いつつもロザンナのもとへと歩み寄り、ベッドに腰かける彼女の前に立った。

 ひざまずいたほうがいいのかな、と思っていると、ロザンナは自分の隣をポンポンと叩く。


「さぁ」

「あ……はい……」


 陽一は促されるまま、彼女の隣に座った。

 涼やかな香りが鼻をくすぐる。香水だろうか。


「それで、その……本日はどのようなご用件で……?」


 陽一が問いかけると、ロザンナは露骨に眉をひそめた。


「君はバカなのか?」

「はい?」

「男が女の部屋にきだのだから、やることはひとつだろう」

「ええっ!?」


 宰相の格好や態度からなんとなく想像はしていたものの、あらためて言われると驚いてしまう。


「あの、なんで、また、俺なんかと?」

「君は私の言葉を覚えていないのか?」

「ロザンナさんの……?」

「ああ、そうだ。私は言ったはずだぞ」


 女宰相の目が、妖しく光る。


「いつでもぶち込んでくれたまえ、と」

「はい!?」


 祝賀会の席でヨーイチくん2号の話題になったとき、たしかに彼女はそんなことを言っていた。


「いや、あれは、冗談じゃ?」

「王国宰相が軽々しく冗談など口にするものか」


 彼女の表情を見るに、どうやら本気らしい。


「それとも、私のような年増の相手はいやかな?」


 なにも言えずに彼女を見つめていると、ロザンナは自嘲気味に苦笑を漏らした。


「いえ、その……」

「ふぅ……まぁ、いい」


 彼女は軽くうつむいたあとベッドに乗り、仰向けに寝転がった。


 ゆったりとしたネグリジェの布地が、重力に従って彼女の身体に張りつく。

 ふくよかな乳房の形はより強調され、隠れていたウェストのラインが露わになった。

 ほどよくくびれた腰回りから尻にかけての曲線は、非常に女性的だった。


「もう、何十年ぶりになるかな。作法などはとっくに忘れてしまったので、あとは君に任せるよ」

「いや、えっと……」

「帰りたければ、帰るがいい。無理強いをするつもりはない」


 その声が、どこか寂しげだった。


 せっかくのお誘いを無碍むげにするのも申し訳ない。

 それに、年上の女性に奉仕するというのも、いい経験だと思い直し、陽一は服を脱いで下着姿になった。


「失礼します」


 そして、仰向けになったロザンナに覆い被さる。


「ふふ……近くで見ると、案外男前だな、君は」

「そうですかね? それを言うなら、ロザンナさんだって」


 ひと回り以上の女性ということであまり意識していなかったが、ロザンナの容姿はかなり整っていた。


 淡緑の髪は艶を失っておらず、厚ぼったいまぶたの奥にある赤い瞳からは活力が感じられた。

 目尻や頬に年相応の小ジワは見えるものの、肌はまだ充分に瑞々しさを保っている。


 長く男と縁がないようなことを言っていたわりには、陽一に迫られても動揺することなく、口元には余裕の笑みを浮かべていられるのは、多くの修羅場をくぐり抜けてきたであろう宰相の胆力ゆえか。

 陽一は彼女から、アラーナや花梨たちにはない大人の色香を感じ取っていた。


「キスを、しても?」

「言っただろう、任せると」

「わかりました」


 いつもと勝手が違うことに戸惑い、少なからず緊張しながら、陽一はゆっくりと顔を近づけていく。

 そして鼻が触れ合うかどうかというところで、ロザンナがふっと目を閉じた。

 どちらかといえば目つきの鋭い宰相だが、まぶたを閉じた表情は思っていたよりもたおやかで、陽一の胸が緊張とは別の意味でドクンと高鳴る。


「ん……」


 唇同士が触れあった。


 しっとりとした、柔らかい唇だった。


 陽一が舌を出すと、ロザンナは抵抗なく受け入れた。


 彼女のほうから積極的に攻めてくることはないが、陽一が舌を動かせばそれにうまく応じてくれる。

 されるがまま、というものでもなく、悠然と受け止められているようで、陽一は妙な安心感を覚えた。


 しばらくゆっくりと静かに舌を絡め合ったあと、顔を離した。

 ロザンナのまぶたが薄く開き、口元に笑みが浮かぶ。


「ふふ……こういう口づけも、存外悪くないものだな」


 唾液に濡れた艶やかな唇に、陽一の胸が再び高鳴った。


 ロザンナは薄く微笑んだまま、期待に満ちた眼差しでじっと陽一を見つめている。


 彼女は胸元が大きく開いた長袖のネグリジェに身を包んでいた。

 裾が床をするほど、スカート部分の丈は長い。


 仰向けになっているせいで少し外側に向かって形は崩れているが、それでも充分な膨らみを見せるほど乳房はふくよかだった。

 アラーナほどではないが、花梨やシーハンよりは大きいだろうか。


 ネグリジェの生地に6割ほど覆われた膨らみに、手を置く。


 それからふたりはゆったりとした、静かな行為を堪能した。


○●○●


「もう、終わったのか?」


 ロザンナは上体を少しだけ起こし、身をよじって陽一に目を向けた。

 どこか、責めるような視線だった。


「すみません、いきなり限界がきたもので……」


 恐る恐る陽一が答えると、ロザンナはふっと表情を緩めた。


「ふふ……こらえ性のないやつめ」


 とがめられるのかと思ったが、彼女は呆れたように笑って受け流してくれた。

 しかし、陽一にはふと気になることがあった。


「ロザンナさん、避妊は……?」

「ここ数十年男に縁がなかったのだぞ?」

「え……」


 つまり、避妊はしていないということだ。


「おいおい、この歳だぞ? まだ月のものがきているとはいえ、 そうめったなことなどあるまい」


 ロザンナはそう言って苦笑すると、ごろんと転がって仰向けになった。


「ヨーイチ」


 陽一の名を呼んだロザンナは、自身の隣に空いたスペースをポンポンと叩いた。


「あ、はい……」


 女宰相に促されるまま、陽一は彼女の傍らに寝転がった。


「ふむ、なかなかいい身体をしているな」


 そう言いながらロザンナは陽一の腕を取って頭を乗せ、彼の胸板に腕を回して抱きついた。


「こうして男の腕に抱かれて寝るのは、いつぶりだろうな」


 陽一は寄り添う彼女の身体を、ぐいっと抱き寄せた。


「夫と死に別れて、もう20年近くになるのか……」


 それからロザンナは、ぽつぽつと自身の過去を語り始めた。

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