第12話 辺境への帰還

 翌日、花梨らをメイルグラードへ【帰還】させることになった。


 今回の騒動で正規の手続きを経て王都に入ったのは陽一とアラーナのふたりだけで、ほかのメンバーは王都にいないことになっているのだ。


 花梨らが王都にいることを知っているのはサリス家の一部の者と、宰相ロザンナの関係者のみであり、彼らが口を割るようなことはない。


「で、アマンダも連れて帰るのか?」


 ちらりと視線を向けると、アマンダは実里の陰に隠れるように身を縮めた。

 実里よりも頭ひとつ大きいアマンダはまったく隠れられていなかったのだが、そこは気分の問題というものだろうか。


「ええ。彼女のことは、あたしたちに任せてほしいのよ」

「そっか」


 アマンダについてはいろんな意味で持て余していたので、その申し出はありがたかった。


「じゃあ、行こうか」


 花梨、実里、サマンサ、シーハンが、陽一に寄り添う。アマンダは、あと一歩近づけずにいた。


「おいで」


 そう言って陽一が手を差し出すと、彼女はビクンっと震えてその手を避けるように身を反らした。


「触れてないと、ダメだから」


 遠慮がちに陽一を見たアマンダは恐る恐る手を出し、彼の小指を遠慮がちにつまんだ。

 触れた手は、小刻みに震えていた。


「じゃあ、行こうか」


 次の瞬間には、景色が変わっていた。

 6人は無事、『辺境のふるさと』に【帰還】した。


「へ……?」


 突然の転移にアマンダは驚き、口をポカンと開けて、室内をキョロキョロと見回し始めた。

 その姿がかわいらしくて、思わず見とれてしまう。


「ぅ……」


 しかし我に返ったアマンダは、陽一の視線に気づくなりつまんでいた小指を離し、目を伏せる。

 彼女の仕草に、陽一は少しだけ胸を傷めた。


「あとは、たのむ」

「ええ」


 短いやりとりのあと、陽一は【帰還】をキャンセルして王都に戻った。



 それから数日はなにごともなく過ぎ去り、陽一らも辺境へと帰ることとなった。


 王都を出るウィリアムとパトリシアに、陽一とアラーナが護衛として同行するというかたちを取る。

 もちろん、冒険者ギルドを経由した正式な依頼として、だ。


 中央終端駅セントラルターミナルにて、陽一らは見送り客と対面していた。


「父上、本当に帰るのですか?」

「おう。あとの面倒ごとは任せたぞ、次期当主殿!」


 露骨に不満げな表情を浮かべるヘンリーの肩を、ウィリアムがバシンと叩く。


 本来ならパトリック討伐に関わる報告や手続きなどを、当主であるウィリアムがこなさなくてはならないのだが、彼は体調不良を理由にメイルグラードへの帰還を願い出た。

 ようは"お前らが長いこと謹慎させたせいで鬱憤が溜まっているからさっさと帰らせろ"というわけだ。

 そしてウィリアムを不当な理由で軟禁していた王国側としても、それを受け入れないわけにはいかなかった。


 そんなわけでウィリアムが果たすべき責務を、ヘンリーが肩代わりすることになったのである。


「はぁ……僕はいつになったら故郷に帰れるのだろう……」


 がっくりとうなだれるヘンリーだったが、彼にもサリス家を窮地においやったという罪悪感があるので、父の頼みを断るという選択肢はない。


「あなた、お気をつけて……といっても、アラーナさんとヨーイチさんがいるから、大丈夫ね」


 イザベルやほかの妻たちはヘンリーを補佐するため、王都に残ることとなった。


「ウィリアム殿、後日あらためてメイルグラードを訪ねさせていただく」

「お待ちしておりますぞ、宰相閣下」


 辺境伯への挨拶を終えた宰相が、陽一とアラーナに向き直った。


「ヨーイチ殿、アラーナ殿、また会えることを楽しみにしている」


 軽く挨拶を済ませた陽一らは馬車に乗り込み、王都を離れた。


 それから半日ほどの距離にある、比較的小さな宿場町で馬車を降りた一行は、徒歩で町を出た。


「ねぇ、なんで歩きなの? それに、街道からどんどん離れてるみたいだけど……」


 パトリシアがウィリアムへ、不安げに問いかける。


 辺境伯へ嫁ぐことが決まった彼女は、その立場にふさわしくあろうと丁寧な態度を心がけていたいのだが"パトリシアらしさがなくてつまらん"と言われたので、気安い態度を取っていた。


「さて、そろそろよいと思うが……どうだ、ヨーイチ殿?」

「ええ、問題ないですね」


 ふたりのやりとりに首を傾げるパトリシアに対して、アラーナは呆れたようにため息をつく。


「父上、本当にやるのですか?」

「儂は早く帰りたいのだ! なに、メイルグラードの出入り記録など儂の権限でどうとでもなるわい。王都を出てしまえばこちらのものよ」

「まったく……」


 先の魔物集団暴走スタンピードと魔人襲来を経て、陽一が転移系のスキルを持っていることにウィリアムは気づいていた。

 陽一としても、いまさら隠しても仕方がないと思っていたので、今回かなり大胆に使ってアラーナ以外のメンバーを呼び寄せたのだ。


 そして一刻も早く帰りたいウィリアムは、陽一に転移スキルで送ってくれるよう頼み込んだのだった。


「それでは、俺の手を取ってください」

「うむ!」

「えっと……これで、いいかしら?」


 陽一が両手を差し出すと、ウィリアムはがっちりと、パトリシアは遠慮がちに彼の手を取った。


「まったく……」


 アラーナはため息とともに呟きつつ、陽一に寄り添う。


「では」


 そして、景色が変わる。


「おお、本当に一瞬なのだな!」

「えっ!? なに? えっ? どこっ!?」


 4人が【帰還】した『辺境のふるさと』の一室には、誰もいなかった。ウィリアムを連れて帰ることを事前に話していたので、気を利かせてくれたのだろう。


「なんだアラーナ、このような安宿に泊まっておるのか?」

「どうせ寝るだけですから、これくらいでいいのですよ」

「そういうものか。まぁよい。まずはオルタンスに会いにゆかねばのう」


 娘の常宿から数秒で興味をなくしたウィリアムは、妻のひとりを想ってそわそわし始める。

 そんな父親を、アラーナはじとりとねめつけた。


「それはいいのですが、早く執務に戻ってくださいよ。かなり溜まっているのですから」

「なにを言っておる。移動中の儂が館に姿を見せるのはまずかろう?」

「なっ!?」

「もう少しヴィスタには踏んばってもらおうかのう」

「ち……父上は、最初からそれが狙いで――」

「はて、なんのことやら? さ、いこうか、パトリシア」

「あ、うん」


 それだけ言い残すと、ウィリアムは戸惑うパトリシアの手を取り、軽やかな足取りで部屋を出ていった。


「してやられた……」


 呆気にとられて父と若妻のうしろ姿を見送ったアラーナは、額に手を当ててがっくりとうなだれた。


「なぁ、この町にいないはずの領主が町を歩いて大丈夫なのか?」

「しっかりと認識阻害の魔道具を身に着けていたよ」

「はは……そうなんだ」


 どうやらウィリアムは、最初からサボるつもりだったらしい。


「まぁ、母上も会いたがっていたし、親孝行だと思って手伝いたいところだが……」

「俺たちも公的にはウィリアムさんと移動中なんだよなぁ」

「そうなのだ……。お祖母ばあさまがサポートしているだろうから、ヴィスタも大丈夫だとは思うが」

「とりあえず花梨と実里にも手伝いを頼んでみるよ」

「ああ、すまない」


 ふたりがベッドに腰かけ、ひと息ついたところでドアがノックされた。


「おるかー?」


 シーハンの声だ。


 この部屋に【帰還】するおおよその日時は伝えていたので、あたりをつけてきたのだろう。


「ああ、いまいく」


 立ち上がり部屋のドアを開けると、シーハンは1枚のカードを陽一の前に掲げ、トントンと指で叩いた。


「ここやで」


 彼女が示す先には、3桁の数字が書かれていた。

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