第10話 パトリック討伐の後始末

 パトリック捕縛の報を受け、周辺に控えていた王国軍が、領都ファロンへ一斉になだれ込んだ。

 騎士団長ジャイルズの名で武装解除が通達されたこと、そしてアマンダの魅了も完全に解除されたこともあって、抵抗はまったくなかった。


 パトリックの身柄は辺境伯から宰相に引き渡され、後日処刑された。


「あれだけの騒ぎを起こしておきながら、最期はあっけないものだったよ」


 宰相として処刑に立ち会ったロザンナが、淡々と語る。


 捕縛されたパトリックだが、宰相に引きわたされ、意識を取り戻すころには老人のように老け込んでいたそうだ。

 目を覚ましたところでまともに話すこともできず、みるみるうちに弱っていった。


 放っておけば衰弱死したのだろうが、そこはケジメとして毒を飲ませ、最期は喉をかきむしり、苦しみ抜いて死んだ。

 そういう毒を、飲ませたのだった。


 彼の症状が長年魅了を受けたことによる副作用なのか、一度にすべてを失ったことによる精神的なショックからくるものかは不明だった。

 【鑑定+】で調べればわかることではあるが、陽一はパトリックから完全に興味を失っていたので確認するつもりもなかった。

 憐れで愚かな男が死んだ。ただそれだけのことである。


「で、コルボーン伯爵家は取り潰しとなったわけだが……」


 その結果、伯爵領はいったん王家の直轄地となった。

 のちに優秀な貴族が生まれれば下賜かしされる可能性はあるが、当分先の話だろう。


「なんなら辺境伯が治めてくれてもいいのだぞ?」


 パトリックの捕縛から数日が経ったある日のこと、サリス家の王都別邸にて、ささやかなパーティーが開かれていた。

 その席で、招待客のひとりであるロザンナが、ウィリアムに問いかける。

 彼女は少し酔っているようで、頬がやや赤くなっていた。


「お断りですな、面倒くさいので」


 宰相の問いかけに、辺境伯は肩をすくめる。


わしとしては、パトリック討伐の全権を与えてもらっただけで充分なのですよ」

「本当にそれだけでよいのか?」

「もちろんですとも。ただし、なにがあろうとあとから文句を言うのはナシですぞ?」

「うむ、わかっている。王国宰相の名において誓おう」


 ニヤリと笑ってウィンクするウィリアムに対し、ロザンナはわざとらしく真面目な表情で胸に手を当てて宣言したあと、クスリと笑ってワインをひと口飲んだ。


「ああ、それから、シモンズといったか。有能な者を推挙してくれてありがとう」

「礼ならアラーナに頼みますぞ」


 コルボーン家の取り潰しにより首代の援助を受けられなくなった彼は、できる限りの金をかき集めたうえで、あらためて自分の首を落とすようにと申し出た。

 それで家族の奴隷落ちだけでも見逃して欲しいということだった。


「そうだな。アラーナ殿、よくぞあの者を許してくださった」

「金も首も、不要でしたので」


 アラーナにしてみればはした金をもらったうえに欲しくもない首を差し出されても困るだけである。

 結局ジャイルズはウィリアムの推薦によって、これからなにかと人手が必要になるだろう旧コルボーン伯爵領の治安部隊に配属された。


「あのように地元の土地勘や人脈を持つ者は貴重なのでな。爵位剥奪のうえ一兵卒として雇うことになったが、さすが元騎士団長だけあって、人をまとめるのが巧みなのだ」


(それって平社員に管理職並みの仕事をさせてるってだけじゃないの?)


 その話を聞いた陽一は思ったが、口には出さなかった。


「それで、ご子息はまだ回復されないのか?」

「ええ。とはいえ、大きく健康を損なっているわけでもないので、ほどなく目を覚ますだろうとのことですな」


 ヘンリーは相変わらず寝込んだままだ。陽一の血液を与えてやればすぐにでも回復したのだろうが、主人をかいがいしく世話するヘイゼルが幸せそうだったので、放っておくことにした。


「うう……ぐすん……」


 パーティーが行なわれているホールの片隅から、女性のすすり泣く声が聞こえた。

 その声を耳にしたロザンナが、思わずため息をつく。


「ウィリアム殿、あれはなんとかならんのか?」

「いや……なんというか、その……」


 ホールの隅でうずくまって泣いているのは、近衛兵のパトリシアだった。


 ウィリアムの妻たちに交じって乱痴気騒ぎを起こし、膣痙攣を起こしたあげく花梨とシーハンに尻をいじくり回されるという痴態を晒した彼女は、あの日以来あてがわれた部屋にこもって塞ぎ込んでいた。

 近衛兵の宿舎に帰ることは彼女が拒んだので、一室貸し与えていたのだ。


「ちょっとは元気になったと思ったんですけどねぇ」


 イザベル夫人が困ったように呟く。

 夫人の説得に応じて今日のパーティーに出席したパトリシアだったが、ウィリアムの顔を見るなり逃げだし、ホールの隅でうずくまってしまったのだった。


「おい、いい加減に機嫌を直してはくれんか?」


 パトリシアに歩み寄り、できるだけ優しく声をかけながら、ウィリアムは壁に向かってうずくまる彼女の肩に、そっと手を置こうとした。


「あっちいってよ!!」


 しかしパトリシアは、背を向けたまま辺境伯の手を振り払う。


「私の純潔を奪っといて……!!」

「奪うとは失礼な。あのときはお主も合意していたではないか」

「う、うるさい……うぅ……」


 怒りによって少しは元気が出たように見えた彼女だったが、再び背中を丸めた。


「あんな姿……見られた……センパイに……知らない人にも……ぐすん……もう、お嫁にいけないよぉ……」

「そうか。なら儂がもらってやろう」

「……え?」


 ウィリアムの言葉に、パトリシアはポカンと口を開けて振り返った。


「もらう……私を……?」

「おう、そうだとも。嫁のもらい手がないというなら、儂のところへくればいい」


 言いながらウィリアムは彼女の傍らにしゃがみ込み、優しく肩に手を置いた。

 今度は、振り払われなかった。


「結婚……するの?」

「そうなるな」

「私が? 辺境伯と……?」

「おう。不満か?」

「不満……? 辺境伯、夫人が……?」


 そこまで言って、パトリシアはふるふると激しく首を横に振った。


 今回コルボーン伯爵家が取り潰しになったことで、曖昧だった辺境伯の地位は侯爵に並ぶものと目されることになった。

 貴族としては、王族を除いて最高位と同等、ということになる。


「あの……その……」


 パトリシアは平民の出だった。

 同年代の女子たちが恋に遊びにうつつを抜かしているあいだ、彼女は死ぬ思いで努力をし、近衛兵になった。

 そうまでして彼女が得たかったのは、強さでも地位でもなく、縁だった。

 近衛兵には上位貴族の子弟が多く、王族の目にもとまりやすいので、あわよくば玉の輿に乗れるかもしれない、という希望を持っていた。


「辺境伯夫人……」


 パトリシアはかみしめるように、もう一度呟いた。


 このうえない玉の輿である。

 しかも彼女は、恥ずかしい目に遭いはしたものの、ウィリアムとのセックス自体はとてもよかったと思っていた。


「……よろしく、お願いします」


 断る理由はなかった。


「うむ!」

「きゃぁっ!?」


 笑顔で頷いたウィリアムは、パトリシアを抱え上げた。

 驚きの声をあげた彼女だったが、すぐに辺境伯へと身を預けた。


「みなの者聞けぃ! 今宵こよい儂は、このパトリシアをめとることにした!!」


 ウィリアムがそう宣言すると、しばらくの静寂ののち、拍手が沸き起こった。

 その場にいたほとんどの者が半ば呆れてはいたが、おおむね好意的に受け止められたようだ。


「しかしパトリシアよ、お主あの日は初めてだったのか?」

「えっと、はい……」


 ウィリアムの隣に座ったパトリシアが、身を縮めながら答える。


「しかし、そのわりにはすんなりことが運んだではないか」

「ちょ、ちょっと!」


 パトリシアは顔を真っ赤にしながら、ウィリアムの腕をパシパシと叩いた。


「おう、すまんすまん。しかしここには親しい者しかおらんし、そう恥ずかしがるでない」


 この場にはウィリアムとパトリシアのほかには、トコロテンのメンバーとイザベルを含む夫人が3名、ロザンナ、そして給仕や執事が数名いるのみだった。


「親しいとはいえ、娘に聞かせる話ではないでしょうに……」


 ウィリアムとパトリシアのやりとりに、アラーナは心底げんなりした様子でため息をつく。

 その隣では、ロザンナが苦笑を漏らしていた。


「私もいるのだがなぁ……ふふ」


 トコロテンのメンバーはウィリアムの親戚のようなものなので、赤の他人といえばロザンナとパトリシアだけだった。

 そのパトリシアも、非公式にではあるが、サリス家の一員となった。


 ロザンナは護衛を連れてはいたが、外に控えさせていた。

 その護衛も、近衛兵ではなくトバイアス公爵家の私兵である。

 もし例の先輩近衛兵がいれば、パトリシアはこの場に来なかっただろう。


「えっと、その……じつは、近衛女子のあいだで流行っているものがあって」


 少し落ち着いたところで、パトリシアが話し始めた。


(いや、近衛女子ってなんだよ。っていうか、嫌な予感がするんだけど……)

「あのサム・スミスが作った張型ディルドで……」

(やっぱりそれかよ!)

「ヨーイチくん2号か」


 そこへロザンナが口をはさむ。


「ご存じなんですか!?」

「うむ、あれはいいものだ」

(ってか、宰相閣下まで!?)


 ふたりのやりとりに、陽一は冷や汗が吹き出るのを感じた。


「夫を亡くして随分経つが、宰相ともなれば下手な男と交わるわけにもいかんのでな。あれには何度も慰められたものだ……」


 しみじみと語る王国宰相は、どうやら随分酔っているようだった。


「最近はわたくしも愛用しておりますわ」


 続くイザベルの告白に、陽一は思わず吹き出しそうになった。


「おお、お前がたまに使っておるアレがそうか!!」

「はい、そうですよ。アレをお尻に入れて、あなたのを受け入れると、それはもう……」


 どうやら辺境伯夫妻のプレイにも役立っているようだ。


「宰相閣下に辺境伯まで……さすが名工サム・スミス……」

「んふー、すごいだろー!」


 パトリシアの呟きに、それまで食事に集中していたサマンサが胸を反らす。


「「え?」」


 ロザンナとパトリシアが同時に声を上げ、サマンサを見る。


「えっと、どういうことかしら?」

「ボクのヨーイチくん2号はすごいだろ、ってことさ!」

「待って……えっと、女の子……?」

「むむ……そういえば、このところサム・スミスはトコロテンと行動をともにすることが多いと聞いていたが」

「そんな、じゃあ……あなたが、サム・スミスだっていうの?」

「そだよー」


 あっさりと肯定したサマンサに、あらためてふたりは驚きの表情を浮かべる。


「あ……あの……!」


 そしてほどなく気を取り直したパトリシアは、慌てて懐に手を入れた。


「これ……サイン、お願いします!!」


 そしてディルドを取り出し、サマンサに差し出した。


「うん、いいよー」


 サマンサがディルドに手をかざすと、彼女の銘が刻まれていく。


「あ、ありがとうございます! 一生の宝物です!!」


 パトリシアはディルドを胸に抱き、涙を浮かべて頭を下げる。


「あらいいわねー。わたくしもあとでお願いしようかしら」

「いいよー。持ってきてくれたらサインなんていくらでもするからね」

「む。では私も家に使いをよこして持ってきてもらうかな」

「おっけーおっけー。いつでもどうぞー」


 そのやりとりを見て、陽一は思わず立ち上がった。


「いやアンタらおかしいだろうが!! 食事の席でなんの話してんだよ!?」


 全員の視線を受けながらも、陽一はパトリシアを指さす。


「特に君だよ君!! なんでそんなもん持ち歩いてんの!?」

「あら、そんなの私の勝手でしょ? 誰だか知らないけど、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ!!」

「いやー、筋合いはあるかもねー」


 割って入ったサマンサの言葉によって、今度は彼女に注目が集まる。


「だってそれ――」

「わー! サマンサ、いい! もういいから黙って!!」

「むぐぐ……」


 慌ててサマンサの口を塞いだ陽一は、あらためてパトリシアを見た。


「その、すまん。さっきの忘れてくれ! そうだよな。君がなにをどうしようが、君の勝手だよな」

「それは、そうだけど……彼女、何を言おうとしたの? 気になるから手を離しなさいよ」

「いいからいいから! 気にするなよ。な?」

「ふむ、そういうことか」


 そこで、ロザンナがなにかを思いついたように手を打った。


「トコロテンのリーダーの名は、たしかヨーイチ・トードー……」

「えっ、ヨーイチ? それってもしかして」


 パトリシアが、胸に抱いたディルドと陽一を交互に見る。


「いや、それと俺を交互に見るなって!」

「ふむ……やはりそういうことだったか」

「宰相さんも納得しないでくださいよ!!」

「うふふ……わたくしは知っておりましたよ? アレを挿れていると、なんだかアラーナちゃんと距離が近くなったたようで嬉しいのよねぇ」

「ちょっと、奥さま……!」


 イザベルの妙な告白に、アラーナが複雑な表情を浮かべる。


「むむ……つまりヨーイチのアレが、儂の代わりにイザベルを……?」

「いや……それは」


 腕を組んでうなっていたウィリアムが、顔を上げるなりにっこりと笑った。


「それはよいのぅ!!」

「はい?」

「うむ、どうせならヨーイチよ、一度儂らに交ざらんか?」

「いやおっさんなに言ってんだよ!!」

「あらぁ、生ヨーイチさんって素敵ねぇ」

「まぁ……悪くないかもしれないわね……」

「父上! 奥さま! それはダメだ!!」

「それで、冒険者ギルドにいくら払えば君をひと晩借りられるのかね?」

「そんな依頼、受けませんからね!?」

「すごいなヤンイー! 宰相×××にぶち込むチャンスやでぇ!!」

「シーハン、失礼なことを――」

「うむ、いつでもぶち込んでくれたまえ」

「――いやアンタもノるなよ!!」

「ねぇ陽一、いい機会だしウィリアムさんに交ぜてもらいなよ……ハァ……ハァ……」

「いや花梨、お前絶対別の意味で言ってるよな?」

「あの、陽一さん……その、なんていうか……」

「いいから! 無理になにか言おうとしなくていいからな、実里?」


 そうやってしばらく続いたバカ騒ぎは、ノックの音で中断される。


「失礼します、お客様が目を覚まされましたので、お連れしました」


 執事が扉を開けると、黒髪の褐色美女がホールに入ってきた。


「アマンダ……」


 陽一に名を呼ばれたアマンダは、嬉しそうに微笑んだ。

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