第5話 領都ファロンへの道
コルボーン伯爵領の中部東端に位置する領都ファロンは、東にそそりたつ険しい山を背に発展した町である。
農業に適さない乾いた荒野は一面に背の低い草木が生えており、死の荒野のような岩石砂漠とまではいかないが、不毛の地と呼んで差し障りなかった。
それでも、領内の各所に水脈があり、コルボーン家はそれらを中心とした交易都市を多数抱えていた。
ファロンは西に向かって大きく開けている。
普段は眠っているそれらの罠も、有事の際には領都内の施設から起動できる。
そして、町を取り囲む市壁にも多くの迎撃用魔法陣が設置され、壁に取りついての侵入も困難だった。
さらには結界や
ここを攻める方法は、犠牲を
内部の裏切りを誘うという手もあるが、今回に限ってはアマンダがいるので、それも難しい。
「さて、いよいよ作戦開始ってことだけど」
トコロテンが依頼を受けて数日が経過し、パトリックは無事に、というべきか、領都に帰還していた。
どうやら途中でグリフォン便に乗り換えたようで、彼の帰着はロザンナの予想より少し早かった。
陽一の【鑑定+】を駆使すれば彼の居場所を特定することはたやすく、勇者の素質を持つ冒険者を中心に小隊を組めば、アマンダの魅了に
ただし、先述したとおりコルボーン家は領都ファロンに自爆装置のようなものを仕掛けている。
地下水道を利用し、各所に崩落を
コルボーン家当主はそれを任意に発動でき、さらに死ねば自動で起動するようにもなっていた。
パトリックが領都に戻る前に解除する、という方法もあったのだが、それに気づいた時点でパトリックより先にファロンへ到着できる手段がなかった。
ゆえに、陽一らはパトリックが領都に帰還するのを待ち、ファロンの市壁を遠くに見ながら、その前にひろがる荒野に立っていたのだった。
草木も眠る丑三つ時。
異世界においても活動する人の数がもっとも少ない時刻であり、彼らの頭上には雲ひとつない空に満天の星が広がっていた。
「こんなに遠くまで、地雷設置してんのな。しかもめちゃくちゃ広い範囲で」
10万の軍を展開できそうなほどの広い範囲に、ところ狭しと魔法陣が埋設されている。
炎が吹き出したり、突風が吹いたり、落とし穴ができたり、毒霧が発生したり、対象を弱体化したりと、効果は本当にさまざまで、しかもそれらが見えないように隠蔽されているのだ。
そして現在、すべての魔法陣が稼働状態にあった。
「それじゃあみんな、まずはこれをかけようか」
サマンサが全員に眼鏡を渡していく。
「おお、見えるぞ!」
メガネをかけたアラーナが、地面を見て感嘆の声を上げた。
「ふっふっふっすごいだろー!」
そのメガネは隠蔽効果を低減しつつ、稼働中の魔法陣が発する微弱な魔力を視覚化できる機能を持つものだった。
おかげで、どこに魔法陣が埋設されているのかが一目瞭然となる。
「にしても、ホンマびっしり敷き詰めとんなぁ」
シーハンの言うとおり魔法陣はほぼ隙間なく、ところどころは重なるように描かれているため、見えるようになったからといって避けながら進めるものではなかった。
「そこでアレの出番ってワケさ、ヨーイチくん」
ちなみにサマンサだけは、いつも頭にかけているゴーグルを使っている。
「おう」
サマンサに声をかけられた陽一は、先日作成した銃弾と矢を【無限収納+】から取り出した。
「この矢を魔法陣の中心に
「だね」
銃弾と鏃には、これらの地雷を無効化する魔法陣が刻まれている。
それさえあればこの地雷原を乗り越えることは可能なのだが、刻まれている術式がかなり複雑なため、込める魔力が膨大なものになってしまうのが難点といえば難点だった。
ある程度高い能力の魔術士が、1日に1発撃てるかどうか、というほどに。
しかも、さきほどのメガネもかけているだけでどんどん魔力を消費するので、併用はほぼ不可能である。
「俺たち以外にはできない作戦だよな」
「これを軍所属の魔術士が使えるレベルにまで改良するのは無理だね。できなくはないけど、やりたくはないかな」
かなり複雑な術式なので、武器などに付与できるのはサマンサくらいのものだろう。
それを量産できるように簡略化しつつ、消費魔力を抑える。
実現するのにいったいどれだけの時間と労力がかかるのか、考えるだけで気分が滅入ってくる話だった。
今回はコストを度外視しつつ作戦に必要なぶんだけを用意したので間に合ったに過ぎないのだ。
「じゃあ、始めようか」
陽一と花梨が、それぞれ魔法陣の中心をめがけて銃弾と矢を放つ。
陽一は【鑑定+】があるのでメガネをかける必要はないといえばないが、スキルで魔法陣の位置を確認しつつ、狙いを定めて中心を撃ち抜くというのは骨が折れる作業だ。
なので、魔法陣の目視はメガネに頼り、【鑑定+】は狙いを定めることにだけ使っている。
照準さえ決めてしまえば、あとは銃口をどういう角度に向ければいいのかは、スキルが教えてくれるのだ。
――バスッ……バスッ……
乾いた破裂音が、夜の荒野に溶け込んでいく。
銃本体に付与した魔術のおかげで、銃声は驚くほど小さい。
遮蔽物のない荒野でのこと、なんの対策もしていなければ銃声は町まで届いていただろう。
「やっ……! はっ……!」
銃を撃つ陽一の隣では、花梨が弓に矢を
今回はいつものコンパウンドボウではなく、滑車のついていないリカーヴボウを使用していた。
威力、射程、命中精度と、ほぼすべての点で優れているコンパウンドボウだが、なんといっても大きいし、今回は比較的近距離を狙うので、取り回しのいいリカーヴボウを選んだのだった。
「いやぁ、うちもいろんな武器使えるけど、弓矢だけは
「ありがたいことに、あたしにはスキルがあるのよっ、と……」
もともとアーチェリーをたしなんでいた花梨は、異世界に来ることで【弓術】というスキルを習得していた。
そのおかげで威力や射程、命中精度に補正がかかっているのだが、彼女の弓の腕がたしかなのはスキルのおかげ、というだけではない。
「でも、こっちに来てからかなり腕を上げたよね? 花梨がいつもがんばってるの、わたし知ってるよ」
「大したこと、ないわよ……それっ!」
陽一がセレスタンのもとで修行をして戦闘術を会得したように、花梨もアラーナの祖母フランソワのもとで訓練をし、こちらにきた直後とは比べものにならないほど弓術の腕を上げていた。
「ふふ、そう謙遜するな。世界広しといえど、カリンに敵う弓の使い手など、片手で足りる程度だろうな」
「でも、フランさまには全然敵わないわ……よっ……!」
「それは比べる相手を間違えているな」
陽一の銃弾や花梨の矢を受けた魔法陣は、少し強く光ったあと地面に溶け込むように消えていった。
ただ、隠蔽の効果があるおかげで、夜でもその光を肉眼で見ることはできない。
「言っておくけど今回ボクが作った鏃、魔道具としてはともかく武器としての出来はあんまりよくないからね。それを近距離とはいえバンバン当ててるカリンは、やっぱりすごいよ」
「あらそう? じゃあ素直に喜んでおこうかしらっ……と!」
気ままに会話をしながら荒野を進むトコロテンのメンバーは、全員が〈認識阻害〉や〈視覚偽装〉など、各種隠蔽効果のある魔道具を身に着けていた。
これもコスト度外視で作られたサマンサの特別製で、効果も高ければ消費魔力も高いものだ。
なので、仮に彼らのすぐ近くに人がいて、最悪すれ違ったとしても、気づかれることはないだろう。
「よし、ここまで来られたな」
およそ1時間かけて荒野を越えると、少し先には南北に延びる高い市壁が見えた。
「次はここを越えるわけだが」
その手前に、広く、深い堀があった。
正門の前には跳ね橋があるようだが、いまは警戒態勢をとっているせいか上げられたままだった。
堀には水がたたえられ、水中に蠢く不穏な影を月明かりの下でも確認できた。
陽一らトコロテンの6人は、南北に延びる市壁中央の正門から、かなり南に到着していた。
行く手を阻む外堀は幅200メートルほどで、いくら異世界人が魔力をもって身体強化できるからといって、ジャンプでどうにかできる距離ではない。
「魔術でも飛び越えられないんですよね」
実里の呟きに陽一が
飛翔系や風系の魔術を使えば距離的には越えられるが、この外堀には魔力を感知して迎撃する魔道具が各所に設置されていた。
そして彼らが身に着けているような隠蔽効果のある魔道具は、強い魔力反応を隠すのには向いていない。
人から自然に漏れ出る魔力と魔道具自身が発するものはごまかせるが、さすがに魔術を発動するとなると感知されてしまうのだ。
また、ここまで魔法陣を破壊してきたような作戦も採れない。
というのも、荒野にばらまかれた地雷のような魔法陣と違って、ここから先の迎撃システムは町の防衛機構と連動しているので、破壊すればそれが相手に知られてしまうのだ。
「ロープを張ってもバレるわけだし」
たとえば花梨の弓を使って対岸にロープを渡し、それを伝って堀を越えるという方法なら、迎撃システムの魔力センサーには引っかからない。
だが、外堀内側の壁や、周辺の地面には物理的な接触を感知する魔法陣が張り巡らされていた。
「ボクならバレずに無力化できるけど、正直言って対岸のは無理だね」
陽一らが立っている場所にも本来その手の魔法陣はあるのだが、それはサマンサ自ら解析し、相手に悟られない方法で無力化している。
これをやるにはサマンサ自身が数センチのところまで近づく必要があるので、対岸にある魔法陣を無力化することはほとんど不可能と言ってよかった。
地道に内側の魔法陣を無力化しつつ降りて、水の張られた堀を泳いで渡り、反対側も地道に無力化しながらのぼる、という方法もとれなくはないが、それだと対岸に着くころには朝を迎えてしまうだろう。
それに、堀には凶暴な水棲の魔物が放流されているので、それらとの戦闘で相手に気づかれる恐れもあった。
そういった探知系の魔法陣や魔物の存在のせいで、魔術などで水面を凍らせて渡るというのも不可能だ。
「物理的な方法で空飛んだら、バレへんのやったな」
物理的な飛翔となれば、まず思い浮かぶのがグリフォンなどの飛行可能な魔物だろう。
しかし魔物というのはその一挙手一投足に魔力を使っており、体外に漏れる魔力は人の比ではない。
「グリフォンの飛翔など、魔術を使っているようなものだからな」
筋骨たくましいあの巨体を鷲の翼だけで浮かせることは不可能であり、ワイバーンなども含めた飛行系の魔物が空を飛ぶにはじつは大量の魔力が必要なのだった。
そしてそんなものは、すぐセンサーに引っかかってしまうのだ。
この外堀をいかにして越えるか。
その知恵を借りるため、陽一はシャーロットに相談を持ちかけたのだ。
まさかエドとマーカスまで引っぱり出すことになるとは思いもよらなかったが。
『なるほど、
『近づきさえすれば、センサーは無効化できるんだよな? だったらホバリングできるものがいいわけだ』
『しかし、ファンタジー世界にこちらの道具を持っていけるとは、妙な作品を考えたものだな、ミスター藤堂』
『そういうのが流行ってるんですよ、エド。流行りというか、もう定番化したのかな?』
『ふむう、そういうものか……。とにかく、物理的な手段で200メートルの堀を越えなくてはならんのだな? ヘリじゃダメなのか?』
『ヘリはさすがにうるさすぎるでしょう。俺ならパッセンジャー・ドローンを使いますかね』
『あれもかなりうるさいだろう?』
『そういうのは魔法でなんとかなるもんですよ。なぁ、ヨーイチ?』
『ええ、まぁ』
『それはなんというか、都合がよすぎはしないか?』
『いいんですよ、細かいことは。なんといったかな……そうだ、ゴツゴーシュギ! だよな?』
『あはは、よくご存じで』
『なんだそれは……。だったら、やはりヘリでいいじゃないか』
『だめですよ、エド。それじゃあ面白みがない』
「というわけで、こいつの出番だ」
そう言って陽一が【無限収納+】から取り出したのは、巨大なドローンだった。
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