第4話 機材の調達とそのおかえし

 領都潜入に必要な機材はかなり特殊なものだったが、用意する数が少ないため半日ほどで調達が終わった。


「しかし、あんなものをこの短時間でよく手に入れられたな」


 現在ふたりは、陽一がホームポイントに設定している倉庫街近くのモーテルにいた。

 機材のひとつが少し離れた場所にあり、飛行機で移動したあと【帰還】したからだ。


「昔取った杵柄きねづかですわね」


 備えつけのソファに腰かけたシャーロットはそう答えてカップを手に取り、コーヒーをひと口すすった。


「もちろんエドの、ですけれど」


 カップをテーブルに戻しながら、補足する。

 自嘲気味な口調だったが、表情はどこか誇らしげだった。

 元情報局員となれば、いろいろと伝手つてがあるのだろう。


「あ、そうだ、今回の報酬だけど」


 【無限収納+】から、いくつかのアクセサリーを取り出す。

 それらは〈意思疎通〉〈認識阻害〉〈視覚偽装〉〈感覚強化〉などの効果を持つ魔道具だった。


「似たような効果のものをすでにいただいておりますけど?」

「いや、これはサマンサの新作でね。わざわざ異世界で魔力を補充しなくてもいいものなんだよ」


 これまでシャーロットに渡していたものは、魔道具自体に魔力を貯められるものだった。

 ただ、魔力の存在しないこちらの世界で一定期間使うと、電池切れのように魔力が枯渇し、効果がなくなってしまうのだ。そのため陽一は、ときどき魔力を充填したものと交換してやっていた。


 対して今回用意したものは、使用者の魔力を強制的に吸い出して魔道具に補給する、という術式が施されていた。


「それは便利かも知れませんけれど、わたくしってどれほどの魔力を保有してますの?」


 シャーロットは魔物集団暴走スタンピードの際、陽一に請われて異世界を訪れている。

 そのときに魔力酔いを発症したのだが、それによって魔力が身体になじんだのだ。

 さらにそのあと魔力酔い緩和のために陽一とセックスをし、精液とともに大量の魔力を注ぎ込まれたことで、保有魔力量は激増していた。


「異世界の一流魔術士並みにはあるかな」

「……と、いわれましても」

「あー、いまの状態だと、今回渡す魔道具を全部装備して、半年はつってくらいだ」


 本来であれば魔力の存在しないこの世界では、体内の魔力が漏れ出てしまう。

 しかし陽一とともに世界を行き来したことで彼女は【世渡上手よわたりじようず】というスキルを得ており、そのおかげで魔力を体内に留めておけるのだった。


「話は変わるんだけどさ、シャーロットって元スパイなんだよな?」

「スパイだなんて人聞きの悪い。特別捜査官と呼んでいただけます?」

「ああ、ごめん。とにかく、いまはもう辞めてるんだろ?」

「……ええ、もちろん」


 返答に、少し間があった。


「わざわざそのようなことを尋ねるからには、なにか気になることでもございましたの?」

「あー、いや。シャーロットが欲しがる魔道具って、なんていうかさ、諜報向きのものばかりだろ? だから、じつは身分を偽っていまもそういうことをしてるんじゃないかって」

「気になるのでしたら、お調べになったら?」


 シャーロットの言葉に、陽一は首を小さく横に振った。


「敵じゃない人のことは、あんまり調べないようにしてるんだよ」

「……そう」


 うつむき加減に小さくため息を漏らしたシャーロットは、あらためて顔を上げ、陽一を見た。


「耳慣れない言語での会話を理解する。相手に気取られず近づく。スマートフォンや小型CCDを欺く。これらはどれも、カジノでの不正行為やホテルでの犯罪を取り締まったり未然に防いだりするのに役立ちますわ。道具を使わずに遠くのものを見たり喧噪の中の小さな音を聞き分けたり、というのも非常に有効ですわね」

「なるほど、言われてみればそうか。じゃあ危険なことはやってないんだな?」


 その問いかけにうなずこうとしたシャーロットが、苦笑を漏らして肩をすくめる。


「エドに頼まれて、たまに」


 シャーロットの返答に、陽一は眉をひそめた。


「いいように、利用されてるんじゃないのか?」


 それに対して、彼女は苦笑を浮かべながらかぶりを振った。


「彼は現役時代とても優秀でしたから、なにかと頼られますのよ。ああ見えて面倒見もいいから、ついつい引き受けがちですわね」

「そのとばっちりを?」


 シャーロットは再び首を横に振る。


「彼に頼られるときは、決まって国にとって重要な出来事が起こっておりますの。そんなおりにわたくしを頼ってくれるというなら、喜んで応えようというものですわ」


 胸をはってそう言いきるシャーロットからは、エドへの信頼や尊敬、そして祖国への忠誠が見て取れた。


 しかし彼女はすぐに表情を崩し、わざとらしく自虐的な笑みを浮かべる。


「まぁ、わたくしがどうなろうと、あなた方には関係ないことですけど」

「そんなことないだろう」


 間髪容れずに言い返した陽一の態度にシャーロットは少し目を見開く。


「これまでシャーロットにはさんざん世話になってきたんだからさ。関係ないとか言わないでくれよ」

「ふふん、それはお互い様ですわね」

「それに、君になにかあったら、実里が悲しむ」

「……っ!」


 シャーロットは思わず息を呑んだ。


 彼女はなぜか実里に懐いている。そして実里のほうでも、シャーロットを妹のように可愛がっていた。


「ふん。あなたにいただいた道具がありますもの。めったなことは起こりませんわよ」


 気まずそうに視線を逸らすシャーロットに少し呆れながらも、陽一は安心したように微笑んだ。


「ま、俺が渡した道具で危険を避けられるならなによりだよ。いまのままでも当分魔力の補充は必要ないしな」


 いまの言葉に引っかかりを覚えたのか、シャーロットの眉がピクリとあがる。


「先ほどもおっしゃってましたが、いまの状態でも、とはどういう意味ですの?」

「えっと、そのままの意味で、いまの君の保有魔力量ってことだけど」

「その言い方ですと、わたくしの保有魔力は万全ではない?」

「まぁ、半分以下ではあるかな」


 【世渡上手】のおかげで身体の外には漏れ出ない魔力だが、動作を補助したり疲れを癒やしたりと、生活をするうえで少しずつ消費されてしまうのだ。


「うふふ……でしたら、補給しておいたほうがよろしいですわね?」


 シャーロットの口元に、妖艶な笑みが浮かぶ。


 その瞬間、室内の空気ががらりと変わり、陽一の股間が反応した。微笑みひとつでたやすく雰囲気を作り上げてしまうあたりはさすがと言うべきか。

 それが元諜報員としてつちかわれた技術なのか、カジノホテル従業員としてのたしなみなのか、あるいは彼女自身の魅力によるものなのかは、判断の難しいところではあるが。


「それは、まぁ……」


 なんにせよ、 陽一としても断る理由はない。


「あなたの精液を取り込めばよろしいのでしたね?」


 立ち上がった彼女はテーブルをよけ、向かい合って座っていた陽一へと歩み寄る。


「ああ、そうだな」


 陽一の前にしゃがみ込んだシャーロットは、股間に視線を向けた。そこはズボン越しにでもわかるほど膨らんでいる。


「ふふ……」


 笑みを漏らしながら、彼女は陽一のベルトに手をかけ、そこから流れるような手つきで彼の股間を解放した。


 それから陽一は、様々な方法で魔力を譲渡し、シャーロットの魔力が完全に回復したあとも、しばらくのあいだ互いを貪り続けたのだった。

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