第3話 意外な助言者

 米国、 カジノの町。

 豪華なホテルの一室で、地図を見る4人の男女がいた。


「魔法センサーをかいくぐって町に潜入する……か。私にはよくわからん趣味だな」


 地図を覗きながら呆れたように呟いたのは、カジノホテルのオーナー、エドだった。


「あれですか。最近流行はやりのイセカイ小説ってやつですか?」


 その隣で少し楽しげに話すのは、警備担当のマーカスである。


「エド、マーカス。ちょっと真面目に考えてくれないかしら?」


 そう言ってふたりをたしなめるのは、ホテル従業員にして、元諜報員でもあるシャーロットだ。


「真面目に……ねぇ」

「ははは、俺は好きですよ、こういうの」


 心底呆れた様子のエドと違って、マーカスは興味深げな表情で地図を見ていた。



 話は少しさかのぼる。



 荒野に広がる地雷型魔法陣はある程度無効化のめどが立った。完璧に、というわけにはいかないが、あとは現地で対処すればどうにかなるだろう。


 そこで対策は次の段階に進むこととなった。


 地雷原を越えた先では、外堀と市壁とが行く手を阻む。

 いかに高い身体能力を持ち、さらにそれらを魔力で強化しようと、広く深い堀と高くそびえ立つ城壁を跳躍で飛び越えるのは不可能だ。

 かといって魔法や魔術、魔道具を使えば、それらを感知して警報を鳴らしたり迎撃したりするような防衛機構が働くのだ。


『ボクがその気になればそのあたりも無効化はできるだろうけど、さすがに時間がかかりすぎるかなぁ』


 ほりへいに仕掛けられているのは、魔法陣と魔道具とを組み合わせたものが多く、それらを遠隔地から【鑑定+】で調べ、その詳細をサマンサに伝えるのは不可能に近い。

 おそらく、陽一がそれらの仕組みを理解するのに数日を要するだろう。

 サマンサが現物を見れば対策もとれるだろうが、そうしたところで時間がかかりすぎる。

 可能であれば地雷型魔法陣を無効化したことが露見する前に、領都内には入っておきたいのだ。


『むぅ……いっそ正面から堂々と乗り込んでいってはどうか?』


 考えることが面倒になったのか、アラーナが身もふたもないことを言った。

 たしかにトコロテンの力押しで制圧できないことはないだろう。


『ビビって自爆されたらどうするんだよ?』


 しかしパトリックの手には町をまるごと沈められる自爆装置があり、追い詰めてそれを使われると大変な被害が出てしまうのだ。

 もちろんパトリックが我が身かわいさに自爆装置を使えないということもあるだろうが、正面切っての襲撃となれば領兵との戦闘は避けられない。


『犠牲はできるだけ少なくしときたいからな』

『それは、そうだな……』


 ロザンナからもウィリアムからも、作戦に関する注文は一切なかった。

 仮に失敗しても責任は両名が取ってくれるとのことだが、ならばなおのこと完璧に近いかたちで作戦を成功させたいと、陽一は思っていた。


『この堀と塀はすみやかに、かつ穏便に乗り越えたいんだけどなぁ』


 大軍を相手に暴れ回ることを本分とする姫騎士アラーナは、こういった細やかな作戦を苦手としている。

 花梨、実里も異世界でかなりの能力を得たが、それはあくまで個人としての戦闘力だけだ。

 そもそも平和な日本で暮らしてきた彼女たちに、この手の知識や経験はない。

 サマンサはすでに魔法陣対策をほぼ成功させており、ほかにも大事な仕事を任せなくてはいけないのでこれ以上の負担はかけたくなかった。


『うちひとりで忍び込むんやったらなんとかなりそうねんけどなぁ』


 女怪盗シーハンにしてみれば、町に潜入して要人に接触することも決して不可能ではないだろう。

 しかし、彼女はまだ異世界にきて日が浅い。

 元の世界で染みついた技術が、異世界であだとなることも考えられる。

 シーハンひとりにすべてを任せるのは酷というものである。


『これはサリス家とコルボーン家との因縁でもあるからな。できれば最後は私の手でケリをつけたい』


 こういったアラーナの希望もあり、シーハンひとりでの潜入も却下された。



「それで、わたくしに話を持ちかけた、と?」

「そういうこと」


 いつものようにカジノの町のコンテナ街へ呼び出されたシャーロットは、さっそく陽一から事情の説明を受けた。


「まったく。いくらなんでもイセカイは専門外ですわ」


 一応の説明を受けたシャーロットは、そう言ってため息をついた。


「えー、でもこのあいだは手伝ってくれたじゃないか」


 シャーロットは以前、魔物集団暴走スタンピードの際に多数の兵器を陽一に提供してくれた。


「あれは単純に高火力の兵器を用意するだけでしたもの。それに比べて今回のはなんです?」


 陽一から手渡されたタブレットPCを見て、シャーロットは眉をひそめる。

 モニターにはファロン周辺の地図が映し出されていた。


「魔法だか魔道具だかの防衛システムをかいくぐって町に潜入? そのうえで要人と接触って……これはつまり暗殺を目的としておりますの?」

「あー、いや。捕縛、かな」

「なんにせよ、わたくしの専門外であることに変わりはありませんわね」

「そっかぁ……残念……」


 あからさまに落胆する陽一を黙ってねめつけていたシャーロットは、諦めたようにため息をついた。


「わたくしは専門外ですが、この手のことが得意な人に心当たりはありますわ」

「え、ほんとに!?」


 それから軽く打ち合わせを行なったふたりは、カジノホテルへと移動した。


○●○●


 カジノホテルのとある一室。


 陽一とシャーロットが待機しているところへ、ふたりの男性が現われた。


「やあ、これはミスター藤堂とうどう。ご無沙汰しておりますな」


 そう言って声をかけてきたのは、このホテルの支配人であるエドだった。身長は陽一よりも低く、160センチあるかないかといったところか。

 ただ、スーツに包まれた体格はがっしりとしており、陽一は立ち居振る舞いや表情からただ者ではない気配を感じ取っていた。


(いや、まぁ実際ただ者じゃないんだけど……)


 それでも【鑑定+】なしに彼の凄みを感じ取れるようになったのは、セレスタンとの修行があったからこそだろう。

 シャーロット同様アングロサクソン系の白い肌に、青い瞳の持ち主で、短く刈り揃えたブロンドの頭髪は、頭頂部近くまで生え際が後退している。目尻や額、口元には深いしわが刻まれているが、活力がにじみ出ているようであまり老いを感じさせなかった。


 エドのうしろには、警備担当のマーカスが控えていた。

 こちらは長身の青年で、アッシュブラウンの瞳が油断なく陽一を捉えていた。


「どうも、ご無沙汰してます」

「それで、今日はどういったご用件ですかな?」


 そう言って微笑むエドだが、目は笑っていない。

 一瞬、シャーロットに責めるような視線を向けたが、彼女はそれを軽く受け流した。


「本題に入る前に」


 陽一がなにかを言う前に、シャーロットが口をはさむ。


「あらためてふたりを紹介しておきますわね。こちらは元情報局員のエド。そちらは元海兵隊員のマーカスですわ」

「おいおいキャシー、いきなりなにを……」


 思わず口を開いたのはマーカスだった。

 いかめしい表情を崩した彼の口調は、思っていたよりも軽い。


 一方エドは笑みを顔に貼りつけたまま、特に反応を示さなかった。


「マーカス、悪いけどヨーイチの前ではシャーロットと呼んでくださる?」


 シャーロットはこのホテルの従業員としてはキャサリンと名乗っていた。

 なので、マーカスはその愛称で呼んでいたのだが、それを窘められたことに驚きを隠せないようだった。


「なぁ、シャーロット、それってバラしてもよかったの?」


 恐る恐る陽一が尋ねる。

 驚くマーカスはともかく、相変わらず笑みを浮かべたままのエドがなんとなく怖い。


「べつに、隠しているわけではありませんもの」


 情報局員や海兵隊が転職して民間の職業に就くことは珍しいことではない。

 かといって、大っぴらに喧伝けんでんするものでもないのだが。


「そもそもあなたに隠しごとなんて無意味でしょう?」


 続くシャーロットの言葉に、マーカスはあらためて目を見開き、エドの眉がピクリと動いた。

 彼女にそこまで言わしめる陽一に対して、ふたりの警戒心が高まる。


「とにかく、今日は元情報局員、そして元海兵隊員としての、ふたりの意見を聞きたくて呼び出したのですわ。ですからエド」


 彼女はそう言って目を細め、エドをねめつけた。


「その笑顔、やめてくださる?」

「……ふむ」


 エドの顔から、笑みが消えた。

 それだけで周りの空気が弛緩しかんしたように陽一には感じられた。


「いいだろう。しかし、お前が私たちを頼るとは、よほどの事態なのか?」


 エドの問いかけに対し、シャーロットは真顔でうなずいた。

 そのやりとりに、マーカスも緊張の面持ちで唾を飲み込む。


「彼、ヨーイチが書こうとしているファンタジー小説のことで、専門家の意見を聞きたいんですの」

「はぁ、ファンタジー小説だと!?」


 斜め上をいくシャーロットの答えに、エドは表情を崩して頓狂とんきょうな声を上げた。

 そのうしろではマーカスも口をポカンと開いて固まっている。


「うふふ……」


 めったに見られない上司の間抜けな態度に、シャーロットは得意げな笑みを漏らした。



 今回の件は陽一が考えたファンタジー小説にリアリティを持たせるため、専門家に意見を聞くというていで話が進められた。


 マーカスはともかく、エドはなにかしら裏があるだろうと疑ってはいたものの、あえて口にはせずシャーロットの話に乗ることにしたようだ。


「しかしファンタジーと言われてもなぁ。トールキンはひととおり読んでいるが、知識としてはその程度のものだぞ?」

「充分ですよ、エド。日本のイセカイ小説は指輪と神話と聖書がベースになってるんですから。そうだよな、ヨーイチ?」

「えっと、まぁ、そんな感じですね」

「マーカス、そのイセカイというのはなんだ?」

異世界ジ・アザーサイド、要は剣と魔法のファンタジー世界のことですよ。知らないんですか?」

「知らんよ。というか、お前がニホンのライトノベルに詳しいことに驚いたよ」

「まぁ、俺が赴任してたころはフラッシュメモリーの容量がいまほど大きくなかったですからね。暇つぶしには文字テキストデータがもってこいだったんですよ」


 なんでも海兵隊時代にマーカスが所属していた部隊には日本語に詳しい隊員がいたらしく、スキを見てはウェブ小説をダウンロードして翻訳していたらしい。

 それが隊で流行し、マーカスはライトノベル漬けの日々を送っていたのだとか。


「任務中になにをやっているんだ……」

「ははは。ずっと緊張してるわけにはいきませんからね。息抜きは必要なんですよ」


 とにかくマーカスがファンタジーに精通しているという嬉しい誤算もあり、領都ファロンの外堀と市壁を越えるための対策を立てることができた。

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