第2話 領都ファロン攻略準備

 作戦会議翌日、【帰還+】でメイルグラードへ帰った陽一は、花梨を連れてサマンサの工房を訪れた。


「えーっと、ここが、こうなって……これが……こう、か?」


 陽一は虚空を見ながらぶつぶつと呟いては、紙に模様を描く、という作業を繰り返していた。

 そうやってできあがりつつある幾何学模様を、隣でサマンサがのぞき込んでいる。


「あ、ヨーイチくん、ここはさ、こうじゃない?」

「ん? あー、ほんとだ。そうなってるわ」

「だよねぇ。そうじゃないと成立しないし」

「んー、あたしにゃなにがなんだか、さっぱりだわねー」


 彼はいま、ファロン周辺に埋設された魔法陣の形をサマンサに伝えようとしていた。


 サマンサが現地に行って直接見られればそれがいちばんいいのだが、ファロンへ行くのに時間がかかるのと、【帰還+】のホームポイントをこれ以上変更できないので、行ったところで気軽に行き来もできないため、このような面倒な作業を行なっているのだ。


「1時間以内ならさ、キャンセルをうまく使えば行き来できるわけだし、それで1回行ってみるっていうのはどうなの?」

「んー、それだと1時間に1回は必ず現地に戻らなきゃいけないわけだろ? ここでの作業はともかく、向こうでやることを考えたら、ちょっと無理かな」


 向こう、というのは元の世界のことである。


「シャーロットに相談したいこともあるし、そしたら1時間なんてあっという間に過ぎそうだしな……」


 いろいろと考えを巡らせてはみたが、結局のところ陽一だけが見られる【鑑定+】で魔法陣の形を確認し、つたないながらもそれを手書きで伝えるのがもっとも効率的だと思われた。


「でもねぇ……。陽一のへったクソな絵で、ちゃんと伝わるのかしら?」

「うるせー」

「だいじょぶだよ、カリン。もう終わるから」

「えっ、ほんとに?」

「うん。ここまでわかれば……あとは、ここがこうなって、こっちはこんな感じで……最後は、こう……かな?」

「おお! 完璧だよ、サマンサ!」


 7割ほどできあがった陽一の手書き魔法陣を観察したサマンサは、そこから残りを推測し、手を加えて見事完成させた。


「ほら見ろ花梨! この段階で伝わったってことは、へたじゃないってことじゃないか!」

「いや、どう見たってへたくそじゃない」

「だね。ヨーイチくんがもう少しうまく描いてくれれば、もっと早くにわかったと思うよ」

「ほら、やっぱり。アンタ昔っから絵心なかったもん」

「ぐぬぬ……」


 女性ふたりから責められて悔しがる陽一。

 それでも半日ほどで目的をひとつ達成したのだから、やはり拙いながらも自分の手で伝えたことが間違いではなかったと確信した。


「いや、なんか満足げな顔してるけど、まだひとつ終わっただけよね? あと何種類あると思ってんのよ」

「くっ、それは……」


 地雷型の魔法陣だが、効果範囲、威力、発動条件、発動時に発生する現象など、その種類は数十にも及んだ。

 花梨の言うとおり、ようやくそのひとつが終わったところなのだ。


「あ、それなんだけどさ、律儀に全種類解析しなくていいと思うよ」

「本当か?」

「うん。でも、あと何種類かは解析しときたいかな」

「わかった」


 それから陽一はいくつかの魔法陣を描き出したが、最初のひとつでコツをつかんだのか、サマンサは手早く魔法陣を解析していった。


「よーし、それじゃあ……ここなんだけどさ」


 できあがった魔法陣の一部を、サマンサは丸で囲う。


「これと同じ記述がある魔法陣って、どれくらいあるの?」

「ちょっと待ってくれよ……」


 サマンサの示した条件で【鑑定】結果にスクリーニングをかけ、対象を絞っていく。


「んー、そこらじゅうにあるんだけどなぁ……」

「じゃあさ、侵入経路ってどうなってるんだっけ?」


 質問を受け、陽一は【無限収納+】から地図を取り出して広げた。


「えーっと、この岩陰にまずは身を潜めて、このあたりに到達するのがいいんじゃないかって、アラーナは言ってたんだけど……」


 想定した進入経路を指でなぞりながら陽一は説明し、それを見てサマンサが何度かうなずく。


「だったら進路はこのあたりになると思うから、そこに限定して確認できる?」

「おー、結構絞れたな」

「じゃあ次は……」


 それからサマンサはいくつか図形を書き、陽一は想定進路にある魔法陣でそれが含まれるものを洗い出していった。


 それらを、地図に書き込んでいく。


「どう?」

「そうね……これくらい潰せれば、充分いけると思うわ」

「だな」

「それじゃあ、そのあたりのヤツを無効化するには……」


 地雷型魔法陣の数種類を解析し終えたサマンサは、サラサラと紙に模様を描き始めた。

 ああでもないこうでもないと、いくつか試作を経て、ひとつの魔法陣が完成する。


「うん、これでさっきあげた種類の魔法陣は無効化できるね」

「おお、仕事が早いな」


 魔法陣の洗い出しが終わって10分足らずでサマンサは新たな魔法陣を書き上げた。

 数種類の魔法陣を無効化できるものを、である。


 これは高位の魔術士でも困難なことだ。


「ボクさ、そっちの世界のプログラムってやつを勉強したじゃない? 魔法陣ってあれに通じるところがあるんだよね」

「ほほう、そうなのか……って、プログラミングを習得したのか?」

「主要なやつはだいたいね。花梨が選んでくれた教材がよかったのかな? すっごくわかりやすかったよ」

「花梨、そんなことやってたのか?」

「ウェブ担当の子がそのあたりのこと詳しくてね。サマンサに相談を受けたのは会社辞める前だったし」

「へええ……そうなんだ」


 陽一の知らないところで、女性メンバー同士いろいろと交流しているらしい。


「なんならゲームのひとつでも作って見せようか?」

「お、おう。また今度な」


 サマンサの作るゲームに興味はあるが、いまはファロン攻略が先である。



「さて、じゃあこの魔法陣を銃弾に刻みたいんだけど……弾頭が平らなやつってある?」

「それだと……フラットノーズってのがあるな。9ミリでいいか?」

「うん、大丈夫」


 陽一は【無限収納+】から銃弾を取り出し、サマンサに手渡した。


「よし、じゃあこの魔法陣をあらためてしっかりと解析して……」


 サマンサは自分の描いた魔法陣を凝視したあと、目を閉じて眉間にしわを寄せた。


 そして手にした銃弾の先端に親指を当てる。


「むむむ……えいっ!」


 かわいらしいかけ声と同時に、親指と弾頭の隙間から光が漏れる。


「これでおっけーかな」


 サマンサが親指を離すと、平らな銃弾の先端に小さな魔法陣が刻み込まれていた。


「うん、いいね。それじゃ試しにこれを10発くらい作るとして、矢のほうはどうしようかな」

ひらでいいんじゃない?」

「だね。ちょっと取ってくるよ」


 そう言ってサマンサは工房の奥に姿を消した。


「なぁ、平根ってなに?」

「平根っていうのはやじりの形ね。陽一は鏃にも種類があるのは知ってる?」

「んー、俺が知ってるのは普通のとかぶらってやつくらいかな」

「陽一の言う普通のってのが、とがりね。で、鏑矢の先についてる鏃はかりまたっていうのよ」

「あのさすまたみたいな形のヤツな」

「そ。あれは内側が刃になってて、くよりもることを目的としてるの。で、平根も雁股と同じく射切るためのものなんだけど、形は――」

「これだね」


 戻ってきたサマンサがふたりの会話に割り込む。

 彼女の手には、剣の切っ先を思わせる形の鏃があった。


「なるほど、これなら魔法陣を刻みやすいな」

「そういうこと。それをすぐに思いつくんだから、花梨ってばなかなかやるよねー」

「ふふん、これでも弓士ですから?」


 花梨はそう言って得意げな笑みを浮かべ、胸を反らした。


 もともとアーチェリーをやっていたので、弓に関する知識はあったのだろう。

 しかしそのアーチェリーで雁股や平根といった鏃が使われるとは思えない。


(花梨も、いろいろがんばってるんだな)


 フランソワに弟子入りした花梨は、師のもとで技術や知識を蓄えているようだ。


「それじゃ、矢のほうも10本くらい作って、一応実験しとこうか。ま、大丈夫だと思うけど」

「おう」「ええ」


 10発の弾丸と10本の矢ができあがったあと、3人は庭に出た。


「このへんでいいかな……えいっ!」


 サマンサが地面に手を当てて気合いを入れると、そこに魔法陣が刻み込まれた。


「踏むと火柱がでるやつか。これがいちばん多かったな」


 この罠は対象にダメージを与えるとともに、派手な火柱によって敵の存在を知らせる警報代わりにもなるため、ファロン周辺には多数設置されていた。


「魔力感知タイプのやつだね。踏まなくても、近づいただけで反応する場合があるみたい」

「ほんと、厄介よね」

「まったくだ」

「それで、ちゃんと描けてるかな?」

「ああ、問題なく発動するみたいだ」


 魔法陣が実際に作動するかどうかは、あえて試さなくても【鑑定】すれば事足りるのだ。


「それじゃヨーイチくん、どうぞ」

「おう」


 拳銃を構えた陽一は、地面に刻まれた魔法陣を狙って引き金を引いた。


 ――バスッ!


 乾いた音とともに発射された銃弾が、魔法陣を中心にめり込んだ。

 それと同時に、魔法陣が淡い光を放つ。


「……どう?」


 1秒ほどで光が収まると、魔法陣に虫食いのような欠損がいくつも見て取れた。


「うん、無効化されたな」

「ふふん、そりゃそうさ」


 実験の成功に、サマンサは薄い胸を反らした。


「問題ないと思うけど、ほかのも試しとこうか」


 それからいくつかの魔法陣に銃弾を撃ち込んでいった。


「サマンサ、悪いけどあたしのほうも用意してくれる?」

「おっけー」


 陽一の隣では、花梨が魔法陣めがけて矢を射はじめた。


 その結果、1種類の魔法陣を刻み込んだ銃弾と矢で、洗い出したすべての魔法陣を無効化できることが実証された。


○●○●


「ふぅー……おわったぁ!」


 工房で作業を終えたサマンサが、あぐらをかいたまま大きく伸びをした。

 タンクトップにショーツという、いつもの作業スタイルだ。

 全身にかいた汗でじっとりと湿った生成りのタンクトップ越しに、小さな膨らみが透けて見えた。


 あれから彼女は、銃弾と鏃のそれぞれ150個ずつに、合計300の魔法陣を刻み込んだ。

 武器や防具に魔法陣を刻むための魔道具はあるのだが、300個くらいなら設定をしているあいだに終わる、ということで、ひとつずつ手作業で刻むことにしたのだった。


「ありがとね、カリン」

「いえいえ、どういたしまして」


 サマンサのかたわらで腰を伸ばす花梨もまた、ブラウスにショーツという似たような格好だった。

 体内魔力を操ることに長けた花梨はその力を使ってサマンサをサポートしていたのだ。


 魔法陣を刻む、というのはそれなりの労力を要する作業だ。

 対象に指を当てて一瞬で刻み込むというサマンサの手法は、一見すれば簡単そうではある。

 だがそれは、魔法陣を丁寧に刻み込む工程を無理やりすっ飛ばす方法であり、手間と時間を省略する代わりに大量の魔力を消費する。


 【健康体β】を持つサマンサは無尽蔵の魔力を有しているが、一度に使える魔力には限りがある。

 今回の工程だと、10回につき5~6分の休憩が必要だった。


「いやー、カリンのおかげで、随分早くおわったよ」


 そこで花梨がサマンサの体内魔力を操作し、その流れをよくしてやることで、およそ15回ごとに2~3分の休憩でよくなったのだ。


「役に立てたのならよかったわ」


 そう言う花梨もまた、全身に汗をかいていた。

 他人の魔力を操るのはかなり疲れる作業だ。

 そのうえしっかりと相手に触れている必要もあるので、火照るサマンサの体温が移ったことも大きかったのだろう。

 もともとブラウスにジャージというラフな格好だった花梨は作業を始めて数分でジャージを脱ぎ、さらに数分後には息苦しさを覚えたのかブラジャーを取ってしまった。


「あーん、もう……汗でビタビタね」


 汗を吸ったブラウスはぴったりと花梨の肌に張りつき、身体のラインがくっきりと浮き上がっていた。


「あー、なんだ。ふたりとも、その……おつかれさん」


 そんなふたりの姿に少しどぎまぎしながら、陽一はねぎらいの言葉をかけた。

 これまで数えきれないほど彼女らの痴態を見てきたが、それはそれとしてふたりの姿に劣情を覚えていた。


「んふふ……ヨーイチくんもお疲れ」


 サマンサと花梨がせっせと魔法陣を刻んでいるあいだ陽一がなにをしていたかというと、【無限収納+】のメンテナンス機能を使い、銃弾をマガジンに詰めたり、鏃をがらに取りつけたりしていたのだ。


「ああ、うん。俺はほとんど見てただけだから」

「でも、助かったわよ。手作業でするとなると、大変だもの」


 陽一からすれば、対象物を収納してなんとなく念じるだけの簡単なお仕事だったが、銃弾を詰めるのはともかく、矢の作成はそこそこ手のかかる作業なのだ。

 それを省略できたことに、サマンサも花梨もちゃんと感謝していた。


「あー、それにしても、疲れちゃったなぁ……」

「んふ、そぉねぇ……ずっと作業に集中してたんだもの」


 サマンサと花梨は、そう言って小さく身体をよじりながら、意味ありげな視線を陽一に向けた。


「がんばったご褒美、ほしいなぁ……」

「ちょっとくらい、ねぎらってくれてもいいわよねぇ」


 それから陽一はふたりの疲れを癒すために、体液を介した魔力譲渡にいそしむのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る