第6話 ファロン攻略の秘密兵器

「さすがシャーロットだよな。必要とわかればすぐに用意してくれる」


 それはマーカスが提案した、パッセンジャー・ドローンと呼ばれる有人飛行が可能なものだった。


 上部には18基のローターを持ち、中央にひとり用の操縦席、そして下部には土台となる脚が4本、水平に近い角度で生えていた。

 この脚は着陸時の土台となるだけでなく、飛行時のバランサーとしての役割もあり、さらに内部が空洞になっているため着水時にはフロートにもなるものだった。


「あのさ、一応確認だけど、ヘリじゃダメなの?」


 ことの顛末を聞いた花梨が、陽一に問いかける。

 せっかくの提案を"面白みがない"のひと言で切り捨てられたエドに対して、彼女は少し申し訳なさを感じていた。


「あー、べつに面白みがどうこうで却下したわけじゃないんだ。音と姿はごまかせるけど、風がね」


 ヘリは轟音とともに強風を巻き起こす。

 それがセンサーに引っかかることを【鑑定+】で確認したため、陽一はマーカスの案を採用したのだった。

 それについてはエドにもちゃんと説明し、納得してもらっていた。


「それじゃあみんな乗ってくれ」


 まず陽一が操縦席に座り、続けて女性陣がそれぞれ4本の脚に腰かけた。

 花梨、実里、アラーナはそれぞれ1本にひとりずつ、シーハンとサマンサが残る1本に座った。


『ちょっと待て、ひとり用ドローンに6人で乗るのか? それはいくらなんでも無茶だぞ』

『あー、そこは〈重量軽減〉の魔道具が……』

『重量軽減……しかし魔道具というのを使えば、センサーに引っかかるんじゃないのか?』

『そこはうまく隠蔽できるので……』

『隠蔽? だったら最初からその隠蔽とやらを使って箒にまたがればいいじゃないか』

『飛翔と重量軽減では消費魔力の桁が違うから、空を飛ぶのは隠蔽しづらい、とかそういう設定なんだろ、ヨーイチ?』

『ですね』

『ぐぬぬ、それもゴツゴーなんとかというやつか……』


 エドの言うとおり、ひとり用ドローンに6人が乗るとなると、明らかな重量オーバーだが、それぞれが〈重量軽減〉の魔道具を身に着けることで解決した。

 魔道具の効果も、機体が傾かない絶妙なバランスで調整されている。


「それじゃあ、いくぞ」


 6人を乗せた機体は、ほとんど音もなく垂直に浮き上がった。


「おお! こうもなめらかに空を飛べるとは……!」

「魔術も魔物の力も借りずにこうやって軽々と浮き上がれるんだから、ほんとそっちの世界の技術ってすごいよねー」

「いやいや、あたしらだってこんな感じで空を飛ぶのなんて初めてだからね」

「せやな」


 アラーナとサマンサの言葉に花梨とシーハンが反論し、実里はドローンの脚にしがみつきながら何度も頷いた。

 パッセンジャー・ドローンの存在について知っていた花梨らではあるが、さすがに乗るのは初体験だし、そもそもコックピットではなく脚に乗るなどというのは元の世界においても想定外の使い方なのだ。

 『そちらの世界の技術』とひとくくりに感心されても、反応に困るところである。


「ふむ、そういうものか。それにしても、静かなものだな」


 ドローン特有のローター音は、機体にサマンサが施した魔術によって抑えられていた。

 飛翔のように膨大な魔力を消費する魔術と違い、〈遮音〉もまた〈重量軽減〉同様に使用魔力量が少なく、そのぶん隠蔽もしやすかった。


 難なく外堀を越えたドローンは、対岸の地面近くでホバリングを始めた。


「サマンサ、頼む」

「はいよー」


 ドローンの脚から身を乗り出したサマンサが、地面に手をかざしてなにやら作業を始めた。

 落ちないよう、シーハンが彼女の身体を支えてやる。


 サマンサは地面すれすれのところで魔法陣を解析し、相手に察知されないよう無効化していった。


「オッケー、じゃあこのままちょっとだけ前に進んでー」


 そんな作業を何回か繰り返したところで、ドローンは無事着陸できた。


 パッセンジャー・ドローンを【無限収納+】にしまうと、陽一らは市壁のすぐ下まで移動した。

 もちろんそのあいだにも魔法陣が埋設されていたが、サマンサがすべて無効化していった。


「あとはこの壁をのぼるだけか……」


 見上げた市壁の高さは約50メートル。

 万里の長城が6~9メートル、ローマ帝国の首都コンスタンティノープルの内壁が十数メートルなので、それらに比べてもかなりの高さであることがわかる。

 ドローンで越えられなくはないが、市壁の上には見張りの兵士がいた。

離れた場所ならともかく、兵士に近い場所であれだけの大きな機体を隠蔽するのは困難であり、おそらくは発見されるだろう。

 つまり、ファロンの町へ入るには、この高い壁を飛翔以外の方法で越える必要があるのだった。


「いやー、壁にもびっしりあるねー」


 市壁の外側にも、もちろん魔法陣は設置されている。

 壁をのぼって忍び込む者や、壁に取りついて攻め込んでくる敵に対するものだ。

 だが、それらを無効化しながらよじのぼるというのは、相当に骨の折れる作業だ。


『壁に触れると反応するセンサーか、厄介だな』

『ドローンも使えない、と。まぁ同じ方法を繰り返すってのも芸がないですからね』

『そういう問題ではないと思うがね』

『いやいや、読者を飽きさせないってのも大事なんですよ。ウェブ小説なんてすぐに読まれなくなるんですから』

『まったく、私にはよくわからん世界だな。それで、一応確認だが、市壁の上に降り立つのは問題ないんだな、ミスター藤堂?』

『あ、はい。それは大丈夫です』

『でもどうやって壁の上までのぼるんです? 50メートルですよ? それこそ魔法でも使わないと無理だ』

『なんだ、わからんのかマーカス? 私はすぐに思いついたぞ』

『む、ファンタジーに疎いエドに先を越されるのはちょっとくやしいなぁ』

『はっはっは。要は壁に触れず高い場所にのぼればいいんだろう? ファンタジーだと思うから難しいんだよ』

『そんな都合のいいものがありますかね?』

『ゴツゴーなんとかよりは現実的だと思うがね』


「というわけで、ここはコイツの出番だ」


 次に陽一が【無限収納+】から取り出したのは、はしご車だった。


「おおー……!」


 突然現れた巨大な車体に、誰からともなく感嘆の声が上がった。


 全長約12メートル、全幅約2・5メートル、全高約3・6メートル、重量10トン超の巨体が突然現われたのだから、驚くなというほうが無理な話だ。

 これで車体が赤いとさらにインパクトはあったのだろうが、夜とはいえさすがに目立つので、マットなカーキ色に塗り直されている。


「いまさらだけど、アンタのその収納スキルってめちゃくちゃよね。こんな大きいものをひょいって出せるんだから」

「まぁ、大きさに制限はないからなぁ。その気になれば空母だって出し入れできるんじゃないか?」

「空母って……」

「いや、まぁそんな機会はないだろうけどさ」


 呆れる花梨の姿に、思わず苦笑が漏れる。


「そういえば、色の塗り直しも収納スキルでやったんですよね?」


 実里の問いかけに、笑みを浮かべたまま陽一はうなずいた。


 本来、車体の全塗装となればかなりの時間を要するものだ。

 これほどの巨体となればなおさら手間と時間がかかるのだが、陽一の場合は塗料を用意し、【無限収納+】のメンテナンス機能を使えば文字どおり一瞬で終わるのだ。


「ほんと、便利なスキルだよねー。あ、また工具のメンテよろしくねー」

「はいはい」


 収納物の修繕から分解、再構築といった、欠損の再生以外ほぼすべてのことができる【無限収納+】の機能を使い、陽一はサマンサの工具類はもちろん、メンバーの装備品のメンテナンスもよく行なっていた。


「しかしまぁ、おあつらえ向きのものが手に入ってよかったよ」


 そう言いながら、陽一ははしご車に乗り込む。

 エドの提案を受け、これもシャーロットに用意してもらったものだ。


 先述したとおりかなり大型のものであり、先端のバスケットが高度55メートル近くまで到達できるのだが、特徴はそれだけではない。


「ポチッとな」


 運転席に座った陽一がスタートスイッチを押すと、運転席の操作パネルは点灯したが、エンジン音は鳴らなかった。


「こんなサイズのはしご車をEVで作ろうなんて、あっちの人はやっぱり面白いわよね」


 モーターが始動したはしご車を見て、花梨が呆れたように呟く。


 これは米国のEV車メーカーがパフォーマンスのために作ったコンセプトモデルで、実戦投入はされていないものだった。


「静かなおかげで隠蔽がかけやすかったよ」


 あまり効果の高い魔術を付与すると、発動した際に漏れ出す魔力が多くなってしまう。

 そうした魔力を隠蔽するにも限界はあり、音をごまかすなら見た目の隠蔽がおろそかになる、ということが起こりうるのだ。

 さきのパッセンジャー・ドローンもローター音がもっと静かなら、〈遮音〉にかかる魔力を〈視覚偽装〉のほうへ割り振ることができた。


「それなら面白みもクソも関係なく、城壁もドローンで越えたんだけどな」


 対するEVはしご車は、車体こそドローンより大きいものの、音が小さいぶん〈視覚偽装〉のほうへ魔力を割り振れるのだった。


「あの上から見下ろしたんじゃ、あんまり見えないでしょうけど」


 市壁を見上げながら、実里が呟く。

 50メートルといえば、ビルだと15~20階に相当する高さだ。

 大きいとはいえ地面に近い色に塗り直して見えづらくなっている車体には、最低限の偽装しか施していない。


「はしごとバスケットにかなり隠蔽を割り振ってるからね。安心してよ」


 バスケットというのは、はしご先端に取りつけられた人が乗る部分である。

 陽一ですら知らない専門用語を使いこなすほどに、サマンサの言語力やあちらの世界に対する知識は深まっているのだった。


「じゃあ乗ってくれ」


 バスケットには花梨、実里、アラーナ、サマンサの4人が乗った。

 バスケット部分の積載荷重は250キログラムほどで定員は3名。

 女性4人だと、少し狭いが問題なく乗ることができた。

 5人でも乗れなくはないが、装備品などを含めれば積載量ギリギリになってしまい、それを補うために〈重量軽減〉を施すと隠蔽効果が薄れてしまうのだ。


 【鑑定+】を駆使して難なく操作し、はしご車のバスケットが無事市壁の上に到達した。

 各種隠蔽を念入りにかけたバスケットとはしごは、たとえ数メートルの距離でも気づかれないだろう。

 ただ念には念を入れ、警備態勢を事前に【鑑定】し、この時間のこの場所には人がいないことを確認している。


「ちょっと待っててね。結界に穴をあけるから」


 市壁の上端から上の空間には、飛行系の魔物や飛来する矢、石、魔術などを防ぐための結界が張られている。

 そこへ、サマンサはバスケットが通れるだけの穴を開けた。


 防衛兵が動き回る市壁の上端部分には、これまでのように多くの魔法陣は設置されていない。

 とはいえところどころに罠は仕掛けられており、なにも知らない者が動き回れば簡単に引っかかってしまうだろう。

 しかし魔法陣はメガネで看破できるし、そのほかの罠の場所は事前に陽一が【鑑定+】で調べ、全員が頭に叩き込んでいた。

 ほどなく、4人ともが無事にバスケットを降りた。


「ほなヤンイー、いこか」

「おう」


 運転席を降りた陽一は、シーハンに続いてはしごをのぼった。

 ひょいひょいと猿のように軽々とはしごをのぼる女怪盗に、陽一も少し遅れてついていく。

 チャイナ服に包まれた形のいい尻や、しなやかに動くむっちりとした脚に視線を向けながらも、はしごをよじのぼる彼の動作に危なげなところはなかった。


 シーハンがバスケットに乗らなかったのは、あえて乗るまでもないからだ。

 操作担当の陽一ももちろんバスケットには乗れないが、セレスタンに鍛えられているおかげでたいして苦労することなく市壁のてっぺんに降り立つことができた。


「じゃ、こいつはしまっておこう」


 陽一がバスケットに手をかざすと、はしごを含め、車体もすべて収納された。


 そのあと、サマンサは念のため結界に開けた穴を閉じておいた。


「じゃあ、ここからはふた手に分かれるぞ」

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