第22話 辺境伯からの提案

 陽一が近衛兵に追いついたとき、彼はすでに寝室のドアを開け、部屋の前で立ち尽くしていた。


「失礼」


 呆然と立つ近衛兵を軽く押しのけ、ドアをもう少しだけ大きく開いて中に入る。

 そのすぐあと、女性陣の足音が追いすがってきた。


「ヨーイチ殿、先ほどの悲鳴……は……?」


 陽一のあとに続いて入室したアラーナ、そしてほかの女性陣も、室内の光景に目を見開いた。


「あらあら、みなさんお揃いで。いやだわこんな格好……うふふ……」


 全裸だったイザベルが、ガウンを羽織りながら陽一らを迎える。

 40代後半にさしかかろうとする婦人の裸体は、充分に魅力的だった。

 乳房が垂れるでもなく、尻も張りを保っており、腹周りが少したるんでいるようだが、見苦しいというわけでもなく、むしろ大人の魅力を醸し出していた。


 大きなソファには20代半ばに見える女性が、ガウンをはだけて寝息を立てていた。

 片方だけこぼれ落ちた乳房の張りはよく、それに比べると先ほど見たイザベル夫人の胸は、垂れてこそいないものの肌艶には衰えが見え始めているように思える。


 また、奥のバスルームで別の女性が入浴しているらしく、先ほどの悲鳴もどこ吹く風と鼻歌を歌っていた。


 そしてベッドの上。


「ぐおおおおっ……いてててっ……!」


 昨日は扉の外にいた女性兵士をうしろから抱えるウィリアムの姿があった。

 女性兵士はは意識を失っているのかぐったりとしていた。


「く、くそう……お、おい、起きろ! 緩めてくれ!! このままだともげてしまう……!!」


 四苦八苦する父の姿に、アラーナは大きく息を吐いた。


「父上、なにをやっているのですか……」

「ん? おおっ! アラーナか!! いいところに来た、ちょっと手伝ってくれ!!」

「お断りします。というか、なにがあったのですか?」

「いやな、この娘としておる最中に、そこの兵士が入ってきてだな。そしたらこやつ、悲鳴を上げて気を失いおったのだ」

「はぁ……そもそもなぜ彼女がここにいるのですか? その者はドアの外で父上がたを見張る役目でしょうに、また無理やり手籠めにしたのではないでしょうね」

「あらぁ、パトリシアちゃんからは、ちゃんと合意は得てるのよ?」

 アラーナの問いかけに答えたのは、イザベルだった。そしてこの女性兵士、名をパトリシアというらしい。


「つまり、奥さまがうまく言いくるめたわけですね?」

「言いくるめただなんて、人聞きが悪いわねぇ。パトリシアちゃんがなんだかひとりで落ち込んでるみたいだったから、ちょっと元気づけてあげただけなのよ?」

「ちょっと元気づけただけで、なぜああなるのですか!?」


 少し語気を強めて言いながら、アラーナ父とパトリシアを指さす。

 その先では、相変わらずウィリアムが苦痛にうめいていた。


「そんなことより、これを、なんとかしてくれぇ……!!」


 ウィリアムが情けない声で叫ぶ。


 どうやら女性兵士はウィリアムとの行為を先輩兵士に見られ、ショックで大変なことになってしまっようだった。


 陽一が【鑑定】したところ、パトリシアの身体の一部が痙攣を起こしたうえ、魔力暴走まで起こしており、その影響を受けたウィリアムはどうにも身動きが取れなくなってしまったようだった。


 そこで人体の構造に詳しいシーハンと、魔力の扱いに優れた花梨とが協力して女性の緊張をほぐしてやった。


 その過程で、パトリシアの意識が戻り、先輩兵士に見られ続けていたことを知って混乱するような場面もあったが、実里がなだめ、陽一の助言に従ってイザベルも手を貸し、どうにか事なきを得た。


 ちなみにアラーナは父の情けない姿にあきれ果て、途中で退出していた。


○●○●


 パトリシアから解放されたウィリアムは、シャワーを浴びて身なりを整え、応接室に入った。


「先ほどはお見苦しいところを……」


 ちなみにパトリシアのほうはまたも気を失い、そのまま眠ってしまったので、いまはイザベルが面倒を見ている。


「なに、元気そうでなによりだ……ふふふ」


 先ほどと同じソファに座る宰相は、からかうような笑みを浮かべた。彼女のうしろに立つ近衛兵は、少し息が荒い。


「座ってくれ。事情を説明しよう」


 ロザンナと向かい合うソファにはすでにアラーナが座っており、その隣にウィリアムが腰かけた。

 3人がけのソファだが、辺境伯の巨体のせいで7割ほどが埋まっている。


 陽一、花梨、実里、シーハンは、サリス父娘のうしろに立っていた。


「辺境伯には迷惑をかけてしまったな」


 説明を終えたあと、ロザンナはそう言って頭を下げた。


「めっそうもない。いい休暇が取れましたよ」

「ふふ、そう言ってもらえると助かるよ。だが、まぁこの埋め合わせは必ずさせてもらうよ。王国宰相の職にかけて」

「それはありがたい」


 しばらく笑い合っていたふたりだったが、ふとウィリアムが表情を改める。


「さて閣下。今回の作戦ですが」

「うむ、なにか問題でもあるかな?」

「さすが宰相閣下といえる見事な策ですな。小生しようせいなどには思いも寄らぬ、見事なものです。ただし、パトリックを討伐できれば、ですが」


 その言葉に、ロザンナが眉間を寄せる。


「勝てぬ、と?」

「パトリック自身がどうこうではなく、あの領都はやっかいでしょう」

「うむ……」


 現在交通の要衝となっているコルボーン伯爵領だが、建国当初は盗賊がかなり多かった。

 交通のかなめだからこそ、狙われやすい土地ではあったのだが。


「特にあの領都は、罠や仕掛けが多数施され、軍を持って攻めるのは困難を極めるかと」

「だからといって、あの者を放置するわけにはいかん。その傍らに魔人がいるとなれば、なおさらだ」

「そこで閣下。先ほどの埋め合わせの件ですが、小生にひとつお願いがございます」


 ウィリアムの言葉にロザンナは表情を険しくし、目を細める。


「……申されよ」

「パトリックの討伐、この辺境伯にお任せ願えませぬか?」

「ふむ、報復を希望されるか」

「そういうわけではござらんよ」

「まぁ、理由はともかく、精強と名高い辺境伯軍が動いてくれるなら心強くはあるが……軍にあの荒野がこえられるかな? それに日数も……」

「はっはっはっまさか! あのような小便臭い孺子こぞうをひねるのに、我が軍をうごかすまでもありますまい」


 ウィリアムの答えに、ロザンナは眉をひそめ、首を傾げる。


「ではいかにしてパトリックめを討伐するのか?」

「なぁに、簡単なことですよ」


 ニヤリと笑った辺境伯は、隣に座る娘の肩をドンっと叩いた。


「こやつら、トコロテンに任せせればよいのです!!」


――――――――――

これにて十章は終了。

十一章は7月更新予定ですのでしばらくお待ちくださいませ。

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