第20話 王城からの訪問者

 翌朝、王城から客が訪ねてきたため、アラーナは邸宅つきの執事に起こされた。

 一緒に目覚めた陽一らも手早く身支度を調え、部屋の外に出ると、老執事と若いメイドが並んで頭を下げていた。


「ヘンリーはどうした?」

「坊ちゃまは部屋でお休みのようです。伺ったところ、とても起きられる状態ではないとヘイゼルが申しますので、お嬢さまにお声をかけた次第でございます」


 そのヘイゼルも、かなり憔悴しているという。


「ヘンリーくんはしばらく安静にしといたほうがいいな。ヘイゼルちゃんは半日も休めば回復するだろうから、あとは彼女に任せておくといいと思うよ」


 アラーナに不安げな視線を向けられた陽一は、そう答えて彼女を安心させた。


 【鑑定+】によれば、魅了を解除した反動でヘンリーは心身ともに消耗しており、当分目覚めないだろうことがわかった。

 一方のヘイゼルは、いつもより少し激しめのプレイで疲れているだけなので、睡眠と食事をしっかり取ればほどなく回復するようだ。


「それから昨夜、近衛兵が数名、例の証人に会いにきました。どうやら事情聴取を行なったようです」


 証人として捕らえていたコルボーン家の騎士、ケネスとレナードは屋敷の外にある門衛用の宿舎にて拘束しており、彼らの取り調べは自由に行なっていいとしていた。

 ただし、門衛のガイルが同席し、何者であっても彼の指示に従うという条件を出したうえでのことだ。


「わかった、報告ごくろう。それで、客というのは?」

「旦那さまの寝室を警護されていた近衛兵の男性と、もうひと方。名乗りは坊ちゃまかお嬢さまに対してでないとなさらないとのことです」

「ふむ。見覚えは?」

「お顔を隠されておりますので……」


 老執事の案内で応接室に入ると、来客用のソファにフードつきのローブを身にまとった人物が座っており、そのうしろに昨日の男性兵士が立っていた。


 客人は正体を隠すようにしっかりとローブに身を包み、フードを目深まぶかに被っている。

 いかにも不審者といった出で立ちだが、特に怪しさを感じるわけでもなく、その人物は自然な振る舞いで紅茶を楽しんでいるように見えた。


(なるほど、ローブに魔術が付与されているのか)


 違和感を覚えた陽一が【鑑定】してみたところ、着ているローブに認識阻害効果のある魔術が付与されていることが判明した。


「アラーナ・サリス殿だね?」


 その声にもなにかしらの魔術が施されているのか、男性とも女性とも判断がつかない。


「うむ。Bランク冒険者のアラーナだ」


 王城からの客人に、アラーナは冒険者を名乗ることで礼儀を尽くさないことにした。

 人に名を問うときはまず己から名乗るべし、という時代劇のセリフを、彼女は存外気に入っているのだ。

 とはいえ、さすがに客人に対してそのセリフをぶつけるつもりはない。少なくともいまのところは


「昨日お会いしております。アラーナ・サリス殿で間違いありません」


 男性兵士の言葉に、ローブの人物はフッと笑みを漏らす。


「私も以前、君が王都を訪れたとき、遠目にだが目にしている。相変わらず凜とした美しいたたずまいだ」

「褒めてもなにも出ないぞ。それで、当家になんの用だ?」

「できればヘンリー殿に取り次ぎ願いたいのだが……やはり難しいのかな?」

「弟は体調不良で起き上がることができない。サリス家に関わることであれば、いまは私が領主代行だ。なので、私が話を聞こう」

「ふむ。君がサリス辺境伯の名代として、私を迎えてくれるというわけだな?」

「そういうことになるな」

「ならば、それ相応の礼儀があると思うのだが? そうやって立ったまま見下ろされるのは、あまりいい気分じゃないのでね」


 そう言われて、アラーナはわざとらしく眉をひそめた。


「では名乗られよ。何者かわからぬものに払う礼儀を、私は持ち合わせていないのでな」

「だが少なくとも王城から来たと伝えているはずだが、それでは足りないかね?」

「どこから来ようと私の目には顔を隠した不審者にしか見えんな」

「不審者だと?」


 そう口にしたあと、ローブの人物はクスクスと笑い始めた。


「そうか……いまの私が不審者に見えるか……ククク…さすがは姫騎士というわけだ……」


 どうやらこの客人が着ているローブの隠蔽効果は相当なもので、並みの人間では違和感すら覚えないようだ。

 だが客人は、その隠蔽効果があまり効いていないことが楽しいらしい。


 一方そのうしろで立っている近衛兵は、複雑な表情をしていた。

 先ほどからアラーナの態度は、王城からの客人に対して礼を失するものばかりである。

 しかしそこで下手に反応してしまうと、この客人が何者であるかの判断材料を与えてしまうことになるのだ。

 なので、なんともいえない表情で立っているしかなかった。


「名乗るのはかまわん。が、アラーナ殿以外の者にはご退室願おうか」


 客人の言葉に、執事とメイドは一礼して部屋を出た。それを確認して、アラーナが口を開く。


「すまないが、仲間の同席を許可して欲しい」

「ほう。ではその者たちが噂に名高いトコロテンということか」

「ああ、頼もしい仲間たちだ。退室してもらってもいいが、結局あとで私の口から事情を説明するからな。言っておくが勅命ちょくめいであっても口止めなどできないと思っておくことだ」

「ふむ……ならば、ギルドカードを確認させてもらおうか」


 客人がそう言うと、近衛兵が前に出たので、陽一らはそれぞれギルドカードを提示した。


「間違いございません」

「うむ、よろしい」


 近衛兵からの報告を受けた客人は立ち上がり、ローブを脱いだ。


 フードの下から現われたのは、ウェーブのかかった淡緑の長髪だった。

 長い髪は首のうしろでシンプルなデザインの髪留めによってまとめられ、右肩から前に垂らされている。

 紫がかった赤い瞳は、厚ぼったいまぶたで半分ほど隠れていたが、眼光は鋭い。

 目尻には小じわが見え、ほうれい線も少し深く刻まれている。歳は50前後といったところか。


 膝下あたりまであるタイトなワンピースタイプの上着は、シックな色使いやシルエットは男性的だが、顔つきや、内側から衣服を押し上げる胸元から、この人物が女性であることがわかった。

 そしてその胸に刺繍された紋章に、アラーナは目を見開く。


「これは、トバイアス公でしたか」


 そう言ってアラーナが頭を下げたので、陽一らもそれにならってお辞儀をする。


「おや、かの姫騎士に知られているとは、光栄だな。聞けばコルボーン家の紋章は忘れていたというのに」


 ローブを脱いだ客人の口から、ハスキーだが耳馴染みのいい声が流れ出す。

 彼女はすでに、昨日の出来事をあらかた把握しているようだ。


「名前だけの伯爵家などと比べるまでもないでしょう、宰相閣下」


 この日サリス家に訪れたのは、現宰相ロザンナ・トバイアス公爵だった。


「それで、宰相閣下みずから当家にいらっしゃるとは、どういうことでしょうか?」

「その前に、楽にしてくれ」


 ロザンナに促され、彼女に続いてアラーナと陽一は向かいのソファに座る。

 花梨、実里、シーハンはそのうしろに立って控えることにした。


「まずは今回の件、大功ある辺境伯にあらぬ疑いをかけたこと、非公式で申し訳ないが、この場で謝罪させてもらおう」


 そう言って、ロザンナは頭を下げた。

 名乗らずにおとないを立てた以上、公的には宰相の訪問はない、ということになる。

 しかし非公式にとはいえ、宰相自身が頭を下げるというのは、かなりの大事である。


「ということは、父の疑いは晴れたと?」

「ああ」

「わかりました。閣下の謝罪を受け入れます」

「ありがとう」


 アラーナの返答にロザンナは顔を上げ、安心したように微笑んだ。


「それで、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」

「うむ。結論から言うと、今回の件はパトリック・コルボーンが私怨と自身の悪事を隠すために流した根も葉もない噂、ということになった。まぁ、公的には"なにもなかった"ということにさせてもらうが」


 まずウィリアムに下された『謹慎』という命令だが、これは『待機』に変更される。

 理由としては、魔物集団暴走スタンピードと魔人襲来の報告に時間がかかるため、といったところか。

 もちろん、命令は最初から『待機』だったと記録されるだろう。


「君たちが捕らえた例のふたりの証言によって、提出された報告書に信憑性が得られたからな。それをもとにパトリックの一連の告発は妄言と判断された」

「それにしても、昨日の今日でわざわざ閣下自ら足を運ばれるというのも腑に落ちませんが……」

「いくつかの事情があるのだが、まずひとつは帝国が動いたことが大きい」

「帝国が?」

「ああ。どこで聞きつけたのか、ウィリアム殿が王都に囚われているのは本当か、などという問い合わせがあってな」


 優秀な辺境伯が領地を留守にしたのでは、万が一魔物集団暴走スタンピードが起こったとき、それを止められないのではないか。

 そうなったとき、王国を蹂躙した魔物の群れが、帝国にもやってくるのではないかと、不安を露わにした。


 ふたたび魔人が襲来しないとも限らないので、帝国の冒険者は北部辺境に多く配属されている。

 つまり、南の国境から魔物の群れが侵入してきた場合、対処ができないのだ。

 となれば、帝国南部国境付近の防衛は軍が担うしかなく、軍備を増強しなくてはならない。

 これはあくまで自衛のためであり、王国はそれを認めるべきだと、非公式にだがそう宣告したのだ。


「ふん……国境の軍備を増強して、自衛だけで終わるものか。まったく厄介な連中に厄介なことを知られてしまったものだ。まぁパトリックが吹聴していたのを、王都に潜入していた間諜が耳にしたのだと思うが」


 宰相はそう推察したが、答えはいなである。


 今回の件について、陽一は事前にアレクへ事情を説明していたのだ。


「オレらにできることはやってみるッス!」


 と言っていたので、セレスタンや北部辺境の冒険者ギルドマスターのギーゼラあたりと連携を取って、うまくやってくれたのだろう。


「王国としては、ウィリアム殿が辺境を離れているのはあくまで一時的なもので、ほどなく帰還するのだと、すなわち南の辺境に異常なしということを宣言しなくてはならない」

「なるほど、それでこんなにも早く……」


 パトリックの凶行が認められれば、ほどなく父の拘束は解かれるだろうと、アラーナも予想はしていた。

 しかし、思っていたよりも展開が早い。


「そういえば、さきほど"いくつか事情がある"とおっしゃってましたが、ほかにもなにか?」

「うむ、その件であらためて謝らねばならないのだが」

「謝る、ですか?」

「ああ、そうだ。パトリックの凶行についての証言だがな、君らが拘束していた騎士のふたりからしか得られなかった」

「……では、ゲンベルとかいう冒険者たちは?」

「我々が踏み込んだときには、すでに全員殺されていたよ。口封じだろうな」


 パトリックはケネスとレナードが戻ってこないことを不審に思い、ゲンベルらを潜ませていた屋敷を確認した。

 そこで拘束されているならず者どもを発見し、始末したのだろう、というのが宰相の考えだった。

 【鑑定+】の結果も、ほとんど同じことを示していた。


「そして危険を察したパトリックは、昨夜のうちに王都から逃げ出した、というわけだ」

「逃げられましたか……。しかしそうなると、逆に証人が少なすぎはしませんか? たとえパトリックがいなくとも、彼にくみしていた貴族が抵抗すれば、ことはそうすんなりと運ばないと思うのですが」

「それが、不思議なのだ……」

「というと?」

「パトリックに与していた連中がな、そろいもそろって謝罪にきたのだよ」

「謝罪に?」

「謝罪、というよりは、弁明と言ったほうがいいかな。そいつらが揃いも揃って言うわけだ」


 そこでロザンナは、困ったように眉を下げ、アラーナに視線を向ける。


「自分たちはパトリックとアマンダに操られていたのだ、とな」

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